9日目:市場通りへ
誤字報告ありがとうございます。いつも助かってます。
憩いの広場には、今日も様々な屋台が並んでいる。
その中からジンガさんへの差し入れとして、綺麗な金平糖の瓶をいくつか購入した。ジンガさんは陶芸家って話だから、ガッツリ系の食事より、見た目が美しいもののほうが喜ぶかなって話になったんだよね。
で、キャンプ地で如月くんが聞いてた話によると、ジンガさんは甘党の喫煙者で酸っぱいものが苦手らしい。それならお菓子でいいんじゃない? というチョイスだ。金平糖なら片手でつまめるし、食べかすが落ちることもないだろうということで、話し合いの末採用された。
ピタさんの旦那さんがやっているというジェラート屋さんは、残念ながら今日も見つからなかったよ。明日も探しに来なくては。
スーリエ橋を渡ってのんびりと歩きながら、契約獣屋さんで卵を買った話などをしてみると、如月くんはなんとも言えない顔をする。
「すげーナツさんっぽいです、ためらいなくPPを全部幸運につぎ込むところが」
「そこ?」
「普通もっと大事なんですよPPは」
いやわかるよ? 僕だって大事だよPPは。でもそこに回せるガチャがあるなら、やらねばならぬ時があるじゃん!? という主張をまろやかにして口にしてみたんだけど如月くんは苦笑するばかりだ。解せぬ。
「ナツはこれでも一応、回すガチャは選ぶぞ。回すと決めたら必ず回すだけで深入りもしないしな」
「でしょ! これでも一応色々考えてるよ!」
「正気か? と思うこともあるが、まあなんか生き生きしてるから放置してる」
「言い方ぁ!」
イオくんは僕の保護者ですかね!?
「なるほど? ナツさんはイオさんに止められたら止まるんですか?」
「ちゃんと止まるよ!」
「止まったことはないな」
「止められたことがないだけです!」
「この暴走機関車を止められるなら如月、止めてみろ?」
「無理ですねー」
え、おかしくない?? なんか僕がすごく強引な感じに聞こえるんですが、これほど奥ゆかしくおとなしい男子大学生を捕まえて失礼な。あ、待って自分で言っててちょっと鳥肌たったので撤回しとく。
「っと、ここの通りですね」
橋を渡ってしばらく歩いた当たりで、如月くんが市場通を発見した。小さなクレープ屋さんの横から市場通りに入ると、やっぱり薄い膜をすり抜けたような感覚がある。
そこは、短い通りだった。広々とした道の両端に、カトラリー類、食器、テーブルや椅子なのどの店舗用家具、テーブルクロスに、ギルドカードを通す端末まで、まるでお店の準備を整えるためにあるような店がずらりと勢ぞろいしている。ガラスのコップ1つとっても、ビアグラスみたいな大きなものから、子供用かなと思うほど小さなものまで、様々な形が揃えてある。平置きしてあるコースターだけを見ていても、1時間は潰せそうな物量だ。
「わー、すごいなあ」
思わず感心の声を上げた僕に、イオくんも「そうだな」と同意した。
「この先が市場だったか。結構いい立地なんだな」
確かに、サンガの象徴的な存在だもんね、市場。その近くにあるってことは、それだけ目に留まる機会が多いってことだ。あれ? でも市場は朝早くからやってて8時には終わるって聞いたし、その頃にはまだこの辺の店は開いてないから、朝市から流れてくるお客さん狙いってわけでもないのかな。
そんなことを考えながら進んで、通りの右側、9番目の店がお目当てのお店、「虹彩」だ。
古本屋さんを連想させる、レトロというより古風な佇まい。外に出されたワゴンには、安売りの特価品が積まれている。5人くらいの作品が店で見られるってジンガさんが言ってたっけ? その言葉通りに、置いてある作品はかなり多彩な作風をしていた。シンプルなもの、薄さにこだわったもの、歪な形で味があるもの、色合いの淡いもの、濃いもの……。
多分、何個かセットで販売していて、1つだけ余ったやつとか、試作品で作ったけど量産はしなかったやつとか、そういうのがこのワゴンに入っているみたいだ。これだけ色々あるのに、どれ一つとして同じものがない。
「個性ぶつかってんなあ」
言いながらイオくんが白磁のティーカップを手に取る。
「これとかマイセンっぽい」
とんかつ屋さんしか出てこないよイオくん。でもそれを口にするとイオくん爆笑しそうだからやめとこう……。カップを手にして口にする名前なんだから、なんかそういうブランドがあるんだろうね。
「真っ白より色あったほうが良くない? イオくんならこういう青いのとか」
「へえ、いい色だな」
言いながらイオくんはカップをワゴンに戻す。そうそう、今日は買い物に来たわけではないのです。とはいえ僕たちは添え物なので、ここは如月くんに先頭を行ってもらおう。
足を踏み入れた店内は、虹彩の名にふさわしく色鮮やかだった。
壁に飾られた色とりどりの丸いお皿。絵柄も色も様々だけれど、大きさだけは統一されている。種類によって置き場所が分けられていて、店内ではそれぞれの食器に誰々作、という札もつけられている。
