10日目:魅惑の朝市
早朝5時、さくさく朝市の会場へ向かいながら、ちょっとだけ語りたい。
幸運というパラメーターについて。
アナトラでは「幸運」という呼び名だけど、他にも「運」「LUCK」「フォーチュン」などの呼び方になることがある。全体的には「LUCK」の採用率が高いように思う。最近のゲームって横文字表記がデフォルトのやつが多いんだよね。
で、この幸運。
上げたからと言って何が変わるのか、が非常に分かりづらい。これはもうどのゲームでも共通。例えばフロ戦だと、LUCKを上げるとクリティカルが出やすくなり、レアドロップ率が上がると言われていた。ブレファンではレアドロップ率上昇とレアボス遭遇率アップ。イリュージョンアースでは全てのドロップ率の上昇と命中率補正。アナトラでは何が上がるのかまだ分かっていないけど、まあ大体同じ感じだろう。
ドロップに影響するのは全てに共通だけど、例えば0.1%のドロップ率が0.2%や0.3%になったところで、それって実感できる? って話になる。1%が2%になったって無理でしょ。
そうなると、そんな誤差の範囲内でしかないところを、わざわざ強化するだろうか? しないよね。
何が言いたいかというと。
「SP20も支払ったんだから目に見えて効果あって欲しい!」
ってことなんだよ!
「って言ってもな。そんな不毛なステータスになぜそんなにPPを振ったんだ」
「正直僕もそう思う。レベル15までに幸運40って、エルフは初期幸運値が14だから、26もPPをつぎ込んだのかと思うとちょっとやらかした感があります」
まあエルフだからある程度は自動で振られているんだけれども。それにしてもここまで幸運にPP振る人は滅多にいないと思う。たまーに配信者さんとかが縛りプレイで「幸運極振りでどこまでいけるか動画」とか上げてるけど、大半途中で挫折してるしなあ。
「もうここまで突っ走ったら、今後も幸運を伸ばしていくしか無いんだよ僕は! なのでなんか良いこと起これ!」
「手始めに朝市で日本酒見つけて欲しい」
「それはカツ丼のために頑張る!」
ちなみにこの<グッドラック>というスキルについて、掲示板に報告はしてもらった。イオくんに。
反応は、「ええ……? 幸運40とかマジかよ」って感じ。わかるー。いくら赤文字特殊スキルとはいえ、幸運にそこまでのPPをつぎ込む余裕はねーよ、って感じ。自動で幸運にPPが振られるのは種族エルフのみなので、他の種族にしてみれば……例えば僕が物理防御力を40まで上げる感じになるわけで。
初期から計画的に上げるならまだしも、途中から方向転換して取りに行くには向かないやつだよ。
そんなわけで、現在実質エルフ専用スキルみたいになってる<グッドラック>さん。僕以外にも、報告を読んで取ってみたよっていうエルフさんが何人か現れた。体感としてかなりレアドロップ率は上がるらしいとのことだ。
ただ、他の項目がねー。
レア遭遇率UPが「全ての事象に関してレアな物・人・イベント・その他の遭遇率が上昇」、レアイベント発生率UPが「発生率の低いイベントの発生確率が上昇」、って感じの説明でねー。こんなの検証のしようがない。上昇してない人との比較もできないから体感できないよ。
一応、このスキルを取ったエルフさんがイチヤで味噌と醤油に遭遇できた! って報告はあったけど、どの程度の上昇率なのか全くわからんね。
さあ、そんな話に一区切り付いたあたりで、やってきました朝市。
一応この会場は早朝4時から開いている。最初に行われるのが、ゴーラの新鮮魚介類や各地から集まった肉食用の動物・魔物の競り。食材は鮮度が命なので、良いお店のシェフが直々に買付に訪れたりするらしい。お店の人たちは、この競りで食材を落としたら速攻で帰って仕込みに入らないといけない。なぜなら「どこどこの店のシェフがなんとか肉を競り落としたぞ!」みたいなのが速報で広まっちゃうからだ。これはグルメガイドに載ってた情報だよ。
当然ながら、これを目当てにサンガに来る人もいるくらいのサンガの名物。とんでもない人混みである。インベントリが無かったらスリに速攻でお財布を取られるレベルだ。
「案内図あるぞ、どこから行く?」
イオくんが出入り口付近に大きく掲げられている案内図を指差す。えーと、会場はほぼ正方形。今いるのは四角形の南側で、メインゲート。東西に荷物搬出用ゲートがある。メインゲート付近が食材の店で、一番規模が大きい。奥の方へ行くとだんだん魔物素材や画材、木材、繊維などの各種素材になっていくのだそう。
「まずは目指せ日本酒だよイオくん! 僕はSP20の力を信じなければならない……っ!」
僕の大好物、カツ丼のために……!
