1日目:初戦闘をしてみる
「ねえイオくん、住人さんたちってさ、名前教えてくれる人とくれない人いるよね。なんでかな?」
「ああ、まあ推測ならあるぞ」
陽だまりの猫亭を出て西門へ向かう途中、ふと思ったことを口にしてみる。さっきのウエイトレスさん、会話があんなに弾んだのに名前教えてくれなかったな……と思ったので。
純粋に疑問なのであって、ナンパじゃないので許されたい。
「推測って?」
って言うか推測あるのか。さすがイオくん、よく思いつくなあ。
「今までの事例から推測すると、多分、住人は先に名乗らないんだよ」
「うん?」
「思い出してみろ、全員、こっちが名乗ったら名前を教えてくれただろ?」
そうだっけ?
……あ、確かにそうかも。ソルーダさんとか最初に話しかけた時は名乗ってくれなかったけど、二回目でこっちが名乗ったら名前を教えてくれた。あー、なるほど。そういうことか……!
「言われてみれば……!」
「だろ。多分これで当たりだと思うんだよな、それを確かめたくてさっき名乗らずに様子見したんだけど、やっぱあのウエイトレス名前教えてくれなかったし」
「先に僕に教えてほしかったその仮説!」
ステータス画面から行けるタブに、地図があるんだけど。
なんと、その地図からさらにタブ切り替えで、住民リストが現れる。相手が名前を教えてくれたらこのリストに載って、会いたいと思ったときに今どこで何をしているか確認できたり、ちょっとしたプロフィールを知れたりするんだよ。僕もさっき気づいたばっかりなんだけど。
例えばアーダムさんの家族構成が奥さんと1歳半の子供の3人家族だとか、ソルーダさんとお兄さんは仲良しだとか、そんな感じのちょっとした情報が載ってて、これは確実に沼ですね。
絶対、絶対、住民コンプリートしたがる猛者が出てくるはず。総数が出てないからコンプリートできるのかすらわかんないけど、でも一人でも多くの名前を知りたいって人は確実にいるだろう。僕もいろんな人の名前知りたい!って思ったし。
「まあ、でも他に人によって条件が違うかもしれないからな。兵士とかは、もともと友好的に接する職業だろうし」
「うーん、それもそっか。ちょっとハンサさんが謎過ぎたけど……」
「あの御仁については分からんな、どう考えても忍者なんだが」
「だよね」
闇に生きる人なんだろうか。住人リストのプロフィール欄には「多趣味、多芸の謎多きミステリアス」って書いてあった。確かにミステリアス……。
いや、もうハンサさんについて考えるのはやめよう、答えなんてきっと出ないし!
「あ、そうだイオくん。焼き鳥買っていこう!」
「ああ。そういえば美味かったな」
今日最初に買い物した店が視線に入って、僕は思わず提案した。美味しかったのもあるけど、フィールドで戦っててお腹空いたときにつまめるものあった方がいいし。これからお金稼ぐ予定だけど、万が一稼げなかったときに夕飯になるものがあると気が楽だからね。
「何本にするー?」
「1人5本くらいいいだろ。すみませーん」
イオくんが焼き鳥を10本注文し、ついでに名乗りを上げた。屋台のおじさんの名前聞いてどうするんだろうと思っていると、どうやら鶏肉の入手経路を知りたかったらしい。イオくんの謎話術であっという間に情報がもらえるので本当にイオくんなんでもできるなって思います。
「なるほど、サンガの養鶏所から」
「そうなんだよ~。でもさすがにちょっと遠いし、鮮度の問題もあるからね~。この屋台は1日おきに出店してるんだよ~」
「ちなみにこれ、何の肉なんですか?」
「ツノチキンっていう魔物だよ~」
なんとなく間延びしたこのしゃべり方が、焼き鳥屋台の店主・テールさんの特徴……なのかな? イオくんが名乗ったときに僕のことも紹介してくれてるから、僕も知り合いってことでいいよね。
「ツノチキンか……。美味い肉だし俺も欲しいんだが、この辺で狩れる場所はないか?」
「……ふむ、昔たくさんいた場所なら知ってるけど、最近はどうかね~。それに、今の君たちだと厳しいと思うよ~強いからねえ~」
「そうなのか、残念だ。俺たちで狩れるなら多少融通しても良いかと思ったんだが」
「本当に~?それはありがたいね~」
お、テールさんの顔つきがちょっときりっとしたぞ。
「うーん、そうだね~。君たちはレベルってやつがあるだろう? 8より上になったら、西の草原の奥に穏やかな森っていうのがあるから、そこへ行くといいよ~」
「レベル8以上……?」
「ま~今もそこにいるかわからないけどね~。あ、ツノチキンの肉が手に入ったらぜひ売ってね~」
おお? これってもしかしてクエストかな? 後でクエストリスト確認しよっと。
そして一つだけお願いがあるから、僕もイオくんにお任せしてないで会話しないと。
「テールさん、出来れば塩焼きも売ってほしいです!」
「塩か~」
「タレにはタレの、塩には塩の美味しさがあるので!」
「ふ~む。君はうちの屋台で最初に買い物をしたトラベラーさんだね~」
え。僕が最初なの? 嘘でしょあんなに美味しそうな匂いしてたのに……って思ったけど、そういえば僕とイオくんのログインってサービス開始直後だったっけ。それなら僕が最初でも不自然ではないか。リアルではまだ1時間も経ってないんだよね、なんか不思議だなあ。
「すごく美味しかったので塩も食べたいと思いました!」
「そこまで言われちゃうとね~。じゃあ、君たちがツノチキンの肉を持ってきてくれたら、塩も焼いてあげようかな~」
「やった、ぜひぜひ!」
わーい! と万歳した僕。そんな僕を苦笑しつつ見守るイオくん。……あれ、僕たち同級生だよねイオくん。ちょっと自信なくなってきたぞ??
