7日目:まずは前哨戦
朝起きると外は曇り空。
テアルさんたちご夫婦は今日もみんなの為にスープを作ってくれていた。ほうれん草と卵のスープ、キノコも入っている栄養たっぷりのやつ。
各自朝食をとった後は、ジンガさんが「昨日ポーション作ったけどいるかー?」と声をかけてくれた。どうやら午後からの襲撃に向けて準備を整えるターンみたいだね。数に不足は無いけれど、お値段を聞くと店で買うより少し安い。イオくんと相談して10本ずつ買うことにした。
少しでもお得な方がいいのだ。どうせ使うし。
品質★2のポーションは1本でHP200回復、★3で300回復。イオくんのHPが今300超えてるから★3に切り替えるかはちょっと悩みどころだけど、品質が良くなるとクールタイムが長くなるからなあ。ちなみに、僕のMPは400超えているので、マナポーションの方は★3に切り替えた。
如月くんは自分でも<調薬>するからいいとして、プリンさんも安さに目を輝かせて買い込んでいる。これで準備はばっちりだね。
「準備いいか?」
「おー!」
「OKです!」
「いけるわ!」
と全員で気合を入れて、イベントが起こるまでスキップのボタンを押した。
すっと意識が浮上すると、馬車はガタゴトと揺れながらも順調に進んでいる。イオくんは隣で馬車内をぐるりと見まわし、如月くんとプリンさんは御者さんの位置を確認した。
僕は早速<識別感知>っと。
……いるねえ。前方左手側に敵を表す赤アイコンが5つ、内1つは正道近くに移動中っと。このままだとあと2・3分のうちに接触しそうだ。
ちなみに<感知>に関しては、イオくんが<敵感知>、如月くんが<感知>、プリンさんは弓系のスキルで<鷹の目>という、周辺を立体的に見るような視覚スキルがあるので取っていなかったらしい。スキル構成も職業によってだいぶ変わってくるんだなあ。
無駄に住人さんを不安がらせるのもどうかなと思ったのでイオくんにパーティーチャットで知らせると、イオくんは少し考えてから席を立った。前方、プリンさんの席の近くに御者さんに話しかけられるように小窓がついている。そこから顔を出してイオくんが何か言うと、御者さんは軽く頷いてから馬車のスピードを緩めた。
それからゆっくりとUターンするらしい。結構無理やりUターンしたらしく、しばらくガタゴトと大きく揺れた。それから5分ほど、来た道を戻ってから、キャンプスペースに入って完全停車。
「お昼には少し早いですが、トラベラーさんたちが魔物の気配がするとおっしゃるので早めに休憩に入ります」
御者さんがそう言いながら馬車の扉を開く。乗客たちの反応は様々だけど、昨日も戦っているからか、特に不満は出なかった。むしろ遭遇しなくてよかったねーって感じだ。こういう時文句言う人がいないのは地味に助かるなあ。
「1匹はぐれてこっちに向かってきてるのがいるから、まずそれからかな。ここから200Mくらい」
「どうせ全部討伐しないと進めないし、やってやろうぜ」
「殴りこみましょ!」
皆さん結構好戦的ですね……。でもまあ、やらないと危ないし、乗客が犠牲になったりしたら正直辛いので僕も賛成派。襲われるの待ってたら時間かかりそうだし、近づかれたら住人さんたちにリスクもある。
「ちょっと待ってね、えーと……今全員にスクショ飛ばしたから見て」
僕は<識別感知>で表示されたマップを拡大して、スクショして、フレンド宛にメッセージを飛ばす。そう、フレンド登録をしたのである! プリンさんがピーちゃんの可愛いスクショを送ってくれるというので! 如月くんはその場のノリで!
当然のように2人とも、イオくんにはフレンドになりましょうとは言わなかった。まあ基本塩対応だから多分、言っても断られると思ったんだと思う。多分断るし。イオくんは野良猫より警戒心強いので、もっと何度も接触を繰り返さないとフレンド登録は無理かなあ。僕はその辺緩いのでウェルカムだけど。
とにかく、フレンド登録するとメッセージのやり取りが可能になるので、スクショも送れるのだ。
「この4匹集まってるところが巣穴ですか。ここからだと20分くらいは歩きそうですね」
「僕の俊敏は15ですが20分で足りますか!」
「……30分見積もります?」
「ナツ、おぶってやろうか?」
「だが断る!」
ちゃんと断っておかないとイオくんはマジで僕を運びかねない。僕はNOと言える日本人……! 俵担ぎも勘弁だぞ!
