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閑話:カレーに思いを馳せて

いつも誤字報告ありがとうございます。

 カレー。それは無敵の食べ物。

 決して何にも染まらない強さを持つ。


 ところであなたの好きなカレーとはどんなカレーだろうか。

 人によってはインド風のスパイスを利かせたカレーが好きだと言う人も、こてこての家庭料理風カレーが至高だと言う人も、あるいはカレーうどんこそが最上である派閥の人もいるだろう。カレースープ、カレーピラフ、カレードリア、カレーコロッケ、応用が広く効くのもまたカレーの魅力の1つだ。


 日本人にとっては、カレールーで作られる一般的なカレーライスが基準となろう。レトルト派も一定数存在するが、今回は鍋で作るカレーと限定する。

 波多野夏樹、こと通称ナツは、高校生のころクラスでアンケートを取ったことがある。


 あなたの家のカレー、具材を教えてくださいな、と。


 深い意味があっての行動ではなくて、家庭科の授業で調理実習の献立を考える時に、カレーコロッケとかどう? という案が出たので参考までにという意味で問いかけたのだが、これが予想外に紛糾した。

 まず、軽いジャブとして甘口辛口中辛論争。これについては圧倒的に中辛が強かった。辛い物が食べられない体質の人もいるので、ここについては人それぞれだよね、という感じで穏やかに着地。とはいえ、2種類のルーを混ぜ合わせる派閥の人間は予想外に多く、ナツもその一派である。違うメーカーのカレールーを合わせるのがコツだ、と勝手に思っている。


 次の論点は、メーカーと言うか、商品名が具体的に上がっての、どのルーを使うか。

 スパイスが効いているルー派、フルーツを使ったまろやかなルー派、古くからある馴染みの味のルー派、無難な味だがとにかく安いルー派……近年ではカレーフレークと言う溶けやすいタイプも人気があるし、有名店監修とか、昔からあるルーの特辛だとか、新発売の物や特定の店でしか売ってないマイナーブランドを好む層もいる。

 ナツはこれらをメモして一覧にまとめていたところ、後ほど需要があってコピー配布となったのであった。特にあまり有名どころではないブランドには注目が集まり、その後のクラスメートたちのカレーライフを揺るがしたとかなんとか。


 カレールーについての論争がある程度落ち着いたところに、次に投下される火種は肉である。

 肉の種類。それは一般的なものだけでも、まず鶏、豚、牛で意見が分かれ、その後ひき肉か細切れか、などの話題になる。

 ちなみにナツの家は母親が鶏肉派だったので、実家にいる間はチキンカレーであった。鶏肉の良い所はなんといっても安いことと、低カロリーなことだ。ナツの母親はダイエットが好きだったので、鶏肉料理の出現頻度が高かった。ナツとしては、鶏肉のブロックにくっついているあのでろんとした皮をいまだにどう調理して良いのかわからないので、鶏肉はささみかひき肉くらいしか購入したことはない。

 カレーには牛肉派閥の人たちは、牛すじカレーなどの存在を前面に押し出して「カレーには牛肉だろうが!」と強く主張したものの、「食いごたえがあって牛より安い!」と主張する豚肉派閥も強かった。

 少数派ではあるが、シーフードカレーについて熱く語る者がいたことも明記しておく。ナツとしては、シーフードカレーはたまに食べるから格別に美味しいに一票なのだが。


 男子は比較的噛み応えのある肉を好み、細切れ、ぶつ切り、とにかく肉がデカけりゃでかいほど良いとの主張。対して女子は肉より野菜を重視する傾向にあり、ひき肉も案外人気があった。

 ナツは一人暮らしを始めてからカレーを初めて自作したのだが、その時の経験から豚ひき肉派に転向している。ひき肉は火を通すのが簡単で手間がかからず、何より安い。まとめ買いして半分はカレーに、半分はハンバーグに、と使えるのが良い。あと個人的に肉が硬くなるのが好きじゃないので、ひき肉だとその辺気にしなくて済むのでよいのだ。

 変わり種としては、カレーに肉を入れずに後乗せトッピングでウィンナーを使う派もいた。これはこれで美味しいだろう。


 肉が決まれば後は野菜だ。とはいえ、これは本当に千差万別である。

 一番多く使われるのは玉ねぎだ。他は家によって入れたり入れなかったりする。幸い、ナツのクラスには玉ねぎアレルギーの人はおらず、玉ねぎが苦手な人は何人かいたが、全員口をそろえて言う事には、「カレーに入ってる玉ねぎは食える」だった。

 スタンダードなのは、玉ねぎとジャガイモとニンジンの三種の神器。トマト缶を入れるという家もちらほら。ピーマンやナスを入れる夏野菜カレーがメインな家もあれば、レンコンやキノコを入れて和風に仕上げる家もある。肉と玉ねぎのみ! という潔いのもあった。コーンは必須という家もあって、そういう家は小さい弟や妹がいる家が多かった。

