10日目:とってもきらきら。
イオくんの満足のゆく買い物が終わると、リィフィさんは僕たちを休憩スペースに誘ってくれた。
せっかくだから妖精類の大好物、ポップドーナツを食べて行って! と言われたので、甘いものの気配を察知した僕が「食べたい!」と希望して決定。
そのポップドーナツを売っているのもフェアリーさんだった。肉団子くらいの大きさのドーナツに、好きな味のパウダーを振りかけて食べる子供から大人まで大人気のスイーツなんだって。一番人気はチョコパウダーで、ドーナツの熱さで溶けて良い感じにチョコレートに絡めたみたいになるとのこと。
「私のおすすめはこのレモンシュガーよ! 爽やかな酸味があってドーナツの甘さともちょうど良い感じよ!」
「へー、美味しそうだね! 甘くないのもあるの?」
「スパイスパウダーってのがあるわ! これはドーナツに合うように調合したピリ辛のスパイスよ、甘いものが苦手な人に人気があるの」
ということだったので、僕がレモンシュガー、イオくんがスパイスパウダーを注文した。イオくんは朝ごはんに甘いものを食べない人だからね。
このポップドーナツ、お茶碗くらいの大きさの容器に小さなドーナツが5つ入っている。一つ食べてみると、レモンシュガーの爽やかな酸味と甘味がドーナツに絡んですごく美味しい。チョコレートだと甘くてしつこく感じそうだけど、レモンシュガーなら重たくなくていくつでも食べられそうだ。
「美味しい!」
と大満足の僕である。イオくんのスパイスはどんな感じ? と聞いてみると、「辛いんだけどなぜかドーナツと合うから不思議」という返答だった。ちょっと想像できないやつだな。食べるか? と聞かれたけど、次回自分でチャレンジするよーと断った。僕が一個食べちゃったらイオくんの朝食が減るからね。
しばらく僕とイオくんがわいわいドーナツを食べるのを待っていたリィフィさんは、ある程度ドーナツが減ったのを見計らってから、「ねえねえ」と思い切ったように切り出した。
なんかちょっとそわそわしてるなーとは思ってたんだよね、さっきから。なにか聞きたいことでもあるのかな? もしかしてクルジャくん関係の何か? と思って話を促してみると……。
「ナツさん、契約獣の卵を持ってるんでしょう? 見せて見せて!」
とのこと。
おお、割と意外な話題だった。
「そうだけど……、クルジャくんに聞いたの?」
「そうなの! 卵って、最近では選ぶ人も少ないから、見るチャンスが殆どないのよ。シーニャに見せてって頼んでも妖精類はダメ! って言われるし」
「え、なんで?」
「何時間でも張り付いて見てて邪魔だからだめなんですって!」
酷いわよね! とリィフィさん。
いや、店からしたら契約するんでもないのに何時間でも張り付いて見てるのは普通に邪魔だと思うよ! 言わないけど! 妖精類まとめて断られてるってことは、みんなそうするのかな。よくわかんないけど、まあ見たいというのなら見せましょう、うちの新入社員を!
「こちらです!」
とインベントリから取り出した卵。今日は何故か真っ白だった。そういう気分なの?
「まあ!」
と目を輝かせるリィフィさん、僕の手元の卵を場所をくるくる変えつつ熱心に覗き込んでいる。何がそんなに楽しいのかよくわからないけど、にっこにこだ。そしてその笑顔のままで、
「素敵ね! 卵ってかわいいわよね! 元気に生まれてきてね!」
と言って、何かよくわかんないけど光の粉みたいなのをささーっとふりかけた。
んんん? リィフィさんが悪いことするわけ無いって信じてるけど、その粉って何? と尋ねようと思ったその矢先。
「卵だあっ!」
すぐ近くのテーブルからこっちをガン見してくるフェアリーさんたち。
「えっ、卵!?」
「どこどこ?」
「あそこ! ほらエルフさんが持ってる!」
「キャー! 本物の卵だわ!」
「ちょっとだけ! もうちょっとだけ近くで見たい!」
一人が気づけばそれに続いて雨後の筍のようにわさわさっと増えるギャラリー! 思わず卵を抱きしめた僕! えっ、いつの間に360度包囲されてるんだけど!
