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8日目:美食の街サンガ


 リアルで15分ほどの休憩を終えて再ログインすると、朝7時半。

 ゲーム内では8日目の朝になるけど、リアルの方はまだ早朝6時頃だった。リアル1時間でこっちは12時間経過が基本なんだけど、どうやら移動クエスト中は少し、連続ログイン時間に配慮して経過時間を調整してくれてるみたいだ。全員が連続ログイン規制に引っかからないように、という配慮だろう。ありがたい。

 ごそごそと起き上がって、今日の朝スープはジャガイモのポタージュ。朝から良い匂いで幸せになれるね。


「ナツ、屋台のハンバーガーでいいか?」

「トマト入ってるやつお願いします!」

「OK」

 イオくんはチキンカツが入ったがっつり系のバーガー、僕はレタスとトマトとピクルス入りの普通のハンバーガーで朝食にする。テアルさんと奥さんには「いつも美味しいスープありがとうございます」って伝えてスープを受け取る。お婆さんがにこにこすると、テアルさんもなんか嬉しそうなので、良い夫婦なんだなあ、と思う。

 信頼関係があるのは良いことだ。


「今日は景色がきれいだからぜひ見てね! って運営さんからのメッセージあったけど、イオくんどうする?」

「ナツは見るだろ、高い所大好きだもんな」

「当然!」

 すぐ間近に見えている崖、そしてその側面をヘアピンカーブで登っていく正道。世界の危険な道特集とかで出てきそうなこの道を、上へ上へと登っていくとなれば、そりゃあもう僕はワクワクだ。

 でもイオくんは別に高い所好きってわけじゃないからね、無理強いはしないよ。このイベントが強制じゃないのも、高所恐怖症の人とかへの配慮だろうし。

「ここ登り切ったらサンガ到着だって言うし、俺も起きてるよ。予定より早く、10時頃には着くって話だし」

「楽しみだねー」

 何しろ美食の街だからね! 美味しいお店が山ほどあるわけだ! ピタさんの旦那さんがやってる屋台も気になるし、ハンサさんからショップカードもらったお店も、ジンガさんのお店にも行かないとね。

 あ、あと探索。白地図の探索を、そろそろ本格的に始めよう。崖の上から歩き回っていく感じでいいかな?

 そんなことを考えつつ朝食を終えて、全員が馬車に乗り込む。御者さんが、横長の大きな窓をふさいでいた板を取り払って、左右どっちの席に座っていても向かいの景色が良く見えるようになった。普段はまぶしいからふさいでいるけど、景色がいい所を通る時だけ開けるんだって。

 最高だね!




「わー! すごいよイオくん、イチヤが見えた! ほら、あそこ東門だよ!」

「へー、結構よく見えるな」

「イチヤから見上げた時はあんまり見えなかったのに、上からだとこんなによく見えるんだ。不思議だねー!」

 崖を上っていくにつれて、窓から見える景色が変わっていく。もう少し上からならイチヤのギルドや教会も見えるかなー? 

 ところでイオくん、なんで僕のケープを掴んでいるのかな? さすがの僕でも飛びあがったりしないんだけど?? 

「いや、ナツはなんかあったら向かいの窓に飛びつくと思う」

「心読まないで欲しい! 子供じゃないんだからやらないよ!」

「子供じゃ……ない……?」

「心底不思議そうな顔されたんだけどー!」

 同い年! 僕たち同い年です!! 子供扱いには断固として抗議します!!

 と主張したところ、イオくんはけらけら笑って「冗談だよ」とケープを掴んでいた手を離した。ほんとにー? ほんとに冗談ー? ちょっと疑問は残るけど、まあ良いでしょう。


 だんだんと高くなる視線に、ピーちゃんが不思議そうに「バシャトンデルノー?」とプリンさんに聞いている。かわいい。今は如月くんの頭の上に座っているけど、ピーちゃん本当に人見知りしないなあ。

「あそこに見えるのは家の果樹園だよ」

 と指さして教えてくれるのはスーツのトムスさん。武具通りを東に入って壁沿いくらい?

