閑話:とあるプレイヤーたちの話・3
ケース1:とある絵描きの馬車の旅
「はい、できた。ローラちゃん、これでどうかな?」
「わあ!」
素敵! と15歳の少女・ローラちゃんが目を輝かせる。そんな表情を見ると、描いてよかったなあとベルキの心は和むのだった。
「すごい! 似てるね!」
「飾らなきゃだよローラちゃん!」
「うん! ベルキさんありがとう! こんなに美人に描いてもらえて嬉しいよ!」
「いやいや、モデルさんが良かったんだよ」
きゃっきゃと喜ぶ少女たちに、ベルキはやんわりと微笑んだ。リアルなら、こんな少女たちとの交流は即通報される案件かもしれないが、アナトラの世界では大人も微笑ましく見てくれるのでありがたい。
「でも、本当にお金払わなくていいの? 絶対に売り物になるよ」
綺麗な栗毛を左右でおさげにした、大人しそうな少女・ローラ。彼女は頬を紅潮させて問いかける。
だが、渡したのは鉛筆書きのスケッチだ。さすがにこれでお金を取るのはどうだろうか、とベルキは思った。ベルキは本名を鈴木という。なんと現役の美大生だ。絵を描くことが好きで好きでその道に進んだが、自分よりも上手い人たちがたくさんいて、ひっそりと自信を無くしている絵描きだった。
水彩画が好きで、将来的にこれを仕事にできたらどれほど良いだろうと思ってはいるが、最近は納得のいく絵が段々と描けなくなってきて焦っていた。
少し、気分転換をしてみたらどうだろう。
そうベルキに言ってくれたのは幼馴染だった。最近のベルキがあまりにも余裕なく見えたのだろう。紹介されたVRゲームは確かに美しい景色のものだったが、ベルキはあまり戦闘を主題にしたゲームには興味が持てず、その時は断った。とはいえ、親しい人がくれた助言なのだ。心の片隅には、なんとなく引っかかっていた。
ある日、ふらりとゲームショップに立ち寄ったのも、幼馴染の言葉を覚えていたからだ。あのゲームじゃなくても、例えば農場を経営するようなゲームとか、宇宙が舞台のものとか、ちょっとした非日常に浸れそうなゲームなら良いかもしれない、と思った。そこでベルキは、このゲームのPVを目にすることになる。
さあ、旅に出よう。君だけの地図を埋めるために。
耳に残ったのは、そんなアナウンス。そして、草原を駆ける馬、飛沫を上げて進む船、海から川へ、川から山へと移り変わる景色。誰かの墓に、花を捧げる老女。家族の肖像画を胸に抱く青年。夕暮れの土手をゆっくりと並んで歩く、フェアリーと小さな子供。
吹き抜ける風のように森林を駆け抜け、視点は街へと移る。
活気ある町並み、それが崩壊していく容赦ない攻撃、崩れた瓦礫の中に呆然と立ち尽くす人影、そして、そこから街が再び息を吹き返すまで。
それは、いつか見た生命保険会社のCMをベルキに連想させた。人生のかけがえの無い瞬間を写真に残した、あのCMだ。しんみりと優しい歌に乗せて写真が次々に流れていくあのCMが、ベルキはとても好きだった。
ほとんど衝動的に、ベルキは先行体験会へ応募していた。そして数カ月後に当選の連絡が届き、今、彼はここにいる。
ニムの職人通りの裏手には、手仕事をする人たちが路上で小物を売るフリーマーケットがあるという。その噂をイチヤで聞きつけたベルキは、次の行き先をニムに定めた。
ニムまでは平坦な道で、乗合馬車でまる2日だ。勇んで乗り込んだものの、食事の用意を忘れて困っていたところを助けてくれたのが、同じ馬車に乗り込んだローラとその家族だった。
「おすそ分け!」
と差し出された食事に、本当に感謝した。
そして、弾けるような彼女の笑顔を、久しぶりに、心から描きたいなと思ったのだ。
「良かったら、絵のモデルにならないかい?」
と口にするのは、少し勇気が必要だった。現代日本でそんなことを言って少女に声をかけるなんて、犯罪者だと誤解されてしまうくらい不審な行動だ。イチヤで入手したスケッチブックを差し出して、不審者じゃないですよと言い訳するために、こういう絵を描くんだよ、とページをめくって見せる。無理にとは言わないけれど、良かったら、食事のお礼に、としどろもどろに続けた言葉を聞いて、ローラはぱあっと表情を明るくした。
「いいの!?」
こうして今、彼女の手には鉛筆でスケッチされた似顔絵がある。
久しぶりに、本当に久しぶりに、楽しいスケッチだった。
髪型変じゃない? と何度も確認するローラを、優しい眼差しで見つめながら、かわいいよと頷く彼女の父親のマレク。美人に描いてもらいなよ、と鏡を貸してくれた同乗者の老婆。いいなあ、と無邪気に羨むローラの友人たち。人目のあるところでスケッチをするのは緊張したけれど、描いて良かったと思う。
