9日目:カレーは特別枠
「イオくん、MPポーション切れた」
「おー。良い時間だし、ここらで一度区切るか」
さて、蜘蛛を倒し続けること20匹近く。マジで結構時間かかったなあと思って確認すると、すでに時計は12時を指していた。もうお昼の時間だ、MPポーション飲み続けていたせいであんまり空腹は感じないけど。
MPポーションはレモンサイダー味で美味しいから、おやつみたいな感覚なんだよね。
「結構経験値溜まったけど、レベルは上がらなかったね」
「これだと次上がるのも職業レベルの方だな」
プレイヤーレベルの必要経験値が多いと思う。まあ、あんまり簡単に上がってもすぐカンストしちゃって面白く無いんだろうけど。ひとまずMPポーションを買うために、一度サンガへ戻らないといけない。
一応白地図を確認すると、このあたりは「スパイダーの沼地」という地名がついていた。地図に地名が載ると、タップでその場所の情報が見られるようになる。マロネくんがいた墓地も「忘れじの墓地」という名前がついているし、移動の時に戦ったトレントの巣穴も、「元トレントの巣穴」というそのまんまの名前になっている。ランドマークが増えていくとちょっと嬉しいね。
「昼は店にするか? それともナツが多少待てるなら、カレーの作り方教わってそのままカレーを作ることもできると思うが」
「カレー食べたい! 今めちゃくちゃカレー食べたい気持ちなので!」
「昨日食ったし、夜もリアルでカレー作るのにまだカレー食うのか」
「ゲームとリアルは別です! カレーは何日か続けて食べても何の問題もないので!」
「いや別のものを食えよ」
ちょっと真顔で言われてしまった。カレーライスとカレードリアとカレーうどんって別のものになるかな。全部カレーというくくりの中にあるけど、食べ物としては別のものだから別という扱いでよろしい?
それを口にしちゃうとなんとなくイオくんからの小言が飛んでくる気がしたので言わないでおこう。カレーは美味しい、それで良いんだ。
「言っておくがカレーライスとカレードリアとカレーピラフはほぼ同じものだからな」
「くっ……またしてもあっさりと心読まれた……!」
「全部カレーと米じゃねえか、いい加減にしろ」
はい、おっしゃる通りです、はい。
……つまりカレーうどんは許されるよね!
北門からサンガへ戻ると、エーミルさんが引き続き警備中だったので「お疲れ様です!」と挨拶して門をくぐった。「おかえりなさい」って言ってもらえるのって、ちょっといいよね。実家では当たり前のように聞いてたけど、一人暮らしを始めてからこういう些細な挨拶があるのって良いことだなーってしみじみ思う。
「福神漬の作り方確認してきた?」
「ああ、特に難しいことはなかったし、材料になりそうなものはインベントリに入ってるから問題ない。じゃあ、メガ達の使ってる厨房へ行くか」
「はーい!」
サンガは美食の街だから、各地から店を持ちたい料理人たちがたくさんこの街に集まってくる。でも、サンガに来たからといって、元々高名な料理人とかでない限りはいきなり自分の店を持つことなんてできない。そういう人たちは有名な店に弟子入りを志願したり、屋台を出して知名度を上げたり資金をためたりするんだけど、その修行のためのレンタルキッチンがあちこちにあるんだって。
メガさんたちがカレーを研究しているのは、北門通りをくぐって少し南に下り、東方向へ入る「新人通り」にあるレンタルキッチンだ。新人通りって変な名前だけど、昔からサンガに来たばかりの新人料理人たちがここで修行を積んでいたことから来ているんだって。そう考えると伝統があるところなんだね。当然のごとく空白地で、サンガの地図がまた少し埋まる。
