11日目:テアルさんに会いに行く
紫色の魔石を選んだテトのホームは、希望を聞いて草原に少し木々が生えている感じの広めの空間に決定した。
シーニャくんが魔石にテトを登録して、出入りが自由に出来るよう設定してくれたよ。契約主が強制的にホームに入れたり外に出したりするモードもあるらしいんだけど、テトは家の社員であってペットではないので、自主性を重んじます。
魔石の持ち主は当然僕で設定されているので、他の人に貸したりは出来ない。あとテトがホームに入るときはどこかしら体を魔石に触れさせる必要があるみたいなので、ブローチはケープの胸のあたりにつけておいた。今はまだ小さいけどすぐに大きくなるし、今の大きさでも、テトはジャンプすれば余裕で僕の胸まで届く。その前に飛べばなんの問題も無いんだけど。
テトは自分のホームが嬉しいらしくて、何度も出たり入ったりしながら飛び跳ねていた。なんか猫なのに犬っぽい所があるね、この子。
首輪も自動調整されるシンプルなやつを文句も言わずにつけている。にあうー? と聞かれたのでシンプルでいいね! と褒めておいた。あとでテト専用の首輪をオーダーするからねー、とも言っておいたので、テトは2個目ももらえると分かってご満悦だ。
あ、デザインはイオくんに頼もう。僕はあんまりセンスとかこだわりとかないからね!
ブラッシング用のブラシとかホームに置いておくオモチャとかを買って、最後にナルの様子を聞いてみたんだけど、やっぱりハイデンさんと離されてちょっと元気がないみたい。ただ、クルジャくんがしっかり事情を話して、ハイデンさんが元気になったら迎えにくるよって教えたら、ようやく食欲も出てきたとのこと。
ずっと一緒にいた契約主と離れるのって、心細いよねえ。
「ところでナルってここから逃げ出した子なの?」
「契約獣屋さんをオープンした年に3匹脱走があったんだよねー。1匹は1日後に戻ってきて、残り2匹が行方不明のままだったんだけど、そのうちの1匹だね」
「それって探さなくていいんだ」
「探せないんだよー。契約獣は他の世界から呼んでいるから、正道を外れちゃったらもう追えないもん」
あー、それもそうか。ハイデンさんのいた砦では、そこが良い方向に作用したからハイデンさんたちは助かったわけだけど、山奥とかを気に入って住み着いちゃってる契約獣もいるのかなあ。僕も外を探索するときは、ちょっと気にかけておこう。
「病院の許可が出たら、ナルを連れてハイデンさんのお見舞いに行ってみるよ。その方が双方安心するだろうから」
「それがいいね。僕たちも顔出して見るつもりだから、何か聞かれたらそう伝えておくね」
ナルの場合は、自分の療養もしなきゃいけないからねー。かなり痩せてたけど、ハイデンさんと再会する頃にはもっと元気になっていると良いなと思うよ。
契約獣屋さんでの用事を終えて、30分くらいで店を出る。テアルさんの家はギルドから近かったから、如月くんとは40分頃にギルドで待ち合わせをしているんだけど、割とギリギリになってしまった。
「テト、歩く? ハウス?」
あるくー!
ということでふわふわの白い猫を連れた僕とイオくんは歩いてギルドへ戻ったわけだけど、トラベラーさんたちからの視線がすっごい釘付けだったよ。契約獣と契約している人はまだ少ないから、そのせいかな。
「召喚士以外は、1匹しか選べないからな、そりゃ普通は慎重になるだろ」
「僕は問答無用で契約獣屋さんに連れて行かれましたが」
「ナツの足が遅いのが悪い」
「それは仕様です!」
俊敏に振るPPは無い!
まあでも僕は契約獣を見たらみんな可愛いと思っちゃうほうだし、その中から選ぶのもそこまで迷わないから、早めに契約しておくのは正しい判断だと思う。逆にイオくんは「これだ」と思う子が現れるまでは契約する気が無いけど、一回決めちゃったらあとは凄く早いだろうな。
「あ、おはようございます、ナツさん、イオさん。……って何ですかそのもこもこ」
「おはよう如月くん! 家の新入社員のテトです、よろしく!」
「おはよう。契約獣だ。ナツの」
よろしくー、だれー?
