9日目:勇者の話を聞こう
ギルド前通りに戻ってきた時、すでに時間は夕暮れ時だった。
赤く染まった空を見上げて、なんとなく息を吐くと、隣で如月くんも同じようにして、ポツリと、
「なんか、なんでこの国の人たちって、みんないい人ばっかなんですかね」
とつぶやく。
「ああ、そういえば嫌な人には会ったこと無いね」
「普通、腹黒いやつとか小狡いやつとか、いそうなもんだけどな」
「闇組織みたいなのも全然ありそうにないですし。いい人ばっかりだから、余計辛いなーと思います」
そういえば如月くんがやってたブレファンは、結構ストーリーそのものに毒があって、陰謀渦巻く感じなんだよね。だから嫌なやつっていうか、サイコパスみたいなのとか腹黒とか、分かりやすい悪役がかなりたくさん出てくる。僕たちは早いうちにやめちゃってたからリアルタイムでは体験してないんだけど、ずっと味方で助けてくれてた重要なNPCが実は敵だった! みたいなストーリーの流れになってめちゃくちゃ批判されてたっけ。
「まだ戦争が終わって10年で、戦後処理も終わってない。共通の強敵がいた事で一致団結していたから、まだそのままの空気なのかもな」
「あー。この世界の人たちにとって、戦争はまだ続いているものなのかもしれないですね……」
イオくんの言葉に、如月くんは何か納得したように頷く。僕も、なんとなく納得した。彼らにとって終戦というのは一旦の区切りに過ぎず、完全に終わったという気持ちにはなっていない、ということだろう。
「そっか、みんな、まだ戦ってるんだ」
それをなんとかするために、この世界の人達が戦争は終わったんだと実感できるように、僕たちは動かないといけないんだろうな。例えば今回みたいに遺品を届けたりして、気持ちの区切りをつけてもらうことで、それが成されるのかもしれない。
しんみりした気持ちでいると、如月くんはふいに振り返って問いかけた。
「ナツさんたちは、魔王を倒した勇者のことを知ってますか?」
「勇者?」
「その、住人たちと話してると、ちょくちょく魔王が倒された話が出てくるけど、そういえば勇者について誰も話してくれないなと思って。聞けば良いんでしょうけど」
「言われてみるとそうかも……? イオくん、なにか聞いたことある?」
「いや。だが、確かナツがボーッとしている間の会話で、ソルーダが「勇者たち」という言い方をしていたし、最初のムービーでも複数形で呼ばれてたから、何人かいるんだろうな」
へーそうなんだ。イオくんは僕がぼーっとしてるときに面白そうな話をしているね……! いや、ぼーっとすんなって話ではあるんだけど、別のことに意識引っ張られることはよくあることなのでそこは勘弁してほしい。確かに勇者についてはオープニングムービーでも少し触れられてたけど、そういえば「勇者たち」って言ってたような……? 僕が必死にそのムービーシーンを思い出そうとしていると、
「6人いたのよ」
と、横から声がかかった。
「あれ、プリンさん」
驚いて声の方を見ると、見慣れたプリンさんが立っている。ちょっと装備が変わってるから、サンガで買い物をしたらしい。
「みんな結局合流してたのね。私も入れてもらえばよかったわ」
「偶然ギルドで会ったんですよ。プリンさん休憩してますか?」
「これから仮眠に入るつもりなの」
プリンさんは近づいてきて、それより、と話をもとに戻す。
「勇者について、私も今日の午前中に話を聞いたばかりなの。タイムリーだったからつい話しかけちゃったわ」
「どんな話?」
「それがね」
話によると、プリンさんは午前中に念願の毛糸を手に入れ、手編みの製品を売っている小さな店を発見したのだという。そこで、店主のグロリアさんという女性と知り合って、雑談のはずみで勇者について聞いたのだそうだ。
勇者たちは、6人。ひとまとめに勇者と呼ばれることも多い。彼らは力をあわせて魔王を倒したが、その後生きて無事に戻ってきたのは2人だけだった。
盾役のドワーフ、『鉄壁』のドロワ。弓と付与魔法を使うエルフ、『一閃』のアンナ。魔法全般を扱うフェアリー、『閃光』のツィニィ。拳での遊撃を担う鬼人、『粉砕』のナカゴ。斥候と揺動が得意なヒューマン、『幻影』のランサ。そして双剣を使うアタッカーの獣人、『激烈』のガンダル。
……プリンさんよく覚えてたねこれ。僕、いまずらずら名前を羅列されても覚えきる自信がないんだけど。
ま、イオくんが覚えててくれるかな、多分。任せよう。
「この中で、生きて戻ってきたのはフェアリーとエルフの2人だけだったの。理由は、2人が後衛だから、ね」
「最後に何か強烈な自爆でもあった?」
「ナツくん、トレントがトラウマになってない?」
なってるなってる、超なってる。だっていきなり自爆するとかずるいじゃん! 自爆じゃないなら罠とか……? あ、それか魔王を倒すためにそれだけの犠牲が必要だったっていうなら、勇者のほうが自爆特攻した? 割りと色々考えられるね。
「魔王は勇者たちを罠にかけるために、部屋に仕掛けを施していたみたいなの。でも、勇者たちもそれに気づいて、魔王もろとも、というのが真相みたい。後衛の2人は、その部屋に入る前に仲間に止められたお陰で無事だった、ということね」
「自爆みたいなものでは……?」
「魔王は逃げるつもりだったみたいよ。それを4人の勇者たちがしがみついて逃げられなくしたんですって」
「なるほど……!」
脳筋……! 勇者たち意外と脳筋……!
