8日目:高級なお宿!
緑水亭という高級なお宿は、スーリエ橋の西側、川に沿って南下する通りにある。
川南通りの川べり側、部屋から川の流れがよく見える、とても眺めの良い宿だ。この川南通りは宿屋の集まった通りのようで、質素な宿から豪邸のような宿まで、様々な宿が軒を連ねている。
その中でも緑水亭は、リアルで言うところの洋風モダンな建物で、少しレトロな雰囲気のある上品なお宿だった。
「おおー、すっごい。こんなところリアルだと普段着で泊まれないよ」
という感想を述べた僕に、
「そうか? 軽井沢とか行くとこういうところ多い気がする」
と、セレブな感想を言うイオくん。
忘れてたけどイオくんはリアルではお金持ちのお坊ちゃんなのであった。どうでもいいけどイオくんにお坊ちゃんっていう単語似合わないな……僕の中でイオくんの第一印象がパワーイズ正義な熊獣人のせいなんだけど。あんな破壊魔のお坊ちゃんなんているー? あ、いましたね僕の隣に。
まあイオくんが急に気取って話しかけづらいセレブになったらちょっとショックなので、いつまでも気さくで優しい脳筋なイオくんでいてほしいものです。
もらった宿泊券をフロントで提示して、食事代は1人分余計に払うことを確認してから、僕たちは部屋に案内された。手荷物が無いせいでポーターさんにはちょっと困惑の目で見られてしまったけど、トラベラーにはインベントリがあるからね。武器もここに来る前にインベントリにしまっておいたので、概ね問題なく部屋に通される。
このお宿は、7階建ての建物で、客室から川を眺められるリバービューの部屋のほうが人気があるらしい。で、僕たちが通された部屋は6階のリバービューの部屋、右から2番目の602号室。本来2~4人用なんだそうで、ベッドも4つ用意されている広々とした部屋だ。窓側に景観を楽しむためのテーブルセットがおいてあり、室内にミニキッチンもついている。
「夕食の時間は午後6時以降、午後10時までの間となっております。その間でしたらいつでもお好きな時刻に、2階の大食堂へお越しください」
と案内係の男性が一礼して部屋を出ていく。
「思ってたより良い部屋だー、すごい雄大な眺めだね」
「へー、なかなかだな」
時刻はまだ午後5時位なので、夕飯までには時間がある。その間に色々と確認することを確認して、明日以降の行動方針を決めたりしておきたい。
というわけでテーブルセットでくつろぎつつ、まず気になるのは僕の購入した卵! シーニャくんにもらった冊子を読んで、魔力の込め方というのを確認する。
「えーっと、卵に素手で触れて、魔力を卵に通すと、通っていく魔力を卵が勝手に抱え込むんだって」
「お、やっててよかったな<素材鑑定>の訓練」
「あー、まさにあれだね。ものに魔力を通すってやり方。こんなところで役に立つとは」
では早速、と魔力を通してみたけど……全部MPをつぎ込んでも全然足りないよーという気配がする。うーん……<鑑定>!!
「現在の魔力補充度は14%です!」
「マジか、結構魔力食うな。俺も入れようか?」
シーニャくんの説明では、一番魔力を注いだ人と契約になるとのことだった。イオくんの魔力はどう頑張っても僕の魔力を超えないので、やってもらう分にはありがたい。
「助かるー! MPポーション飲んでどこまで魔力入れられるか試した方がいいかな?」
「そんな急がなくてもいいんじゃないか。しばらくサンガにいるんだし」
「でも早く会いたいなー」
「……ナツ、一つだけ一応言っておくが」
イオくんは僕から卵を受け取りながら、真面目な顔で言った。
「フェンリルとかドラゴンとか、グリフォンとか? そういう強そうなのを期待するんじゃないぞ」
「いやしないよ!?」
「ほんとかー?」
「なんで訝しげなの!? 召喚士以外が契約できる子は非戦闘員! 僕だってちゃんと知ってます!」
さすがの僕でも説明はちゃんと聞いてるし! そもそも強そうなフェンリルとか出てきて「戦えません!」って言われる方がちょっとがっかりだよ。それに契約獣屋さんのカタログを見たからどんな傾向の子がいるかとかは理解してるからね。
「僕はこの子がたとえダンゴムシでも愛情をもって育てるし……!」
「いやダンゴムシどこから来た? それだとお前乗れないから却下」
「却下された!」
卵からも心なしか「がーん!」って気配を感じた。イオくん卵に謝って!