テトを抱き上げて……ぐっ、重くなったねテト……っ! ってなってよろめいたらイオくんがさくっと横からテトを奪い取っていく。筋力5は中型犬サイズの生き物持てない、理解しました。
テトはイオくんに抱っこされてちょっとだけ緊張気味だけど、昨日よりは大丈夫っぽい。そのままずいっと如月くんの前に出されたので、クルジャくんにしたのと同じように如月くんの鼻にも肉球タッチしていた。にゃあにゃあ言ってるので、
「テト、如月くんだよ。僕たちの友達」
と横から解説をいれる。きさらぎー、と何度か名前を覚えるように繰り返していた。かわいいな。
「へー、かわいいですね! 良かった普通で」
「普通とは……?」
「いや、ナツさんでしょ? フェンリルとかフェニックスとか連れ歩いてても驚かないですよ俺」
「いやいやいやいや」
なんか似たようなことイオくんも言ってなかったっけ? 僕は一体なんだと思われているのか、今一度確認しておきたいところだね、全く。
「契約獣は非戦闘用だから、そういう、やたら戦闘力高そうな子はいないと思うよ」
「あー、そうでしたね。完全にピーちゃんのイメージでした。その子、戦闘になったらどうするんですか?」
「このブローチについてる魔石がハウスだから、戦闘になったら自動的にここに戻るんだって」
「なるほど」
如月くんは抵抗なくテトを撫でて、ついでに顎のところをくすぐって、テトをゴロゴロ言わせていた。如月くん猫の扱いに慣れてるね、接する機会があるのかな。あっという間に如月くんに懐いたっぽいテトに、イオくんはちょっとしょんぼりしている。顔に出てないけどなんとなく雰囲気で分かるので、僕はイオくんの肩を叩いておいた。ドンマイ。
「歩きながら昨日のナツのやらかしでも聞いてくれ」
「えっ、怖いです」
「何も怖くないです! テアルさんの家ここから近いけど、手土産何か買っていく?」
「俺、昨日パウンドケーキ買ってありますから大丈夫ですよ」
「おお、如月くんえらい! そういう心遣いが大事!」
お呼ばれには手土産が必須だもんね!
僕ももっと数があるならリィフィさんの飴を出すんだけどな、あれ綺麗で贈答用に良さそうだし。次に屋台で見かけたらまとめ買いしておこう。
あ、贈答用といえばお守りもあるか。腰痛のお守りはちょっと出したくないから……多めに作った保存のお守りと、無病息災のお札くらいなら出せる。イオくんたちにそれを伝えたら、包装用の袋とか買えば良かったな、と言われた。確かに。
「次の朝市で探してみよう」
「その前に金策だな。テトのホームで共有財布使い切ったし」
「待って、それ僕の財布から出すべきだったんじゃない?」
「……新入社員なら共有財布で出すものだろ、経費だ経費」
「社長太っ腹……!」
イオくんもテトのこと可愛がりたかったんだなあと言うことがよく分かった。ありがとう社長。イオくんもいずれは契約獣持つと思うし、その時のホームとかの費用も共有から出せば良いか。
テアルさんの住まいは、ギルド西通りの住宅がたくさん並んでいる方向にあった。城壁の方向へ折れる道を進んで突き当り、だいぶ城壁寄りの端っこに、ででーんと現れる豪邸って感じ。敷地広そうで、流石貴族の家って感じの佇まいだ。
トスカ杖工房にもあった、魔力で鳴らす呼び鈴がついていたから押してみる。すると、すぐにメイドさんらしき女性がやってきて、門の隣の小窓から用件を聞いてきた。こういう作りなんだなあ。
如月くんが緊張しているので、イオくんが代わりにテアルさんと10時に約束していると告げて名乗る。メイドさんは「承っております」と言って門を開けてくれた。
