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閑話:とあるプレイヤーたちの話・2

・ケース1:とある兄妹のロクト


「ふいー、やっとついたよお兄ちゃん! ここが宝石で一攫千金を狙えるっていうロクトだね! 山と岩場ばっかりだねー!」

「元気だなルビー。お兄ちゃんはもうリアルで寝たいよ……」

「1日の徹夜くらい平気平気! 宝石を掘り当てるまでがんばろっ!」

 今まさに乗合馬車から降りてきたトラベラーの兄と妹。兄の方はヒューマン、妹の方は狐の獣人のようだ。彼らは正真正銘の兄妹であり、この先行体験会へのアクセス権はルビーが高校の後輩から譲り受けた。


 昔は仲が良かった2人だが、違う高校へ通うことになったことから会話が減り、兄が大学生になってしまった最近では顔すら合わせない日々が続いていた。そんな中で譲ってもらったこのアクセス権。

 妹のルビーはあまりゲームに詳しくないし、VRゲームもフルダイブは初めてで不安があった。それに比べて、兄のエメラルドはイリュージョンアースとかいうVRのフルダイブゲームの経験者だ。もうこれは巻き込むしかない。

 一緒にゲームしてほしいの! という誘いに、兄も喜んで乗った。最近は会話も減っていたし、家族のコミュニケーションを取るには良い機会だと思ったのだ。妹のVRゲームデバイスを設定してやったり、ゲームもPVを一緒に見たりと、最近は和気藹々と過ごしていたのだが。

 兄には一つ誤算があった。

 妹は、やると決めたら全力投球だったのだ。


「まさか0時スタートだとは思わなかったよ……知ってたら仮眠を取ったのに、なんで教えてくれないんだ……」

「もー! いつまで言ってるの! ごめんってば! でも普通こういうのって、初日は0時に始めるものだって後輩が言ってたんだもん」

「ガチ勢の考え方だよそれ!」

 そう、妹は妹なりに、VRゲームについてちゃんと調べていたのだ。ゲーム慣れしている兄に迷惑をかけまいと、基本的なことは全部ちゃんと詳しい人に聞いていた。ただ聞き取りをした相手がガチ勢だっただけで。


「リンゴちゃんもメロンちゃんも、そんなゲームオタクって感じの子じゃないよ? お兄ちゃんの認識が古いのかもしれないじゃん」

「いやー? それはなくないかー? エンジョイ勢は絶対、朝起きて朝ごはん食べてからアクセスしてくると思うぞー?」

「それはそれでいいじゃん。馬車が空いているうちに移動できてよかったねってことで」

 まあ確かにその通りなのだけれども、ただエメラルドが眠いだけで、ルビーはめっちゃ元気だし。いや、思えば昨日妹が仮眠を取っていると知った時点で自分も寝ておくべきだったのだ、観察力が足りなかった。


「で、宝石を掘るんだって?」

「そうそう。金策? っていうんでしょ。良い武器を買うにはお金がいるから、まずは稼ぐことを考えるって聞いたよ!」

「正しい……全てにおいて正しいけどガチ勢の正しさだ……!」

 普通は、ゲーム初日から良い武器を買うことは考えないものなのだが。しかしそれを聞いたルビーが一生懸命考えた結果として、ロクトで宝石を掘ればいいんだ! と閃いたというのならば、兄としてはなるべく意に沿うようにしてやりたくはある。

 2人はまず、ロクトのトラベラーズギルドの転移装置にギルドカードを登録し、いつでもイチヤとロクトを行き来できるようにした。それから宝石が出るという鉱山の、トラベラーが入っても良いところを確認し、そちらへ向かう。

 鉱山は入り組んでいるところが多いため、素人同然のトラベラーはあまり奥まで入れない。鉱山夫と一緒に入るか、鉱山夫に弟子入りして学ぶことで、入れる場所が増えるのだそうだ。


「けどまあ、何を掘り当てるかなんてのは運だからな。この辺の浅いところでも、お宝が出るときは出るんだぜ」

 とは、説明役のドワーフ談。

 そしてミニゲームのようなものが開始されるのだった。

「えーと、まずは参加費、1人500G!」

「2人で1,000Gだな。ほい、支払い」

 トラベラー用採掘場の受付で参加費を支払うと、2人にはツルハシが支給される。これについては自分のものを使っても良いが、規定の大きさを超えてはいけない。2人はマイツルハシなんて持っていないから、当然支給品を使う。

 この1回分の参加費で、掘ってもいいのは1人5箇所までだ。


 採掘場に入ると、採掘可能な場所は淡く輝いて見えるようになっている。この光っている場所を掘れば、最低限の安価な鉱物は保証される。ただし、高価な宝石や珍しい鉱物を掘り当てる可能性はかなり低い。

