11日目:契約獣屋さんとテト
さて、今日は10時から如月くんといっしょにテアルさんの家へ行く日。
その前に、昨日から僕たちのメンバーに加わった契約獣のテトをつれてシーニャくんの契約獣屋さんへ向かう。昨晩は彫刻を頑張ったので<上級彫刻>がレベル6になって、ガラスにも彫刻が出来るようになったから、早速、普段から使っているお守りをガラス製にした。イオくんの盾用の頑健のお守りもバッチリ。絵本用の保存のお守りもOK。腰痛のお札も……凄くシュールで複雑な気持ちだけど、ちゃんとできた。ハンサさんに贈るのに、中途半端なものは渡せないから、★4になるまでは頑張ったよ。
お守りは最初に作った品質で固定なんだけど、お札にするときはお守りの品質が最高で、ちょっと線がずれるとすぐ品質が落ちる。だから★4を作るのはめちゃくちゃ大変だったよ。でも、苦労した分★4で2年も持つお守りになったから、これならハンサさんも満足してくれると思う。……しばらくはインベントリに封印だけど。
シーニャくんのお店は、朝9時開店。憩いの広場の屋台が9時からだから、そこに合わせているらしい。ジェラートが頭をよぎって憩いの広場にも足を向けたくなったけど、今日は残念ながら予定が詰まっているから、一旦断念した。ラリーさんの本の屋台もまた行くって約束したし、マメに屋台を探しに行きたいんだけどねー。
「おはようございまーす!」
「おはよう」
と挨拶をしながらシーニャくんのお店の扉を開ける。イオくんが。僕この状況に慣れてはいけないんだけど、正直すごく楽だな。
「おはよー! 生まれたの?」
と挨拶を返しながらシーニャくんが顔をあげて、僕の前を尻尾ピーンと立てて誇らしげに歩いているテトに目を向けた。あ、イオくんがなにかに気づいたようにテトに【クリーン】をかけた。泥でも踏んでたかな?
「フォレストウォーカーかあ。ナツさんたちは騎乗出来る子が欲しかったんだっけ? 良い子を引き当てたねー」
とても和やかにそう言ってくれるシーニャくん。良い子ってところには同意なんだけど、ちょっと違う。
「紹介するね! 家の新入社員のテトです。種族はスカイランナー」
よろしくー! とテトは短く鳴き声を上げて、ばさーっと羽を広げた。そのままばさばさしてシーニャくんのいるカウンターの上に乗る。なぜか渾身のドヤ顔をしているように見えるんだけど、それを見たイオくんが僕を見て契約者に似たな、って顔するのやめてもらっていいですか??
「スカイ……」
シーニャくんはテトがカウンターの上に乗るまでぼやっとその姿を視線で追った。それからドヤ顔のテトをじっと見つめて、たっぷり3秒後に「はあ!?」と声を上げる。
「スカイランナー!? 本気で言ってる!?」
あれ、なんか驚いてる?
ってことは、やっぱりあれかな。進化後で生まれてくるのって、珍しいのかな。
「ナツさん! もしかして妖精たちに祝福もらった!?」
「うん。朝市に行ったら妖精の朝市に連れてってもらえて、そこでなんかたくさんもらったよ」
「あー! そういう事するから妖精類はうちの店出禁なんだよー! もー!」
シーニャくんが言うには。
契約獣とは長い付き合いになるのだから、最初の種族から進化していくのをゆっくりじっくり一緒に楽しんでもらいたいのに、祝福とかばかすかもらったら卵の中で進化まで行っちゃうとのこと。それ以外の項目については、せいぜいスキルが良いものになるとか、ちょっとステータスが上がるくらいであんまり問題はないらしいんだけど、契約獣屋さんとしては色々思う所があるらしい。
「スカイランナーは、本来フォレストウォーカーを一度も地面に足をつかせずに進化まで持っていけたら進化する、って種族なんだよ。これがかなり難しい条件だから、この世界にもほとんどいないんじゃないかなー」
「へー、そうなんだ。すごいねー」
「すごいよー。<空間魔法>と<空間収納>持ち……商人が輸送用に家を売ってでも欲しがる存在なんだ」
テトは卵の中で進化までしちゃったから、地面に足をつけてないもんね。なるほどそういうところで進化先が決まったりするんだなあ、とちょっと感心。
「シーニャくんの言うように、最初からじっくり向き合って進化させていってほしい、って気持ちも分かるけどね。でもあの期待に満ちた妖精さんたちの眼差しを無下には出来ない……」
ねー? とテトに呼びかけると、にゃっ、と小さく返事がある。テト、あの時褒められまくって有頂天だったもんなあ。例え事前に祝福たくさんもらうと進化しちゃうかもーって分かってたとしても、同じようにしただろうな。
「ずるいー、ずるいよー! 僕は契約獣屋さんを任されてるから規約で祝福出来ないのに、他の子たちが寄ってたかって祝福するなんてー! あまりにも羨ましいから妖精類出禁にしたのにー!」
「あ、そういう理由なんだ……」
「契約獣屋さんはどこもそうしてるよ!」
シーニャくんも妖精類だもんねー、こんなに近くに卵がたくさんあるのに可愛がれないとは、ちょっと辛いよね。あ、だから卵のお世話に人を雇ってるのか、納得した!
