1日目:階級制度もあるらしい
「ん-、やっぱりクエストウインドウ無い方がいいね。スムーズ」
「せっかく住人がいい感じにクエスト進めてくれてんのに、いちいちウィンドウ開くと興ざめだよなあ。会話がスムーズなら口で受注した方が早いし」
外壁から降りてくると、ゲーム内時刻はちょうどお昼時だ。詰め所ではさっきいなかった兵士さんがお肉たっぷりのお弁当を食べていた……あ、今門に立ってるの女性兵士さんだから、さっきまで門番してた人が代わったのかな? アーダムさんより若そう、20代後半くらいの青年だ。
「お疲れ様です」
何にも考えずに声をかけて軽くお辞儀すると、兵士さんは慌てたように水を飲んで口の中身を流し込んだ。あ、申し訳ない、ここは声をかけなきゃよかったね……。
「ど、どうも。壁の上はどうでしたか?」
そして会話してくれる感じかな? お食事中なのにいい人だなあ。
「すごく良い景色でした! 遠景最高!」
「それは良かったです。お二人は壁の上に上った最初のトラベラーさんですね」
「そうですよね、トラベラーならまずフィールドに出て魔物と戦うとかイチヤの街中を探検するとかが先ですよねえ。あ、僕はナツ、こっちは頼れるイケメンのイオくんです。お食事の邪魔してすみません」
「いえいえ。楽しんでいただけたならよかったです。私はソルーダ=ザフ、警備隊の隊長をしております」
「隊長さんでしたか」
なんと。アーダムさんよりずいぶん若そうだけど、ソルーダさんが隊長なんだね。こういうのって実力で決まるのかな? 強い方が偉い! とか?
それよりも隊長さんって普通に門番するんだ……隊長って詰め所の中で書類仕事とかしてるイメージだったけど。
「ナツさんは表情が素直ですね。私は別に強くないですよ、お家柄と言うやつで決まるんです、こういうのは」
「イオくんどうしよう、心読まれた……!」
「いやナツがわかりやすいだけだからな?」
「あんなきらきらした目で見られるのは心苦しいので……」
苦笑したソルーダさんは簡単に説明してくれた。
ナルバン王国には一応階級があって、王族の下に1等星、2等星、3等星、4等星、と貴族階級……通称「星の民」が存在する。この階級のことを、星級と呼ぶ。ちなみに王族は月であり、統治神スペルシアは太陽であるという。
ギルド長とか隊長クラスにいるのはたいてい4等星クラスの血筋の人たちで、イチヤやニムなどの大きな街を仕切っているのが3等星、王都で政権補佐についていたり他国との交渉を担っているのが2等星、魔法に長けていて統治神スペルシアと一緒にトラベラーを呼び込んだりした王宮魔法士さんとか、先の魔王との戦争で著しい活躍をした人とか、国にとって大きな貢献をした人たちが特別に任命されるのが1等星。
ソルーダさんの家は4等星で、お父さんは戦時中にイチヤの食糧輸送を仕切っていた輸送隊長だったそうだ。で、今はその地位は長男さんに受け継がれ、イチヤ流通支部の支部長となっている。
ソルーダさんは次男なので適当に家を出て星落ち(星の民の家に生まれたけど特別な役割を持たず平民になること)の予定だったのに、どうせならとイチヤの防衛軍に入ったら、東門詰め所の隊長に素早く任命されちゃったとのこと。
「責任者なんて誰もやりたくないからな」
とは、アーダムさん談。
「ひどいですよねー。でも戦争で星の民もかなり減ったんで、今人足りてないんですよ」
とソルーダさん。
厄介ごとを押し付けられたって感じなのかな?でも、仲は良さそうだね。
「便利ではあるんですよ星の民。ロクトの防衛軍と演習するときとかもね、相手が舐めた態度取ってるときソルーダ=ザフです、って言うだけで大人しくなるんで」
「苗字があるのが星の民である証、って感じですか?」
「そうです。4等星は大体2文字ですけど、えらくなるほど長くなるんで、長い苗字の人にはうかつに近づかない方がいいですよ」
「わあ、勉強になります」
ソルーダさんはばっくばくお弁当を消費しながらそう教えてくれた。この人めっちゃ食べるな。僕といい勝負な気がする。……お腹空いたな。と思った瞬間にイオくんと目があって、何か察したらしいイオくんが小さく笑った。
「そろそろ昼か。ナツ、俺たちもどこかで飯にしよう」
「イオくんも心読んでくる……!」
「ナツがしょぼくれた猫みたいな顔してるときは腹減ってる時なんだよ」
だ、誰がしょぼくれた猫か……っ! と思ったけど僕より僕に詳しいかもしれないイオくんがそういうならそんな顔してるのかもしれない。顔立ちが猫っぽいとかは無いはずなんだけど……。あまりにも解せないので頬を両手でぐにぐに揉んでいたら、イオくんはげらげらと笑った。
「いや、ちょっと前にインターネットミームで流行った、空の餌皿の前でしょんぼりしてる猫の写真あったじゃん、あれだよ」
「あー、茶色の八割れの……え、嘘でしょ僕あんな顔してた?」
「してたしてた。ってなわけでアーダム、ソルーダ、この辺で美味い店あったら教えてくれ」
え、嘘でしょあんなしょぼしょぼな顔してたの僕?ねえ嘘でしょ!?
