10日目:伝承スキルってなんぞや
「【加熱】!」
「よし、良い湯加減です。続いて凍らせてください」
「【冷凍】!」
「よろしい、水だけちゃんと凍らせましたね。では水に戻して」
「【解凍】!」
「正解です。すでに最適な呪文を選ぶことができていますね、ここまでくれば合格でしょう」
「や、やったー!」
が、がんばった! やっと合格が出たー!
ばんざーい! と大喜びした僕、これが出来るようになるまでたっぷり2時間近く試行錯誤したのである! これは僕、今回は褒められても良いのでは!
ラリー先生も一切妥協しない厳しさを発揮したけど、それ以上にこの<原初の呪文>のクセが強い! かなり明確にイメージできないと上手く行かない感じだ。
例えば【加熱】を唱える時、沸騰直前の95℃! カップラーメンに注ぐお湯の温度! ふつふつ気泡がたち始めるくらい! としっかりイメージしないといい感じに加熱できない。
逆に言えばしっかりイメージさえできれば、ぬるま湯でも出来るんだけど。お風呂の温度40℃! 手を突っ込んでも平気なくらいのお湯! とか。そういう意味では明確な基準が思い浮かばない60℃とか80℃とかは難しそうだね。
【冷凍】はもう冷凍庫のイメージで大体OK。マイナス30℃! とか具体的な数字をイメージしたほうが成功しやすかった。これ、イオくんに【加速】とか唱えたら俊敏上がるかなあ。ちょっと後で試してみたい……けど、他人に使う前にもう少し練習したいな。
「ナツさん、ちょっとMP確認してください」
「はい! あれ? そういえばMPポーション飲んでませんね」
2時間も魔法を使い続けてるのに、MPが切れてないのはおかしくない? と思って確認すると、MPは残り2割というところだった。これ以上MPが減ると魔力の枯渇でだるい感じになる。
「え、すごい。<原初の呪文>って省エネなんですね」
「省エネ……? エネルギーを省いている、ということですね。そうです、とても省エネです」
ラリーさんは満足そうに頷いて肯定し、更に付け加える。
「魔力は大気中や自然界にも存在します。<原初の呪文>は、まだ人類が魔法を上手く使えなかった時代に、自分の魔力と周囲の魔力を混ぜ合わせて使用したものなのだそうです」
「おお。普通の魔法は自分の魔力のみを使うから消費が多くて、<原初の呪文>は周辺の魔力も一緒に使うから自分の魔力は少なくてすむ、ってことですか?」
「はい。<火魔法>の【イグニッション】を使うとMPを5消費しますが、<原初の呪文>で【着火】すればMPは2で済みます。ただ、<火魔法>は他のスキルと連動していく項目もありますが、<原初の呪文>は完全に孤立した魔法系統ですので、他のスキルと絡むことはありません。それだけが弱点ですね」
連動の項目については、イオくんも前に言ってたっけ。<調理>の発展スキルを持っていると、【ドライ】習得で燻製や乾燥などの料理スキルが増えるとかそういうのだ。
<原初の呪文>はそういう連動項目が無いかわりに、自由度が飛び抜けて高く、MP効率も良いということになる。発動はちょっとクセがあって面倒なところもあるけど、攻撃魔法以外は<原初の呪文>で補える項目が多そうだ。ただ、一応休憩中に魔法系の掲示板だけはちゃんとチェックしている僕でも、このスキルについては初耳なんだよね。
「ラリー先生、もしかしてこのスキルってすごく珍しいですか?」
「珍しいと言うより、習得が難しい、が正しいでしょうね」
ラリーさんは少し考えてから続けた。
「選ばれし人間だけが使える特殊なスキルほど珍しくはないですよ。ですが、このスキルを使いたかったらまず<原初の呪文>とプライマルワーズの存在を知っていること、妖精類と親和性があることが前提になります」
ラリーさんが言うには、妖精類と親和性が高いというのは、エルフやフェアリーだったら種族的にクリアしている問題だけど、他の種族の場合は妖精類の友人がたくさんいることが前提になるそうだ。妖精類と接する機会が多いほど、妖精類との親和性が高いと判断されるのだとか。
「そしてその後が一番大変なんですけど、このスキルは師から弟子に伝授されるものなので、教えてくれる先生が必要です」
「なるほど、僕にとってのラリー先生」
「そうです。ナツさん、<原初の呪文>、やってみてどうでした?」
「凄くクセがあるというか、コツを掴むまでが大変でした。ものにしてしまえば便利そうですけど」
「そうでしょう。教える方も面倒くさいんですよこれ。だから、身内以外に教えたがる人はほとんどいません」
なるほど、凄く納得できる。
つまり僕がこれを覚えられたのは、最初にラリーさんがやる気を出してくれたからってことだね。感謝だなあ。逆に言うと何かしら本気で教えてもらえるようなきっかけがなかったら、「面倒だからいやです」ってなるってことだ。理解できる。
「僕が誰かに教えることってできますか?」
一応聞いてみると、ラリーさんは速やかに首を振った。
「無理ですねー。<原初の呪文>は、この世界の原初の魔法。つまりこの世界の住人しか『この人ならこのスキルを使っても良い』という判断ができません」
「理解しました。じゃあ僕に出来ることはせいぜい、<原初の呪文>というスキルがあることを人に伝えるところまでですね」
その通り、というようにラリーさんがにっこりする。
このスキルめちゃくちゃ便利だし、魔力が少なくてもたくさん使えるから、前衛職の人にも需要がありそうなんだけどね。とりあえずフレンドにだけでも存在を伝えておこうかな、後で。
「さあ、では最後にスキル一覧から<原初の呪文>を取得したら授業は終わりです。もしSPが足りなくて取得できない場合には、取得した後に僕のところに報告に来てもらいますよ」
「了解です、えっと……」
ちなみにこれは、習得できるスキルではない。ある程度使いこなせて先生から合格が出て初めて、取得可能スキル一覧に載る。取得しないままでいると、最初に習った【加熱】【冷却】【冷凍】の3つだけは使えるけれど、それ以外は使えないままなんだって。その3つだけでも使えるとかなり便利ではあるけど、ちゃんと自由に使いたかったら取得が必須だ。
えーと、魔法スキルのカテゴリで検索して……あった、これだ。
……は? SP20?
