10日目:大事なものは1つじゃない
「っと、そろそろ1時間過ぎるね。僕たち、向こうの朝市も見てまわりたいから戻るよ」
「あら。引き止めちゃってごめんなさいね。私が送るわ!」
6時を少し回っている現在時刻。向こうの朝市は8時までだから、今から戻っても十分見て回れるはずだ。食品関係は売り切れや撤収も速いらしいんだけど、素材とか腐らないもので出店してるところはギリギリまで店を開けてるってパンフレットには書いてあったし。
「あ、そうだ。リィフィさんには米酒も案内してもらったし、これよかったらお礼に」
休憩スペースの椅子から立ち上がって、そういえば昨日作ったお守りがインベントリにあることを思い出したので、僕はそれを取り出す。保存のお守りだ。これ、結構汎用的に誰にでも喜ばれる贈答品だと思うんだよね。
「これは……まあ! 保存のお守り!」
リィフィさんは驚いたように目を見開いた。予想外の物を見たという反応……ってそれもそうか。イチヤでもお守りを作る人は少ないって聞いてたし。今はまだ珍しいんだろうなあ。
「すごいわ! 私、このお守りの実物を見るのは初めてよ!」
「え、そうなんだ?」
「お店を持って売るべきよ、欲しい人はたくさんいるわよ」
おお、すっごい勧められるなあ、お店。それだけ需要があるってことだと思うんだけど、そろそろ住人さん達の中にもお守り職人出てくる頃合いじゃない? まあ、プレイヤーショップが実装されたら試しに売ってみるつもりだけども。
リィフィさんはきらきらした眼差しでお守りをじっと見つめて、それからぎゅっと抱きしめた。フェアリーさんって小さいから、お守りが抱きまくらみたいなサイズ感になっている。
「ナツさん、これ、クルジャに譲ってもいいかしら」
「クルジャくんに? それは構わないけど……」
でもなんで? と首を傾げた僕に、リィフィさんは微笑む。
「クルジャの人間の家族の肖像画、1枚だけ残っているの。あの子が生まれたときに描いてもらったんですって。ご両親と、母親に抱っこされた赤ちゃんのクルジャで、3人。私の身長くらいの小さな絵だけど、あの子にとっては大事なものでしょう? 絵ってそんなに丈夫じゃないし、一回燃えかけて煤けてしまっているから、なんとかしてあげたかったの!」
これがあったら、ずっと保存しておけるわ! とリィフィさんは言う。確かにそれは、クルジャくんにとって大事なものだろうし、保存してあげたいという彼女の気持ちもよく分かる。でも、僕は契約獣屋さんで、クルジャくんの話をきいているから、ちょっとだけもやっとした。
その1枚だけ残すんじゃ、足りないんじゃないの? ってさ。
「……リィフィさん、お守りもう1個あげる」
「えっ!?」
僕が差し出したお守りを、リィフィさんは受け取ろうか受け取るまいか迷うように見ている。嬉しいけどなんで? って顔だね。でも絶対に必要なんだよこれは。
「これあげるから、今のクルジャくんの家族でも1枚、肖像画描いてあげてよ」
だってクルジャくんは、今の家族も大事だって言ってた。僕とイオくんも、過去は過去で割り切って、今の家族を大事にしたら良いよって話をしたばっかりだ。それなのに、リィフィさんに過去の家族を大事にしろ的なことを言われたら、クルジャくんはまた色々考えてドツボにハマりそう。
だからここは両方が正解じゃないかな。どちらか一つだけ選ばなきゃいけないなんて決まりは無いじゃん。
「今の……、私達の肖像画?」
「そう。クルジャくんにとっては、どっちも大事なものでしょ。どっちかだけ大事にしろって言われたら、クルジャくんはちょっと困っちゃうと思うよ。そのくらいなら、今の家族でも肖像画を描いて、両方大事にしてねって渡したほうがいいよ」
「両方……」
「その方が、きっとクルジャくんは喜ぶよ。あの子、リィフィさんのこと大好きだし」
僕の言葉を聞いて、リィフィさんは何かに気づいたような表情をした。
「そう……、そうよね!」
そして差し出していたお守りを受け取って、2つまとめてぎゅーっと抱きしめる。
「今は私達がクルジャの家族だもの! ヒューマンは記念日ごとに肖像画を描くのが好きだって聞いたけど、私達が描いてもらってもいいのよね!」
「そうだよ。どっちもクルジャくんの家族なんだから」
しかもどう見ても仲良し家族じゃん、リィフィさん家。だったら絶対さ、家族の肖像なんていくらあってもいいと思う。僕が力強く肯定したので、リィフィさんは何か吹っ切れたらしい。帰ったら早速両親に相談するわ! と宣言した。良い家族の肖像画を描いてもらえるといいね。
住人たちにはトラベラーのインベントリみたいなものは無いけれど、マジックバッグ……いわゆるたくさんものが入るカバンは結構流通している。リィフィさんは腰につけたポシェットにお守りをさらっと突っ込んで、じゃあ向こうの朝市に送るわ! と請け負ってくれた。
「いくわよー!」
と何か聞き取れない呪文を唱えるリィフィさん。そして現れる魔法陣、キラキラとしたその魔法陣が僕たちの足元にしゅっと移動して、次の瞬間にはエレベーターに乗ったときのような微妙な重力を感じる。
「ついたわ!」
そしてほんの一瞬で、元の朝市会場に移動完了だ。僕たちの目の前には壁があって、その壁には白とピンクを基調としたパステルカラーのファンシーな扉が付いている。
「ありがとうリィフィさん。もしかして、壁にあるのが妖精の朝市用の扉?」
「そうよー。今度からはこれが見えるようになっているから、勝手に入ってきて大丈夫よ! 向こうからこっちへ戻るのだけは、近くにいる妖精に頼んでね!」
よく見ると、こっちの会場にも妖精さんたちがいたるところにいるみたいだ。彼らは妙にきらきらしているからすぐに見つけられるんだけど、他の人たちには認識されてないっぽい。僕たちもこの会場に入ったばかりのころは全然認識してなかったし、一回妖精郷の疑似空間っていうのに足を踏み入れることがトリガーで間違い無さそうだね。
さて、それじゃあ気を取り直してこっちの朝市の続きを、と思ったら、イオくんがなにかに気づいたように顔を上げた。
「そうだ、リィフィ。精霊のことで聞きたいことがあったんだが」
「精霊のことで? なにかしら」
「マロネという精霊を知らないか? 栗の木の精霊だと言っていた」
あ。
あー、はい。すっかり頭から抜けてた……! よくぞ思い出してくださいました……!
