10日目:はぐれ砦の10年
「んじゃ、行くぞ」
すっと息を吸い込んだイオくんが、次の瞬間、「ハッ!」と気合の入った声を共に長い足を半扉に叩きつける。なんて見事な蹴り! これぞイオくんである。やっぱイオくんは殴りと蹴りだよねー……って現実逃避している場合じゃないや。
「流石イオくん、あっさりと扉をふっとばしてる……」
「<蹴り>取ったばっかなんだよなー」
「やっぱ素手で行きたいなら止めないよ!?」
「いや、今回はロマンに生きるって決めてんだ。あと意外と盾でも殴れるからいいやって」
「やっぱ基準そこじゃん!」
ああ、如月くんがどん引きの顔をしている……。ごめんねうちのイオくん血の気多くて。スマートヤンキーだけど理不尽な暴力は振るわないので安心してください……。
「これ扉を何かで塞いでおかないと魔物が入るか?」
「この前覚えた【クレイ】で3時間くらいなら塞げるはずだよー」
「じゃあ頼む」
実は【クレイ】を使うのはこれが初めてなんだよね。イオくんがまず中に入り、如月くんもそれに続いて、最後に僕が砦に入ってから【クレイ】を……あ、こういう感じなんだ。まず頭の中で何を作りたいかを決定してからそれをどこに設置するかを指定……ピッタリにするのちょっと難しいな……。あ、設置してから調整できるんだ、便利!
四苦八苦しつつも扉を土で塞ぎ、改めて門の中を見回す。
入ってすぐのスペースは中庭か広場として使われていたところだと思う。今は、野菜が育てられているものの、半分くらいは土を休ませているのか何も植えていなかった。残りの半分は、主に芋類とそれほど手のかからないミニトマトらしき物、葉物野菜。完全に畑だ。手入れをしている誰かがいるのは確実だね。
砦の大きさは、物見の塔があるくらいだから小さくはないけど、ちょっと大きなスーパーくらいの敷地面積かな。その半分くらいはこの中庭の畑で、ぐるりとそれを取り囲む石壁、そして物見の塔に連結している住居のような建物がある。建物と塔は石壁と同化しているような作りだ。
野菜畑の真ん中当たりまで歩を進めた時、不意に目の前にウィンドウが開いた。
『拠点を発見しました。統治神スペルシアへ報告し、正道と道を繋ぎますか?』
「……おお……!」
なるほど、これが取り残された集落発見イベント……!
反射で「はい」ボタンを押しそうになってぐっと堪える。イオくんと如月くんにも同じ画面が見えているはずだよね。
「イオくん、画面出た?」
「おう。まだ繋ぐな、一応人がいるかどうか確認してからだ」
「何か理由あるの?」
「掲示板によると、正道の延長として枝道が伸びて、住人がその道を歩けるのは1日だけなんだ。発見したトラベラーの白地図にはその後も道が載るけど、枝道そのものは1日で消える。だから、中に人がいるなら脱出の準備を整えてから道を繋いだほうが良い」
なるほど、そういうシステムなんだね。……ウィンドウのシステムメッセージ下にも繋いだ枝道が正道と同じ効果を持つのは1日が期限となります、ってちゃんと書いてあった。こういうのすぐ読み飛ばしちゃうから気をつけたい。
掲示板をよく見ている如月くんも枝道の効果時間については知ってたみたいで、「俺は画面閉じちゃうんで、報告はお任せします」とあっさりと譲ってくれる。如月くんってまだ高校生なのに落ち着いてるなあ、と思う僕である。だって目の前にボタンがあったら押したくなっちゃうものじゃない? 僕も怖いから画面閉じとこっと。
「じゃあイオくんにお任せ!」
「了解」
さて、僕たちがそんなことを話している間に、石造りの建物から、誰かがふらりと中庭へ出てきた。ちょっと痩せすぎなくらいに細身の、結構年上の男性だ。髭を無造作に生やしている上に髪も伸ばしっぱなしだから年齢がよくわかんないけど、僕のお父さんくらいの年代かな。でもやつれてる人ってかなり年上に見えるし、実際はもっと若いのかも?