いや、でも人生ノリと勢いで動かないと超えられない壁もあるので、そこは良いとして。命張って世界救ってるんだからそれは間違いなく偉業だよ。それに、確かに魔王を倒したという証人を残したのはとてもえらい。これがあるのと無いのとはだいぶ違うからね。魔王を倒した確信がなかったら、この世界の人達は平和になってもずっと魔王の影に怯えないといけないんだ。
「ああ。そういえばトラベラーが選べる人種がちょうどその6種だな。勇者にあやかっているのか?」
お、イオくんが別の角度から物事を見ている。これは頭いい人の気づきですね。
「あら、確かにそうね。この世界には他にも様々な種族がいるらしいから、きっと意味があるのでしょうね」
「ケット・シー族とか精霊さんとかいるもんねー。あ、あとオープニングムービーにはいた竜人さん! 竜人さんは神様の使いってことになってるから、さすがにトラベラーの選べる種族にはならないかもだけど」
「俺も、機人さんとか輝石人とかって種族がいるって聞いたことあります」
えっ、そうなんだ。機人さんって機械の人だろうけど、輝石人ってなんだろう? 輝く石って、普通に考えると宝石だけど……それが人になるってイメージできないなあ。
「……あれ? プリンさん、さっきの勇者の話、誰から聞いたって言ってましたっけ?」
僕が輝石人なるものをイメージしようと頑張って考えていると、如月くんがなにかに気づいたようにそんなことを問いかける。プリンさんは不思議そうに首を傾げて、
「グロリアさんよ。編み物のお店を持っている女性」
と答える。如月くんの表情がぱあっと明るくなった。
「編み物……! プリンさん、その方紹介してもらえませんか?」
「え?」
「……あ、なるほどな。あのショール、手編みか」
「それです! あれだけ心当たりが無かったけど、もしかして編み方とかでわかることがあるかも!」
……おお、素晴らしいひらめき……!
そういえばショールあったね。女性用っぽかったし、もし人によって編み方とか違うなら、誰が編んだかわかるかもしれない。
「グロリアさんのお店なら、すぐそこにあるのよ。えーと、今ショップカードを複製するわね」
「ありがとうございます! 俺がもらったカードをナツさんに複製で渡しますね」
「ありがとう! これでみんなでお店に行けるね!」
スムーズに情報共有されて、ショップカードが渡ってきた。このショップカードはパーティー内では共有だけど、連結してるだけの別パーティーには共有されないのだ。
えーと、「手仕事の店・フラワーベル」。問屋通り2番地……。問屋通り!
「……如月くん、この問屋通りって、テアルさんいないかな?」
「あー、問屋街って、もしかしてここのことですか」
「わかんないけどもしかして!」
違うとしても、問屋って書いてある時点で何らかの関わりはあると思う。今から会いに行くグロリアさんに聞けば、問屋街がどこにあるかもわかるんじゃないかな。そう考えるとめちゃめちゃお得な感じだ。
「えー、なんか怖い! 何もかもがトントン拍子でうまくいくの怖いです!」
「諦めろ如月、こんなもんだ」
「毎回なんでかうまくいくんだよねー、こういうの」
「まさかナツさんのリアルラック!?」
驚愕したようにそんなことを言った如月くんだけど、そうじゃないと思うんだけどなあ。僕のリアルラックっていうより、たぶんイオくんのリアルラックじゃないかなって思うんだけど。
「イオくんじゃない? だって僕、イオくんと一緒の時くらいしかここまでうまく行かないよ」
「それは俺もなんだよなあ……」
「相乗効果ですか!? えっ、怖い、この2人なんかすごい!?」
「「いやいやいや」」
まっさかー、と2人で手を振って否定を示したけど、如月くんは疑いの眼差しで僕たちを見るのだった。
「絶対相乗効果ですね……!」
いやそんなこと言われても。




