閑話:とあるプレイヤーたちの話・1
・ケース1:とあるフェアリープレイヤー
「ぎにゃああああ!」
飛ぶ、飛ばされる、すっ飛ぶ!
空中をくるくる回って目を回しながら、フェアリーのプレイヤー・ホシノンは思った。
このフェアリーとか言う種族考えたやつ、さてはアホだな!?と。
ホシノンは別に星野と言う苗字ではない。なんかその辺にありそうな苗字をもじったプレイヤーネームを付けるのが好きなだけだ。タナカムでもタハランでもタモリンでもハリャダーでもよかった。ただ何となくネットニュースを開いて目についた芸能人の苗字をもじっただけである。ホシノン結構かわいくない?
さてそんなかわいい物好きなホシノンは、魔法をぶっぱなしたかったので安直に種族フェアリーを選んだ。小っちゃくてかわいいしなんかきらきらしてるフェアリー、SNS映えならダントツ1位じゃん? と思ったのだ。ホシノンは配信とかに興味はないけど、映えスクショを撮るのは大好きである。イマドキなのだ。
だがしかし。
だがしかしだ。
びったーん! とどっかの木に体当たりしながら、ホシノンは叫んだ。
「フェアリー移動難しすぎんか!?」
考えてみてほしい。ちっこいのだフェアリーは。
常時浮遊しているので踏ん張りも効かず、突風が吹けばかっさらわれる。魔力制御とかいう、魔力を手足代わりに使ってドアを開けたりものを持ち上げたりできるスキルがあるが、慣れないうちは力加減もわからない。こんなんでは売り物を手に取ることすらできぬ。
力が!
力が欲しい!
魔力を制御する力が!
「ま、負けるものかあああ!」
ホシノンは負けず嫌いなのである。ガッツなら誰にも負けぬ。
お洒落は根性と気合なので、人並み以上に根性がある。真冬にミニスカ着てる系女子を舐めるな! かわいけりゃどんなヒールばか高靴でも履くんじゃ!
ずりずりと地面近くまで慎重に降りて、風が吹いていないことを確認してからさささっと建物の影に移動し、何かに捕まりながら慎重にギルドへと進む。
トラベラーズギルドには常時人の出入りがあるので、他のトラベラーが入る時に便乗して中に入ってしまえば、とりあえず一安心だ。
今のままでは魔法をぶっ放すどころの話ではない。ホシノンは気合を入れて、受付の眼鏡青年に叫んだ。どうでもいいけどホシノンは黒髪眼鏡男子推しである。茶髪はすっこんでろ!
「師匠を! フェアリーの日常生活を教えてくれる師匠を紹介してください! ついでにあなたのお名前も! 彼女いますか!?」
ホシノンの冒険はこれからだ!
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・ケース2:とある3人組パーティー
「遺跡か……」
「遺跡だな……」
「遺跡とは……」
呆然と呟いたのは、ゲーム内掲示板でパーティーを募集してついさっき組んだばかりの3人組。パーティー名は「米ラバーズ」で、前衛剣士のタックン、後衛弓士のぬらりひょん、魔法士のあじごはん。全員「ん」で終わるからという理由でリーダーのあじごはんがチョイスした割と適当なパーティーである。
さて、彼らがなぜ呆然としているかというと、何か知らんが遺跡に落ちたからである。
普通にイチヤ南門から外に出て、北方面にぐるっと回りこみながら人を避け、敵と戦いながらレベリングと白地図を埋めていたところ、「あ、なんかキノコある」と呟いたあじごはんが「ええええ!?」と叫びながら消えたのだ。
なんだなんだとその場を確認しに行ったぬらりひょんとタックンも、ものすごく目立たない穴に落っこちて、ごろんごろん転がった末にそこにたどり着いた。
ところどころ木漏れ日の差す、巨大なドーム状の空間だ。
神秘的な静寂が包むその空間の中央には、何かの祭壇のようなものが形を保っている。がれきに埋もれた道は白色の石だたみで、祭壇の奥の方には何かの影が……。
影が、うごめいて……いる?