「い、イオくんこれ何だと思う?」
「卵を見たいんだろうな」
「なんで!?」
「なんでって……。なんでだリィフィ?」
いつでも冷静なイオくんが冷静さを失っている僕に変わってリィフィさんに聞いてくれました! 質問されてようやく周辺の空気に気づいたらしいリィフィさんは、あらあらーって感じで周辺を見渡す。
「ごめんね! 妖精類は契約獣さんが大好きなの。卵とか赤ちゃんとか好きすぎてすごく構いたくなっちゃうのよ」
「ここまでの勢いで!?」
「だって契約獣さんたちに力を貸してください! ってお願いしに行ったのは妖精類なんだもの! もう身内みたいなものなのよ。ナツさんたちだって、兄弟の子供とか生まれたら可愛がっちゃうでしょ?」
「それは確かに」
すごく納得できる例えだった。ん? でもなんか今聞き捨てならない感じのことを……。
「え、異世界にお願いに行ったの!?」
ここにいる人たちが!? って驚いた僕に、リィフィさんは「異世界ではないのよー」ってのんびり答える。
「天界で会ったの! 妖精類は他の種族に比べると天界に少し近いのよ。だからスペルシア様のご指示が飛んできたり、協力をお願いされたりすることがあるの。本当なら竜人さんたちが頼まれるんだろうけど、今竜人さんたちはすごく数を減らしてしまって、療養中だからね」
あの銀色のでっかい竜さんが妖精さんたちにお願いを……!? えっ、絶対かわいいじゃんそんなの、僕が妖精だったら協力しちゃうに決まってるね。それにしても天界に……どうやって行ったのかな?
不思議だったので聞いてみたところ、リィフィさんが言うには、天界に召喚されて、別の世界の神様と契約獣候補の子たちと面会したんだって。そこで妖精類のみなさんが頑張ってお話して、私達の世界本当に今大変なときなので力を貸してください! って願いしたところ、結構な数の契約獣さんたちがいいよー! って快諾してくれたんだそうだ。
優しい世界……!
「契約獣さんたちのお陰で、本当に助かってるのよ! それに、契約獣さんたちがいるところには卵が発生することがあるでしょう? それって、他の世界の神様とスペルシア様が共同で世界のルールを作ってくれたおかげなの。私達から見ると、ぜひうちの国にお嫁に来てくださいってお願いして来てくれたお嫁さんが、子供を産んだような物……!」
「な、なるほど……!」
つまり妖精類にとって契約獣の卵は、身内の子供とか孫のようなもの……!
僕はぐるりと周囲を見た。
色んな種族の妖精さんたちが、期待を込めた目で僕を……いや、僕の抱きしめている卵を見ている。この期待を向けられて無視するのってめちゃくちゃ心苦しいな!? どうなの卵さん、この人たち君のこと近くで見たり撫でたりしたいらしいんだけど……照れるーって感じが伝わってくるな、全然嫌では無さそうだね。それなら……。
「あの、この子別に嫌じゃないそうなので、近くで見たいならどうぞ……!」
呼びかけてみたところ、ぱあっと表情を輝かせた周辺のみなさんが、やったー! とでも言うようにわっと群がってきた。すっごい視界がきらきらしている。妖精さんたちみんな眩しいな!?
「わあ、久しぶりに見たわ卵! かーわいー!」
「触ってもいい!? 撫でるだけ、ちょっと撫でるだけ!」
「素敵に生まれておいでー!」
「強い子に生まれておいでー!」
「もう結構魔力溜まってる? 後2・3日で生まれそう!」
「生まれたら見たいねー! 赤ちゃんもかわいいよ!」
「素敵ー、撫でたーい!」
「優しく触るなら撫でてもいいよ! 強く叩かないでね!」
大きな声でそう言ったら、四方八方から元気な「はーい!」というお返事が飛んでくる……! 僕今だけ幼稚園の先生になった気持ち! そして卵からは、わーい人気ものだー! みたいなのんきな感情がひしひしと伝わってくるんだけど、さては君僕と同じで褒められると即座に有頂天になるチョロい子だな??