 まさに千差万別。

 ナツの家は比較的スタンダードな玉ねぎ、ジャガイモ、ニンジンにほうれん草を加えた構成が多い。自作している今もそこは変わらず、肉が鶏肉から豚ひき肉になっただけで、ほうれん草は冷凍の物を仕上がり直前にばばっと入れるだけ。まあ栄養がどうとかって話はよくわからないが、なんとなく緑が入ると彩りがよいので。


 最後にトッピングの話だ。

 福神漬けは必須だろ派閥と、別に必須じゃなくね? 派閥の間の溝は深い物がある。らっきょ派はクラスでは少数派だった。

 その他のトッピングとして人気だったのはチーズだ。チーズはあつあつのカレーによく合うのでナツも好きである。ウィンナー、目玉焼き、ゆで卵やカツなどの鉄板トッピングには固定ファンがいるし、トッピングなど邪道! カレーはカレーでよかろうなのだ! という人も一定数いるものである。

 ナツは福神漬けはあったらいいな派なので、無くてもOK。実家のカレーにはトッピングが乗らないことが多いが、自作している今現在は揚げ物を中心に楽しんでいる。カツカレーを考えた人は天才だと思う。コロッケカレーもまたよし、メンチカツカレーもなかなか贅沢。唐揚げカレー? 大変よろしい。もちろんウィンナーも採用率が高い。


 大紛糾したカレー談義については、そのあたりで教師による「調理実習の献立、みんなカレーなの?」という冷静なツッコミが入り、スンッと平定された。カレーでもよいとは思ったが、大抵の生徒は小学校の調理実習でカレーを経験済みなのだ。高校生なのだからもっと別のものを作りたい。

 そんなわけで、カレー談義は幕を閉じたのだった。



 さて、なんでそんな話をしたかと言うと。

「あ、ニンジンないや」

 すっかり夕飯はカレーにしようと心に決めたナツが冷蔵庫を開けて、材料チェックをしているからである。ジャガイモ、玉ねぎはOK、ルーも買いだめがある。ひき肉は冷凍庫から冷蔵庫に戻しておいて、冷凍ほうれん草の備蓄もばっちりだ。

 ナツは考えた。ニンジン、別になくても良いのでは、と。

 実際あのアンケート会の時、カレーにニンジンをいれないという人も一定数いたのである。なくても問題ないだろう、多少彩が落ちるくらいで。冷蔵庫にはウィンナーがあったから、これを焼いて乗せることで赤色を補えるはずだ。


 ナツはイオほど料理にこだわりがないので、臨機応変に具材を変えたり適当に手を抜くことがよくある。特にニンジンと言うのは稀に生煮えのまま残ることがある厄介な野菜だ。美味しいカレーを食べていて、途中で硬いニンジンをかじった時のあの残念な気持ちは筆舌に尽くしがたし。

 なお、このことをイオに愚痴ると「ニンジンは切ったら先にレンチンしとけ」と言われたのだが、毎回やろうと思って忘れて鍋に突っ込んでから思い出している。意味がない。


 ナツは適当に作ったピザトーストをかじりながら、カレーの材料確認を終えた。ルーはいつもの中辛と別メーカーの辛口を混ぜるのが個人的ベストだ。米はレンチンご飯がある。よし、今夜はカレーを作ることができます。

 機嫌よくピザトーストを食べ終わって、使った皿を洗う。ワンルームの寝室兼リビングに戻ると、ナツはぐぐーっと伸びをして軽くストレッチを開始した。VRゲームは一昔前に比べるとだいぶ肉体への負担が減ったのだが、ずっと同じ体勢で動かないから合間のストレッチは大事なのだ。

 ナツのVRデバイスはヘッドセット型で、ヘッドホンのようなものを装着してからバイザーをおろす。このタイプはヘルメット型と違って頭の後ろに何もないので、ベッドで寝転がりながら使えるのがメリットだ。デメリットとしては、多少壊れやすいのと、ヘルメット型より高いこと。

 ちなみにイオは個室型という、ゲーミングチェア内蔵の防音室型を使っている。VRデバイスの種類としては一番高価だ。お金持ちなのである。


 そう、そのイオと言えば。

 去年作ってもらった無水カレー美味しかったなー、とナツは思い出した。水を入れずに野菜の水分のみで作るという無水カレー。実家では一度も食卓に上がったことが無く、存在自体初めて知ったレベルの物だったが、なんかこう、野菜の旨味がぎゅっと濃縮されている感じでとても良い物だった。玉ねぎがすごく甘いのだ。オーソドックスなカレーが一番ではあるけれど、シーフードカレーと同様にたまに食べたらすごくおいしいカテゴリだろう。