同じ猫科だからか、テトはシーニャくんに対する警戒心とかは無いみたいでにゃふにゃふ言いながら撫でられている。今日もごきげんみたいだ。
「うーん、でも見事な引きだったねナツさん。今度から卵に挑戦したい、って人には呼びかけてみることを推奨しようかなー。成功例があります! って言って」
「良いと思う! テトはちゃんと立候補してくれたもんね」
「じゃ、やってみるねー。あとナツさんたちはこの子のハウスを選ばないと」
「そうそれ! 購入します!」
契約獣と契約するだけなら、実は少額の手数料しかお金がかからない。契約獣屋さんはあくまで契約獣と契約者の間を取り持っているだけで、最終的に誰と契約するか決めるのは契約獣だからだ。
では契約獣屋さんが何で儲けを出すかと言うと、ハウスの販売と契約獣のケア用品、そして怪我や病気の契約獣の預かりや治療等でお金を得ているのである。このハウスっていうのが、トラベラーのアクセサリ欄を埋めない装身具で、別枠扱いなのでそこそこにお高い。今の手持ちだとギリギリ買えるって感じ。
ただペンダントにもブローチにもストラップにもなるマルチな仕様なので、ペンダント2重とかにならないのはとてもえらい。フロ戦の時、便利なアクセサリが大体ペンダントで、5個くらいつけなきゃいけなくてガチャガチャうるさかったんだよねー。
「スカイランナーは草原と森が好きだし、思いっきり走り回れる程度の広さは欲しいねー」
「そう言えば、この子大きくなるんだよね? 魔力をあげればいいの?」
「そうだねー、別に悪影響はないからあげるといいよ。上限はあるけど、あげるほど大きくなるから。えーと、クルジャー! フォレストウォーカー1匹連れてきてー!」
お、すでにクルジャくんもいるのか。テトの耳がぴんっと立った。クルジャいるー! と嬉しそうな感じが伝わってくる。
「この契約獣用の特別な魔石の中から、好きな色を選んでねー。どれを選んでも中が変わることはないから、ファッション的に選んでくれればいいよー」
「はーい。テトどれが良い?」
むらさきー。
「紫を選ぶとは、めちゃ空気読むじゃん。賢い! イオくん家の子賢いよ!」
「基本、ナツには白か紫しか似合わんからな」
「悲しい現実!」
カラーパレットのせいだしそれはしかたないんだよねー。でもテトがせっかく迷いなく選んでくれたのでもう紫で決まりだ。
「じゃあ紫で!」
「はーい。金具は黒と金と銀があるよ」
「銀かなー。とりあえずブローチでお願い」
「はーい。こっちがペンダント用とストラップ用の金具だから、適宜切り替えて使ってねー。じゃあ登録するからちょっと待ってて」
そんな会話をしている間に、大きな猫さんを連れたクルジャくんが奥から顔を出した。そして僕たちの姿を見つけてホッとしたように体の力を抜く。
「ナツさん、イオさん、おはよう、ございます」
「おはようクルジャくん! 朝市でリィフィさんにすごくお世話になったよー」
「おはよう。……なるほどなかなかでかいな」
僕がクルジャくんに話を振っていると、イオくんは即座にフォレストウォーカーに近づいてサイズ感を確認する。なぜかびしっと背筋を伸ばすフォレストウォーカー。……やっぱり威圧を放っているのでは。お座りの状態でイオくんの肩くらいまである巨大猫さん、ふわふわだ。テトもあのくらいになると思うと心が踊るね!
