1日目:このゲーム沼では?
「イオくんこっちに釣って! ……いくよ、【ファイアウォール】!」
「うっわ、フレンドリーファイア無いって知ってるけど怖!」
バイトラビットの群れにイオくんが突っ込んで、すべての敵に1撃ずつ入れて釣り上げるという手法を発見してから、レベル上げの効率化が進んだ。
具体的には、大きめの岩が2つ門のように置いてある場所を見つけたので、イオくんが釣り上げたバイトラビット達をトレインしてその岩の間を通り抜け、僕がタイミングよく【ファイアーウォール】という<火魔法>レベル3で覚える障壁魔法を使う、という手順だ。
フレンドリーファイアがないからイオくんは炎の壁を無傷ですり抜け、後に続くバイトラビット達は炎にぶつかってダメージを受ける。基本は障壁魔法なので、敵からの強力な攻撃の威力を和らげるのに使ったり、突進してくる系の敵を阻むのに使う【ウォール】系魔法。決してPC用のアンチウィルスソフトではない。
今回釣り上げた6匹中4匹は【ファイアウォール】に突っ込んで消滅、残り2匹にイオくんが速攻で攻撃アーツを叩き込んで沈める。何回かやって上手いことハマった戦術ではあるが、プレイヤーレベルが5になると経験値が微妙になってきた。
「群れでいるバイトラビットって、レベル1から3までで固定みたいだね」
そう、敵のレベルより2レベル上になったから、取得できる経験値が減ったのだ。
「仕方ない、そろそろ強い奴を狙っていくか」
「楽でよかったんだけどなあ。とはいえMP消費も大きいしね」
「一旦休憩にしよう」
ゲーム内で2時間ほど狩りを続けていたので、程よく疲れも感じる。イオくんに促されるまま、フィールド各地に配置されているセーフティーエリアに足を踏み入れた。
フィールド内にはランダムなセーフティーエリアが設定されていて、ドラゴンの形をした杭が撃ち込まれているのが目印になる。夜だとじんわり淡く光っているのでわかりやすいけど、大体杭を中心とした半径5Mくらいの狭い円形のエリアだ。
このエリア内でならログアウトが可能で、テントなどを張ることもできる。正道から外れてフィールド上で寝泊まりするプレイヤーの為の救済措置だね。フィールド上に点在するから急用ができてログアウトしなきゃいけない時にも重宝するだろう。
とりあえず椅子になりそうな切り株に座って、テールさんの屋台で購入した焼き鳥を食べる。食事をするとHPとMPの回復量が若干上がるという攻略班からの情報が掲示板にあったらしい(イオくん談)。現実世界ほど水分を必要としないのがありがたいね。
「そういえば、イオくん<収穫>持ってたよね。何か食べられそうなものあった?」
「草原には何にも反応しねえな。森に行けばなんかありそうなんだが」
「あー、まあ確かに食べられるものって木の実とかキノコとか……? 草原には無さそう」
「今プレイヤーレベル5だし、8まで上がったら一度街に戻って<調理>やってみたいんだよな。ナツも<彫刻>やりたいだろ」
「やりたいねー。板材とかどこかにないかな。木材なら切れ端とかでいいんだけど」
「木工品とか扱う店で聞いてみるか」
イオくんが手早くパーティー伝言板に今後の予定をメモしていく。あ、ちなみに<彫刻>スキルを取ったとき、併せて初心者用彫刻セットもインベントリに届けられていたので、木材さえあればいつでも実践が可能だ。スキルとセットでもらえる道具はインベントリの「大切なもの」タブに収納される為、通常のインベントリを圧迫しないのがとてもえらい。
共有インベントリを確認すると、バイトラビットの毛皮は17個ほどドロップしていた。他のドロップ品は、バイトラビットの牙が24個、ウサギのお守りとか言うレアドロップっぽいのが1個。効果を確認してみると、「気絶耐性+50%」という地味に有用なやつだ。
イオくんにあげよう。と思ってインベントリからそれを引っ張り出すと、ふわふわ毛玉のキーホルダーが……気絶耐性っぽくないなこのアクセサリ。無駄にかわいい。
これ、イオくんつけるの嫌だろうなーと思ったけど、効果は有用。そして気絶耐性は盾に欲しいスキルなので、結論としてイオくんが装備するしかないのである。
「ナツ、なんだそれ。ファンシーだな」
と人ごとみたいに言うイオくんにそっと差し出す。
「え、いらねえ」
困惑のイオくん。だがいらないわけがない、必要です。
「ちょっと<鑑定>してみて」
「え。<鑑定>……マジか……」
僕より効率重視のイオくんが、この地味に有用な効果アクセサリを捨て置けるわけがない。案の定イオくんはしばしの葛藤のあと、嫌そうな顔で毛玉を受け取り、剣帯の鞘に隠れそうな絶妙な位置に取り付けた。
本当にすごく嫌そう。
「これバイトラビットのレアドロップらしいよ」
「スキル一覧に気絶耐性が出てきたらスイッチする」
イオくんは心の底から嫌そうにそう言った。まあ、だよね。凛々しい系イケメンにほわほわ毛玉はちょっと似合わなさ過ぎるし。レアドロップだから、売るにしても結構いいお値段つきそうではある。女性には人気出そうかな?