「よし、じゃあ早い所レベルをあげてチキン狩りに行くぞー」
ごまかすように言うイオくんに背中を押されつつ、僕たちは西の草原へと足を踏み入れたのだった。
アナトラのレベルアップについては前にも確認してるけど、PPをゲットするにはプレイヤーレベルを上げる他に、転職すると転職ボーナスとして転職先に応じたPPがもらえたりする。
プレイヤーレベル10になると転職ができるようになり、現在の職業より上位の派生職業に転職したときのみ、ボーナスPPがもらえるらしい。
最初に転職可能になるのはプレイヤーレベルが10の時だけど、それ以降はプレイヤーレベルは関係なく、職業に応じて戦闘すると職業ゲージがたまっていって、ゲージがMAXになると職業レベルがあがり、レベルがMAXになると次の職に転職できる。
基本職から二次職に転職するのが一般的だけど、例えば基本職の魔法士と剣士をとって魔法剣士系の二次職を出したりもできるから、多分、基礎職→基礎職と転職したとき転職ゲージをサクッと上げて上位職への転職がしやすいようにサポートされるんだと思う。
でも、基本職から基本職への転職だと、ボーナスPPがもらえない。あくまで段階が上の職業に転職することでボーナスがもらえるのだ。
となれば、最初に目指すのはレベル10とボーナスPP。ちゃんと物理防御にもPPを振らないと……筋力? 知らない子です。
「そういやナツはいつも筋力全然ステータス振らないよな。なんで?」
「イオくん、僕はね、人生で最初にやったVRゲームで筋力極振りをしたんだよ。だって単純に強いじゃん? その時は双剣使って前衛でバッタバッタと敵を倒したもんだよ……でも」
「でも?」
「現実世界に戻ってジャムの蓋を開けようとした僕は、現実を思い知ったんだ」
「あー、開かなかったのか」
開かなかったです。
あまりにも虚しくなって、その日のうちにそのゲームは辞めてしまった……。まあ基本プレイ無料の入門用VRゲームだったから財布にダメージは無かったけどさ……。イオくんに出会う1年くらい前の話だよ、ははは。
リアルとゲームとのギャップがあまりに大きいとね、虚しいだけなんだ。僕はそれを知ってるから、筋力なんかいらないんだ……っ。
「ということはナツのリアル筋力も5くらいか……」
「そんな馬鹿な」
「ジャムの蓋くらい、いつでも開けてやるからな!」
「今は自分で開けられますぅ!」
瓶の蓋は温めれば開くんだ! 僕は学んだのだ! 一般的な男子大学生程度の握力はあるはずなので、筋力10くらいだし、多分! きっと!