お値段もかなりピンキリだ。小さな絵皿がとんでもなく高い事もあれば、大きな深皿はお手頃だったりして、ちょっと基準がわからない。僕には目利きとか無理そうだなって思う。
「いらっしゃい、何かお探しですか」
僕がキョロキョロしていると、店の奥から声をかけられた。店番の人がいたらしい。如月くんが一歩前に出て、挨拶とジンガさんに会いに来たことを伝える。
一応、住人情報は確認してきたから、ジンガさんが今ここにいることは分かっている。
「ああ、ジンガなら今日は奥で粘土やってますよ」
「粘土?」
「土を捏ねてね、造形です」
「ああ、なるほど」
すごく陶芸家さんっぽい。いや実際、ジンガさんは陶芸家なんだけれども。あれでしょ、ろくろ回すやつ! 体験学習で一回だけやったことあるけど、あれ力加減が難しくて僕は歪んだお茶碗しか作れなかったっけ。
呼んできてくれるというので少しの間待っていると、ジンガさんはすぐに店の奥から現れて、にこやかに手を振ってくれた。
「よう、いらっしゃい!」
声も心なしか嬉しそうだ。
「お邪魔します、ジンガさん。これ、差し入れです。よかったら」
如月くんが金平糖の瓶が入ったバスケットを差し出すと、「悪いね」なんて言いながら受け取ったジンガさんは、中を覗き込んで口笛を吹いた。甘いものが好きだというのは正しい情報だったみたいだ。
「嬉しいね、よかったら俺の作品を見て行ってくれ。この辺なんだが」
ジンガさんが指さしたのは、ちょうど僕のすぐ隣のテーブルだった。飾られているのはオレンジを基調とした食器類が一式。ポップモダンな作風で、カフェとかで重宝されそうなデザインだね。
「すごく鮮やかでいいですね!」
良いと思ったものはとりあえず褒める! 言葉は惜しむべきではないのである。僕の声にジンガさんはちょっと照れたように頭を掻いた。
「格式高いレストランとかには向かないけどね。ま、俺の好きな感じに作れればそれで良いからな」
「手頃な値段で助かる。このボウルを4つ、買おう」
「おお、ありがたい!」
イオくんが購入したあのサラダボウル、多分あれは丼にされる、賭けても良い。だってもうすぐ日本酒が手に入るかもしれないからね! カツ丼、親子丼、牛丼、海鮮丼、なににするにも器が必要なのだ。僕だってカツ丼大好きの民としてイオくんにはとても期待している。ほら、米だって広義では野菜の一部というか、実質サラダみたいなものだしサラダボウルで問題ないよ!
イオくんがお会計を終えると、少し話せないかとジンガさんを誘った。あ、なるほど読めた。買い物をしたってことはイオくんはお客さんであり、お客さんをジンガさんは無碍に扱わないだろうという計算がありますねこれは。さすがイオくん、賢い。
「ああ、それならこの奥に休憩所があるから、よかったら寄っていきなよ。基本は俺の仲間しかいないし、身内でも客でも友人でも、誰でも入れて良いってことになってるんだ」
なんて言いながらジンガさんが通してくれたのは、店に直結の小部屋。大きな窓があるから狭い感じもなくて、ゆったりとした客間だった。ここで商談とかするんだろうなあ。ジンガさんはテキパキと紅茶を入れてくれて、丸テーブルを囲むように座る。
「それで、話って?」
さっき渡した金平糖の瓶を開けながらジンガさんが問いかけたので、僕は如月くんに目配せ。このクエストを受けたのは如月くんだからね。
「さっき、ナツさんにジンガさんの友人に学者さんがいると聞いたので、お話を聞きたくてきました」
「学者? 学者に用があるのかい?」
「はい、人を探しているんです。ジンガさんか、ジンガさんの友人に心当たりがあったら、教えてもらいたくて」
如月くんがインベントリから手帳を取り出す。
「これの……、」
インディゴブルーの、柔らかそうな革表紙で作られた、1センチ位の厚さのある手帳。それをジンガさんに向けて差し出すようにした如月くんが、続きの言葉を口にしようとして、なにかに気づいたようにふと口を閉じた。
如月くんの視線の視線の先には、ジンガさんがいる。
目を大きく見開いたジンガさんが。
人は、信じられないものを見た時、こんな顔をするのかもしれない。そう思ってしまうほど、驚愕が伝わる表情だった。なぜそれがここにあるのかわからない、とでも言うように、ジンガさんはゆっくりとまばたきをして、もう一度手帳がそこにあることを確かめた。
かすかに震えたジンガさんの唇が、なにか言葉を紡ごうとして、息を吐きだして、なにも言えないままに閉ざされる。じっと、その眼差しは手帳を見つめたまま動かなかった。動けなかったのかもしれない。ジンガさんの心の中に、なにかとんでもなく大きな風が吹いたことだけは確かだった。
やがて大きく息を吐き出したジンガさんは、顔を伏せて祈るように手を組んだ。実際、祈っていたのかもしれない。それほどまでに切実ななにかを感じる、そういう仕草だった。
「……約束したんだ」
かすれた声が、囁くようにこぼれ落ちる。泣き出す一歩手前のような不安定な響きで。
「戻ってくるって、あいつ、約束したんだよ」