 イオは基本的に自分で何かを作るのが好きなので、料理には凝る方。ただマイブームのようなものがあって、炊き込みご飯にはまっている時とか手作り餃子にはまっている時とか、そればっかり作って試行錯誤している時期が割と有ったりする。

 そういう時よく「食べにくるかー?」というお誘いがあるので、遠慮なく食べに行くのがナツである。ナツ本人は知らないが、イオが一人暮らしを始める前、崎島家に最も多く出入りした赤の他人がナツであった。なお、お手伝いさんは除く。ついでに今現在、イオの住んでいる一人暮らしの部屋に最も多く出入りしているイオ以外の人間もナツである。あそこはとても居心地が良い、とナツは思っている。日当たりがすごく良いのだ。


 そうそう、そんなことより無水カレーだ。

 食べさせてもらって美味しかったので、ナツも一応作り方を調べたりしたのだが、普段作っているカレーは具材を切って炒めて水で煮込むだけの簡単料理なのに、それよりだいぶ慎重に作らねばならない感じだった。焦げないようにじっくりしっかり煮込んで弱火で水分を出す……? 水分って出るものなの? みたいな。

 普段、大雑把な料理しかしない勢のナツからすると、火にかけているのだから水分は普通蒸発するのでは? 水分が出るってどういうこと? と原理からしてよくわからない。わからないが、なんか水分が出るらしい。野菜が本来保有している水分が。トマト缶を入れるレシピが多いのだが、イオが作っていたのは玉ねぎたっぷりどっさりでトマトは入れてなかった。確か、1時間以上煮込むとか言っていたはず。

 その時点でナツには作れる気がしなかった。あと絶対あのカレー、お高いルーを使っていると思う。だってあんなに美味しかったのだから。


 ふむ、と考えて、ナツは携帯端末からイオ宛にメッセージを入れる。

『イオくん、無水カレーに使ってたカレールーって何ー?』

 そんなものを今聞くなと言われそうだが、疑問に思ったときに聞いておかないと多分一生聞けないので、思い立ったが吉日と割り切ることも大事だ。スーパーで売っているやつなら気軽に買えるけど、凝り性のイオのことだし、デパ地下とか高級路線のスーパーとかにわざわざ買いに行っていてもおかしくない。

 じっくりしっかり野菜を炒めて水分を~なんてやるよりは、普段通りの作り方をして美味しいルーを使う方が、労力がかからない。ナツはその辺、妥協のできる男である。イオが聞いたら「妥協すんな!」とツッコミそうだが。


『いきなりなんだ。無水カレーって去年のか?』

『うん、あれ美味しかったからどこのルーだったんだろうと思って』

『さては夕食カレーだな』

『さすがイオくん、何でもわかる』

『期待してるところ悪いが、あれお前のいつものルーだぞ』

『WHAT?』

『ナツの家愛用の、C社の@*%&カレー。辛口な』


「は?」

 なんだと? そんな馬鹿な。ありえない。だって味全然違ったじゃん。

 ナツの脳裏に大量の「?」が浮かび、ぐるぐるとダンスを踊っている。ちょっと言ってる意味が分からない。

 メッセージに書いてあるカレールーは、確かに波多野家愛用の昔からある老舗のカレールーである。あのカレーは箱が金色できらきらしているので、子供のころはきっと特別に素敵なカレーなのだと思っていたナツである。まあカレーという食べ物自体が特別なので間違ってない。

 何度か別メーカーのルーも試したものの、結局は慣れ親しんだあの味に戻ってきてしまう。ナツにしてみれば、魂によくしみこんだ味なのだ。お値段的にも高くもなく、まあカレールーとしては無難な値段。よく言えば不変の味で、悪く言えば特筆するべきところのない、ごく普通の平凡なカレー。

 ……あの大変美味な無水カレーに使われていたのが、あれだと?


『理解。イオくんが天才料理人じゃったか』

『いや無水カレーが美味いだけだが?』

『はははそんな馬鹿な』

『おう、今度目の前で1から作ってやんよ』


 なお、この約束は比較的すぐに果たされ、本気で1時間半煮込まれる玉ねぎを信じられない目で見ているナツがいたとかいなかったとか。

 ドヤ顔は当然許されます。

なおイオくん家の肉は当然牛肉。

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一時期カレー鍋をほとんど玉ねぎで埋めてたなあ。半分みじん切りにして飴玉にしてもう半分は炒めず煮込んで食感出すの。玉ねぎ食べたい妹としっかり炒めてコクを出したい自分との折衷案。あとニンジンは水からじゃな…
カレー2種類のルーを混ぜるってたしかによくやるが、どのメーカーのなんのルーを使っても、もう片方がバーモ○トだと、全て匂いがバーモ○トになるのが謎で、本当に一時期ハマって色んなメーカーのルーとバーモ○ト…
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