妖精さんたちは卵をきらきらした目で見つめて、ちょっとだけ撫でて、良い子に生まれておいでー! とか、幸運のもとに生まれておいでー! とか、なんかしらの祝福の言葉をかけている。さっきのリィフィさんみたいに光の粉っぽいのがばんばん振りかけられて全部吸収されているのだがこれ本当に何? <鑑定>……あっ、卵のほうが<鑑定>されちゃったけど魔力めちゃめちゃ補充されてる。魔力ですかこの粉。
「ナツめちゃめちゃ光ってるぞ、ウケる」
「イオくんめちゃめちゃ笑ってるじゃん、助けて!?」
タダでさえレフ板な僕の周囲で発光現象がばばばっと起こっているわけで、眩しい、眩しいよ本気で。妖精さんたちも順番待ちができてるから一回撫でたり粉投げたりした後はさっと離れてくれるんだけど、数が多いからなかなか終わらない撫で撫でラッシュ。
ちょっと泣きそうになってたら、リィフィさんが「今並んでる人までで締め切りー!」って列整理してくれたのだった。超助かる、本当にありがとう!
きらっきらの妖精さんたちがようやっとはけたころには、卵まできらっきらのつやっつや虹色プリズム状態になっていた。
「イオくん、家の新入社員、どうやらアイドルのようです……」
これどういう状態? なんでこんなつややかに輝いてるのこの子。えーと感情は……ちょっと疲れたねー、みたいな? お前ー、そんなつやつやしといて疲れたとか絶対嘘じゃん!?
「別にアイドルでも虹色でも構わんぞ、ナツを乗せて走れるなら」
冷静なイオくんの返しに、虹色に発光する子に乗って走るのちょっとやだなと思いました……。カブトムシとかでもいいから虹色だけはやめてね、頼むよ卵さん。
「大丈夫だった? ごめんなさいね、私がこんな目立つところで見せてって言っちゃったから!」
「リィフィさん、列さばいてくれてありがとう……」
「あらあら、随分祝福をもらったのね―。この分なら明日にでも生まれてきちゃいそう」
確かに、卵の魔力補充率はすでに80%だ。一応これ割合的には僕の魔力が一番多いから、契約獣として問題は無いんだけど、それよりもあの粉だよ。
「リィフィさん、あの光の粉って何なの?」
「祝福よ!」
「祝福……って、何?」
「妖精族の祝福ってちょっといいことが起こるやつよ。みんなが撒いてた粉は、妖精たちの魔力の結晶なの。色々言ってたけど、狙った効果をつけるようなものじゃないわ。ちょっぴり足が速くなったり、ちょっぴり器用になったり、なんかちょっぴりだけ能力があがるの。大したものじゃないわよ、妖精類は赤ちゃんが生まれたりしたときにみんなあれをやるんだもの!」
な、なるほど完全に身内扱いされたんだね。ありがとう皆さん。
良い効果があるものなら、普通に感謝しておこう。生まれたらもう一回こっちの朝市に顔を出して見せに来るのも良さそうだね。
「こっちの朝市って、もう一回来れる?」
「一回招待された人は、よほど悪さをしなければ次もまた来られるわよー。疑似空間とはいえ妖精郷に入ったのだもの、次から姿を消している妖精たちを見られるようになるから、声をかけて頼むといいわ」
「そうなんだ、よかった」
なんかさっきから視界の隅っこでお知らせが点滅してるんだけど、多分何らかのスキルを習得して、次回から自力で来られるようになるんだろうね。
次の更新は明後日予定です。




