8日目:カレーは正義
見直したつもりでも誤字っている。誤字報告いつもありがとうございます、助かります。
「ここが契約獣の卵保管室だよー」
とシーニャくんが案内してくれたのは、店舗のすぐ奥の部屋だった。
「大気中の魔力を取り込んで、ゆっくり成長しているところだから、このまま置いておいても自然と生まれてくるんだよ。そういう子は他の契約獣たちと一緒に獣舎に移ってもらって、契約者を待つんだ」
「へー。大きさもまちまちなんだねえ」
「大きい卵から大きい子が生まれてくるとは限らないんだ、選ぶのは難しいよー」
ずらーっと並んだ卵たち。今は50個くらいあるとのことで、その大きさはリアルで言うところのダチョウの卵くらいのものから鶏卵くらいのものまで様々。色も真っ白なのもあればほんのり色付きもある。
とりあえず、ピンとくる卵を探してゆっくり見て回る。イオくんからは乗れる奴を選べよ、というプレッシャーを感じた。頑張る。
いや1匹しか契約できないんだし、普通に生まれた後の子を選ぶ方がいいにきまってるんだけどね。でもそこにガチャがあるならガチャしたいじゃん! と言う僕の主張なのだ。イオくんみたいな堅実派の心は動かせないんだけどねー。でもイオくんは理解できなくても僕がやりたいことを頭ごなしに否定しないのでめっちゃいい人だなって思います。
「シーニャくん、なにかコツってあるー?」
「うーん、話しかけてみたらー? ある程度意志のある子もいるよー」
「なるほど!」
そういうのなら得意だよ。ってことで、
「僕のこと乗せて走ってくれる人募集中でーす。明るく元気な職場! 美味しい物を一緒に食べてくれる仲間いませんかー!」
と話しかけてみるとイオくんがぶはっと噴き出していた。めちゃめちゃ笑っている……なぜ? なんか笑うところあった今の?
「今ならあそこで笑ってるイケメンがついてきまーす!」
「っっ、やめろナツ笑かすな……っ!」
なんかツボってるイオくんが崩れ落ちた。失礼な、僕は笑かそうとなんてしてないよ。事実しか羅列してないじゃん!
「僕たち無謀な戦いとかしないし、無理に働かせるような横暴もしないよー! ホワイトな職場です! イオくんが美味しいものを作ってくれるし、僕もお世話頑張るから、僕を乗せて走れる子ー! 立候補いませんかー!」
……お、なんか引っかかった。
<罠感知>の時と似たような感覚で、意識が引っ張られる。吸い寄せられるように視線を奪われたのは、10センチ以上はありそうな卵。ほんのり淡い緑色で、触ると少し温かい。
「イオくん! この子が面接希望です!」
「なんでお前は人事部のノリなんだ!?」
イオくんはまだ笑い続けている。意外と笑い上戸だなー。
「ナツさんってなんかすごいねー。勢いが」
「ノリと勢いで生きてるので! それで、卵選んだらどうすればいいの?」
「そのまま購入契約をしてもいいんだけど、午後から卵の世話してくれてる従業員が出勤してくるから、興味があるならちょっと話聞いてみる?」
「そうなんだ? ちょっとお話してみたいなー」
卵は下手に持ち上げたりすると割っちゃいそうで怖いから、少し触ったけど動かさないようにその場を離れる。せっかくの面接希望者なんだから、契約前に失ってはならない。ほんのり緑だし、多分風属性の子かなー? まあ正直どんな姿の子が生まれても良いんだけど、性格だけはある程度知っておきたいんだよね。
時計は12時半くらい。従業員さんのシフトは13時からとのことだったので、僕たちは昼食を食べてまた来ることにした。どんなときでも食事は大事だからね!
「この時間なら憩いの広場の屋台が変わってるんじゃないか?」
「近いし、行ってみよう!
イオくんの提案に即座に乗っかって、お昼を食べに憩いの広場へ。午前中の屋台が9時から12時まで、30分入れ替えの時間があって、12時30分から15時半までが午後の屋台になるらしい。午前中に見た屋台からはかなり傾向が変わっていた。
午前中は串焼きとかお菓子とかスープとか、軽食が多かったんだけど、今はガッツリした食事の屋台が多い。あっちはお好み焼きっぽいし、こっちのは……牛丼? あ、あそこにあるのは……!
「「カレーライス!!」」
イオくんと声が被った。
だって午前中スープしか無かったじゃん! 求めていたのはどっちかって言うとスープよりこっちだよ!