まあそもそも僕が乗りまわせるような足の速い子を探しに行ったのであって、そんな中卵ガチャしたいという要望を通したのが僕なので、イオくんには大変申し訳なく思っておりますが。でも大丈夫だと思うんだけどなー、求人の時ちゃんと「僕を乗せて走れる子ー!」って募集してるし、それに応募してきた時点でさー。
「ナツが生き生き動いてる時は、何かしらうまくいくことが多いから別に止めねえけど。実際ナツの筋力でも乗れるくらい安定感がないとだめなんだから、そこんとこよく言い聞かせておけよ」
「言い聞かせる……?」
まだ生まれる前の存在に、何を言い聞かせるって……? と思わずイオくんをまじまじ見てしまった僕である。なおイオくんは僕にそんな目で見られるのがとても不可解、という顔をした。
「だってお前、杖にもなんか言い聞かせてただろ」
「ああ」
そんなこともありましたね! でも杖と契約獣では違うじゃん? すでにある程度自我のある子だし、形も決まってるんじゃないの?
「例えばイオくんなら何て言い聞かせるの?」
「俺か? そうだな……」
イオくんはMPを注いでいた手を止めて卵に視線を向け、とても厳しい声でビシッと言った。
「4つ足で生まれてこい」
完全な命令口調である。卵からは緊張感が伝わってくる……。
そういえばイオくんって、小動物からめっちゃ怖がられる人なんだよね。猫カフェに一緒に行ったとき、なぜか「親分、ご挨拶にまいりやした」みたいな感じの猫が1匹だけ挨拶に来て、後は遠巻きにされてたのを思い出した。あとでお店の人に聞いたら、最初に挨拶に来た子がボス猫さんだったらしいよ。
本人は割と猫好きなのに、近寄ってもらえないのはちょっとかわいそうだった。次は僕の行きつけの、誰にでも懐く白猫さんがいるところに連れて行こうと思う。
まあ、今はそれは置いといて。
「イオくん、巨大な蛇さんとかでも乗れるよー?」
「あー、それでも安定感はありそうだな。とにかく二足歩行の生き物は却下だ。ナツが振り落とされる未来しか見えない」
「正直それを言われると反論できない」
ダチョウさんとか絶対楽しいけど確実に振り落とされるやつだ。シーニャくんも安定性が~って言ってた気がする。
「ほら、ナツからも言っとけ」
と卵を返されたら、卵から安堵の気配がした。よしよし、あの圧によく耐えた、えらいぞー。
僕は卵を撫でつつ、どうしよっかなーと思う。実際、別にどんな子が生まれてきても僕はまったく気にしないので、何にも言うことが無いのである。あ、いや一個だけあった。
「イオくんは、身内には優しいから。今は怖いかもしれないけど、だんだん怖くなくなるから安心してね」
「おい」
なんだそれは、という反応のイオくんだけど、これは大事なことだよ。ちゃんと教えておかないと、イオくんの「近寄るなオーラ」のせいでいつになっても距離が縮まらないからね。
そう、普段からイオくんは「他人は近寄るなオーラ」を出して無意識にシールドを張っている。これを無視して話しかけようとするとすごい勢いで圧をかけられるので大半のチャレンジャーは敗走するのである。共闘とかしてても如月くんやプリンさんがあんまりイオくんに話しかけなかったのはその辺が理由だ。人見知りとも違うんだよなあ。イオくんはやろうと思えば初対面の人でもお偉いさんでも、逆に柄悪い不良くんとかでも余裕で会話できるし。まあ多分人間不信ってやつだね。
ひとまずMPが復活するまで、卵は再び僕のインベントリへ。夕飯までに、サンガでやることリストを作ってパーティー用掲示板に書き込んでおくことにした。
1:カレーのスパイス配合を習う。
2:周辺の地図を埋める。
3:ギルドでスキル講座を受講する。
4:朝市に行く。
5:北門近くのアーダムさんの幼馴染に会いに行く。
6:卵が孵ったらクルジャくんに見せに行く。
7:ショップカードのお店に行く。(ジンガさんのお店・ハンサさん紹介のお店)
8:マロネくんを知ってる人を探す。
9:ギルドにお守りやお札を卸す。(イライザさんの依頼)
10:できればテアルさんと再会。
11:川下りツアー。
12:ピタさんの旦那さんの屋台でジェラートを食べる。
……こうしてみると、意外とやること多いなあ。
「そういえば、イオくん福神漬けなんて作れるの?」
「作ったことはないけど、自作しようとして調べたことはあるな。一応、今日ログアウトしたら調べ直してみるが」