「こんにちは、砦の人ですか?」
僕が普通に挨拶をしてみると、男性はふらふらとこちらへ近づいてから、2・3歩目でがくりと膝をついた。目が信じられない物を見たって感じに見開かれていて、何度か口を開いて、閉じて、もう一度開いてと繰り返している。そんな男性を後から追いかけてきたフォレストシーカーが心配そうに寄り添って見上げた。
「あ、もしかしてハイデンさんですか?」
この人が契約者さんかな、と思って尋ねると、「あ」と声を上げた男性は、何度か小さく頷く。それからガラガラに掠れた声で、
「外から、来たんですか……? 本当に?」
と、僕たちに問いかけた。
まあ、そうだよね。10年砦に取り残されていたのだとしたら、人が来たなんて信じられない事だろう。
「俺たちはトラベラーと呼ばれている。この世界の道迷いの呪いをどうにかするために、異世界から統治神スペルシアに呼ばれてきている存在だ。住人には行けない場所に足を踏み入れ、あなたのような取り残された存在を探し出すことが使命の一つだ。あなたは、サンガの住人か?」
「はい、ここはサンガの隠し砦、です」
イオくんは事情を説明しながらインベントリからHPポーションを取り出してハイデンさんに渡した。声も掠れていたし、痩せ過ぎだし、HPポーションではあまり意味が無いかもしれないけど、飲むように促している。
隠し砦、というと、前線基地とかではなかったのかな。僕の勝手なイメージだけど、ハイデンさんも戦闘員という感じには見えないし。
「ここには今何人いる?」
「5人、です。1人はほとんど寝たきりですが」
「他の人間は全員動けるのか?」
「歩くくらいなら……、おそらく」
「そうか……」
少し考え込んだイオくんが、しばらくの後如月くんを振り返った。
「如月、隠密系のスキル持ってたよな? 悪いが、サンガに兵士を呼びに行けるか?」
「行けます。道を繋ぐんですね?」
「一応、如月が街へついたらナツに連絡を入れてくれ。それから道を繋ぐから、案内を頼む」
「イオさんたちは?」
「こんな状況だぞ、やることは一つだろ」
な? とこっちを見るイオくんに、僕は共有インベントリからテーブルセットを出して答えた。
「炊き出し!」
「それな」
「あー、なるほど」
魔導コンロもあります! 美味しい料理も作れます! イオくんが!
あ、でも断食とかしている人は回復食からだから、固形物はあんまり良くないんだったかな? ハイデンさんの痩せっぷりを見ていると食料が安定供給されていたかについてはかなり疑問だし、まずは白湯から?
「如月くん、<鑑定>で見てもらえる? 何なら食べられそう?」
「はい。……えーと、まずは栄養価のあるスープを、具無しで食べさせるのが良いようです」
「なるほど」
イオくんが鍋を取り出して用意している間に、ハイデンさんを椅子に座らせて僕と如月くんで先に中を見に行く。魔法を使える人がいるみたいで、砦の中は清潔に保たれていた。これは本当に良いことで、こういう場所が不衛生になると病原菌とかが広まってしまいやすいから、【クリーン】は大事なんだよね。
探すまでもなく、建物の扉のところでこっちを伺っていた女性が2名と男性が1名がすぐに見つかり、HPポーションを飲ませつつお話を聞くと、この砦はもともと戦時中の食料の備蓄を分散させていた拠点の一つだったらしい。終戦の時には10人がここに取り残され、内3名は決死の覚悟でサンガを目指して出ていき、2名は持病の悪化などで早いうちに亡くなったのだとか。
食料の備蓄があったから中庭に畑を作って収穫するまで多少は余裕があったし、肉は上空を飛ぶ鳥を弓で落としてなんとか確保していたらしい。
「5年目くらいが一番きつくて、野菜も育たないし、前の年に鳥を撃ち落としすぎたからか、全然鳥が通りかからなくなっちゃって……」
と語ってくれたのは30代後半くらいの女性、レーナさん。彼女が【クリーン】をつかって住人さんたちを清潔に保ったり、【アクアクリエイト】を使って飲水を確保したりしていた魔法使いさんだ。狐系獣人で、長い茶髪をなにかの蔓で縛っている、タレ目のおっとりした顔立ちの女性。この中では一番元気そうに見える。
「死ぬんだろうなと思ってたら、ナルが来たんだ」
「ナル?」
「あの、大きなリス。なんの生き物なのかわからないけど、なんか私達を助けてくれて、森の木の実とかを持ってきてくれたんだよ」
「……ん? あの子が自主的に来たの? 呼び出したとかじゃなくて?」
「呼び出す……? どうやって?」
んんん?
契約獣って勝手に出現できるものじゃないよね? 召喚士が召喚するか、契約獣屋さんで契約……あ。
そうだ! 妖精類が異世界の契約獣たちにお願いしに行ったのが戦後だから、契約獣が出現したのも戦後!
