8日目:語尾はそんなに大事ではない……はず
ダンワン橋はよく整備された橋で、欄干も綺麗に磨かれていて、歩いてもギシギシ音がしたりもしない。ぽかぽかと日差しの温かい日に、散歩するにはぴったりの雰囲気だ。
「船が浮かんでるねー」
「結構行き来するみたいだな」
この橋の両端に船着き場があるらしいんだけど、東側がゴーラまで行く長距離路線で、西側がそれよりも小さな船、遊覧船なんかの停泊所のようだ。ということは、川下りツアーに参加するなら西側からだね。
僕としては、水の都ヴェネツィアみたいな、水路が多い街をイメージしてたんだけど、サンガはそういう感じではないみたいだ。川の流れが速すぎるからかな? 手漕ぎボートも全然ないっぽい。
「あ。あれプリンさんたちじゃない?」
「へえ、屋形船っぽいな」
少し遠くに浮かんでいる船に、見覚えのある鳥さん(ピーちゃん)のシルエットが見える。イオくんが言う通り、その船は屋形船っぽい感じの、船体が低くてお座敷に座るようなタイプに見える。
「へー、船で料理食べられるのかな。楽しみだねえ」
「はいはい。川下りは明日以降な」
イオくんは探索を優先したいみたいなので、それに対して不満は無い。無事に橋の西側にたどり着くと、空白地が少し埋まった。
「水辺通り、そのまんまのネーミングだ」
川の西側の通りは、東と違って小さな店が多かった。向こうが高級店の通りなら、こっちはこだわりの個人経営店の通りって感じ。専門店っぽいのも多い。
ハンサさんが教えてくれたお店もこの辺だ。もうすぐ12時だからランチの時間帯だけど、いいお店なら、今お金あるからディナーに行きたい。今日は宿に泊まるから明日以降の夜を狙おう。
と言うわけで水辺通りをさくさくと南下していくと、2番目の橋のあたりで大きな倉庫にぶち当たった。ここまでが水辺通りで、この倉庫街はまた別のブロックになる……のかな? 一応、川沿いの遊歩道は3番目のスーリエ橋まで続いているっぽいので、そっちを通ってギルド前通りに戻る。
「朝市の会場、無かったね」
ざっと見て来た中には、それっぽい会場は無かった。結構有名らしいし、広い所でやるとおもうんだけど。
「誰かに聞くしかないな。どこか気になる店はあったか?」
「レストランが多すぎて、当分サンガに滞在したい」
「食いしん坊め」
イオくんはあきれたように肩をすくめたけれど、僕が食いしん坊なのは今に始まったことではないので、予測はしてたようだ。
「少なくとも先行体験会終わって一般ユーザーが入ってくるまではここにいるか。急ぐ旅でもないし」
「そうしようよ! ここを拠点にして周辺の地図埋めよう!」
もちろん、サームくんのクエストを忘れたわけじゃないのでちゃんとゴーラ方面に探索にも行くけど、この美味しそうなレストランたちの誘惑は強い。全部制覇とまでは行かなくても、気になるお店は全部行っておきたいよ。
「それで、イオくんは? どこか気になるお店あった? 先にお昼行ってもいいけど」
「ああ、南西門方面に行こう」
「了解」
イオくんが向かったのは、最初に通った旅道具とか馬車とかのお店が連なっているところだ。その中に、馬っぽい契約獣を貸し出してくれるサービスをしているお店があった。
「いらっしゃいませ!」
扉を開けると、出迎えてくれたのは二足歩行のしゃべる猫……ケット・シーというやつかな? 茶トラ柄のその子は、僕たちを見てハッとした顔をした。
「や、やり直します、にゃ!」
「え?」
「いっ、いらっしゃいませにゃ! 契約獣屋さんへようこそにゃ!」
「あ、はい。無理しなくていいよ?」
「うにゃあああ」
キャラづくりなんだろうか。言動からして若そうだけど、猫さんの年齢も僕にはわからないなあ。めちゃくちゃ恥ずかしそうにしてるし、そんながんばって語尾を「にゃ」にしなくていいと思う。どうしてそんなことしてるの? と聞いてみたら、
「トラベラーさんたちはケット・シーが「にゃ」ってつけると喜ぶって聞いて……」
と答えてくれた。う、うーん、まあ喜ぶ人も多いと思う。