嫌そうな顔を続けるイオくんはほっといて、とりあえずレベル5まで上がった自分のステータス確認っと。
PPはすでに自動で4振られている。火力は不足を感じないから、物理防御を10まで振って、あとは魔法防御に入れよう。自動で振られた分を含めてステータスは8アップだ。
ナツ プレイヤーレベル5 魔法士レベル5
HP:100 MP:270
筋力:5 物理防御力:7+3=10 魔力:25+2=27 魔法防御力:18+2=20 俊敏:10 器用:10 幸運:15+1=16
残りPP:0
<水魔法>レベル2 【ウォーターアロー】【アクアクリエイト】
<火魔法>レベル4 【ファイアアロー】【イグニッション】【ファイアウォール】
<土魔法>レベル1 【サンドアロー】【サンドウォーク】
<風魔法>レベル2 【ウィンドアロー】【クリーン】
<MP回復量増Ⅰ>レベル3 <彫刻>レベル1 <魔術式>レベル2
<感知>レベル4 <鑑定>レベル3
残りSP:13
スキルは……まだいいか。バイトラビットが火に弱いせいで<火魔法>ばっかり上がっているけど、そこは仕方ない。魔法が4種類もあったら同時に上げるなんて無理だしね。
同じようにPPを振り分けたらしいイオくんは、「自動振り分けがなー」と若干不満そうだ。ちょっと見せてもらったけど、イオくんが使わない魔力に+1されていたから文句を言いたい気持ちは分かる。でも、ヒューマンの種族特性として自動振り分けランダムなんだよね、こればっかりはどうにもならないところだ。
PPの自動振分は、職業と種族に由来する。僕のようなエルフの魔法士だと、魔力・魔法防御・幸運に自動振分されやすい。イオくんの剣士が筋力・防御力なんだけど、ヒューマンは特徴のない平均的な能力が売りだから、自動振分がランダムに設定されるというわけ。
自分の思うところに振り分けされないというのは一つの大きなデメリットだけど、逆に言うとヒューマンはそこそこ平均的にステータスが上がる。ステータスがあがると転職先に選べる職業も増えるらしいので、選択肢が広がるという利点もある……らしい。
ついでに初期魔法の解説をすると、アローとつくのが低火力魔法攻撃、<水魔法>の【アクアクリエイト】は水を作る魔法で、飲み水にもなる。<火魔法>の【イグニッション】は着火魔法で、ライターつけるような感じ。<土魔法>の【サンドウォーク】は足場の悪い場所で歩きやすくする魔法。<風魔法>の【クリーン】は洗浄魔法、とのこと。
「僕はこのまま上級魔法士いくけど、イオくんどうする予定?」
「騎士系だな。軽盾と剣でやってく」
「おおー」
騎士かー。めちゃめちゃ似合うなあ。
イオくんのようなキリッとしたタイプのイケメンが騎士を名乗ったら納得しちゃうよね。ということは最終的には甲冑だ、いかにもファンタジーでロマンがある。
「めっちゃ格好いい装備で騎士やってほしい」
とリクエストすると、イオくんは苦笑した。
「性能次第だな」
「現実的!」
堅実でとても良いと思います。これでイオくんが女性を苦手じゃなかったらロマンスを期待するんだけどなー。あいにくとイオくんは昔から身内以外には塩対応がデフォだから難しそうだ。
「よし、そろそろ行くぞー。次はバイトラビットレベル5~7当たりを狙う」
「はーい。<感知>っと」
MPも7割回復しているし、もう少しでレベル6まであがるから問題無さそう。ちょうどいいレベル帯の敵を求めて、僕たちは再びフィールドに戻るのだった。
夕暮れ時、空が赤く染まるころ、僕たちはようやくレベル8に到達した。レベル5から必要経験値が多くなってなかなか上がらなくなったけど、ようやくだ。
「よし、今日はここまで」
「お疲れ様ー!」
イオくんの号令に従い、正道まで戻る。このあたりの敵はノンアクティブだし、ゲームの仕様上魔物を引き連れてのMPK(自分に向かってくる魔物のターゲットを他の人に擦り付けてPKすること。卑怯)もできない。となると、杖はもうしまっちゃっていい。
剣みたいに腰に差して置けるなら楽なんだろうけど、魔法士の杖はさすがに腰に差してはおけないから、いちいちインベントリに収納している。うーん、不便。これもどうにかなんないかな。
正道から西門へ戻って、外からギルドカードを装置に翳してからイチヤへ。門番さんに話しかけようかと思ってたけど、ちょっと思った以上に疲れたから今日はやめておこう……。
えーと今後の予定はっと。
「まずギルドで素材の売却、その後食材と木材の入手。それが終わったらギルドの作業室をレンタルして生産、と」
「あー、ナツ。売却終わったらまず夕飯食いに行こう」
「そういえばお腹空いたねー」
「もう少し早く終わってたら、俺が夕飯作っても良かったんだけど。正直めっちゃ腹減っててそれどころじゃねえわ」