「ナツは食い意地張ってるくせに自分で料理はしないんだよなあ」
「生煮えとかなんかこれじゃない感じの味になるからしない! 料理は料理人に任せるべし!」
世間には美味しいものが溢れているんだから、無理せず美味しいもの作ってくれる人に感謝して食べる方に専念してもいいと思うんだ、僕は。アナトラではさすらいの料理人騎士に任せます。
僕たちは食料を売っているところをとりあえず練り歩くことにした。
っていうか入ってすぐのところに屋台を置くのってずるいよねー。早起きしたからかあんまりお腹減ってなかったのに、目の前で美味しそうな食べ物を焼かれたらさ……。あっ、貝! 貝がありますイオくん!! ムール貝じゃないあれ? この香りはバター焼きですね……お姉さんそれ5つ!
「いや屋台は後にしろ?」
「だって貝売ってるの初めて見たし!」
ホタテ! ホタテはありませんか! 僕にホタテのバター醤油焼きを与えたまえ!
って血眼になってたらイオくんに引きずられました。くっ、残念ながら筋力5なのでドナドナされる……。こうなったらホタテを見つけて買ってもらわなきゃだ。
誘惑の多い屋台ゾーンを強制的に突破され、イオくんが最初に足を止めたのは野菜を売っている店の前だった。イチヤで買いだめした野菜よりも種類が多い。
「白菜、ニンニク、茄子、レンコン、ごぼう……」
ここで売っているきのこはマイタケっぽいのとエノキっぽいのがある。<鑑定>してもきのことしか出てこないのってバグでは? 毒は無いらしいから良いんだけれども。
「ナツ。カツ丼にはグリーンピースと三つ葉どっち派?」
「三つ葉! でもグリーンピースはグリーンピースでよろしいと思います!」
「だとしたら汎用性で行くとグリーンピースだな」
豆は体にいいってお母さんが子供の頃からずっと言ってるし。洗脳のように言われ続けたからか、僕は豆類結構好き。でもグリーンピースは食感が苦手って人も多いみたいだね。
イオくんの買い物が終わってさあ日本酒探そう、と歩き出した途端、2つ隣の店の前でまた立ち止まる。このお店は……塩だ。塩のお店だ。
「岩塩、粗塩、産地別……っ!」
イオくんの目が様々な塩の瓶に釘付けだ。いや、塩は料理の味に影響するし、別にいいんだけど、イオくん自分で料理人否定してるくせにこだわるなあ!
「イオくん、買うなら2つまでで」
「よっしゃちょい待て!」
とても生き生きしているのでイオくんはそろそろ諦めて、自分が料理人だって認めたら良いと思うよ。
多少迷ったものの、スパッと2種類を買い求めたイオくん、その流れで次の店へ。またしても足が止まったわけだけれども、ここに売ってるのはハーブ類だ。ローリエ、バジル、ローズマリーにミント。あれなんだっけ、クレソン? こっちがタイムで……シソ! シソだ! パセリもある!
「ナツってパクチー食える?」
「食べられるけど苦手!」
「よし」
良いらしい。さてはイオくん苦手だな? そういえばイオくん、僕の家の鍋にお呼ばれした時、華麗に春菊避けてたからなあ。味が強そうなの苦手なのかな。
イオくんはここでもお金を惜しまずガンガン買った。特にシソとバジル多め。シソが入手できたということは和風の食べ物が色々と捗るので大変素晴らしい成果だ。会計を終わらせたら、さて今度こそ日本酒を探しに!