SP20ってそれ特殊スキルじゃないの……? って思ったけど文字の色が赤じゃなくて緑色なので、特殊スキルではないらしい。んー? 待って白文字が基本スキルで、青文字が固定スキルで、黄色が発展スキルで、赤が特殊スキル……この緑色はなんですかシステムさん! 説明を読む!
住人から教えられることでしか覚えることができないスキル、伝承スキル……だと……? これ聞いたこと無いよ僕。後でイオくんと如月くんに確認しなきゃ。
えっ、怖。50を超えてたはずのSPがあっという間に17まで減ったんだけど。これ本気でSP100 のスキルとかあるんじゃない? 幸い<原初の呪文>は基本スキルだけど、これの発展スキルってSPいくつ使うの? 貯めなきゃ、SPを貯めなきゃ……!
「と、取りました先生!」
「はい、お疲れ様でした。今日からナツさんは原初の魔法使いです、おめでとうございます」
ぱちぱちとラリーさんが拍手してくれるわけですがSPを失った僕はちょっと悲しいよ。いや、でもこれから便利になるから、頑張った分に見合うスキルだと思うし、前向きに考えよう。
「ラリーさん、教えてくれてありがとうございました!」
「いえいえ。僕の本を買ってくれたお客さんですからね、これくらいは」
「そういえば新作を作ってるって言ってましたけど、どんな本になりそうですか?」
「お、興味ありますか! 実は絵本なんです!」
本の話を振った瞬間、ラリーさんの表情が輝いた。戦後になってすぐに本を作ろうとした人なだけあって、本当に本が好きな人なんだなあと思う。実際、あのグルメガイド凄く読みやすかったもんね、ラリーさん絶対才能あるよ。
そして絵本というと頭をよぎる、キヌタくんとかサームくんとか。このご時世まだ本は流通が少ないし、新しい本ならなおさら入手困難なはず……!ぜひとも欲しい、そしてプレゼントしたい!
「主婦の皆様から、子供に読み聞かせ出来るような本がほしいというリクエストがありまして。挿絵も可愛いのを描ける人に依頼して、なかなか良い出来なんですよ、これが」
「凄く良いと思います! 僕も知り合いの子にぜひプレゼントしたいです、できたら買いますね!」
「実はここに見本が!」
「最高かな!?」
鞄の中からばばーんと本を取り出すラリーさん。めっちゃノリが良いなこの人も。わーっと拍手してから差し出された絵本を受け取る。
あらすじ……ねずみくんはチーズがだいすき。でもサンガではチーズがあんまり売っていません。ねずみくんはだいすきなチーズをたくさん食べるために、ヨンドへ向けて大冒険にくりだします。ねずみくんは無事にヨンドへたどり着けるでしょうか? おお、すごい……なんか笑いあり涙あり戦いまである大冒険だ……。これ凄くクオリティが高いな。それと、絵が可愛い。丸くデフォルメされたねずみくん、表情豊かで人気も出そう。
「ラリーさん、これ凄く良いですよ! お話も子供に分かりやすいし、適度にハラハラするし、絵も可愛い!」
「そんな手放しで褒められると照れますね……」
へへ、と照れくさそうに笑ったラリーさんは、その場でなにかの魔法を使った。すると、絵本がみるみるうちに複製される。この複製本は本物の本に比べて紙の劣化が速い、壊れやすいなどの悪条件があるものの、本物の紙を使って製本するより手軽に流通させられるメリットもあるから、現状では少数を紙で作って、市販用に複製魔法が使われるとのことだ。
何より、複製本なら安いから、誰でも手に取りやすい。
「どうぞ、よかったら」
差し出された複製本。僕はちょっと迷ってからギルドカードをさっと取り出す。良いものには対価を払うべきなので!
「おいくらですか! そしてできれば2冊ください!」
「タダでいいですよ、と言いたいところですけど、ナツさんはもらってくれなさそうですねえ」
「人へのプレゼントなのでちゃんと買います!」
「よし、じゃあ1冊1000Gで!」
ちなみにグルメガイドは800Gだったけど、この絵本よりページが少なかったしサイズも小さかった。適正価格であることを確認したのでごねずにお支払い! ラリーさんはその場でもう一冊複製してくれたので、これはキヌタくんとサームくんに次に会えたら渡そう。保存のお守り使って置かなきゃ。
「今度また屋台行きますね!」
「わかりました、別の本も用意しときます」
にこにこ笑顔のラリーさんと和やかに解散して、さて、頑張った。終わったー。




