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8日目:悩みは人それぞれ


「なんか解せぬけど、僕のこと気に入ってくれたって意味でいい?」

「あ、はい。卵のうち、は、あんまり、自我が、ないので。ここまで、はっきり、主張するのは、とても、珍しい、です」

「そうなんだ。じゃあ問題ないよね」

 この子は採用でよろしい?

 期待を込めてイオくんに視線を向けると、イオくんはうむ、と大きく頷いてくれた。社長の許可がでたので採用決定だ。

「採用!」

 和紙があったら筆で「採用」と書いて掲げたいところだ。内定をすっとばして即採用の期待の新人。いまから名前候補をたくさん考えておきたい。

「クルジャくんありがとう! シーニャさん、この子に決めたよ!」

「はいはーい。じゃあお会計とか注意事項とかあるから、応接室の方へどうぞ。クルジャごめんねー、ちょっと店番しててー」

「は、はい……!」


 シーニャくんが説明してくれたところによると、契約獣の卵は魔力を込めることで孵す事ができる。一番多くの魔力を込めた人を主として認識し、生まれると同時に契約がかわされるとのこと。

 ちなみに、召喚士さんには売らない。なぜならここで扱う子たちは戦闘能力がないからだ。召喚士さんはたくさんの契約獣を扱うし、そんな中でここから契約した子だけを別扱いするのは難しいし、他の子たちと区別することは契約獣たちにとっても良くないから。

 契約獣は、ある程度育つまでは本来の能力を発揮できない事があるが、魔力を分け与えることで成長を促すことができる。ただし、契約が結ばれたあとで他の人からたくさん魔力をもらったりしても、契約上の主が変わることはない。

 契約獣のすみかになるペンダントは、契約獣が生まれてから買って設定してあげたほうが良いとのこと。今の時点ではどんな子が生まれるかわからないからね。あと、契約獣は戦闘に参加できないから、戦闘開始時に外に出ていた場合は自動でペンダントに戻る。その時契約主がペンダントを装備していなかった場合は、安全な場所まで退避する。

 卵は、インベントリに入れておくと、インベントリの持ち主の魔力を少しずつ吸収して貯めるらしいので、ひとまず僕のインベントリに卵を入れておくことにした。持って歩くのは割っちゃいそうで怖いからね。


「あとは、大事なことだけど、どんな子が生まれても返品は不可だからねー。逆に言うと、どんなに良い子が生まれても店が返せーとか言う心配もないから安心してね」

「なるほど」

「契約獣との契約は1人1回のみ。契約を解除して他の子と契約、とかもできないからねー。ただ、のっぴきならない事情でどうしても面倒が見られないとか、一時的に手放さざるを得ない場合なんかは、契約獣屋さんで預かる事はできるから、相談してほしいなー」

「あんまりなさそうな話だけど、了解」

「うん、まあナツさんたちなら大丈夫な気がするけどねー」

 どんな子が生まれるかわからないのに卵を選んで、後悔して戻そうとする人は昔はそれなりにいたらしく、契約獣屋さんは返品不可! を繰り返し説明するようにしたらしい。その甲斐もあって、近年ではみんな納得して買っていく人たちばかりで、返品の相談はほぼなくなったとか。

「今後はトラベラーさんのお客さんが増えると思うから、その人達がどういう行動を取るかにも注目してるんだー。トラベラーさんたちって、情報を交換する場所があるんでしょ? よかったら、このこと伝えておいてね」

「わかった、情報共有しておくね。イオくんが!」

「俺かよ!」

 だって掲示板書きなれないもん! 頼んだ!


 卵の代金を支払い、ほんのり緑の新入社員は無事に僕のインベントリに引き取られる。一応、契約獣についてまとめた薄いパンフレットももらって、満足して応接室を出ると、クルジャくんがカウンターで接客中だった。すんごいしどろもどろになっている。

「商談終わったよー、クルジャありがとう。後は僕がやるからー」

「あ、よ、よかった。お願い、します……!」

「他に店員さんいたんだ、よかったあ。私トラベラーの美月と言います、契約獣を購入したくて来たんですが」

「はいはい、説明しますからこちらのソファーへどうぞー」

 お、トラベラーの鬼人さんだ。

 どんな子を選ぶのかちょっと興味もあるけど、僕はクルジャくんのフォローに回ろう。

「クルジャくん、無事にあの子は引き取ったよー。生まれたらまた見せに来るね」

「あ、い、いえ。そんな。ナツさんなら、大丈夫だと、思いますし」

「クルジャくんが今まで世話してくれてたんでしょ? 多分この子もそれわかってるし、会いたいんじゃないかな」

「そ、そう、でしょうか……」

「世話してくれた人のことは忘れないものだよ。生みの親より育ての親って言葉が僕らの世界にあってね、僕としてはこの言葉は正しいと思ってるんだ。だって、血の繋がった親子でも合わない人は合わないもん」

 イオくんのところみたいにね。

 家族だって言ったって、同じ人間ではないんだから、合う合わないはあるものだ。身内と合わないっていのはちょっと悲しいことだけど、それはそれで仕方ない。合わないなら、合わせる努力をして、それでもどうしてもだめなら割り切ることだって大事でしょ。

 僕の言葉をよくわからない、という顔でクルジャくんが首をかしげた。あ、目が見えた。ということは目を合わせてもらえる程度には信用されたかな?