「絵の具があったら、色もつけられたんだけどね」
ベルキは水彩が専門だから、スケッチだけだと少し物足りなく感じる。だが、イチヤにはすごく高級な絵の具しか置いてなかったので購入を見合わせたのだ。あれを買うには、とてもお金が足りない。せめて色鉛筆でもあればな、と考えていると、
「ほんと? ニムに画材屋さんあるよ! 私、案内してあげる!」
と、ローラが手を上げた。
「え、いいのかい?」
「うん! その代わり、絵の具が手に入ったら色もつけてくれる?」
ワクワクと目を輝かせて言うローラに、ベルキは「もちろん!」と答えた。むしろ、ぜひ色を塗らせてほしい。白黒のスケッチより、そっちのほうが上手く描ける自信がある。
「やったあ! じゃあ、約束ね!」
嬉しそうに飛び跳ねたローラと指切りをして、ベルキは久しぶりに、本当に久しぶりに、納得の行く絵が描けるような気がしたのだ。
後に、放浪の画家となるトラベラー・ベルキ。
彼の絵は主にプレイヤーショップのオークションで売られ、毎回住人たちの熱い入札バトルが繰り広げられるようになるのだが……それはもう少し未来の話。
ケース2:とあるJK達の徒歩道中
「えーっ! リンゴってば先輩にそんなこと教えたの!?」
「大丈夫かねぃ、先輩はVRゲーム初心者だって言ってたけどなぁ……」
こちらはニムへ向けて伸びる正道のすぐ横、フィールドを歩いていく女子高生4人組。レモン&メロンコンビと合流したのは、イチゴとリンゴ。赤い髪でショートカットの女性と、外側が赤、インナーカラーを黄色にしたセミロングの女性である。
4人はイチヤで合流した後、ニムに向けて旅立った。先にゲームを始めていたレモンとメロンが装備を用意し、初心者装備よりは多少良い武器をイチゴとリンゴに持たせることで、道中レベリングしながら徒歩の旅だ。乗合馬車は、ニム行きのものだけすごく混んでいて、予約できなかったので仕方がないのだ。
地図を埋めるゲームなわけだし、安全地帯もあっちこっちにあるのだから、徒歩で他の街へ向かう人たちもそこそこの数いる。4人の周辺にも、ソロらしきお姉さんが後方に、男性の3人組が前方にいた。
「私はまず金策をするべきだという真っ当なアドバイスしかしていないぞ。0時スタートを吹き込んだのはメロンだ」
リンゴがそう言うと、
「いやいやいや、私は確かに0時開始って教えたけど、それは先輩がサーバーが混むんじゃないかって心配してたからだし! それよりリンゴが魔術士用の極振りビルド教えてた方がまずいと思う!」
とメロンが反論。
「それはまずいでしょ、先輩下手すると防御力10以下で敵に突っ込みそう」
「杞憂だ、レモン。先輩は狐系獣人で行くと言っていた」
「あー、獣人なら初期の物理防御12はあるか……」
レモンたちにとって、ルビー先輩はとてもお世話になっている人だ。この4人組、実のところ、遊ぶことに全力投球しているせいで学業の方がおろそかになってしまっている。そんな4人を見捨てることなく、毎回テスト前になると図書室で勉強を見てくれる心優しき女神、それがルビー先輩なのだ。
もう本当に先輩が来年卒業したらどうしよう、と真剣に悩むくらい頼り切っている。卒業式には先輩にすがりついて4人で泣いてやるんだ。
とにかく普段お世話になっている先輩に、少しでも楽しんでもらえたら……! という完全な好意から、先行体験会へのアクセス権を譲った。そしてお兄さんと一緒にプレイするという先輩の役に立ちたい一心で、様々なガチ勢アドバイスをしたのである。4人はルビー先輩が大大大大好きである。
「私、先輩のデバイスとID交換して、なにかわかんないことあったらいつでも聞いてくださいね! って言ったのに、連絡来ないなあ」
「そりゃあねえ、お兄さんと一緒ならこっちに質問は来ないっしょ、残念だったねメロンちん」
しょんぼりするメロンの肩を叩いてけらけら笑うのはイチゴ。
「ぐぬぬ、先輩のお兄さんを倒さないと頼ってもらえない……っ!」
「メロンはなんで戦うつもりなのよ……」
「不毛な。身内の方が頼りになるのは当然だろう」
「メロンちん、先輩のこと好きすぎぃ」
「大好きだよ! 当然じゃん!」
だから頼って欲しいんだよー! と叫んだメロンである。その気持ち、超わかる、と4人の心は一つになった。
「でも先輩、お兄さんと遊ぶっていうから、一緒にやりましょって誘うのは我慢した……」
