1日目:壁の上からの眺め
そんな感じで僕だけが四苦八苦しながら登り切った階段の先には、青空が待っていた。
「はい、お疲れさん。こっちはサンガの方向だ、あそこにうっすら見えるのがサンガの城壁になる。わかるか?」
ぜーぜー息を整えながら僕がやっとで顔を上げると、アーダムさんの指さす方向にかすかな影が見えた。あれがサンガか、思っていたより遠そう。隣の街と言っても馬車で3日はかかる距離なのだそうで、イチヤからサンガを望めるのは、単純にサンガが高い所にある高所の街だからだ。馬が疲れないよう折り返しが多い道で、見た目よりずっと遠いらしい。
「サンガは洒落た街でな。美食の街として名高いから、国中から腕のある料理人たちが集っている。魔王との戦いの前からずっとそうで、魔王が倒されてからもそのまま再建されたような感じだ。変わった食べ物も多いし、朝市なんかも活気があるぞ」
「美食……!」
食いしん坊の僕が目を輝かせたのを見て、イオくんはけらけら笑った。イチヤの次はサンガだな、なんて言ってくれるのでイオくんマジで優しい。
気遣いのできるイケメン、えらいと思います。
「それにしても、馬車で3日か。乗合馬車はどこから乗るんだ?」
「その辺はトラベラーズギルドで請け負ってくれるぞ。御者をトラベラーさんたちのパーティーに入れるよう依頼されるとは思うが」
「ああ、呪い対策か」
イオくんは真面目な顔で少し考えるようなそぶりを見せた。街を移動するときはギルドに相談すればいいのは、把握。
ぐるりと見渡すと、外で狩りをしているらしいプレイヤーの姿もちらほら見える。人数はさほどでもないかな?
アーダムさんが案内してくれて、城壁の上をぐるーっと一周していく。ところどころショートジャンプする機能もあったけど、イチヤの外周を回る感じになるので、結構な時間がかかった。でもそれだけの価値はあるコースだったと思う。
イチヤの北は、高い山脈が連なっていて、頂上の方は雲がかかっていて見えない。この山脈の裏側にヨンドがあるらしいんだけど、突っ切る正道がないからプレイヤーがこの山を登ろうと思ったら、かなり険しい登山になりそう。統治神スペルシアの眷属である竜人たちの集落があるのではないかと言われているらしい。
「らしいというのも、竜人たちは魔王との戦いでかなり数を減らしてしまっていてな。街では見かけることが無く、正確な情報が無いんだ。彼らは強い種族だったから、他の種族を守らんと常に前線で戦い続けてくれた」
と、アーダムさんは言う。
「ナルバン王国は彼らに礼をしたいのだが、今のままではそれもできん。トラベラーさんたちには、ぜひ、竜人の里へ足を踏み入れ道を繋いでもらいたい」
なんでも、魔王を打ち破ることのできた大きな要因が竜人さんたちなのだそうだ。これはぜひとも竜人さんたちの集落を見つけて道を繋いであげたい。頑張った人たちは正当に評価されるべきだ。いっぱい褒められて美味しいものを食べてちやほやされるべき。
西方面に行くと、草原が広がっている。東と違ってどこまでも平面に見え、正道は草原の真ん中を突っ切って森へと一直線に通ていた。
こっち側はプレイヤーの数が東より少し多いかな。そういえばさっきの門番さんがおすすめしてくれたバイトラビットが、西の草原にいるって言ってたね。
「ここを一直線に行くと鍛冶と工芸の街ニムだ。良い装備を整えようと思ったら、職人の数が圧倒的に多いし質も良い。実用的なものに限ってはニムで入手すべきだな。高級品や宝飾品は首都ナナミが良い」
「武器かあ」
僕は杖だし、魔力極振りする予定だから、もっと強くなってからでいいかなーって感じだけど。イオくんは剣士だし、こだわりとかあるかな?
そう思って聞いてみたけど、イオくんは少し考えてからそこまでこだわらない、と答えた。
「武器なんて一期一会だし、サンガ方面でいい武器に出会えるかもしれないだろ。今すぐ行きたいとかは特にないな」
「クールだねえ」
「なんだその感想は」
イケメンはスタンスまでイケメンなのだ。
南門の上まで来ると、イチヤの南は岩場のような荒野が広がっていた。正道もこの荒野をまっすぐ突っ切って南下していく。遠くに山も見えるね。
プレイヤーの数は西と比べてもダントツで多い。混みあって獲物を奪い合う程ではないけど……経験値効率の良い敵でもいるのかな?