「ナツさん、あの。お守り、ありがとう、ございました」
「あ、リィフィさんからもらった? ちょうどよかった、これねー、知り合いの家具店で扱ってる額縁なんだけど、クルジャくんにあげるねー」
「えっ」
忘れないうちにココナさんのところで買った額縁を渡そう。インベントリからひょいっと取り出して、ラッピングとかなんにもしてないことに気づく僕。……たしか木材を買った時にスライム素材の袋をもらってたっけ? あれがちょうどいいかな。とりあえず入れて渡そう。
「はい! これで飾ってね!」
「あ、あの、そんな、」
「それと卵孵ったから紹介するね! テトおいでー」
断ろうとするクルジャくんに押し付けるようにして袋を渡し、そのままテトと対面させることで全てをうやむやにする作戦! はーい! と元気にすっ飛んできたまだバスケットボールサイズの白猫を、僕はクルジャくんに向けてひょいっと掲げた。
「あのときの卵です! テトだよ、よろしくね!」
よろしくー!
テトはとてもノリが良いので、そのまま前足を伸ばしてクルジャくんの鼻にてしっとタッチした。ご挨拶のつもりらしい。ちょっとまって足の裏汚れてない? 大丈夫? って思ったらイオくんが店に入った時【クリーン】かけてたねそういえば。
「わあ、フォレストウォーカー……あれ?」
不思議そうに首を傾げたクルジャくん。さすがお世話係、気づいてしまいましたか。
「スカイランナーっていうんだって。テト、飛んで見せてあげてー」
わかったー。
ばさっと羽を広げたテトは、僕に抱えられている状態から軽々と空中に飛び上がった。クルジャくんの前に足場を作って、そこにおすましポーズで座る。やっぱりなんかドヤ顔してない君? そんなところ僕に似なくてよいと思います。
「進化後……、あ、妖精……!」
「あははー。妖精の朝市でリィフィさんに卵見せたら、妖精さんたちがたくさん祝福してくれて……」
「わあ」
クルジャくんはその話はリィフィさんから聞いていなかったみたいで、初めて聞いた情報に「全く……」とちょっと呆れ顔。
「姉が、ご迷惑を」
「あ、いいよいいよ。リィフィさん案内してくれて僕たちも凄く助かったし、妖精さんたちみんなテトのことかわいいって褒めてくれて、テトもご機嫌だったから。ねー?」
ほめられたー。まんぞく。
「ほらテトもこう言ってるし!」
「……ナツさん、契約獣の言葉は、基本、契約者にしか、わからない、です」
「あ、そういえば」
でもクルジャくんは分かりそうなんだけどなー。なんかそういうスキル持ってるでしょ? って思ったけど、流石にそこをつつくのはやめておいた。クルジャくんはニコニコしながらテトを撫でていて、テトはそんなクルジャくんに、あのねー、クッキー食べたの。おいしかったー! みたいな話をしている。和む。
「ナツー、テトの首輪買ったぞ。今日の分魔力込めて成長促してくれ」
「はーい!」
首輪……そういえば識別につけるんだったっけ。足にはめたり頭に乗っけたりでも良いらしいけど、契約獣屋さんのプレートの裏に契約者の情報を記入して、それをチャームにしてどこかにつけるのが必須。ハイデンさんのところのナルは契約獣屋さんを通して契約してないからつけてなかったけど。
「へー、シンプル」
「伸縮性があるから、育つまでこれ。育ったらオーダーするのが良いらしい」
「なるほど。テトおいでー」
はーい!
……どうでもいいけど、テトが返事を「はい」じゃなくて「はーい」にしてるの、多分僕の真似っ子してるなあ。契約主としてなんとなくむず痒い喜び……!
とりあえず僕の魔力を卵にしていたようにわーっと渡すと、テトは、んぐぐー! と伸びをして中型犬くらいの大きさまでぽんっと大きくなる。すごくあっという間だ。そしてやはり多少ドヤ顔だ。イオくんが昨日より慣れた様子で頭を撫でて、「よし」とか言ってる。
テトは不思議そうにイオくんを見上げて、僕の前にぴゃっと逃げ帰ってきて、
ほめられた!
とちょっと自慢げに報告していた。かわいい。
 