「そうだな、あれほど嬉しそうに宣言されてしまうと……」
「しゃーないねぃ。先輩の笑顔が一番ってやつよぉ」
「休み明けに話聞きに行こう。その時なにか困ってたらアドバイスすればいいよ」
「やはり……先輩のお兄さんを……倒すしか……っ」
「やめれ」
「やめておけ」
「やめなさい」
メロンは猪突猛進な女子高生である。やると決めたら先輩のお兄さんに決闘を申し込みかねない。流石に全員で止めるべきだ。だって先輩はお兄さんと一緒に今楽しく遊んでいるはずなのだから。楽しく……先輩と……。
だめだ、心が闇に染まる前に、話題を変えよう。
「そーいや、如月はー?」
すっと話題を差し替えるイチゴである。
「朝まで一緒にやってたんでしょ?」
「ああ、如月くんならサンガ行くって言ってたよ」
「美食の街でうまいもん食って睦月に自慢するって言ってたねー」
「あはは! 睦月待たないんだ? 超ウケる」
睦月と如月は中学から仲が良くて、よく一緒にいる割には如月のほうがなにかと強い。まあ睦月が脳筋なので自然と如月がストッパーに回る事が多くて、そのせいで如月のほうが強く見えるのだろう。
「そういや、ナツさんとイオさんと乗合馬車で一緒になったらしいよ」
「えっ、そうなんだ。いいなー、イオさんめちゃめちゃかっこいいよねー」
「わかる、でも観賞用」
「だよね、あの人は観賞用」
うんうん、と頷きあったメロンとレモン。そして首をかしげるイチゴとリンゴ。
「なになに? ナツさんとイオさんって誰だよぉ?」
「イチヤで何回か会話した二人組なんだけどさ、イオさんが凛々しい系の美形でめちゃめちゃ綺麗な顔なの」
レモンが代表して疑問に答えつつ、その二人組をしみじみと思い出した。深い海の色のようなあの青い髪、涼しげという表現がピッタリの美青年だった。もしリアルですれ違ったら振り返って目で追うレベルの美形である。まあVRゲームだし、美化はされてるんだろうけども、それでも頭一つ抜けているように見えた。
「美術品か!? って感じの顔だったよー」
「ふむ。レモンが言うなら事実なのだろうが。観賞用なのか?」
不思議そうにするリンゴ。そして、顔を見合わせるレモンとメロン。
「……いや無理。私あの綺麗な顔の隣に並ぶ勇気ないわ」
「だよね。あと、ナツさんと一緒じゃないと……」
「怖い」
「それ」
しみじみと頷き合うレモンとメロンである。
「んん? そのナツさんってのは何者なんだぃ?」
「イオさんの相方さん。ほわーっとしたエルフさんなんだけど、雰囲気がすごく良い感じの人」
「なんか癒し系? 元気系? そんな感じの人だったねー。あの人が一緒にいるとイオさんも雰囲気が柔らかいんだけどね。ナツさんが離れた瞬間に、こう、空気が」
「スッ……って凍るんだよ」
「怖いんだよ」
「故に、観賞用」
「なる……ほど?」
実際には表情が消えるだけで怖い顔をしているわけではないのだが。イオは良くも悪くも自分に正直な男である。故に、楽しい時は笑うし、特に楽しくないときは表情を無駄に動かさない。そしてイオにとってナツは常に愉快な存在なので、ナツが近くにいると自然と笑っていることが多いというだけの話だ。ちなみにリアルであだ名が氷の王子様だったことがあり、それを聞いたナツは横っ腹がよじれるほど笑ったという。
「でもあの2人と一緒なら如月も楽しそうだね」
「あー確かに、特にナツさんはなんか面倒見良さそう」
「まあせっかくのゲームなんだしぃ、如月も一人よりは誰かと一緒の方が楽っしょ」
「取り残される睦月が多少不憫だが……」
そう、ゲームは誰かと一緒のほうが楽しいのだ。先輩がお兄さんと一緒のように。……先輩、何か困って連絡くれないだろうか……!
メロンが未練たらしくフレンド欄を確認した、まさにその時だった。
「……! 先輩からメッセージ来た!」
「マジで!?」
「ルビー先輩が困っている!」
「確認しろ! そして今すぐ読み上げろ!」
「ラジャ! えーっと……転職の書ってどう使えば良いものなの……?」
「知らん話題来たぁ!?」
「先輩からの質問に答えられぬ……だと!?」
「掲示板にも情報載ってないんだけど完全初見情報じゃないそれ!?」
JKたちは掲示板を隅々まで探したが、該当する情報は得られず。それっぽい記述がないかと公式サイトを探したが、何も見つけられず。せっかく質問くれたのにお役にたてなかったー! と涙目になるのであった。
ま、負けない……! いつか絶対先輩のお役にたってみせる……!
JK達の戦いは始まったばかりである。