「南へまっすぐ行くと鉱山の街ロクトだ。ニムで使用される鉱石の8割がロクト産、岩山ばかりで景色は良くないが、トラベラーさんたちも入れる鉱山が用意されている。一攫千金で宝石を掘り当てることもできるらしいな」
「宝石かあ……」
「ナツ生産スキル<彫刻>取ってなかったか?宝飾品作るなら行くのもありだが」
「<彫刻>持ってるよ。今は木を彫ることしかできないけど、金属とかもそのうち彫れそう。発展スキルにありそうだよね宝石加工系」
お金になりそうだけどお金を食いそうでもある。取得するかどうかは慎重に考えよう。
僕の持つ<彫刻>スキルは、レベル1の時点では木の板に何か彫るというスキルだ。僕はこれに合わせて<魔術式>のスキルを取っているので、木の板に<魔術式>を刻むことができる。
<彫刻>を取ると出現するスキルが<魔術式>と<魔法付与>の2つ。僕が取らなかった<魔法付与>は自分の使える攻撃魔法を刻むスキルで、これを施した木の板を消費することで誰でも攻撃魔法を使うことができる。補助魔法系はレベル1だと刻めないので注意。威力は作成者の魔力依存で、作成者以外が使う場合は出力が8割に落ちるけど、魔力5とかの前衛職が僕の作った木札を使えばそれなりのダメージを与えられるだろうし、有用と言えば有用だ。
でも、僕たちは2人パーティーだし前衛のイオくんがこれを使う暇はあんまりないよね。と言うわけで却下。
それで、僕が取得した<魔術式>だけど、ちょっと不思議なスキルなんだよね。これは、街中にある魔術式を自動で集めて、印として刻めるようにファイリングする、というスキル。
試しにちょっと<魔術式>スキルを開いてみると、レベルはすでに2に上がっていて、下記の魔術式を収集しました。とリストアップされている。通りを歩いているだけでゲットできた魔術式は、「商売繁盛のお守り」「金運上昇のお守り」「生産成功率UPのお守り」「頑健のお守り」の4つ。「自動修復」という魔術式もあるけど、文字がグレーアウトしていて詳細が見れなかった。レベルが足りないらしい。
それぞれのページには簡単なマークが記入されていて、このマークを木の札に彫刻するとお守りになる、らしい。
あとで作ってみたいね、特に金運上昇。
ゲーム内で1時間くらいの外壁ツアーを終えて、東門の上まで戻ってくる。
ところどころ、観光客用にショートジャンプする魔法陣があって助かったけど、アーダムさんが言うには、やっぱり歩いてる途中でへばっちゃう人も結構いるらしいよ。僕だけじゃないのだ!
……はい、HP増やします。はい。
途中イオくんが色々アーダムさんに質問して情報を聞き出してた。南に出るロックタートルという魔物は動きが遅くて群れないので倒しやすいし経験値も多いんだそうだ。でも物理耐性があるから魔法で攻撃しないと辛いとのこと。
そういう話をしている2人の隣でボケーッとしている僕。体力の回復に努めています。
「あれ?人増えてる」
ふと視線を階段の出入り口のところへ向けると、ちょうど下にいた兵士のお兄さんが子供を背負って外壁の上にたどり着いたところだった。10歳くらいの少年がお兄さんの背中から降りると、手すりの隙間からサンガの方向をじっと見ている。
「ああ、サームか……」
とアーダムさんが呟いた。名前が知られているってことは、よく来る子なのかな?
「知り合いか?」
イオくんが率先して尋ねる。ありがとうそれ知りたかった。
「ああ、スペルシア教会に併設されている孤児院の子だよ。できれば、あの子の前では家族の話は遠慮してくれ」
「孤児院……戦争孤児ですか?」
ここで僕も会話に加わっておく。10歳くらいの子だし、魔王との戦争が終わったのが10年前だから、ギリあり得るかなと思ったんだけど、アーダムさんは首を振った。
「いや。あの子の両親は結構名の知れた傭兵でな。戦争も生き残ってあの子が生まれたんだ。しばらくは仲良く暮らしていたんだが……3年前、あの子が7歳の時、2人とも行方不明になった」
「え、まさか正道を外れたんですか?」
「おそらく。サンガまでは正道で向かって、ゴーラ方面に抜ける門を出たところまでは足取りが分かっているんだが、それ以降は……」
言葉を濁すアーダムさん。でもそこまでわかっていて、ゴーラには入ってないというのなら、その途中のどこかで道に迷ったとしか考えられない、か。
でも、住人さんたちは呪いがあるって分かってるのに、なんでまた?