「喜ぶ奴もいるが、気にしない奴もいるからな。お前の好きなようにしたらいいんじゃないか?」
ちょっとあきれ顔のイオくんだ。まあ僕も同意だけど。
「そ、そんなもん? にゃ?」
「僕たちの世界でそういうイメージがついちゃってるだけで、別にそうでなきゃ嫌だってごねる人はいないよ、多分」
「よ、よかったー。実はものすごく照れくさいなと思ってたんだ!」
猫さんはとても安心したようだった。まあ語尾なんてほとんどキャラ付けだからねー。
「あなたはケット・シーさんなんだね。僕はナツ、こっちのクールなイケメンはイオくんだよ」
「ケット・シー族のシーニャだよ、よろしくね!」
声と服からして多分男の子かな? 服と言っても、この子は上半身にしか着てないけど。
サンガには、他にも二足歩行の犬であるクー・シー族も暮らしているらしい。イチヤにはいなかったねって話をしたら、イチヤは果樹園が多いから行かないんだよーと教えてくれた。
「僕ら、特定の果物を食べると酔っぱらったり、体調が悪くなったりするからね。あと、イチヤはあんまり魚が流通してなくてさ」
「ああ、食糧事情は大事だね」
「そうなんだよー」
とはいえ、全然いないという事ではなくて、あまり表に出ないだけで住んでいる者はいたらしい。僕たちが会えなかっただけだ。
猫獣人さんたちとケット・シーさんとの違いは、ベースがヒューマンか猫かによるらしい。獣人さんはあくまでもヒューマンベースで、身長も人と同じように高くなるし、子供のうちは猫らしいパーツ(肉球とか爪とか)が多いけど、成長するに従って手足とかのパーツがヒューマンに近くなるんだそうだ。あと、味覚や嗅覚、視覚なんかもヒューマンとほぼ同じ。獣の特性も多少は出るけど、ケット・シーさんたちみたいに食べられない物や行けない場所なんかもほとんど無い、万能型らしい。
一方ケット・シーは、猫ベース。かなり小さいし、どこからどう見ても完全に猫さんだ。手足も、もちろん肉球を保ったままである。食事もするけど、大気中の魔力を取り込んでいるから、魔力の少ない土地には行けないらしい。具体的には砂漠とか岩しかないような岩場、洞窟なんかは魔力がとても少なくてNG。マタタビ的なものもあるから食べ物にも色々条件がある。猫獣人さんよりだいぶ生き辛く、生息地が限られるんだって。種族的にも妖精のカテゴリで、魔法得意なステータスなんだとか。
もしかして後から追加される種族とかなのかなあ?
「それで、ナツとイオは契約獣が欲しいの?」
仕切り直すように言うシーニャくんには、イオくんが対応する。この店に来たのはイオくんの希望だからね。
「シーニャ、このナツを見てくれ」
「うん、エルフさんだね」
「足がめちゃめちゃ遅い」
「エルフさんなら納得だね」
納得された。いや足の速いエルフだってどこかにいるよ多分。僕は……まあ遅いけど多分これ以上はPP振らないかな……迷ったりもしたけれど、やっぱり後衛に俊敏っていらないと思うんだよね。
「俺たちは今後、フィールドを歩き回る予定がある。最低限、ナツを俺に追いつく速度にしたい」
「なるほど、それで契約獣だね!」
「そうなんだ。いい感じのがいたら紹介してほしい」
契約獣屋さんは、街中で働く契約獣を斡旋する相談所のようなものだ。召喚士さんが契約するのは戦闘用の契約獣さんだけど、街のこういう店で契約できるのは非戦闘用の契約獣さん。戦闘ができる契約獣さんは、召喚士のスキル<召喚術>が使えないと契約できない仕組みになっている。
でも、<召喚術>が無くても非戦闘用の契約獣さんとなら、誰でも契約ができる。そのために必要な条件をすり合わせたり、相性を考えて誰と契約するかを提案するのが、シーニャのお店のような「契約獣屋さん」になる。
とはいえ、希望者が全員契約できるというわけではない。縁もタイミングもあるし、何より相性が大事なのだ。こちらの希望通りの契約獣さんが、今このお店にいるかもわからないわけだし。
「契約獣さんたちって、家はどうするの?」