……と、思ったら6歩目でまた立ち止まるイオくん。どうしよう筋力5ではとてもイオくんを引きずってこのゾーン抜けることができない。財布の残高が0になるまで付き合うべきかなこれ。
「オリーブオイルだな」
「おお」
今度のお店はなんかおしゃれな瓶に詰められた黄金色の油だ。オリーブに似てるけどオリーブでは無さそうな果実のイラスト入りなので、多分現地の言葉ではオリーブオイルじゃないんだろうけど、トラベラーが自動翻訳で得られる名称はオリーブオイル。
お店の店員さんが、この油は体に良くてカロリーが低くて云々、と色々語ってくれるのを熱心に聞くイオくんの隣で、わー瓶の形が綺麗だなーとぼんやり思っている僕である。油って買おうと思うと意外と高いよね。オリーブオイルとか自分では買ったこと無いなあ。
イオくんは結局2種類の瓶を3本ずつ買った。生食用と加熱用で使い分けるらしい。イケメンはオリーブオイルの扱いに長けてなければならないのだ……って高校の時のクラスメイト女子が言ってたのを思い出す僕である。
今度こそ、日本酒を探しに歩き出した。
……そして今度は僕がストップ。だってこのお店見てご覧よ。
「イオくん! チーズ!」
「はいはい」
ヨンドから直送の! 乳製品のお店だよ!! 牛乳そのものからチーズ、バター、ヨーグルトまで! ここで足を止めなかったら食いしん坊を名乗れないね!
まあどれを買うか決めるのはイオくんですが。僕も一応、モッツァレラチーズ食べたいです、って主張はしておいた。イオくんはこういう時ちゃんと僕の意見も採用してくれるのでとてもいい友人であると思います。
牛乳とバター多め、チーズそこそこ、ヨーグルトは少しだけ購入。試食もあったからちょっと食べさせてもらったんだけど、チーズって種類によって結構味が違って面白いね。
さて次は……と周辺を見回したところで、ようやく発見されたお酒の店。
わくわくしながら店舗を覗いて……うーん、それらしいものは置いてなさそう……?
「すまない、米から酒を作っていると聞いて来たんだが、この店では扱ってないのか?」
ざっと店内を確認したイオくんは、さくっと店主さんを捕まえて質問をしている。こういう時だらだら探し続けても見つからない事が多いからね。
「ああ、米酒だね。あれはまだ最近作られ始めたばかりだから、うちの店では扱ってないねえ。確か、トラベラーさんたちの世界の技術なんだろう?」
「ああ、ぜひ手に入れたくてな」
「ナナミでは酒屋にもわずかながら流通しているそうなんだけど、サンガでは食事処優先で卸すから。もしフェアリー族に知り合いがいるなら聞いてみると良い」
「フェアリー族?」
「ああ、サンガでは酒類を作っているのは主にフェアリーたちなんだ」
へー! そうなんだ。何か理由があるのかな?
うーん、でも僕たちの知り合いでフェアリーさんなんて……リィフィさんくらい? 名前は教えてもらったし、友好的な会話もしたけど、クルジャくんならともかくリィフィさんとは「日本酒探してます!」なんて話ができるほど親しくは無い……よね。
僕がむむむと唸っていると、イオくんもこころなしかしょんぼりした表情で首を振った。
「さすがにツテが無いな」
「ダメ元でリィフィさんに聞いてみてもいいけど、不躾だよねえ……」
前段階として、飴屋さんに何回か顔を出してリィフィさんとある程度仲良くなってから、になるかなあ? なんて僕が思ったその時である。
「リィフィのお友達? それならおっけーよ!」
唐突に、何もないところから声が聞こえたような気がした。
いや確かに聞こえたと思う。その証拠に僕とイオくんが同時に右方向を見たんだから。2人に聞こえているなら幻聴じゃない。でも、なんの声? と不思議に思ったのも束の間。
ぐわん、となにかに引っ張られたような感覚。
「え?」
「は?」
引っ張られて1歩、2歩。3歩目で柔らかいクッションに当たったような感覚。
そして――。
「ごあんなーい! 妖精の朝市へようこそ!」
4歩目。僕とイオくんは、なんだかよくわからないうちに、さっきまでとはまるで違う、メルヘンなパステルカラーの空間にいたのであった。
別空間……?
ここ別空間だよね!? どういうこと!?