問答無用にお腹を空かせてくる独特の香りにフラフラと引かれて、カレーライスの屋台の前に向かう。あれ、売ってるのって午前中にスープ売ってた熊獣人さん?
「こんにちは!」
「おっ、いらっしゃい! こちらはトラベラーさんに教わったカレーライスという食べ物の屋台だよ。説明がいるかい?」
ん? あれ? この話し方は午前中の人じゃないな……。
午前中の人、もっと元気な感じだったもんね。
「午前中にスープ売ってた人の身内の方ですか?」
「おお、午前中も買いに来てくれたのかな? ありがとう。それは兄だね。俺たちは兄弟でカレー屋の店舗を作るために頑張っているところなんだ。スープカレーもカレーライスも、どちらも良いものだからね」
「ご兄弟でしたか! あ、僕はナツ、こっちは素敵でイケてる相棒のイオくんです。トラベラーです」
「お、トラベラーさん! カレーにアドバイスがあったら教えてもらえるとありがたいよ。俺は熊獣人のメガ、兄はギガだ、見ての通りの双子なんだ」
「そっくりですよねー」
喋ってもらわないと全然見分けがつかないよ。
イオくんがカレーライスを2つ頼んで、早速食べるためにテーブルへ。福神漬やらっきょうなどの定番薬味は流石に無かった。ちょと残念だけど、そこは仕方ないね。
インベントリから水筒を取り出し、コップが無いのでマグカップに用意する。
「はー! めっちゃいい匂い! カレーは正義!」
「特に好きってほどでも無かったつもりなんだが、こうして屋台が出てると食べたくなるよな」
「ではいただきます!」
「いただきます」
スプーンで1口。……うん、良い辛さ。辛すぎず中辛くらいかな? ホクホクのじゃがいも、甘めの人参、玉ねぎ、この肉は……鶏肉の方だね。豚肉でも鶏肉でも良し。インド風ではない、日本でよくある家庭の味。
「スープに比べると驚くほどスタンダードなカレーだ」
「王道だな。辛口もほしい」
「あ、それ帰りにメガさんに言ってこうよ。甘口も欲しい人いるだろうし」
「だな。ついでに調味料がほしい」
あ、イオくんのレパートリーにカレーが加わるのは正直めちゃくちゃ嬉しいぞ。ぜひぜひ調味料を手に入れて欲しい。キャンプ地でカレーとか作るの、定番だし!
美味しいカレーを食べ終えて、イオくんは早速メガさんにスパイスについて聞き取りを開始した。僕は食器を返して美味しかったですって感想を告げただけだ。
イオくんはまず辛さを3パターン作って分けて売ることを提案し、その後自分も作ってみたいけど調味料はどこで売っているのか、みたいな話をした。最初は企業秘密です、みたいな態度だったメガさんだけど、福神漬の話をしたところで顔色が変わる。あっという間に福神漬けの作り方を教えるかわりに調味料の組み合わせを教えてくれ、みたいな話にまとまった。
え、すごいな?? 知ってたけどイオくんの話術本当にすごいな??
最後にメガさんが普段使っている調理場の場所を教わって、明日そこへ行くと話して、イオくんとメガさんが握手して終了。
鮮やか!
「イオくんは詐欺師になれると思う」
「人聞きの悪い事を言うなよ」
「カレーについて聞き出したのはとても偉いと思います!」
「だろ? 敬い給え」
「イオくん様! ドヤ顔は許されます」
「その呼び方はやめろ」
けらけら笑うイオくんである。今日よく笑うね。
13時を15分ほど過ぎたので、近くの契約獣屋さんに戻った。正直カレーを食べられたことで満足度がものすごく高くなっているので、今ならどんな人が出てきても快く会話できると思う。カレーはパワーがあるからね、あくまで肉が優勝なわけなんだけど、カレーはなんかこう、特別賞みたいな……。
ちょっとリアルでもカレー作ろうかなー。今晩のメニューにどうだろう。材料あったっけ?
