10日目:妖精たちの商売
いつも誤字報告ありがとうございます、助かってます。
前回のあらすじ。フェアリーさんにツテがないって嘆いたら、なんかおっけーもらって別空間にやってきました。
……いやわからん!
「どこここ!?」
思わず口にするのも仕方がないことだと思う。すっごいパステルカラーで可愛い感じの、若干小さめなお店がひしめいているメルヘン空間。フェアリー族がきらっきらしながらあっちこっち飛び回っている。他にもケット・シーさんや小さい人型の妖精……コロボックル? もいる。あ、犬! あれがクー・シーだろうな。
そういえばさっきの声が妖精の朝市って言ってたっけ。
そんな事を考えながらぼけーっと周辺を見ていたら、奥の方からすごい勢いで飛んできたフェアリーさんが2人。
「はい! リィフィ連れてきたわよー」
「はい! リィフィでーす!」
あ、はい。
すみませんねわざわざ。ということはあなたが僕たちをここに連れてきてくれた人かな? ありがとうありがとう。丁寧にお礼を言うと、フェアリーさんは「どーいたしましてー! 楽しんでってねー!」と明るくウインクしてくれた。良い人!
「リィフィさん、突然ごめんね!」
「まあ、ナツさんとイオさんだったのね! お二人なら問題ないわ、クルジャとも仲良くしてくれたし、もはや身内のようなものよ!」
「身内判定はやいな!?」
そういうのはもう少しじっくり考えたほうが良いよリィフィさん! 僕たちは悪人じゃないけど、悪人は平気で嘘を付くものなんだよ! と一応伝えたけど、「大丈夫よー」とリィフィさん。
「妖精は嘘とか悪意とかわかるから問題ないわ!」
「なるほど特殊能力が……!」
じゃあいっか!
「あの、リィフィさん。僕たち急にこっちに連れてこられたので、いまいち状況が分かってなくて。ここってどういうところなの?」
「あらあら、ミィティったら。また勝手にお客さんを連れてきちゃったのね。ちゃんと連れてくる前に行くかどうか聞けって言ってるのに」
「リィフィさんの友達ならおっけーだって」
「全くもう」
さっきの妖精さんはミィティさんというらしい。そのミィティさんはすでに「じゃあねー!」と会場の何処かへ飛び去ってしまっている。
「ここは妖精の朝市よ! 妖精類に属するフェアリーを中心に、ケット・シーやクー・シー、サンガに住んでいるコロボックルやシルキー、精霊なんかも参加しているわ」
「おおー」
「妖精類っていうのは、その昔妖精郷に住んでいた種族のことを言うのよ! そこそこ昔に妖精郷は地上と融合したから、今では完全な妖精郷として残っている場所はほとんどないわ! 一応、昔から地上に住んでいたヒューマンや鬼人、獣人などの人たちは人類、地下に住んでいたドワーフや輝石人などの人たちは地底人類に分類されるのよ。すごーく昔の分類だから、最近ではそんなの使う人滅多にいないけどね! そしてこの空間は、妖精郷を模して作られた疑似空間なの」
「へー、エルフは人類かな?」
「エルフは半人類で半妖精類よ! ずーーっと昔は人類と妖精類の間を行ったり来たりして橋渡しをしてくれていたらしいわ!」
「へー」
すっごいさらっと世界の歴史をぶっこんでくるなここの住人たち。妖精郷というのが地上に融合したってことは、妖精類の人たちは今大体地上に住んでるってことだね。
「えーと、ここは向こうの、人類の朝市とは別なんだよね?」
確認すると、そうね! とリィフィさんは頷く。
「妖精類が欲しがるものは、人類にはあんまり必要のないものが多いのよね。そして彼らが売りたいものは、妖精類にはあんまり需要がないの! そうすると、会場を分けたほうがスムーズよね、ってことでこうなってるわ」
「えっ、そうなの? 妖精さんたちすごいもの売ってそうなのに」
「私達が売り買いするものの大半は、多くの魔力を含んだものばかりなの! 例えばこのお店で扱っているマジックヤーンは、とても多くの魔力を含んだ毛糸なんだけど、これで作られた服は魔力の低い人が着ると息苦しく感じちゃうわ」
リィフィさんは他にも売っているものをいくつか紹介してくれた。
まず、魔力濃度の濃い宝石。これは一般的な人類がカットやカラットにこだわるのとは異なり、魔力含有量が全てなので、形が悪かったり曇っていたりしてもなんの問題もない。だけど、向こうの朝市では綺麗な宝石ほど欲しがられるから需要と供給が一致しない。それに、あまり魔力濃度の濃い宝石を持っていると、魔力の低い人には毒になる場合があるらしい。
それから、魔力を多く含んだ食材。これは人類にとってはそんなに美味しいものではないから、欲しがるのは妖精たちだけ。あとは魔力をためておけるアイテムとか、魔力の通りの良い杖の材料になる木材とか、とにかく魔力関連のものがたくさん売っているんだそう。
魔力に関するものは取り扱い注意のものも多くて、そういう意味でも会場を分けたほうが問題がなくてよいんだとか。
「このマギマッシュルームとかすごいのよ! 1個食べるだけで魔力がすごい勢いで回復するの!」
「えっ、すごいね!」
「でも生食限定なのよ。あんまり美味しくないの」
「ご縁がありませんでした!」
どんなに効果がすごくても、美味しいものの方が良い! 僕はMPポーション派です!
