8日目:墓守とお節介
誤字報告いつもありがとうございます。助かります。
モグラ。
実はリアルで見たこと無いんだよね、僕。
実家の庭にたまーに出たことあるらしいんだけど、お母さんが素早く匂いで追い払う薬みたいなのを使って対処してたっけ。これがモグラの穴よーって見せてもらったことがあったから、そのサイズからして、そんなに大きくないイメージだった。
なので。
「さすがにこれは無いと思う! 【ダークアロー】!」
「いやこんなデカくないからなリアルのモグラ! 【打撃】! 【連撃】!」
いやホントにね!!
でかい、でかいよソードリモ! 僕らの胸くらいまで地上に体を出しているわけだけど、地中に下半身があるんでしょこれ? しかも爪がめちゃめちゃ長くて30センチくらいありそう!
「ビジュアルが怖い! 【ライトアロー】!」
「目に生気が無いからな! 【ロックオン】!」
「【ウィンドランス】!!」
「【突撃】!」
モグラなだけ合って<光魔法>にも若干弱いみたいで、HPの減りが良い。イオくんがヘイト取ってくれているので遠慮なく<風魔法>をぶっ放したら、合わせて放たれたイオくんの突属性攻撃がクリティカルになった。HP残量が残りわずかなので、ここは一気にたたむ。
「【ウィンドアロー】!」
よし、これで撃破!
「レベル低いの狙ったからってのもあるが、割と楽に倒せるな」
「経験値があんまりもらえないかもね。とりあえず崖まで歩きながら、邪魔なやつだけ倒して行こう」
ドロップは……ソードリモの爪かあ。しかも1匹で3個も落ちた。えーっと、鑑定によるとこれは投擲用の武器に使われることが多い、と。
ソードリモはノンアクティブなので、こっちからちょっかいをかけなければ襲われない。ただレベルのばらつきは結構あって、今倒したのはレベル8、その辺にレベル15とかレベル18とかもいる。
敵のレベルは、僕たちでいうとプレイヤーレベルに当たるので、今の僕たちならレベル10~13くらいを相手にするのがちょうど良いはずだ。次はそのあたりのレベルを狙うことにして、フィールドをガンガン進む。
視界に白地図を表示しながら、どんどん地図を埋めていく作業なんだけど、流石に正道近くや門の周辺には何もない。離れるほど何かしらの痕跡があったりして、地図にそれが自動的に載っていくんだけど……。
「あ、またお墓……」
「あー、この辺多いな……」
すごくしんみりするところも、まあまあ多かったりする。
僕たちは野原の花を摘んで、古びた墓に供える。手を合わせて、なんとか刻まれた名前を読もうとするんだけど、すでに読めないほど風化しているものがほとんどだった。
崖の上で見晴らしがいいから、ここにお墓を作ったのかもしれない。魔王の呪いさえなければ、きっと戦後に手入れをされていたはずなのにと思うと、悲しいなあ。
「ナツ、あそこの木のあたりに墓が集まってるぞ」
イオくんが指さしたのは、野原にポツンと植えられた木のところ。トレントと戦ったばかりなのでつい警戒して<識別感知>を使ってみたけど、敵のアイコンはなかった。……いや、あれ? なんか表記が……。
「……イオくん、あそこに住人のアイコンがあるわけですが……」
「お、もしかして幽霊か」
「どうだろう、幽霊って街に連れていけるかな?」
その前に会話できるだろうか? とりあえず話しかけてみないことには始まらないな。
少し離れている木を目指して、途中でソードリモを倒しながら進む。爪の攻撃は結構強いんだけど、イオくんの<上級盾術>のレベルも高いからか、特別怖い敵ではない。状態異常もないし、一撃が重い必殺技みたいなのも特にないから、イオくんが抑えている間に僕が魔法で削り切るだけで倒せる。
労力の割には経験値が美味しいから、レベル上げに良さそうな敵だね。
3匹か4匹くらい倒し終わった頃に、ようやく<光魔法>と<闇魔法>のレベルが上がった。どっちもレベル5でウォール系魔法が追加。
しかも、この2つはただのウォール系魔法ではなくて、追加効果付き。なんと、ウォール系魔法に当たった敵は30%の確率で弱点付与の状態異常が付くのだ。効果時間は2分と短いけど、たとえば【ライトウォール】に当たって敵が光属性弱点を付与された場合、【ライトアロー】でも弱点属性と同じだけのダメージが出るというわけ。かなり良い効果だね。
さて、そしてたどり着いた墓地。
木を中心に石や木材で作られたお墓の集合地だから、もう墓地で良いと思う。一つ一つに花を供えて手を合わせてみたけど、やっぱり読める名前は一つもなかった。10年も昔の物なんだろうから、仕方ないって言えば仕方ないんだけど、可能なら遺族の人にここにお墓があるって知らせてあげたいんだけどなあ。
「ナツ、住人は?」
「えっと……木、だね」
「木か」
<識別感知>で住人と表示されているのは、墓の中央に生えている木だ。僕には知識がないからなんの木なのかわからないけど、まだ幹も細いし、植えられたのは戦時中か戦後だと思う。どうしてこの木が住人アイコンになるんだろう? 不思議に思いつつその幹に手を触れてみる。
と、その時。
「…………だれ?」
「え?」
「ん?」
かすかな声が聞こえた。多分、目の前のこの木から。
「えっと、あなたはこの木で合ってる?」
一応確認のため問いかけてみると、
「……うん。ちょっと待って、今起きるから……」
という返事。
起きる? どういうこと? と首をかしげる僕の眼の前で、細い木がぱあっと光って、その光が人の形に収束していく。
現れたのは、僕の腰より背が低いくらいの小さな子供だった。眠そうな目をした、全体的に茶色の子供。ふあっと大きくあくびをした後、彼はゆっくりとまばたきをして僕たちを見た。
「だいぶ寝てたなあ……。もう呪いは解かれたの?」
「えっと、残念ながら違うよ。僕たちはトラベラーといって、別の世界から呪いを解くお手伝いをするために呼ばれてるんだ。今は魔王との戦いが終わってから10年後だよ」
「へえ」
少年は僕とイオくんを交互にみてから、「確かに何か違うみたいだね」と納得したように頷く。何か違うんだなあ、そういうのってどうやって区別するんだろう? この子も<識別感知>を持ってるのかな。
「お前は住人なのか?」
イオくんが少年に問いかけると、
「僕は、この木。栗の木の精霊だよ」
との返事だった。
「そうなのか。俺はイオ、こっちは相方のナツだ。お前の名前は?」
「マロネって呼ばれてたよ。もう、そう呼んでいた人たちはいないけど」
マロネくんはゆっくりと周辺のお墓を見回す。そしてその数の多さにほんの少し眉間にしわを寄せた。それにしても、木の精霊……初めて会った存在だな。
「マロネくんは、ここの墓守をしてたの?」
「うーん、まあ、結果としてそうなったね。このへん、昔キャンプ地だったから……」
「そうなんだ。じゃあ、街へ行く気ってある?」
「うーん……」
木に寄りかかって、マロネくんはぼんやりと考え込むような顔をした。なんだか、存在がおぼろげというか、ふわふわと安定していない感じがするな……。
なんとなくはらはらしていると、マロネくんはやがて静かに口を開いた。
「僕、このまま消えてもいいよ」
「え」
な、なんで?