アーダムさんが教えてくれた食堂は、東門から南へちょっと行ったところにあった。
「陽だまりの猫亭」……これさっきイオくんがしょぼくれた猫とか言ったからここ教えたでしょアーダムさん! でも普通にすごくおいしそうな洋食屋さん!
今ちょっと混んでて席がなさそうだから、先にこの通りを全部見てこようか、と言うことになった。
通りの名前は「太陽通り」。
当然のように空白地で、住人さんと会話するか地図か何かの資料を手に入れないと行けない場所っぽい。飲食店がいくつかと、日用品や特別な効果のない食器とか鍋とかの店があって、他は民家。300Mくらい歩くと、突き当りには大きな果樹園があって、『ハンサの果樹園』という立て看板を読んだら地図にも果樹園が表示された。
壁の上でも思ったんだけど、イチヤの面積はかなり大きいんだよね。果樹園もあちこちにあって、それでも戦時中よりだいぶ減ったんだって。僕たちが果樹園を見て「大きいねー」って話してたら、敷地の中からおじいちゃんが「これでもだいぶ小さくなったんだよ」って、ぬっと音もなく出てきたから本当にびっくりした。
「戦時中は家も少なくてね、土があったらとにかく何か植えて、少しでも食料を確保するためにみんな必死だったんだよ。人は作業小屋で寝たよ」
ニコニコしながらそんなことを教えてくれるおじいちゃん。戦時中を生き残った人だ。
「そうなんですね。僕はナツ、こっちの凛々しい系イケメンは友達のイオくんです。おじいさんはお名前うかがってもいいですか?」
「ハンサだよ、よろしくねトラベラーさん」
「ナツ、ちょこちょこ隙あらば褒めるのやめろ、こそばゆい」
イオくんが小声でそんなことを言ってきたけど無視無視。断る!
「イチヤは戦後10年でギルド前通りや住宅地を整えたんですね」
「ドワーフや鬼人たちが力仕事を請け負ってくれたんだよ。それに、正道沿いにないような小さな集落から出てきていた人たちも、帰れなくて結局街に住むしかなくなったから、家も必要だったしね。イチヤは大きく崩れなかった街だから、復興しやすかったんだよ」
「なるほど……」
「ジュードやハチヤなんかは、今も完全復興とまではいかないようだよ。でもほかの国よりましだからね。トラベラーさんたちに最初に降り立ってもらう土地がナルバン王国になったのも、そういう理由があるんだよ」
「な、なるほど……!」
なるほどBOTみたいになっちゃったけどそれ以外に言えることがないというか、なるほど……。つまり他の国、後から実装予定の国になるほど、被害が大きくて復興がうまく行ってないってことなんだろうなあ。
「頑張ってお手伝い出来たらいいなと思います!」
「うん、うん。よろしく頼んだよ。これはお近づきの印にあげよう」
ハンサさん、忍者? 忍者なの?