リィフィさんの説明のお陰で、朝市の会場が別れている理由は分かった。双方かなりの賑わいだし、どっちも人気があるんだなあ。僕としては、こんなにたくさん妖精類の人たちが街にいたんだと思うと、そっちに驚きだよ。
「それで、ナツさんたちは何を探しに来たの?」
問いかけられて、そういえば! と本来の目的を思い出した。
「お米のお酒! 探してます!」
「むむ! お目が高い!」
それならこっちよ! とリィフィさんがあっさり案内してくれた。向かったお店は大きなスペースに、果実酒や麦酒、葡萄酒、蒸留酒……様々なお酒を置いている。リィフィさんは慣れた様子でその店の店員さんに「やっほー!」と挨拶をして、店の奥の方へ僕たちを手招き。
「じゃん! こちらです!」
シンプルなボトルに入れられたお酒! ラベルにしっかりと『米酒』と書いてある。これこそが探し求めていた日本酒……そういえばこっちの世界では米酒なんだ? 僕たちの世界だと日本酒っていうんだよーって話をしてみたら、それを聞きつけたフェアリーの店員さんがすっと近づいてきた。
「ニホンシュやセイシュって呼び名だって、トラベラーさんたちには聞いたんですけどね。それだと何を使ったお酒なのか分かりづらいので、米酒が採用されたんですよ」
「ああ、たしかに原材料分かりづらいですねー」
「焼酎はわかりやすくて良いです、芋焼酎とか麦焼酎とか」
「焼酎も作ってるんですか?」
「もう少しで売れるレベルになると思いますよ」
眼鏡をかけた男性フェアリーさんが、得意げに眼鏡をくいっと押し上げた。
僕たちの世界でサービス開始する前に、ゲーム会社のスタッフさんたちが視察とか接続テストで結構こっちに入り浸ってたらしくて、日本っぽい食材やアイテムはその人たち経由で伝わってるんだって。カレーやうどんもその一つ……え、うどん屋さんあるんですか? どちらに? あ、ショップカードありがとうございます!
「イオくん! うどん屋さん発見!」
「よくやった!」
ショップカードを掲げたらイオくんに褒められました。ふふん、僕にかかればざっとこんなもんだよ!
僕がドヤっている間に、イオくんはさくさくと店員さんに質問し、米酒の味が甘口だとか度数がいくつくらいだとかを聞き取っている。
ふんふん、本来清酒と料理酒にはいくらか違いがある? へーそうなんだ。……えっ、お酒に塩を入れたのが料理酒で、甘みを加えたのがみりん……? へ、へー。そうなんだ。僕の家の冷蔵庫にはどっちも入ってないですね……。
料理しない人間には全然違いの分からない世界だった。みりんと料理酒って大体似たようなもんだと思ってたよ。そんなんで味付けどうするんだってイオくんが問いかけてきたけど、味付けなんて8割めんつゆでどうにでもなるじゃん……?
つまり、めんつゆさんは偉大なんだ!
イオくんが調理酒をケースで購入したあと、リィフィさんがさらに奥から持ってきた物がある。
「さっきのイオさんの説明を聞いて納得したわ。これがその『みりん』よね?」
はい、と差し出された瓶を手にとったイオくん。真剣な顔で瓶の蓋を開けて匂いを確認し、うむ、と頷いた。匂いは合格らしい。「確かめてみて」と小皿を差し出されたので、好意に甘えて少量を小皿に移し、ぺろっと。
「みりん! 合格!」
「やったー!」
「やったわー!」
わーい! とハイタッチした僕とリィフィさん。料理人が合格を出したなら食材として販売できるでしょう! リィフィさんは嬉々としてどんな料理に使えるのかを質問し、イオくんもてりやきとかの味付けのことを教えている。てりやき美味しいよねー、やはり鶏肉が良いと思うけど、たまにハンバーグをてりやきにするのもまた良し。魚だとブリのてりやきがまた美味しい。めっちゃてりやき食べたくなってきた。
「よく作ったな、みりんなんて」
「お酒を教えてくれたトラベラーさんが色々調べて教えてくれてたレシピの一つなのよー! 作ったは良いけれど用途がよく分からなくてちょっと持て余してたやつなの」
「そうなのか。とりあえずケースで買いたいんだが」
「お買い上げありがとう!」
これでイオくんの料理のレパートリーがまた増える……! つまり僕が美味しいものを食べられる! 手始めにてりやきチキンをお願いしたい。てりやきチキン丼にしても良いと思う!
「そういえば、米酒を作っているのはフェアリーさんなんだって聞いたけど、どうして?」
「お酒は魔力を回復させるからよ!」
フェアリーの店員さんが店の奥からみりんを出してくるのを待つ間、疑問に思っていたことをリィフィさんに聞いてみる。リィフィさんがわかりやすく解説してくれたところによると、魔力を回復する物は妖精たちが管理するのが通例なのだそう。僕が愛飲している美味しいMPポーションもフェアリーさんたちが管理している薬草から作られている。
「その薬草からアルコールも作られるのよ!」
「なるほど……!」
だからその延長上で酒類もフェアリーさんが関わっている、と。
「単純に、あの薬草は扱いが難しいのよ! 魔力の弱い人が触れるとすぐに枯れちゃって、加工ができないの。妖精類は魔力が豊富だから適任なのね!」
「そうなんだ? じゃあ、僕たちトラベラーも扱えないのかな」
「エルフとフェアリーなら大丈夫だと思うわ。薬師さんなら、ある程度加工済みの材料を買ってもらうことになるんじゃないかしら」
「なるほど」
元々の薬草を販売するんじゃなくて、一度妖精類の人たちが加工して、粉末化したり液体化したものを材料として買ってもらうって感じなのか。
へー、調薬も奥が深いなあ。