「……その、サームは生まれながらに体が弱くてな。何度も死にかけているし、医者からも長く生きられないと言われているんだ。それで、あの子の両親は昔からあちこち飛び回って、秘薬だとか霊薬だとか伝説の薬だとか……怪しげなものを見つけてきてはあの子に与えていた」
ええ……? 大丈夫なのそれ。どう考えても偽物では? と僕が思っていたのがばれたのか、イオくんも顔をしかめて口を開く。
「怪しげな薬、か。本物だったのか?」
うぐぐ、また出遅れた感。
でもそれ聞きたかった。イオくんは僕が聞きたいことを先んじて聞いてくれるのでとても有能だと思います。
「いや、偽物だろう。そんなものが残っているなら、戦争で使わないはずがないからな」
そしてアーダムさんのお返事もきっぱりとしたものだった。そうだよねえ。
「あの子の両親も、本気で信じていたわけじゃないだろうさ。どれか一つでも間違って効いてくれればと思ったんだろう。王家秘伝の薬、エルダーフェアリーの秘薬、聖獣の血、聖獣の涙、エルフ族に伝わる霊薬、神に授けられし万能薬なんてのもあったかな……。俺たちにも眉唾ものだって分かる、偽物ばっかりだ。でも、あいつらがサームの為に必死でどこかから見つけてきたものだって知ってるから、何も言えなくてな。医者が全部調べて、体に害がないものだけサームに飲ませてたんだ」
マジかあ……。
いやサームくんもえらいな。薬はともかく涙とか血とか、口にするのをためらうようなものよく飲めたね……。いや、中身が本当に血とか涙だったのかはわかんないけどさ。
「3年前、サームがひどく体調を崩したとき、あの2人は聖獣様に会いに行くと言って出て行って、それきりだよ。サームは持ち直したけど、2人は帰ってこないままだ」
話している間も、ずっと、ただただサンガ方面を見つめ続けている少年。自分のせいで両親が、と思ってしまっているのかもしれない。ちょっとそれは悲しいな……。
「聖獣というのは?」
「竜のことだ。ここは統治神スペルシアの世界、竜は聖獣であり、竜人はその眷属と言われているんだ」
「なるほど。スペルシア以外の竜を、聖獣と呼ぶんだな」
アーダムさんと会話を続けているイオくんがフレンドメッセージを送ったらしく、僕の視界に『フレンド:イオからメッセージが届きました』と表示された。会話しながら器用だなーと思いつつ開くと、『これサームのクエストだと思うんだけど、受けに行くか?』との文字列が。
……ああ! そういえばクエスト非表示にしたんだっけ。忘れてた。
僕はイオくんと視線を合わせて頷いた。行かない理由が無いじゃんこんなの。
イオくんが上手くアーダムさんに言ってくれたようで、紹介してもらえることにいつの間にかなっていたので、イオくんは話術天才的なのでは?? と思います。
イオくんって普段、身内以外には無口なのになあ。どこで話術とか身に着けるんだろう、頭がいいとその辺、習得しやすかったりする?イオくんがあまりにもさくさくとなんでもこなすせいで、イオくんに任せとけばなんとかなる、って思いがち……。頼り切りは良くないな!