僕とイオくんの手にリンゴを1個ずつ持たせてスッと消えたんだけど……ええ? すごい猛者だったりする? ちょっと怖い。
でもリンゴに罪は無いのでありがたくもらっておこう……。
「すげーやつがいるな……」
とイオくんもリンゴ片手に複雑な表情だよ。
狐につままれたような気持ちで道を引き返して、程よく人が減り始めていた「陽だまりの猫亭」へ。この洋食屋さん、店内どこもすごく日当たりが良くてぽかぽかする。さすが陽だまりの猫……ネーミング完璧だよ。
料金はランチメニューで1,000G前後、スープのお替りは自由らしい。僕が注文した「ごろごろ野菜とロールキャベツセット」も、イオくんが注文した「ハンバーグセット」も1,000Gだった。リブロースのステーキとかドリアになると1,300Gとか。ウエイトレスさんにさりげなく聞いてみたら、イチヤは農業がメインだから乳製品がちょっと高いらしい。乳製品の産地はヨンドなんだってさ。
「各街の名産品とかってあるんですか?」と質問してみたところ、ウエイトレスさんは気前よく答えてくれた。
イチヤが果物、ニムはジャガイモ、サンガが香辛料、ヨンドが乳製品、ゴーラは海産物、ロクトはトウモロコシ、ナナミは首都なので特になくて、ハチヤははちみつ、クルムは小麦、ジュードは肉、なんだって。
特にジュードの肉っていうのは、ここ10年で荒れた土地でも何か生産できないかと色々試した苦肉の策なんだそうだ。一番魔物との戦いが厳しかった土地だから、今も土にほんのり魔物の血とかからしみ込んだ魔素みたいなのが抜けなくて、ろくに植物が育たないんだとか。そこで、ツノチキンとかコブ牛だとか肉の美味しい魔物を何とかして育てて、肉を卸しているんだって。
「ツノチキンって、明らかに鶏肉だよね」
「どっかに豚もいそうだな、この分だと」
食用にできる肉、どこか近場で入手できないかな。とりあえずソルーダさんにアドバイスもらった通りに西の草原でバイトラビットを狩るとして、その後にでも。
「教会に寄付したいよね」
「それもあるけど、個人的にも確保したい。<調理>のレベルも上げないとな」
「ああ、スキル上げもしたいよね」
アナトラのスキルはスキルポイント(SP)で取得できて、そのSPはスキルレベルが1上がるごとに1もらえる。
チュートリアルでは20SPもらって最初のスキルを取ったんだけど、スキルによってはレベルのない固定スキルと言うものもあって、SPを貯めようと思ったらとにかくスキルのレベルを上げていく必要がある。
ちなみに、僕のスキル構成はこんな感じ。
<水魔法><火魔法><土魔法><風魔法><MP回復量増Ⅰ>
<彫刻><魔術式><感知><鑑定>
上段のものがSP2で取れるスキルで、最初の<水魔法>は職業を選んだ時に無料でもらえるスキルだ。一応、4種類の属性から1つ選んで取得できる。ゲームによっては属性に特化しないと先が厳しいのもあるけど、アナトラは少人数プレイ推奨だし、多分なるべく広く浅く取っていくほうがいいんじゃないかな? と思って、チュートリアルでSPをもらったときに迷わず全属性取得した。
多分、この4属性以外にもあると思うんだよね、魔法。
条件を満たせば出現すると思うから、探さないと。
下段の4つは職業や種族に関わらず、誰でも取得できるSP3の汎用スキル。ちなみに、種族専用スキルとかもあるらしいよ。
自動発動する<魔術式>や、気づいたら使うようにしていた<感知><鑑定>の3つはすでにレベル2になっているから、使えるSPも3に増えている。
これは全部基本スキルって言う白文字のスキルだから、レベルは10でMAXになる。基本スキルをレベルMAXにすると、関連する発展スキルという黄色文字のスキルが派生して、そっちはスキルの難易度や適性なんかでMAXレベルが変わるみたい。ゲーム内掲示板とかで調べれば、もう有意義なスキルの情報もありそうだけど……。
調べるの面倒だから、僕はフィーリングで行こうと思う。ま、なんかあったらイオくんが教えてくれるでしょ。
「午後からフィールドに出るか。ソルーダが教えてくれたバイトラビットは西だったな」
「南のロックタートルが経験値美味しいって言ってなかったっけ?」
「序盤の経験値なんて些事だろ。金策の方が大事」
「旅の準備もあるしねえ」
というわけで、午後からは戦闘に決まった。
あ、ご飯はとてもおいしかったです。ファミレスよりも上だねこれは。