 光っていないところを掘ると、何も出てこない可能性が高いが、思いがけないレアな物を掘り当てる可能性もある。

 つまり、これもまた別の形のガチャである。

 リアルマネーを課金させるタイプではなく、ゲーム内通貨で引けるガチャであることは良心的だが。


「さあ行くよお兄ちゃん! 目指せ一攫千金!」

「うん、お兄ちゃん眠いから早く終わらせて一旦寝ような?」

「気合で宝石を掘り当ててね!」

 だめだ、ルビーは張り切っている。この状態の妹に勝てるわけないことを、エメラルドは経験から知っていた。だって兄だし。妹にはいいところ見せたいんだよ。結果眠い体に鞭打って妹が納得するまで付き合っちゃう未来が見える、見えるぞ。

 どこにしようかなーと採掘場をうろうろする妹の後ろ姿を見守りながら、エメラルドはとっとと終わらそうとその辺に適当にツルハシを叩きつけた。ふわっとあくびが出そうになって、慌てて噛み殺したことで手元が狂ったのはなんとなくわかった。

 がきん、と岩にぶつかる硬質な音が響いた後、ドロップ品が落ちる。

「は?」

「え?」


 バサッ、と。

 鉱石ではありえない音がした。


「……本?」

「なんで? 宝石は?」

 今は鉱山の採掘場にいて、鉱石や宝石を掘っているところなのだが。

 訳が分からず、エメラルドはその場に落ちていた本を拾い上げた。掘ったのはエメラルドなので、彼にしか拾えないのだ。タイトルが……読めないので中を確認しようとして……。


『特殊職業:戦闘鉱夫への転職が可能です。転職しますか?』


「……し、しません!」

 ページを閉じた。

 これは、うっかり開いてはいけない本だ!


 後に、この転職本は個人ショップにてオークションにかけられ、とあるドワーフプレイヤーにとんでもない高値で落札されることとなるのだが、それはまた別の話。




・ケース2:とある鬼人のサンガ


「か、かわいい……っ!」

 トラベラーの鬼人・美月は語彙を失っていた。

 頭の中をぐるぐる回る単語はとにかく「かわいい」というただそれだけ。ふわっと足に当たる軽やかな毛並みの柔らかさ、そして自分を見上げ、メェーと小さく鳴いたウルトラキュートな声、つぶらな眼差し、存在そのものがかわいい。まさにかわいいの権化、かわいいの使者。

 美月はよろよろとその場に崩れ落ち、メ? と首を傾げた小さな羊さんをぎゅうと抱きしめて叫んだ。


「かわいいいいいい!!」


 もう、史上最強にかわいい。パーフェクトかわいい。おかしい、こんなかわいいことってある? こんなにかわいかったら世界取れるんじゃないの?

 美月は動物が好きだ。リアルでも動物動画を見ているときが一番癒やされる時間だと思っている。だが、重度のアレルギーがあるため、ペットを飼うことはできなかった。

 ふわっふわもっふもふの動物が好きなのだ。でも、抜け毛でくしゃみが止まらなくなってしまうし、目も痒くなってしまう。大好きなのに触ることさえできない地獄のような状態なのである。

 そんな中、友人に勧められたのがVRゲームだった。

「VRでなら、美月も動物と触れ合えるよ!」

 ――まさに天啓。


 そんなわけで、数年前から美月の趣味にVRゲームが加わった。

 長いこと「あにまるフロンティア」という、動物と一緒に探検しつつ自分の拠点を発展させる、半分ソロゲーみたいなまったりとしたゲームをやっていた。パートナーとなる動物を犬系と猫系から選べるのだが、それがまあめちゃくちゃ可愛いのだ。

 動物関係のVRゲームといえば、「アニマルプラネット」や「マイファーム・オンライン」があるが、それらは動物収集系ゲームなので美月はちょっと惹かれない。違うのだ。たくさん集めたいわけではないのだ。ただじっくりと、己の唯一無二と向き合いたいのだ。そういう人たちが集まっていたのが「あにまるフロンティア」だった。

 ところが、誠に残念なことにこのゲームは半年前にサービスを終了した。VRゲーム黎明期から地味にサービスが続いていた長寿ゲームだったが、最新VRデバイスのバージョンに対応できなくなったという理由でのサービス終了だった。これは仕方がないと言わざるをえない。

 だが、もはや美月には動物が隣にいない生活など耐えられなかった。


 美月は新たな移住先を探し、様々なゲームの情報を集めたけれど、どれもいまいちピンとこない。基本は流行っているゲームの後追いが多いので、どれもこれも動物を集めるようなシステムなのである。そうじゃない、そうじゃなくて!

 もしあなたがペットを飼う事になった時、何匹も無節操に集めるのか? そのすべてを平等に愛し、手抜きなく世話ができるのか?

 否! 否である!