「えっと、消えちゃうの? なんで?」
驚いて問いかけた僕に、マロネくんは相変わらずちょっとぼんやりした表情で視線を向けた。
「んー、精霊は、人と共に生き、人と共に死ぬ生き物だから」
「そ、そうなんだ?」
「精霊は大事にされた木や物に宿る。もっと大きいものにも宿るかも。でもその生命の根本にあるのは、人の想い」
「想い……?」
「君だって、綺麗な花が咲く木とかあったら、素敵だなーって気に留めたりするでしょ」
「するねえ」
「大事にされると、その想いから生まれるのが精霊。精霊は生まれると結構長く生きるけど、本体がなくなったときと、人に忘れ去られた時に消えるんだ。前者の場合はその場で消滅、後者の場合は徐々に消える感じかなあ」
「じゃあ、余計に人のいるところに行かなきゃ」
「うーん、でも」
マロネくんはもう一度周辺の墓を見渡して、大きく生きを吐いた。
「もう、僕、結構がんばったんじゃないかなあ……」
のんびりした声だったけど、響きがなんだか悲しかった。密集して作られたお墓の、真ん中にあった木。マロネくんはこのお墓に埋葬された人達によって生まれた存在なのかもしれない。だとしたら、自分を作り上げた人たちをみんな失ってしまったことになる。
「君たちが僕を知ったから、まだちょっと伸びたけど。でも、もう、良いんじゃないかなって思うんだよね」
手を自分の視線の高さに持ってきたマロネくんが、その指先がほんの少し透けているのを見て、うん、と大きく頷いた。
「自然に身を任せて、消えるなら消えるで。僕、ここから動きたくないもの」
「あ、そっか。街に行くってなったら、植え替えが必要だね……」
「そうだよ。それに、寂しいからね」
マロネくんはそう言って、空気に溶けるように姿を消した。
「寂しいよ、僕だけ、一人だけ、取り残されてしまうのは」
「正直なところ分からないでもないというか」
「あー、まあ、無理やり移動させるのもなんか違うよな」
僕とイオくんはサンガに向かって戻りながら、マロネくんについてちょっと話し合いをする。あのまま放置したらマロネくんは確実に消えてしまうので、本来なら街へ移動させるのが正しい行動なのかもしれない。でも彼はそれを望んでいない上に、あの場所に執着がある。
そうなると説得は難しいと思うし、イオくんの言う通り無理やり動かすのは何かが違う。
それに、マロネくんの言うことって別に間違ったことじゃないし、自分に置き換えて考えてみると、親しかった人たちが眠るあの場所を動きたくないのってむしろ自然なことのようにも思える。僕って基本的に他人の意見を否定したくない派閥の人間だから、マロネくんがそういうならマロネくんの判断でいいんじゃない? って思うわけで。
でもさー、あのままにしておくといずれ消えてしまうっていうのがさー。
なんかそれはそれで、すでに彼を知ってしまった人間としてはやるせないよねー。
「あの墓はサンガの住人の物なのかな。もし、あそこで眠っている人たちの親族の方とかいたら、詳しい話聞けないかなあ」
「ナツはマロネを街に連れてきたいのか?」
「まあ、最終的に判断するのはマロネくんだけど。なんか街に行きたくなるような話がどっかから出てきたら、それを伝えるくらいの努力はしたいかなって。選択肢を増やすことは、いつの時代でも良いことだと思うんだよ」
「あー、なるほど。それはナツらしいな」
余計なお世話だとは思うけどねー。僕は物語の主人公みたいな、時々無神経だなと思うくらいの強引さは持ってないから、マロネくんが望まない限り彼を街に連れて行くことはしないと思う。背中を押すのもなんかためらうじゃん、事情が事情だし。
だから僕のような人間にできることは、せいぜい選択肢を増やすことくらいだ。それだって増やしたところで彼が望むこととは限らないし。でもやっぱり、いついかなる時も情報量は多いほうがいいじゃん。
「……まあ、お節介はいくら焼いてもタダだから!」