「イチヤって、戦時中に食料の生産をしていたって聞きましたけど、果樹園が多いのはどうしてですか?」

「ああ、もともとイチヤにはリンゴ農家が多かったんだ、特産品でね。それに、リンゴを少しポーションに加えると、わずかだが回復量の多いポーションを作れたらしいと分かってね、戦時中は量産を依頼された。加えて、魔物から攻撃を受けて木が倒されたとしても、木材に利用できるからね」

「なるほど……」

「まあ、今はどこの果樹園もリンゴに頼らず色々手を広げようとしているところなんだ。家もイチゴを育て始めてね、商品化まであと少しってところだよ」

「イチゴ! いいですねー!」

 イチゴと言えばやっぱりジャムだよね! ハンサさんのリンゴジャムも美味しいけど、定番の味ってのもやっぱり大事にしたいところだよ。あとでイチヤに戻ったら、ぜひ買いに行きたい。


 そんな話をして満足してイオくんの方に向き直ると、イオくんはなんか微妙な顔で僕を見ていた。

「ナツ、今の話で重要なこと聞きだした自覚あるか?」

「え? 何?」

「ポーションの回復量」

「……ああ!」

 リンゴを加えるとちょっと回復量が増えるってやつ! ん? でも住人さんが普通に知ってて教えてくれるなら、別に秘伝の情報って感じでもないよね。HPポーションって、最初からアップルサイダー味だし。

「もう誰かしら知ってるんじゃないの?」

「確認したけどリンゴ入れるのは出てないな。以前ポーションの品質を良くする方法を発見したプレイヤーがいたけど、その手法とも異なる」

「へー。方法は一つじゃないってことかあ」

 創意工夫で色々できるんだろうなあ。だから<自由調薬>が儲かるって話になるんだろう。僕が感心している間に、イオくんは掲示板に情報を書き込んでくれたらしい。ついでに武器に名前が付けられることも書いてもらおう。


 イチヤから見ると東、崖の上に位置するサンガは、北にヨンドに通じる道、南西にイチヤとつながる道、東にゴーラへと続く道がある。北と東の門は水門とセットになっていて、円形のサンガ城壁をちょっと変形した「く」の字で区切るように大きな川が流れている。その名もサウザン川。

 川はハウンド山脈が水源で、サンガのど真ん中を通ってゴーラへ続き、海に注いでいる。魔物化しない川魚は戦時中貴重な食糧だったとか。

「そしてこれが、唯一水門に面していない南西門だ。他の門は戦時中に何度か壊されたが、これだけは戦前から同じものが残っているんだよ」

 と、解説してくれたのはジンガさん。


 崖を登り切った後、サンガの城壁は崖ギリギリにあるわけじゃなくて、馬車で5分ほど走ったところにあった。南西門の前にはイチヤにもあったように少し広めのキャンプスペースがあり、時間内に中に入れなかった人たちはそこでキャンプができるようになっている。そしてそのキャンプスペースが、乗合馬車の終点だ。

「到着ですよ」

 という御者さんの声掛けに応じて、順番に乗客たちが降りていく。

 全員降りた後、御者さんは「ではお先に失礼します、ご縁があったらまた」と、迎えに来た商会の人たちと一緒に先に門の中へ入っていった。これからワイバーン肉の商談があるんだって。いいなー、あの美味しいお肉、どこかのレストランでまた食べられたらいいのに。


 続いて乗客たちも各々挨拶をして「またね」と手を振ってサンガの門をくぐる。キヌタくんは「えほんありがと!」とハグしてくれた、かわいい。弟欲しい。ピタさんも「旦那の屋台にぜひ遊びに来てねー」と手を振ってくれる。行きますとも、ジェラートを食べに!

 テアルさんご夫婦は問屋街の方にいるから遊びに来なさい、と言い残して門へ。問屋街ってどこ? と地図を開いてみたけど、サンガのメインストリート上には無かった。探索しなきゃ。

 そして残ったのジンガさんとトムスさんだけど、どうやらトムスさんはジンガさんたちの工房で事務をやることになりそうだ。

「うちは職人ばっかりで事務仕事ができるやつがいなくて。トムスさんそういうの得意だって言うからさ」

「最初の仕事が掃除になりそうだよ」

「ナツさんと如月さんにはうちの店の場所教えたっけ? プリンさんにも渡しておくよ、陶器しか扱ってないけど、良かったら買いに来て」

 ジンガさんは結局全員にショップカードを渡したみたいだ。あとでちゃんと買いに行かなきゃね。最後に、トムスさんが<素材鑑定>を習得したときのことで「みなさんのおかげで出来ました」ってお礼を言ってくれて、全員に封筒を1枚ずつ手渡して門へ消えていった。


「これ、移動クエストの全体報酬だ」

「お? ああ、選べるのかこれ」

「カタログギフト式ね」

「俺これありがたいです」

 そう、封筒を開けるといくつか報酬が表示されて、1つを選ぶようにと促されるのだ。その選択肢がまたいい感じで、以下の3つになる。


1:サンガの名店トップ10に選ばれたレストラン「清流の宴」ペア食事券(1回)

2:サンガで評判の食事の美味しい宿「緑水亭」宿泊券1部屋(1泊2食付・2名様以上は食事代別途加算)