「ナツの言ってることは本当だぞ」

 不意に後ろからイオくんが声を上げて、会話に混ざる。クルジャくんは一瞬びくっとしたけど、イオくんの姿を見てふっと息を吐いた。

「え、っと」

「俺の両親、仕事仕事で年に数回しか家に戻ってこなかったんだ。そんな顔も忘れそうな親より、毎日家に来て食事の世話や掃除してくれる家政婦さんのほうが、好きになって当然だろ?」

 お、さらっと家庭の事情を。

 まあ、でも、彼らは住人さんだし、イオくん的にも気楽に話ができるのかもね。トラベラーさん相手だったら絶対に言わないだろうけど、クルジャくんは何か家庭の事情を抱えてそうだし。

「僕、へ、変だ、って言われて……」

「え? 何が?」

「僕の、両親も、姉、も。フェアリーだから。ぼ、僕だけヒューマンなのは、変、だって……!」

 あー、やっぱりそういうのあるんだ。

「それで、人と関わるのに臆病になっちゃった?」

 僕の問いかけに、クルジャくんは帽子両手で抑えながら、小さく頷いた。やっぱりこの子の人見知りには、それなりの理由があったんだな。

 クルジャくん、多分15・6歳だと思うんだよね。このくらいの年齢だと、戦争孤児かなあ。ご両親をなくしてリィフィさんのお家に引き取られた、とか、そういう事情だと思うけど。子供って言って良いことと悪いことの区別がまだつかないころに、悪気なく不思議に思ったことをすぐ口にしてしまうことがある。クルジャくんの友達にとっては素朴な疑問、程度のことだったとしても、それを聞いたクルジャくんは結構思い悩んじゃったんだろうな。

「僕、貰われ子、なんです。両親が、サンガの防衛隊、で。死んじゃって、それで。父さんと、職場仲間で、仲良かった、って」

「そのご縁で引き取られたんだ。良かったね」

「僕、っ」


 言葉を探すように、クルジャくんが一度口を閉じる。

「僕、今の家族のこと、好き、だから」

 もごもごと言葉を選んだ後、クルジャくんはそう言った。

 知ってる。リィフィさんとも仲良さそうだったしね。

「で、でも、申し訳ない、って、思って。本当の、両親が、いるのに。その人達より、今の、両親のこと、好きになったら、良くないのかなって、思って……」

「そんなことないよ」

「そんなことはない」

 僕とイオくんは同時に否定の言葉を口にした。いや、だって絶対そんなこと無いし。


「もういない人たちのことより、今そこにいる人達を大事にしなきゃ。確かに思い出は大事だし、供養の気持ちを持つことは良いことだよ。でも、過去は過去って割り切ることも大事だと思う」

「お前が大事に思う相手を素直に大事にするべきだろう。もういない人たちに気を使う必要性はない。そういうことをいうと薄情だとか言ってくるやつもいるが、今近くにいて自分を大事にしてくれている人たちに対して後ろめたさを感じるほうがよっぽど薄情だぞ」

「ね?」

「な?」

 うんうんと頷き合う僕とイオくん。

 クルジャくんはぽかんとそんな僕たちをしばらく見ていたけど、やがて言われたことを咀嚼したのか、小さく息を吐いた。

「2人、仲良し、ですね」

「そうだね!」

 自信満々で言い切ったら、イオくんはなんか苦笑してた。ははーん、さては「仲良しだよ!」とか断言するの照れくさいと思ってるやつですねこれは。僕って最近イオくんよりイオくんに詳しい時ある気がする。


「まあとにかく、クルジャくんが大事な家族だと思ってるなら、その通りなんだよ。他の人がクルジャくんだけヒューマンだからおかしい、って言ったとしても、クルジャくんたちがおかしくないって思ってればそれで良いと思うよ」

「そうだな。それに、トラベラーが増えたら多分、気にならなくなるんじゃないか?」

「え、なんで?」

「兄弟でナルバン王国に来てても、その兄弟がヒューマンと鬼人とか、獣人とエルフとか、そういう組み合わせになることがちょいちょいあるだろ」

「あー、たしかに!」


 VRゲームを兄弟や家族でやるって人たち、意外といるんだよね。

 でも、全員同じ種族で揃えてる人たちってそんなにいない。やっぱり種族によって特徴が違うから、バランスの良いパーティーにしようと思ったら別の種族にするほうが効率も良いし。

 後は逆に、同じゲームやってるけど同じパーティーとかではなくて、兄弟揃えるの恥ずかしいから別の種族にしてる、とか。家族と似てて「ご家族ですか?」って言われるのが嫌だから種族を別にして印象を変えてる、とかのパターンもある。

「え、そ、そうなん、ですか?」

 目をパチクリさせるクルジャくんに、僕は大きく頷いた。

「街の様子を見た限りでは、フェアリーさんや獣人さんたちって、同じ種族で固まってることが多いよね。だからフェアリーの家族にいるクルジャくんが目立っちゃうんだと思うけど、トラベラーにもフェアリーの人たちがいて、その人達って多分、他の種族の人たちと一緒に旅をすることが多いんだ」

 フェアリーって種族は何しろソロに向かないと掲示板で話題になっているらしいからね! ちなみにこの情報はトレント討伐後に如月くんとの雑談で教えてもらったんだけど。フェアリーだけじゃなく、エルフもソロに向かないと言われてたよ。そりゃそうだなと思う。

 筋力も俊敏もないのにソロでどうやって生き残れば良いんだかわかんない……っ!

「だから、トラベラーたちがたくさんサンガに来るようになれば、クルジャくんがフェアリーさんたちの中に混ざってても別に目立たなくなると思うんだよね。そしたら何か言ってくる人もいなくなるよ」

「そ、そう、かな……」

「そうそう」

 一番は、クルジャくんが気にしなくなればそれで良いんだけどね。性格的に、割り切れない人だっているし、そこは強制できるものじゃない。


 だから早くサンガにトラベラーが詰めかけて、クルジャくんの気が楽になるといいなと思うよ。

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