中に入ると、花が咲き乱れる綺麗なお庭が広がっている。ハウスにいるテトがちょっと出たそうだったけど、大事な用事があるから今はだめだよー、と我慢してもらった。後で美味しいもの食べさせてあげるから、大人しくしててね。
「こちらへ」
メイドさんが先に立って案内したのは、本宅ではなく庭の奥にある離れだった。家督を息子さんに譲ったって話をしていたし、本宅に住んでいるのはその息子さんのご家族で、テアルさんと奥さんは離れに住んでいるのかな。
離れと行っても普通に立派な建物で、玄関を開けると執事さんが「いらっしゃいませ」と出迎えてくれる。
「こんにちは。これ、よければお茶菓子にでもしてください」
如月くんが執事さんにパウンドケーキの箱を差し出し、
「これはご丁寧に。ありがとうございます」
と執事さんもにこやかに受け取った。お守りはテアルさんに手渡ししよう。
客間へ通されると、すでにテアルさんはソファに座って待っていた。僕たちが部屋に入るとソファから立ち上がって歓迎してくれる。
「いらっしゃい。さあ、そちらへ座るといい。紅茶の用意がある」
「お邪魔します」
「失礼する」
「こんにちはテアルさん。ハイデンさんたち、あの後どうでした?」
促されるままに座りながら、昨日のあの後のことを聞いてみると、テアルさんはハイデンさんたちの入院した病院まで様子を見に行ったらしい。一通りの診察が終わるまで待って、お医者さんの話を聞いたんだそうだ。
「栄養失調ではあったが、命に別状のある様子ではないとのことだ。発見がもう半年遅れていたらまずかったかもしれん。他に救出された者たちも、親族が大慌てで会いに来たりでなかなか賑やかだったぞ」
「再会出来た方もいるんですね! 良かった」
「ああ。ハイデンの祖父も、大急ぎで戻ると返事が来ている」
ギルマス、予定とか大丈夫なんだろうか。少し心配になったけど、孫が見つかったってなればそりゃあ大急ぎで戻って来るよねえ、と納得もする。
「それで、何か話があるようだったが」
会話に区切りがついたところで、テアルさんが問いかけた。この約束を取り付けたのはイオくんだから、視線がイオくんに向いている。
「ああ。ここにいる如月が、壁の外でマロネという栗の木の精霊に会ってな」
「マロネ……ああ、確かキャンプ地にあった木だな。まだ存在していたのか」
精霊は元になるものが壊れたり枯れたりしたらいなくなってしまう存在だから、そういう感想が出てくるのも分かる。この反応だと、テアルさんはあまりマロネくんについては詳しく無さそうだな。
「そのマロネに頼まれ事をされていて、俺達も手伝っているんだ。如月」
「は、はい!」
イオくんに促されて、如月くんがインベントリからペンを取り出す。群青色の万年筆だ。保存のお守りのお陰で古びてはいないけれど、お守りを使った時点ですでに使い込まれていたのがよく分かる。
「これを」
如月くんはそれを、テアルさんに向けて差し出した。何を言えば良いのかわからない、という顔で、結局そのまま何も言えずに手渡す。でも、それで良いような気がした。何を口にしたところで、伝わることは一つだけだ。
「……これは、どこかで……」
何かを思い出すように、テアルさんが目を細める。
ああ、この表情。僕のおじいちゃんも良くしていた表情に似てるな。遠い昔を思い出す時、もういない誰かを懐かしむ時の、顔。でもそういう時話してくれる昔話は、楽しいものばかりだった。
如月くんはそんなテアルさんの様子をじっと見つめてから、大きく息を吸った。
「そのペンを、遺族に渡してほしい。そう依頼されました」
テアルさんの視線が如月くんに向く。それを正面から受け止めて、如月くんは告げた。
「そのペンの持ち主の名前は、クアラ=バルさんと言うそうです」