3:サンガの川下り観光ツアー参加券(3名まで)


 もうあれだね、完全に観光地向けのラインナップだよね。

 なんか成功率によって選択肢が変わって、これは一番良いラインナップなんだそうだ。

「僕川下り取るからイオくんそれ以外でお願い」

「食事券だろここは」

「ドレスコードとかないよね?」

「詳細確認。あー、そういう……。宿泊券にするか?」

「今正装めんどいってテレパシーを受信しました」

「めんどい」

「確かに」

 街着でそろえなきゃいけないよね多分。項目をタップすると詳細が確認できるんだけど、冒険服・普段着不可、革靴必須、武器持ち込み不可……結構規定が細かい。

「じゃあ宿泊券で」

「おう。ナツの分の食事代は共有から出そう」

 僕たちの会話を聞いていた如月くんとプリンさんも、そっとレストランを選択肢から外したらしい。


「私は川下りにするわ、契約獣も1枠取るみたいだし」

「俺は宿泊にしますかね、1人なんで。相方に自慢してやろ」

 この宿泊券を使うと、宿でログインログアウトできるのはもちろんなんだけど、チェックアウトした後次にどこかで寝るまでステータスにボーナスがつくらしい。結構いい報酬なのだ。ちなみにレストランは食事バフ付き。川下りツアーはそういうボーナスは無いけど、川魚の新鮮な料理が食べられるのと、希望者には川魚の直売所を紹介するとのこと。

 総合的にみるとどれもお得だと思うんだよね、多分全部空白地に行けるし。

「よし、それじゃあいざ、サンガへ足を踏み入れますか!」

 如月くんの号令で、僕たちはワクワクしながら南西門に入った。


 門の出入り方法としては、イチヤと同じようにギルドカードの読み取り装置が置いてあるので、それにカードをかざしてから中に入る。門番さんは一応そこに立っているけど、よほどのことが無い限り止められたりはしない。

「こんにちは!」

 と挨拶をすると、門番さんも気さくに「こんにちは、ようこそサンガへ!」と挨拶を返してくれた。壁の内側には毎度おなじみ兵士の詰め所があるけど、イチヤのより一回り大きいようだ。

「兵士さんの人数多いね」

「イチヤより人口と人の出入りが多いんじゃないか?」

「ああ、なるほど」

 そういえば美食の街だもんね、食料品の売り買いだけでも人の出入りは確かに多そうだ。


 南西門を入ると、東方向に緩やかな斜めの大通りが伸びていて、これがギルド前通り。イチヤでもそうだったけど、どうやらどの街へ行ってもギルドに面した大通りは「ギルド前通り」で統一らしい。門の近くにあるのは貸馬屋とか馬車を売っている店とか、小さいけど大容量入るマジックバッグのお店とか、樽売りの水とか、とにかく旅をする人用の店が並んでいる。

 マジックバッグ、こういうファンタジー世界では定番だからちょっと興味あるけど、トラベラーはインベントリがあるから別に必須じゃないんだよね。お値段も最低でも500,000Gからするし。<鑑定>してみると、インベントリの拡張枠って扱いみたいで、100,000Gごとに1枠追加されるらしい。

 という事は、10枠欲しければ1,000,000Gと……。い、今はまだその時ではない……っ!


 旅道具屋の並びを通り過ぎると、向かって左手にトラベラーズギルドが見えた。サンガのトラベラーズギルドはイチヤのザ・役所! って感じの建物に比べるとちょっとこじゃれてて、銀座とかにあるちょいレトロなデパートっぽい。

 ひとまず、真っ先にするべきことは、転移装置への登録だ。僕たちは4人でぞろぞろとギルドに入って、すぐ左手に設置してある転移装置にギルドカードをかざして登録を完了させた。

「よし、お疲れ様ー、これで一安心だね」

「そうね、無事にたどり着いてよかったわ」

「そんじゃ、俺はこのままギルドで宿泊して一旦落ちます。お疲れ様でした!」

「おう、お疲れ」

 如月くんがさくっと宿泊受付へ走って行って、プリンさんは早速川下りへ向かうと言うのでそこで解散。

「僕たちはどうする?」

「昨日の夜ログアウトしてるか?」

「警告出たからしたよー」

「じゃ、とりあえず夜までは見て回るか。暗くなったらリアルで朝食タイムにして、時間決めて再集合で」

「了解」

 確かに、朝食にちょうどいい時間かもね。ゲーム内で夜になれば、リアルでは朝の7時くらいになるはず。


 さて、そうと決まれば観光しなきゃ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い!主人公と相棒のバランスが良い感じ 最新話まで一気に読みました [一言] 今後の展開も楽しみにしています!
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