「えらすぎでは」
「多分、そんな手間でもない。ナツがこの前食べに来て美味い美味いって食いまくった無水カレーのほうがよほど手間かかる」
「その節は大変ごちそうさまでした」
「おう、お粗末様」
あれはとっても美味しかったですね……。その後、作り方を調べて面倒くさいなって思った僕の料理スキルの低さが際立ってしまう。
「他に何かやりたいこととかある?」
「珈琲売ってる店を探す。買いだめしておきたい。あと、ナツのカフェオレ用の牛乳の買い足しも」
「サンガはイチヤより乳製品安くていいよね。でも僕だって朝ならブラック珈琲飲めるよ」
「無理すんな」
「くっ……慈愛に満ちたまなざし……っ!」
確かに僕はブラック珈琲苦手だけど、それはイオくんが好む珈琲豆がもれなく深煎り苦味強めなせいなので、もう少しライトな味わいの物なら僕だってブラックで飲めるんだ。本当だよ。
ちょっとだけぐぬぐぬしながらリストに13:珈琲及びその関連商品を購入、と追加する。悔しいけど苦い珈琲で作るカフェオレってめっちゃ美味しいんだよねー。
「まあ、あとはできれば陽だまりの猫亭みたいな、行きつけの店ができたらいいけどな」
「あー。サンガは飲食店たくさんあるからいろんなところにも行きたいけど、行きつけもあったらあったで迷わなくていいよね」
まあそれはめぐり合わせと縁だから、必須ではないかな。
緑水亭ご自慢の夕食は、ステーキでした。
お肉はワイバーンほどではないにしろ、ソースが豊富で、レモン風味のさっぱり系から、岩塩、濃厚なソース系のタレ、甘辛いタレ、ニンニクが効いてるやつ、醤油風味まで、1切れずつ別の味で食べられてとても満足度が高い。これがお料理自慢のお宿の力かー! ってなったよ。
パンとライスが選べたのも好ポイント。僕、お肉はお米と食べたい派閥なので! 異議は認めます!
シェフのお勧めコース料理みたいなやつだったので、メインはステーキだけと他にも色々出てきて、どれも満足できるお味だった。特に豆のスープがちょっとピリ辛で美味しい。あと、イチヤではフライくらいしかなかった海産物が、サンガには豊富に流通してる。アサリの酒蒸しや、魚のムニエル、サラダにエビが乗ってたりとか、どれもイチヤでは食べられなかったやつだね!
イオくんは例によって食レポがあんまり上手じゃないので、僕が無い語彙を絞り出して頑張って褒めたたえてたら、シェフさんが厨房から出てきて「素敵な感想のお礼に」ってデザートまでおまけしてくれたんだよ。
やっぱりこういうのって褒め得だと思います!
「んんん美味しいー! サクサクのパイでクリーム重ねてるってだけでも贅沢なのに、この宝石のような輝きのジャム素晴らしすぎる……! 甘さと酸味の絶妙なバランス……!」
「美味い」
「もうイオくんに食レポは求めないよ」
「ジャムなら後で作ってやろう」
「木苺あったねそういえば! 楽しみにしてる!」
でもイオくん、本職のシェフには対抗しなくていいよ。そんな射殺しそうな目でジャムを睨みつけなくても……って思ってたら、「お」とイオくんが突然声を上げた。
「<食材鑑定>を習得した」
「えっ!?」
「<総合鑑定>と統合したけど、料理を構成する食材の内訳が分かるな……」
「天才では!? イオくんやっぱり料理人騎士やるしかないよ!」
「弱そうだからやだ」
速攻拒否された……のは置いといて、それよりも<食材鑑定>の方が大事だね。イオくんが掲示板で調べたところ、<調理>の発展スキルと<収穫>が必須で、その上で料理の材料や隠し味を見破ろうとしてじっくり一定時間料理を観察することで習得できるらしい。
そういえばイオくん、毎回料理をじっと見てたな。そんなのでフラグが立ってたなんて全然わからなかった。やはりイオくん天才では。
「へー、数種類のベリーを混ぜてるのか。産地にもこだわりが。これは再現難しそうだ」
ふむふむと頷きながらそんなことを言うイオくん。プロの料理人のようだ。もはやすでに料理人騎士なのではないかという気持ちになる。もしやこの鑑定があれば、カレーのスパイスはすでに再現できるのでは? と思ったけど、イオくん曰くそれは無理らしい。
「スパイスは何が入ってるかも大事だけど、比率も大事だからな」
「あー、そっか。何が何グラム入ってるかまでは分かんないんだね」
納得である。
次は閑話を1つはさみます。