 よほどの経済力がなければ完璧に世話はできないし、愛情はどうしても差が出るものだ。すべての猫はかわいいが、懐いてくれる子が一番かわいいと思わないか! すべての犬はかわいいが、寄り添ってくれる子が一番可愛いと! 思わないか!

 美月は変なところでリアリストだった。複数の個性の異なる動物を、全て平等に愛することなどできないと知っていた。序列はどうしても生まれるのだ、生き物なのだからそこは仕方ない。だからこそ、唯一無二の相棒が欲しい。

 そんな中で見つけたのが、このアナトラというゲームである。

 公式サイトのやたらと充実している契約獣のページを見て、ピンときたのだ。このゲームの制作には、絶対に極度の動物好きが関わっている! と。


 そんなわけで今、美月はここ、サンガの契約獣屋さんにいた。

 召喚士を職業にしなかったのは、先述の理由により契約獣たちを平等に愛する自信が無かったからだ。どうしても好みや能力に引きずられて格差がついてしまいそうで、そうなると罪悪感が強くなってしまってゲームを楽しめないだろう。

 あと本当に、本当に申し訳ないのだけれど、蛇系だけは苦手で。ランダムで蛇系の契約獣が来てしまったときにうまくやれるか分からなかったのもある。

 美月は鬼人の槍士を選択し、ソロで行動しつつ非戦闘用の契約獣と契約する道を選んだ。はじまりの街イチヤには契約獣屋さんがなかったので、戦闘に慣れてある程度の初心者装備を抜け出してから、ギルドの受付で最短で出発する乗合馬車を確認し、サンガへやってきたのだ。ロクトでもニムでも問題なかったが、たまたま直近に出発する馬車がサンガ行きだったので。

 そして今美月は、もふもふパラダイスにいるのだ。


「その子にするー? その子はハイドシープ、隠れることが得意だから、斥候に向いてるよ」

 ケット・シー族のシーニャが解説してくれているが、面前の子たちがかわいくてあんまり頭に入ってこない。カタログじゃよく分からないから実物に会いたいと駄々こねて良かった、本当に良かった。っていうか説明してくれているシーニャもめちゃめちゃかわいい。どうしよう1匹だけ選ぶとか無理かもしれない。

 美月は断腸の思いでハイドシープを手放した。まだこの子に決めたわけではないので必要以上に触れ合うことを自重したのだ。

「ほ、他におすすめがあれば、聞かせてください」

 胸が一杯になりつつもリクエストしてみると、シーニャは「大丈夫かな、この人」という感じの目で美月を見た。あんまり大丈夫じゃなかった。


「あそこにいるのがシャドウクロウ。かっこいい鳥でしょー? 夜間や洞窟に強いし、小さいものだけど魔物避けの結界も張ることができるよ。それに空からの偵察もお手の物だよー」

「す、素敵……!」

 シャープな感じの大型カラスだった。美月は鳥も美しい生き物だと思っている。かわいい路線もいいけれど、かっこいい路線も大変捨てがたい。

「この子はラヴィネ。ウサギ型の中では一番人気がある子でね、なんと寝る前に歌を歌ってくれるよー」

「そ、そんなかわいいことしてくれるのこの子!?」

 見た目は耳が長くて二足歩行のウサギさんだ。キュートなウインクを飛ばしてくるあたり、自分の可愛さをよくわかっているタイプと見た。だがそこが良い。

「こっちの子はユニコ。小型の馬に見えるけど、羽があるから飛べるよ。女性としか契約しないけど、移動にすごく便利な子だよー」

「ユニコーン! 乙女の夢ね……!」

 ぱっと見は白いポニーだけど、どうやら羽を隠し持っているらしい。馬は眼差しが優しくて愛らしいと思う。それに女性限定とか言われるとポイントが高い。

「この子はフォレストウォークっていう大型の猫。僕の3倍位大きいけど穏やかな子が多いよ。主に移動の役に立つけど、索敵もできるよー」

「ああああああもふもふぅうううう!!」

 もはや言葉はいらない。でっかいノルウェージャンフォレストキャットだ。もっふもふのふっわふわである。


 美月は今、人生で最大級に悩んでいる。どうすればこの中からたった1匹を選べるというのか。どの子も魅力に溢れていて、誰を選んだとしても相棒として申し分ないに決まっているというのに。

「わ、私は……、私はどうすれば!」

 無意識のうちに周辺に集まった動物たちをもふもふと撫でながら、美月は途方にくれるのであった。


「ねえクルジャ。あのお客さんもう4時間も悩んでるんだけど、大丈夫かなー」

「……多分? すごく、動物、好きみたい」

「限度ってものがあるでしょ……?」


 彼女が唯一無二の相棒を決めるまで、この後3日もかかることは、この時点では誰も知らない。


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