つまり召喚士という職業ができたのも戦後で、この砦に居た人たちが契約獣を知る機会はないんだ。だから、普通のリスではないあの子がこの砦にやってきたとしても、契約獣だと分かる人も居なくて、契約獣が契約して魔力を対価にお願いすれば仕事をしてくれることも知らなかったんだ!
「ああ、そういえばナルは、来たばかりの頃は首輪みたいなのをしてたよ。えーと、シーニ? のなんとか屋さん、みたいな……」
「シーニャくんの契約獣屋さんだね。首輪ってことは、契約前の子が脱走したのかな……」
多分、それだなあ。
クルジャくんも色んな子が居て、好奇心旺盛な子が多いとか言ってたし。興味本位で外にでたらこの砦を見つけちゃって、放っておけなくて契約して、頑張って食料を届けてたとかかな……健気! 超いい子! あとでハンサさんのリンゴもう一個食べさせてあげよう。
「……いい匂い。あの格好いい剣士さん、料理人なの?」
ぼんやりとした口調で聞いてきたのは、もうひとりの女性、猫系獣人のミーアさん。この人はツリ目のきりりとした顔立ちなんだけど、かなり衰弱していて口数も少ない。HPポーションを飲んで少し顔色が良くなったけど、まだまだ具合が悪そうな感じ。
「イオくんの作るものはたいてい美味しいよ。でも今日は具無しのスープで我慢してね」
「うん、調味料で味が付いてるだけで、嬉しい……。何年ぶりだろ」
すでにミーアさん若干泣きそうになってるんだけど、慰め方とかわかんないので僕はそっと視線をそらす。
今は、如月くんが寝たきりで動けないという人を見に行っていて、もう一人の猫系獣人のナーズさんが案内してくれている。ナーズさんは男性で、ハイデンさんと同年代か少し若いくらいの年齢と推測。生命力の差なんだろうか、ここで生き残っていた5人のうち、3人が獣人さんで、ハイデンさんだけヒューマンで、如月くんが見に行っている人はドワーフの女性なんだそうだ。
「そろそろテーブル行く? 歩ける?」
「大丈夫。ミーア、行こう」
「がんばる」
女性2人が支え合うようにして歩くのを、僕はハラハラしながらついていく。テーブルセットの椅子、多めに買っといて良かったなあ。簡易テーブルの上ではイオくんが魔導コンロでことことスープを煮込んでいて、ハイデンさんが何かうんうんと頷きながら話を聞いている感じだったんだけど、近づくにつれて契約獣の説明をしているらしいと分かった。
やっぱりハイデンさんも契約獣知らなかったのか。それでよく契約できたねえ……。
「ナツ、そいつにリンゴもう一個出してやれ」
「健気ないい子は報われるべきだよね……!」
「話飛びすぎなんだよなあ。如月は?」
「病人を見に行ったよ。一応<鑑定>して、兵士さんを迎えに行く時ついでに薬を用意して貰えないか聞くって」
本当に如月くんがいてくれて良かった。
っていうかこのクエスト、如月くん抜きで突入してたら結構大変だったよね、多分。そもそもナルの衰弱原因もわかんないし、ここまでたどり着けたとしてもイオくんと僕の2人だと上手く役割分担できなかった気がする。僕が兵士を呼びに行くってなると鈍足だし、なにかに襲われるイベントがまた起こったらアウトだ。でも僕がここに残っても料理できないし、イオくんの作りおきから何か食べさせることはできたかもしれないけど、具なしのスープにはたどり着けない。
それに、思いついたとしても今のイオくんの作り置きは味噌汁ばっかりだからなあ。いくらなんでも久々のまともな食事に、異世界の調味料で味をつけた馴染みのないものを食べさせるのは……。
うん、如月くんがいてくれて本当に助かった。
しばらくして、建物から如月くんとナーズさんが出てきた。
ナーズさんは足取りはしっかりしてるけど、やっぱりすごく痩せていて顔色が悪い。聞けば、完全に食料が無かったわけではないけど、常に備蓄のことを考えなければならず、今年は特にイモ類の実りが悪くて困っていたところだったらしい。ナルが取ってくる木の実や果物も、これからのことを考えると保存食として備蓄して、切り詰めていたんだそうだ。
人が食べないと、ナルも食べない。だからナルも痩せてたんだね。
「ナツさん、イオさん、俺サンガに行ってきますね。連絡したら道繋いでください」
「了解。待ってるね。アクティブな魔物はこの辺いなかったはずだけど、何かあったら呼んで」
「大丈夫だと思いますけど、何かあったらイオさんよこしてください」
「僕は!?」
「速度の関係上……」
目をそらされました。
どうせ僕の俊敏はイオくんの半分以下ですよ!