「これ、エンドコンテンツでは……?」
ぬらりひょんは呟いた。
祭壇の奥からのっそりと頭をもたげた巨大なシルエットは、どこからどう見ても大蛇の形をしている。
「レベル150白蛇大神……」
「いや勝てねえわ、いっそ拝もう」
「南無」
こんなの無理だよ、と3人は思った。たとえ剣を構えて立ち向かったところで一瞬で死に戻り間違いなしである。それにしても暗闇から現れ木漏れ日に照らされた大蛇の白い鱗は美しい。赤く輝く瞳と相まって、さすが大神、と言うべき神秘がそこにあった。
圧倒的強者感。
戦う前から負けているやつである。
もしかして蛇が大の苦手なプレイヤーだったなら、きっと今頃気絶している。3人は別に嫌いでも好きでもない。
「どうする?」
「いやちょっと待ってほしい。アナトラは対話推奨のゲーム。つまり……?」
「対話するの? えっと、何て話しかける?」
割と乗り気なタックンが代表として前に出て、戦う意志はないと訴えるために剣をインベントリにしまいこみ、そーっと大蛇の近くへ寄る。
「こ、こんにちは。突然お邪魔してすみません、穴から落ちまして」
緊張しつつ発した言葉に、大蛇はすうっと目を細めた。
『ほう。人が来るのは何百年ぶりか』
「「「シャ、シャベッタアアアア!!!」」」
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・ケース3:とある犬系獣人
ロウガは走った。ひた走るという表現が正しい。道なき道を、岩を飛び越え、倒木をよじ登り、山を駆け上がってたまに転げ落ちつつ、まっすぐにニムへ。
正道を使えば安全ではあるが、それだと結構曲がりくねっているので到着が遅くなる。出発してからどこかで乗合馬車に乗れると知ったが、もはやここまで走ってきたらこのまま一直線に行くしかあるまい。
ロウガは犬系獣人である。いずれ狼になる予定である。リアルではボランティアで保護猫の譲渡会を手伝ったりする、無類の猫好き大学生だ。猫は良い。猫は至高。あのつやつやの毛並み、耳の形、するりとした尻尾、しなやかな体躯……猫こそ可愛いの極み! 猫はいいぞ!!!
そんな風に猫命なロウガだが、リアルではなるべくその猫へのあふれる愛を出さないように頑張っていた。だってなんか恥ずかしい。たとえ部屋着がアイラブキャットTシャツであったとしても、外に出る時には着替えるようにしていたし、猫画像満載のノートPCもちゃんとカギをかけて不用意に外で開かないように気を付けている。
じゃあなんでゲームで猫系獣人を選ばなかったのかと言われそうだが、お前好きなアイドルと同じアバターとか使えるか?? という話であり、自分はあくまで猫をかわいがりたい撫でたい愛でたいだけで、自分が猫になりたいわけではないのだ。
まあそれは良い。
とりあえずロウガは猫狂いである。
そんなロウガが、イチヤで寂しそうに公園のベンチに座る猫系獣人のケイトちゃんに出会ってしまったならそりゃもう全力で優しくするのは当たり前の話だった。
6歳のかわいいかわいい茶白猫さんのケイトちゃんは、二足歩行ではあるが全身もふもふの7~8割猫みたいな外見で、ヒューマンに猫耳付けただけみたいな半端な猫系獣人とは一線を画す。
いやわかるよ? そっちはそっちで良いものだよ? でもほら猫好きを極めた人間ならやっぱもふもふの毛並みが無けりゃ物足りないもんじゃん? とロウガは思う。もふもふは愛、もふもふは人生。
まあそれはさておき、そんな可愛いもふもふのケイトちゃんが、「おとーさん、ニムでしゅぎょうちゅうなの。もうはんとしもあってないの」と寂しそうにしていてご覧よ。
テメエこのかわいいケイトちゃんを悲しませるとは何事か! 猫好きの風上にも置けねえぜ!
と、なってしまうのもまあよくある流れである。ロウガはちゃんと屈んでケイトちゃんと目を合わせ、出来るだけ優しい笑顔で、優しい声で、このかわい子ちゃんの為に頑張ることを決めたのである。
「任せてケイトちゃん。俺がニムまで行ってケイトちゃんのお父さんを連れてきてあげるよ」
「ほんとう?」
「ああ、お父さんに会えないなんて寂しいからね!」
この子が笑ってくれるなら、持てる力を尽くして説得しよう。そう思って力強く請け負ったロウガに、ケイトちゃんはぱあっと表情を明るくして、
「ありがと!ろーがおにいちゃん!」
と言って、ロウガの鼻先に自分の鼻先をくっつけてくれたのである。
鼻チュウ、それは信頼の証。
そう、やましいものではないのだ。ただケイトちゃん6歳のかわいいかわいい肉球がぽふっと頬に当たって、鼻と鼻がちょっと触っただけ、だがただそれだけの為に、ロウガは今なら天にも昇れると思ったし、「うおおおおお!」と叫びたいのを必死でこらえた。
猫は! 至高!! 猫は!! 人生!! 猫は!! 愛!!
俺は……俺は風になる!!
そしてロウガはイチヤからニムへ一直線に走った。今のロウガにできないことなど何もないので。
ロウガはニムの門をくぐり抜け、トラベラーズギルドにも寄る手間を惜しみ、早朝のとある工房に殴り込みをかけるのであった。
「頼もう! 至上の天使ケイトちゃんを悲しませるギルティな父親のセント氏はいるか! 出てこい今すぐハリーアップ!」
この後、ニムからイチヤへ一直線に抜ける森の中を、犬系獣人に小脇に抱えられて茫然自失の表情のままキャリーされる茶トラの猫系獣人がいたとかいなかったとか。