イオくんの案内に従って、新人通りの中程にある建物の一つに到着。お昼時なこともあって、いろんな良い匂いが漂ってくるんだけど、そんな中でもひときわ主張するカレーの匂い。やはりカレーは強いのである。
3階建ての木造の家は、出入り口が広くて集会所ぽい建物だった。イオくんが重そうな扉を開けてくれたので、それに続いて僕も中に入った。イオくんすごくナチュラルに僕を助けてくれるんだけど、これリアルでやらないように後で言っておかなきゃな……。VRゲームで過ごす時間が多いと、こっちの癖とか習慣がリアルに反映されがちなんだよね。
たとえば出会ったばかりの、イオくんが巨大な熊獣人で僕が小柄な学者おじさんだった頃。移動するのに歩調が合わなくてよくイオくんは僕を担いで走っていた。まあ僕その時も俊敏振ってなかったから足が普通に遅かったからね、ゲームの中では仕方なかったんだけど。イオくんはリアルで遊ぶようになってから度々、リアルでも僕を担ごうとしたのである。当然、すぐに無理だと気づいてやめるのだけれども、移動の前に一瞬向き合って「あ、今リアルだ」と理解するまでの一瞬の間が結構気まずかった。
それ以外にも、ブレイブファンタジアやってた時。あのゲームは食べ物があんまり美味しくないので、最もマシな食べ物だった串焼きを大量に僕のインベントリにストックしていて、空腹度が減ったらそれを食べる、を繰り返していたんだけど。リアルで遊んで小腹が減った時、イオくんはとても自然に僕に手のひらを差し出して「串焼き」と言った。直後に己の失言に気づいたイオくんが頭を抱えてしゃがみこんだのも珍しいことだった。恥ずかしかったらしい。
まあそんなことが結構頻繁にあるので、イオくんは割りと反射で動いてしまう方の人だ。つまり、次にリアルで遊んだ時などに、やたら丁寧にエスコートされる可能性があるのである。というか多分イオくんはやる。しっかり言っておかねばなるまい。
「ここだ、201号室」
「すごく良い匂いだねえ」
さて、レンタルキッチンは3階建ての建物の2階と3階に4部屋ずつあって、その合計8部屋が個人や少人数の料理人グループに貸し出されている。1階は料理教室などをするイベントホールになっていて、時折ここで料理指導なども行われるらしい。
201号室をイオくんがノックすると、中から返事があって、しばらくしてからドアが開いた。
「おお、あんたか! いらっしゃい、兄も俺も楽しみにしていたんだ」
「ああ、今日はよろしく頼む。連れも一緒でいいか?」
「こんにちは!」
中からひょいと顔を出した熊獣人さん。カレーライスを売っていたメガさんの方だね。お兄さんはカレースープのギガさん。ふたりとも顔はそっくりなんだけど、エプロンに大きく自分の名前が入っていた。分かりやすくて良いと思います!
もちろんどうぞ! とメガさんに促されて、201号室の中に入った。レンタルキッチンってどんなところなのかなと思っていたけど、中は結構広々としていた。大きな作業台が2つ、大型の調理器具がいくつか並んでいて、コンロの上にはカレーライスとスープカレーが煮込まれている。良い匂い!
そんなに空腹では無かったはずなんだけど、カレーの匂いを嗅ぐと問答無用でお腹が空くんだよねー。
「いらっしゃい!」
奥から声をかけてきたのが、スープカレーの屋台にいたギガさん。
「カレーライスの付け合わせを教えてくれるんだって? それで、その福神漬っていうのはどんなものなんだい?」
「ああ、俺達の世界では一般的なものだ。作り方は教えるから、カレーのスパイスについて教えてほしい」
あ、早速イオくんが交渉モードだ。
これは僕はちょっと引っ込んでたほうが良さそうですね……ちょっとカレーのスパイスってよくわかんない名前でこんがらがってくるし。カルダモン? ターメリック? 呪文かな?