イオくんの方が動いていたから、お腹の減りも早いのかな。僕もお腹は空いたけど、何を差し置いてもごはん食べたいって程ではない。一緒にフィールド戦闘してイオくんだけお腹が減るのであれば、やっぱり携帯食は充実させておくべき。買い物リストに付け加えておこう。
「じゃ、早速ギルドに行こうか。いくらで売れるかなー」
バイトラビットの毛皮、売値3,000G。
バイトラビットの牙、売値500G。
毛皮が41個と牙が73個あったから、合計159,500G。
「うわあ、いいお値段……!」
「集めた甲斐あったな」
初日の実入りとしては十分な金額になったので、収入の半分は共有財布へ。残りの半分をさらに二等分してそれぞれの財布へ入れて、僕のお小遣いも約40,000Gほど増えた。
これなら<彫刻>用の木材も余裕で買えるね。
「はい、ではギルドカードへの入金が終わりましたのでどうぞ」
とギルドの受付さんが差し出したカードを受け取る。
「ありがとうございます。あの、このあたりで美味しくてあんまり高くない、おすすめのレストランとかありませんか?」
「カジュアルなところでしたら、ギルド前通り西にある『夕暮れの森亭』ですね。定食スタイルのお店ですけど、味はなかなかですよ。お酒も出ます」
受付さんはさらりとおすすめを口にしてくれたけど、残念ながらここはギルド前通りにある店だから空白地が埋まることはなかった。残念。でも定食もいいよね、お米食べたいな。
「あ、ついでに甘い物のお店でお勧めなところありますか」
気になっていたことも聞いてみると、受付さんはそうですね、と少し考えこむ。ギルド前通り西側って、ざっと見てきた感じ食品や食事処は多いけど、カフェとか洋菓子屋さんとかが全然ないんだよね。疲れた時には甘い物派の僕としてはとても困る。
焼き菓子とかあれば、まとめ買いしておきたい。期待を込めて待っていると、受付さんは「甘い物なら」と口を開いた。
「ケーキ、であればレストランでテイクアウトするのが良いかと思います。焼き菓子系ならギルド前通り西から少し北へ行ったところの『シュガーキャッスル』、ドーナツでしたらその並びの『妖精のドーナツ』がおすすめです」
「! 求めていた情報です!」
それ、まさにそれ!
疲れたときに嬉しい体にしみこむ甘い物! チョコレートの情報があればなお嬉しかったけど、まあそれは焼き菓子のお店で聞いてみようかな。
顔を輝かせた僕に、受付さんは名刺大のカードをすっと差し出した。なんだろうと思いつつ受け取ると、自動的にインベントリへ収納されて視界左下に「ショップカードを2枚受け取りました」というログが流れる。名前からしてお店の情報カードってことかな。
テンション高くお礼を言ってからギルドを出ると、イオくんは後ろから保護者よろしくついてきて、ギルドを出たところでステータス画面を開いた。
「ああ、ショップカードってこれか」
「え、どれどれ?」
「地図のタブに未開放のタブがもう一個あっただろ。住人一覧の下」
「ああ!」
僕も自分のステータス画面を開いて「地図」のページに飛ぶ。そこからさらに分かれているタブの、未開放でグレーアウトしていたタブが「ショップカード」に変わっていた。開くと、「シュガーキャッスル」と「妖精のドーナツ」の店名がデザインされたカードが収納されていて、カードの裏面には簡易地図が載っていた。視界の右上に小さく表示させているミニマップにも、空白地に★マークが新たに追加されている。
「あ、陽だまりの猫亭もショップカードいつの間にか集めてたみたいだね」
「住人から空白地の店を紹介されると、ショップカードがもらえて地図に載る、って流れか」
「カードコレクション要素だ……! これは沼だ、沼だよイオくん!」
通し番号が無くて、もらった順番にファイリングされる仕様なのが救いだ。これで総数が書いてあったりカード番号順に収納とかだったらコンプリート勢が群がって情熱を燃やしてしまう。
いや、現時点でもだいぶ情熱を持っちゃいそうな人種はいる、絶対にいる。冒険とかそっちのけでショップカード集める人、確実に! いる!
「最初から行ける範囲にある店は、ショップカード対象外なんだな」
イオくんが言いながら歩きだし、僕はその後に続く。
ステータス画面を見ながら歩くのは危ないので閉じておいたけど、このショップカードとかいう新たなコレクション要素は僕の中でかなり評価が高い。集めても集めなくても良いけど集めるとちょっと楽しい要素が好きなんだよね、基本的に。ショップカードはデザインも一枚一枚違うし、紹介者が記録されるのが地味にとても良いと思う。
特に陽だまりの猫亭の、出窓でのんびり丸くなって眠っている白猫さんのデザインは最強にかわいい。文句の付け所が無いね! あ、僕は犬も猫もハムスター爬虫類も大好きです。
「ナツこういうの好きだよなー」
と歩きながらイオくんが言うので、
「大っ好き!」
と元気に答えておいた。アピールしておくとイオくんも積極的に集めてくれるんだ、僕の親友は気遣いのできる男なので!