僕の一人反省会が終わったころ、アーダムさんがサームくんに話しかけて、僕たちを紹介する流れになった。こっちを向いたサームくん、オレンジに近い茶色の髪がふわふわで結構かわいい。誰にとは言わないけど、一部の人たちにすごく人気が出そうな少年だ。
「サーム、こちらがトラベラーのイオとナツだ。……2人とも、彼はサーム。普段はスペルシア教会にいる」
「サームです」
「ああ、俺はイオ、こっちは連れのナツだ。よろしくな」
小さいなあ。僕は一人っ子だから、弟とかいたらこんな感じだったんだろうか、なんて考えてしまう。イオくんとかこんなしっかり者なのに3人兄弟の末っ子なんだよ、びっくりだよね。
「よろしくねサームくん」
イオくんに続いて僕もサームくんと握手。
わー、手が小さい……。
ま、守らねばこの命……っ。
「悪いな、教会について知りたかったからアーダムに紹介してもらったんだ。俺たちもスペルシア教会に祈りに行きたいんだが、場所とか作法とかわからなくてな。良ければ教えてくれないか?」
「はい、僕でよければ」
ちょっと緊張気味だったサームくんの表情が、イオくんの言葉で和んだ。そりゃ急に知らない人を紹介されたら緊張するよね、分かる。とりあえず僕もイオくんの言葉を後押ししておこう。
「僕たちトラベラーは、統治神スペルシアのおかげでこちらに来ることができるわけだし、ご縁があるからご挨拶をしたいねって話をしてたんだ。でも、場所がわからなくて」
これは、ギルド前通りの東側を探索しているときにそんな話もしてたから嘘じゃない。統治神スペルシアの教会ってあるのかなー? あるならお祈りしたいねー、くらいの軽い話題だったけど。
サームくんはにっこり笑って、スペルシア教会の場所を教えてくれた。ギルドの裏なの? マジで? あ、地図見たらマークが出てるからマジだね。
ギルド周辺は一通り見たから、多分これは住人から聞かないと行けない場所だ。
「教えてくれてありがとう。教会に行ったらサームくんにも会えるのかな?」
「昼間は清掃活動とかもあるので、会えると思います。えっと、教会にはお祈りの作法とかは、別にないです。それぞれの方法で祈れば大丈夫です」
へー、自由なんだなあ。僕が感心していると、イオくんも質問を挟む。
「サーム、寄付は受け付けているのか?」
お、よくある教会への寄付というやつ。慈善事業だね。
「教会は公金で賄われているので、お金の寄付は不要です。えーと、物とか……食材とか喜ばれます」
「ああ、なるほど。米とか小麦粉がいいのか?それとも甘い物とか?」
「食材だと嬉しいです、おかずが増えます」
言ってから、サームくんは「あっ」と口を両手で抑えた。言っちゃダメなことだったのかな?
「なるほど。サームは何が食べたいんだ?」
「あ、あの。忘れてください。おねだりしたらだめですよって、シスターが……」
しどろもどろだなサームくん。かわいい。
なるほど、何を寄付してもいいんだけど、おかずが増えるとサームくんが嬉しいと。そんなの食材寄付一択だね。イオくんもなんか微笑ましいものを見るまなざしだ。
ところでお気づきですか皆さん、敬語属性だよこの子。ちょっとたどたどしいのがなおよろしい。
ねえ、絶対内緒にするから何を食べたいのかお兄さんに言ってごらん? 大丈夫大丈夫、誰にも言わないから、約束するよ。……お肉?そうだよねお肉美味しいよね。よーしお肉を寄付しちゃうぞー。
「それで、教会って何時から何時まで開いてるの? いつ行けばいい?」
「教会は午前10時から午後3時まで開いてます、時間内ならいつでも大丈夫です」
「わかった、教えてくれてありがとう。後日お祈りに行くね」
うむ、サームくん良い子です。とりあえず撫でておく!
イオくんは苦笑してこっちを見ていたけど、話が一区切りついたことを察してスムーズに話に割って入った。
「サンガに行く前に祈りに行くか。正道を整備したのが統治神スペルシアだから、教会では安全祈願のお守りなんかも売ってるらしいし、旅の無事を祈願するのがいいんじゃないか?」
「そうだねー。その辺計画立てないと」
イオくんがさりげなーく出した「サンガ」というキーワードを聞いて、サームくんはぱっと顔を上げた。何か言いたいことがある雰囲気だ。まあイオくんがそれ誘導したんだけど……何なのイケメンって頭もよくなきゃいけないみたいなルールでもあるの??
「ん? どうしたサーム。何か気になるか?」
自分で意図して注意を引いたくせに先を促す姿勢が自然。イオくんはこういう悪知恵まで働くので本当に賢いと思います。
「サンガへ、行くんですか?」
「その予定だ。旅の準備を整えてからになるが」
「そう、ですか。あの、教会に来るとき、時間があったら、僕のことを呼んでください。お願いしたいことがあって……」
サームくんの必死な様子に、イオくんが「わかった、必ず」と約束する。ほっとしたような顔をするサームくんに別れを告げて、僕たちは外壁を下りたのだった。