「非戦闘用の子たちは、この魔石がハウスだよ! この中に住んでもらって、必要なときだけ呼び出す感じかな。いずれ家を持ったらそこに常駐させることもできるよ。魔石はペンダントやブローチに金具を付け替えることが出来て、基本的に、住み心地、広さ、環境が選べるんだ。契約する子の好みによっては、広くないと嫌だとか、森がいいとか砂漠がいいとか、色々あるよ」
「へー、召喚士さんが呼び出す時間に制限があるって言ってたけど……」
「それは戦闘用の子たちだけだね。というか、召喚士さんは複数の召喚獣と契約するから、ハウスにとどまってもらうのは条件が違ったりして難しいんだよ。だから、普段は別世界に居てもらって、必要なときだけ召喚して力を貸してもらってるんだー」
「なるほど」
あの、イオくん。このハウスとやら結構いいお値段しますよね? 何真剣に選んでるんだこの人、予算というものを考えてほしい。
そう思っていたところ、イオくんは「心配するな」などと言い出した。
「移動クエストのクリア報酬、金も結構入ってたぞ」
「くっ、もはやイオくんが心読んでくることに関してどうでもよくなりつつある僕がいる……!」
「早めに諦めろ?」
ぐぬぬ。……あ、ほんとだ結構お金入ってる……。
「ここ来る前にギルドで素材売ってくればよかったね」
「ああ、でもトレントの木材は家具用だろ?」
「家具屋さん探さなきゃ」
「先に契約獣の値段を確認して、買えないようなら素材を売ればいいだろ」
まあそれはそうだね。
「移動用の契約獣さんだと、やっぱり馬タイプが一番人気だよ。安定感が違うからねー。次が猫科と犬科の大型獣、4つ足だと速いからおすすめだけど、馬系に比べると少し揺れるかな。珍しい所だと大きな鳥とかも速いよ。ただこっちは2本足だからちょっと安定性に欠けるかなー」
シーニャが説明しつつカタログのような冊子をめくって、それぞれのイラストを見せてくる。移動手段として定番なラインナップで、どの子もそれぞれ良さがありそうだな。
僕がそのイラストを眺めていると、横から口を出してくるのはおなじみ割りと過保護のイオくんだ。
「ナツは非力だから安定してるのがいいだろうな」
「事実だけどなんか悔しい……」
手綱を握るにも筋力はいるからなー。でもなんかここまで来たら絶対に筋力にPPを振りたくないジレンマが。
「ん-、あとはすごく運に左右されるけど、卵を選ぶって手もあるよ」
「卵?」
どういうこと? と聞いてみると、シーニャが説明することには、契約獣が多くいるところでは、契約獣の魔力が凝固して卵がどこからか自然発生することがあるらしい。その卵は孵す手間がかかるけど、孵した人の魔力を覚えて親と慕ってくれるので、相性の相違や仲たがいが起こりづらいんだって。ただし、卵から生まれてくる契約獣は完全にランダムな存在だから、欲しい能力を持っていないこともある、と。
「ガ、ガチャじゃん……!」
沼です。この沼深いぞ。確実に深い。
「え、で、でもそれって、卵から生まれた子が希望の能力持ってなかったらどうなるの? 契約獣屋さんに託して良い契約者さんに出会えるように願うとか……?」
「いやー、卵孵すときに一番多く魔力を注いだ人が自動的に契約者になるんで、そういうことはできないんだよねー。だから、卵を買っていく人はほぼいないんだよー」
「なるほど!?」
あまりにも賭けだなあ。でもそういうの、ちょっと燃えるんだよなあ!
僕がやる気になったのを悟ったイオくんは、「マジかよこいつ」という顔をしたけど、何も言わなかった。これは好きにしろという意味ですね、分かります。
「ちなみに契約獣との契約は、1人1匹までだよ。何か条件次第で2匹目と契約できることもあるけど、基本的には1匹だから、慎重に選ぶ方がいいと思うよー」
シーニャくんがそんなことを付け足したけど、僕としてはもはやすでに卵に心が奪われているわけでして。
僕はそっと余っているPPをすべて幸運のステータスに突っ込んだ。幸運38にアクセサリで+5だから、今の僕は幸運43の男!
「シーニャくん、卵、一応見せてもらっていいかな?」