あと物理的に力任せにぎゅーっと蓋を閉めるお父さんさえいなければ……一人暮らしをしているから今後困ることは多分ないよ。
さて、そんな雑談をしているうちに西門に到達したので、門番さんに挨拶をして外に出た。街に入る時と出る時は、門に設置されている円形の板にギルドカードをかざして出入りする。これで人の流れとか住人の出入りとかも管理されてるんだって。
もし隠れ里とかを見つけて住人さんたちを連れてくる場合には、門番さんに事情を説明して詰め所で身分証明書を発行する形になるんだって。今後そんな機会もあるかもしれないし、覚えておこうっと。
「さて、それじゃあバイトラビットとやらを倒してみるか」
「<感知>っと。うーん、これ自分以外の生き物を全部点で表示するからすごい使いづらいんだよね。プレイヤーなのか魔物なのかわからないし」
「早い所レベルあげて発展スキル出すしかないだろ、そこは」
「発展スキルになったら色分けしてくれるかな?」
「多分。それか敵だけ表示するとか? なんにせよ今より使いやすくはなるだろ」
だよねー。まあ頑張って使いまくるか。
僕たちはまだ現在レベル1なので、一匹ではぐれているバイトラビットを探して仕掛けることにする。幸い、このあたりの敵はこっちが攻撃するまで攻撃してこない、ノンアクティブタイプ。バイトラビットもそこら中にいるけど、群れっぽく近くにいても攻撃されたのが1匹だけなら他の仲間が一気に敵対したりはしない。
でも、意図せず巻き込んで敵が増えたら困るから、はぐれている敵を狙うべし。
「イオくん、あれがレベル2!」
「よし、じゃあ行くぞ」
他のプレイヤーもいないくらい端っこまで移動して、ちょうどいいバイトラビットを発見した。2人いるとはいえ、いきなりレベル5とかに挑むのはちょっと無謀だから、堅実に行かなきゃ。
イオくんは剣を抜いて、バックラーというのかな? 木製で円形の盾を左腕に装着した。正しい前衛の姿だ。
「行くぞ、【強撃】!」
「ギャンッ」
背後から忍び寄っての一撃に、バイトラビットは悲鳴を上げた。HPは1/4弱削れている。察するに【強撃】は<剣術>スキルのアーツだね。
スキルを取得すると使えるようになる技や呪文はアーツと呼ばれ、スキルレベルで色々な種類が覚えられるらしい。
「いくよー、【サンドアロー】、【ウィンドアロー】、【ファイアーアロー】」
僕も杖を構えて各魔法のアーツを放つ。どの魔法もレベル1で使える攻撃呪文で、リキャスト時間が短く使いやすいけど攻撃力は微妙。特にサンドアローはほとんどダメージを与えられてない。属性補正結構あるのかなあ。
3種類撃ったところで最後のファイアーアローが弱点属性だったらしくてバイトラビットのHPがぎゅんっと減った。そのままエネミーダウン。
バイトラビットは光の粒子になって消えて、視界の左下に『バイトラビットを倒しました。経験値を入手しました』とログが流れる。
あ、ドロップ品は自動でインベントリに入るっぽい?
「イオくん、ドロップ自動回収だよ!便利!」
「おー、楽でいいな。共有インベントリに入るのか」
「パーティー組んで倒したら自動でそうなるみたいだね。あとで分けよう」
経験値もレベル2まであと半分ってくらいまで溜まっている。最初はすぐレベルが上がるんだろうけど、次のレベルまでどのくらいか目安が見えるとやる気が出るね。
「HPの減りからして火が弱点だから、バイトラビットは風属性か」
「だねー。次は最初にファイアアロー撃ってみる?」
「ヘイト取るぞ」
「あ、やめときます」
そうだった、僕は後衛紙装甲なので殴られると死にます。
弱点属性はとどめに使うもの!
「<感知>っと、あ、すぐそこにいるね」
「あれか?よし、次はHP半分まで俺に任せてくれ、通常攻撃の威力知りたい」
「OK」
一応<鑑定>をかけると、バイトラビットはレベル3っぽい。敵のレベルが自分より上の場合、<鑑定>してもレベルしか出てこないんだよね。レベル差が30以上あると鑑定不能で???表示になっちゃうんだそうだ。逆に自分のレベルより低い魔物に<鑑定>をかけると、弱点や習性まで情報が出てくるらしい。同レベルだと確率で情報量が減ったり増えたりするんだって。
「よし、行くぞ、【強撃】!」
さっきと同じように、イオくんはアーツを発動した。HPの減りは、さすがにレベル3なだけあってさっきよりかなり軽減されている。アーツ使ってHPの減りは1/5……もっと少ないかも。
ギャーっと威嚇の鳴き声を上げながらイオくんに向けて突進してくるバイトラビットを、イオくんは盾でうまくいなしている。何度か通常攻撃を向けてダメージの減りを確認し、位置取りを変えながらHPバーを半分まで減らした。自分はダメージを受けずに、である。
さすがイオくん、危なげないなあ。
「よし、大体わかった!ナツ頼む」
「OK、【ウォーターアロー】、【ファイアアロー】!」
さっき使えなかった水魔法を放ってから、弱点属性の火魔法。
さすがに2レベル上だと弱点属性でもHPを削りきるには至らない。属性の強弱は火<水<土<風で、バイトラビットは風属性だから土以外で……と考えているうちに、横からイオくんが通常攻撃でノックアウト。
「ナイス!」
「おう、レベルアップだな」
与えたダメージから考えるとイオくんの方に多く経験値が入るべき、と思うんだけど、アナトラはパーティーで倒した敵の経験値は均等振り分けだ。設定で変えることもできるけど、イオくん曰く「2人でやるのにレベル差ついたらやりづらい」とのことなので、このまま進む予定。
ま、そのうち物理が効きづらい敵とかもいるだろうし、多分最終的には同じくらいになるでしょ。
「毛皮落ちた、これを集めればいいんだね」
「ナツのMPが尽きるまで狩ったら一旦売りに行くか」
「OK」
そういえばこのゲーム、レベルが上がるとMPとHPは全回復するっぽい。この仕様はありがたいね。
あと、最初のレベル10までは、プレイヤーレベルに連動して職業レベルも上がるから、次の転職時期が分かりやすいね。