そんなことを考えながら店の扉をイオくんが開けて……僕が扉を開けようとすると筋力の関係で開けられないときがあります……店内に戻った。
「シーニャくん、戻ったよー!」
「ああ、おかえり。ナツさん、イオさん、こちらが従業員のクルジャだよ」
入店と同時に、シーニャくんがカウンターの奥にいた人を紹介。うん? クルジャくんって……。
「あ! キャンディー屋さんのクルジャくんだ!」
まさかの知ってる人だった。
僕の声にハッとしたように顔を上げたクルジャくん。相変わらず帽子を目深に被っていて顔はよくわかんないけど、ガチガチに緊張していたらしい体から少し力が抜けたのがわかる。
人見知りっぽかったし、やっぱり初対面の人と会話するのは苦手なんだろうね。僕たちも初対面に近いレベルだけど、一応顔は知ってる相手だから、多少はましだと思ってくれるといいな。
「知り合い? よかったー。クルジャちょっと初対面の人と話すの苦手だからさ」
「あ、クルジャくんのお姉さんの屋台で買い物したんだ。すっごいきれいな飴でねー」
「ああ、リィフィの。彼女の作るものはとても良いものだよ。魔力がこもっていてね、僕たちケット・シーみたいな魔力を取り込んで生きる妖精たちにとっては最高のお菓子になるんだー」
「へー! きれいな上にすごいとは!」
リィフィさんってすごいんだねー、と褒め倒していたところ、クルジャくんの態度は更に軟化した。あ、これはあれだな? 姉大好き弟だな? OK理解。
「クルジャくんはお姉さんのお手伝いもしてるのに、ここでも働いててえらいねー」
「あ、い、いえ。アルバイト、ですから」
「卵の面倒見てるんだって?」
「そ、そう、です。えっと、ナツさん、が、卵を買うって、聞いて……」
「そうなんだよー」
僕が会話している間、イオくんは後ろで控えている。なんかよくわかんないんだけど、イオくんってこの手の引っ込み思案な人と会話すると怖がられちゃう事が多いんだよね。イオくんもお兄さんたち大好き弟だし、クルジャくんとは話合いそうなもんだけど。
まあ、ここは僕のコミュニケーション能力に任せるが良いよ!
僕はクルジャくんと一緒に卵の保管室へ入る。午前中に見に来た時と同じところに、面接希望の卵が鎮座していたので、その子の前までクルジャくんを引っ張った。イオくんとシーニャくんはその後ろから見守り体制で着いてきている。なんか保護者っぽいなこの2人。
「この子なんだけどね」
「あ、緑の……」
「ほんのり緑だよね。今日ね、この部屋でみんなに呼びかけたら、この子が立候補してくれてね」
「よ、呼びかけ……です、か?」
クルジャくんはちょっと首をかしげた。卵に呼びかけるという意味がよくわからない、という顔だ。
「そうだよ。「僕を乗せてくれる人いるー?」って」
「え」
「そしたらこの子がね、「はーい!」って手を上げてくれたような気がしたんだよー」
「す、すごいこと、します、ね……」
クルジャくんからなんか呆れられている気がする。えーでもシーニャくんのアドバイスに従っただけだし、別にそんな変なことではないはずなのになー。そんなことを思いつつほんのり緑の卵をなでる。
「いつもクルジャくんがお世話してくれてるんだよね? どうかな、この子どんな子? 僕と合うかなあ」
「そう、ですね……」
クルジャくんは少しの間考え込んだ。瞳がほんの少し淡く輝いたような気がしたから、何らかのスキルを使ったような気がする。卵という、生まれる前の生命を相手にしているんだし、なにか特殊なスキルを持っているんだろうな。<鑑定>では契約獣の卵だよって情報しか出てこないから、僕の持つ<鑑定>以外のスキル……なんだろう、ちょっと想像できない。
獣医さんが使うようなスキルかな? 生物に特化した<動物鑑定>があるとか?
わくわくしながら待っていると、クルジャくんはやがて口を開いた。
「えっと、この子の、種族を知りたい、ですか?」
「あ、それはいいや。どんな子が生まれてきてもあんまり気にしないし。僕たち旅をするから元気な子がいいなーとか、どんな物食べる子なのかとか、イオくんや僕と仲良くできるかが知りたいかな」
「あ、はい。そ、そういう、ことなら……」
クルジャくんは小さく息を吐いて、口元に笑みを作った。おお、笑った! ちょっとこれ初めての表情じゃない!? イオくん今の見た? クルジャくん笑ったよ!
「とっても、元気な子、です。走るのが、好き、かな。旅とか、は、平気だと、思います。食べ物、までは、ちょっと……、ごめん、なさい」
「あ、いいよいいよ。わかんないならわかんないで、生まれてから聞けばいいからね」
「えっと、この子、は。ナツさんが、楽しそう、だから、ついて、行きたい、って」
「僕?」
楽しそう……?
楽しそう、とは……?
なんかそんなアピールしたっけ? と首をかしげる僕に、イオくんが後ろから口を開いた。
「そりゃあもうナツは愉快だからなあ」
「え、どのへんが??」
「存在が」
「全面的に……だと!?」
え、そんな馬鹿な。