「マロネ? あ、門の外に居た子ね」
そして流石リィフィさん知ってた! そっかー、精霊も妖精類かあ。イオくんが僕に目配せをしたので、僕も会話に入る。目先に楽しそうなものがあるとそっちにばっかり意識が向いちゃうのは、僕としても今後改善していかなくてはならないところだと思ってるんだけども! それは今後の課題ということで一旦置いときます!
「僕たち、外でその子に会ってて、誰か親しくしていた人が街に居ないかと思って探してたんだ」
「そうなの……。あれから10年、ずっと一人でそこに居たのね……」
リィフィさんは少し悲しそうに眉根を寄せて、ゆっくりと首を振った。
「あの子は精霊だから、本体になにかあったら消えてしまう。戦時中から、何度も植え替えは提案されていたの。でも、あの子はあそこにいるって言って聞かなくて……。まだ生きているなら、今度こそ街へ入れてあげたいわね」
「実は一度提案して断られてるんだよねー」
「まあ」
あの子らしいわね、とリィフィさんは困ったように微笑んだ。それから、少し考えるような素振りを見せる。
「……そうね、親しくしていた人は居たわ。もし良かったら、サラムを訪ねてみて」
静かに告げられたのは、そんな情報だった。サラムさん……僕は聞いたことがない名前だけど、その人がマロネくんと親しかったんだろうか。視界の隅っこのシステムアナウンスに、地図に新しい情報が記録されたって出てるから、そのサラムさんの居場所がマークされたっぽいな。
「分かった、情報を感謝する」
「いえいえ! それじゃあ私はもうあっちへ戻るわ。契約獣、生まれたらぜひ見せてね!」
すっとリィフィさんの姿が消えた。なんかまだ朝市の会場に足を踏み入れてから1時間ちょっとしか経ってないのに、1日終わったような気分になった。濃い時間だったね。
ちょっと一息つきつつ、ずっと視界の隅で点滅していたお知らせを一気に確認して……。ふむふむ、白地図に記録されたマークはサラムさんの家でOK。自動習得されたスキルは<妖精の眼>、妖精郷もしくはそれに準ずる場所に足を踏み入れたプレイヤーは、妖精郷に入る扉や一般人から隠れている妖精たちを見つけることができる、と。自動取得だからそうかなと思ってたけど、やっぱり固定スキルだね。
「イオくん、<妖精の眼>習得してる?」
「してる。こういうのもあるんだな」
「ん? なんか考え事してる? 話聞こうか?」
「いや悩みじゃねえよ。さっきリィフィが言ってたサラムっているだろ、そいつ、アーダムの幼馴染」
「えっ」
アーダムさんの幼馴染って、クエストで訪ねてほしいって言われてた人?
「妹を戦争で亡くしてずっと落ち込んでいるって聞いてたんだが、流石にマロネの関係者だとは思わなかったな。関連性のあるクエストなのかはわからんが」
「如月くんのクエストが終わったら、行ってみないとね。マロネくん関連なら、如月くんも一緒のほうが良いかもしれないし」
「そうだな」
お、イオくんが迷わず頷いたってことは、結構如月くんに慣れてきてるね! イオくんは人見知りだから慣れるまで時間がかかるけど、慣れたら割りと会話するようになるからもうちょいって感じだ。
戻ってきた人類の朝市を、せっかくだから再び見て回る。
食料品の方は十分見たということで、会場の奥側、素材や道具なんかを売っているらしいところを中心に歩き回ってみた。僕のお目当ては当然木材で、イオくんは特に目的なくって感じ。食料品を売っていたところはめちゃくちゃ混んでたけど、この辺はそうでもなくて、歩きやすい感じだった。
「糸、毛糸、布、裁縫道具……おお、ボタン! こんなに色々売ってると綺麗だねー」
「使わないけどな」
「あ。ビーズ! こっちのは……ガラスかな」
「その辺は買っておいたらいいんじゃないか? ナツは細工覚える予定だろ」
イオくんに勧められて、それもそうだなと思う。<上級彫刻>のレベル6で石とガラスへの彫刻ができるようになるはずだから、このきれいな色ガラスにも魔術式を刻めるようになる。……腰痛のお守りは彫らないのでそこは安心してほしい。おしゃれなガラスに棒人間は流石に無理。
それでこれ、木材で作るより石やガラスに彫刻する方が効果時間が伸びるらしいんだよね。って言っても効果量は変わらなくて、回数が+1とか、期間が+1日とか、そのくらいの僅かな差らしいんだけど。それでも身体保護のお守りとかは、1回でも使える回数が多いほうがいいし。
というわけで色ガラスを何枚かまとめて購入。お守り用にちょうど良い小さいサイズがあったから、これで自分たちのお守りを作成しよう。