ギガさんとイオくんが話し合っているっぽいので、僕はメガさんに話しかけてみることにした。
「ギガさんがスープカレー、メガさんがカレーライスの屋台を出してましたけど、どっちが人気あるんですか?」
「うーん、今はまだスープの方が人気があるんだよねえ。俺はカレーライスのほうが好きなんだけど」
「僕もカレーライスが好きですねー」
「そうだろう? トラベラーさんにはカレーライスのほうが喜ばれるんだよ。でも、この世界の住人にとってはスープカレーのほうが食べやすいみたいなんだ」
そうなんだ? あ、あでも確かにスープはちょっと僕たちに馴染みのない謎スパイスの味がしたっけ。あれはこの世界の人達の味覚に合わせてるのかも。
「スープには僕たちに馴染みのないスパイスが使われていたので、多分、この土地に合わせた味つけなのかなって」
「えっ、そうなのかい? 味の監修をしてくれたトラベラーさんは、特に何も言ってなかったけど……」
「あれはあれで美味しいから、問題ないって判断したんだと思いますよ。それに比べてカレーライスは僕たちの世界のスタンダードな味ですごく馴染みがありました。多分、そこの差じゃないかなって」
「あー、なるほど。この世界の住人に合わせるか、トラベラーさん達の本場の味に合わせるかって感じか」
「そうそう、それです」
どんな料理だってローカライズして地元の人が食べやすいように、多少は姿を変えるものだ。カレーだってリアルで本場っていったらインドやネパールのカレーが本場の味で、日本のカレーはアレンジされたものだし。そういう意味では、ギガさんのように地元の人たちの味覚に合わせたのは賢い方法と言えるね。
「ナツさんはどう思う? カレーライスも、この世界に合わせていくべきだと思うかい?」
「うーん、難しい問題だと思いますけど……」
「けど?」
「迷うならやってみたらいいんじゃないでしょうか。ほら、カレーは強いので、多少のアレンジには負けないし大丈夫ですよ!」
そう、どんな具を入れても優しく包み込んで馴染ませてしまうのがカレー。他の調味料を入れようが、それをも飲み込んで一体化してしまうのがカレー。並大抵の食材や調味料がカレーに勝てる訳がないのだ。
ギガさんのスープカレーだって、あれだけ馴染みのないスパイスが入っていて、それでもなおカレーはカレーだった。正直なところメガさんのカレーライスに今後アレンジが入ったところで、カレーの枠をはみ出ることはおそらく無いんじゃないかな。
「そんなことより、メガさん。カレーライスにぜひトッピングをつけましょ!」
「トッピング? 福神漬がそれなんじゃ?」
「福神漬はカレーの一部みたいなものなんで! それ以外に、追加できるオプションを増やしましょうよ。50G追加でウィンナーを乗せるとか、100G追加でチーズを乗せるとか」
「え、何だいそれ、楽しそうだね!」
「自分でカスタマイズできるのって、好きな人は絶対好きですよ。あくまでカレーライスで完成品だけど、追加も可能というのがポイントで」
「ああ、わかるよ。サンガは美食の街だ、トッピングを推しすぎると「不完全なものを出しているのか!」と考えてしまう人もいるからね」
ぜひ詳しく教えてくれ! とメガさんが乗り気になったので、僕も張り切ってトッピングの案をだした。ちょうど休憩中に思い出してたんだよねー、カレーのトッピングや具材について、クラスメイトと白熱の議論があったことを。ああいうの、各家庭で違いがあってすごく興味深い。
将来的には、サンガだけじゃなくて街ごとに特色のあるカレーが作れたら楽しいんじゃないだろうか……! イチヤならフルーツ入れた甘めのカレーとか!
と、そんな野望を後にイオくんに話したところ、「ナツ、そんなにカレー好きなのか?」となぜか慈愛に満ちた眼差しで見られました。いや、別にカレーが一番好きとかじゃないんだよ、好きか嫌いかなら確実に好きだけど。ただなんかカレーって……強いから……!
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