「まあ、さっき御者に聞いた感じだと予定通りに進むよりもトレントの討伐の方が大事だから、時間はたっぷり使って構わないらしいぞ」
「それならよかった。じゃあ、まずはどんどん近づいてくる1匹から接敵しよう。プリンさんはピーちゃんだけお願いします」
「わかったわ。ガンちゃんは巣穴の方でね」
プリンさんがすぐにピーちゃんを呼びだす。何度見ても可愛い。可愛いは基本的に正義である。絶対とは言わないけど。
御者さんたちに声をかけて、早速森の中へ入る。
イオくんは<敵感知>を持っているんだけど、<識別感知>より範囲が狭いらしくて、巣穴の位置までは分からないらしいんだよね。敵だけを表示するからわかりやすさは一番だけど、範囲を広げるなら<識別感知>を取るしかないらしい。
「<識別感知>と<敵感知>を両方取ると、表示だけ統合されて<識別感知>の範囲内で切り替えができるようになるらしいです」
「そこまでするなら全部統合すればいいのにねえ」
「世の中には敵だけ表示したいってプレイヤーもいるんで、人気あるんですよ<敵感知>。大半の人たちは両方取って敵のみ表示に切り替えるらしいです」
「<罠感知>は?」
「あれはパッシブなんでとりあえず取っとけば自動発動ですし」
「それもそっか。如月くんはどうする予定なの?」
「SP次第……ですね……」
遠い目をしている。
まあそりゃ魔法スキルも剣スキルも取りまくってたらSPは湯水のように使うだろう。
「スキル育てないとSPが無いけど、育てたら育てたで発展スキル欲しいし、やっぱSPは無いですね」
「サンガに行ったら、ギルドの受講券探すしかないね」
「マジでクエストを手あたり次第受けようかなと思ってます」
と、そんなことを話しながら歩いていくと、そろそろ接敵ポイントだ。
「よし、行くか。ナツ頼む!」
「はーい! 【パワーレイズ】【ディフェンシブ】!」
僕がイオくんにバフをかけると、同時にプリンさんとピーちゃんも如月くんにバフをかける。昨日と同じで、ピーちゃんの魔法は相変わらずやたらかわいい。
ちょうど顔を出したトレントに向けてイオくんが盾で思いっきり体当たりしにいって、あれはもう拳でぶん殴る感覚なんだろうなあって思ってしまう。
「【ダークアロー】!」
最初はヘイト管理があるから控えめに攻撃していかないと。プリンさんも序盤は弓で行くみたいだね。
「【ロックオン】! 【連撃】!」
「【ダブルスラッシュ】! 【クイックシフト】!」
イオくんが【ロックオン】を使ったので、しばらくは後衛にヘイトが来ることはない。如月くんも大技の後に【クイックシフト】という、自分に向けられたヘイトの半分を一番近くにいる味方に渡すアーツを使ったから、当分イオくんの盾が安定するはず。
では遠慮なく、とプリンさんも弓を杖に持ち替えた。
「【ライトアロー】!」
「【ファイアアロー】! ピーちゃん、水と風以外でお願い!」
「ワカッター! 【トゲトゲ】!」
ピーちゃんが叫ぶと、岩の槍みたいなのがばばばばっと飛んでいった。あれは<土魔法>っぽいな。足場を悪くする効果もあるらしく、トレントの足元がぬかるむ。
「「【サンドウォーク】!」」
僕とプリンさんでほぼ同時に前衛に向けて補助魔法が飛んだ。前衛が転びでもしたら後衛はしんどいのだ。
鞭のようにしなる枝が、びゅんびゅんと音を立てて振り回されているが、イオくんが弾いたり如月くんが切りつけたりして後衛を巻き込まないように対処してくれている。避けると後ろに攻撃が来るから、受けるか弾くしか選択肢が無いのが辛い所だ。徐々に減ってくる2人のHPを確認しながら、適度なところで回復を。
「【ファイアヒール】! HPポーション使用、対象:イオ!」
今回はリジェネを如月くんへ、ポーションをイオくんへ。遊撃の如月くんの方がリジェネで大体カバーできるし、イオくんは基本攻撃を受け止めるからHPの減りが早い。そうなるとポーションと【アクアヒール】で回復していった方がいいはず。
「全員、ロックオンのクールタイムあけるから<風魔法>行け!」
「了解、【ウィンドアロー】!」
「便乗!【ウィンドアロー】!」
「ピーチャンモ! 【ビュービュー】!」
「俺も! 【ウィンドアロー】!」
トレントに対して右方向から僕、左方向からプリンさん、背後からピーちゃん、中央真正面から如月くんが<風魔法>を入れる。僕とピーちゃんの攻撃は同じくらいのダメージで、プリンさんの魔法は僕の8割くらいの、如月くんは6割くらいのダメージになる。HPが勢いよく減って一気に半分を割り、トレントのヘイトは一瞬ピーちゃんの方を向いた。
「【ロックオン】!」
そしてすぐにイオくんの方を向かされる。こうやってターゲットを移動している間は、敵が隙だらけで攻撃のチャンスだ。
<ロックオン>は【ロックオン】と宣言することで、MPを消費して相手に自分に対するヘイトを抱かせ、一定時間固定する。一応【アンロック】という、自分に向いているヘイトを強制的に外すアーツもあるけど、これは成功率があんまり高くないらしい。どのみちイオくんは使わないだろうし。
さて、僕は今のうちに打てる魔法を……!
「【サンドアロー】! 【ファイアアロ―】!」
<水魔法>はあんまり効かないし、【ファイアランス】と【ファイアレイン】は温存。特にレインは範囲攻撃でMPが重いから、敵が1匹だと普通にアロー系魔法の方が使える。アロー系はコスパがとても良いのだ。
唸り声をあげたトレントが、昨日も見せた薙ぎ払い系の攻撃を繰り出そうとする。イオくんのいる右側から一気に振り抜こうという構えだ。昨日はイオくんが一旦受け止めて勢いを殺してたけど、今回は僕も仕事するよ。
「【ウィンドウォール】!」
イオくんに向けて迫る根が盾にぶつかる前に! 威力をそぐならこれでしょ! ということで壁を作る!
案の定、ウォールにどっかーんとぶつかったトレントの勢いは、イオくんの盾で跳ね除けられる程度に落ちた。それを見て如月くんが、
「ヘイト大丈夫ですか!?」
と焦ったように聞いてきたけど、問題ない。
「ウォール系魔法は攻撃カウントされないんだよ!」
「マジっすか!?」
ウォール系魔法はあくまで「防御」のカテゴライズ。敵のヘイトは取らない便利魔法なのだ! あれっ、プリンさんまで「そうなの!?」とか言ってるけどこの情報もしかして既出じゃないの?
「戦略的魔法の使い方ってスレッドに結構初期のころ載ってんぞ! まとめにもある!」
「そういえばイオくんから聞いた!」
プリンさんたちはなんか納得したような顔をした。イオくんは何でも知ってるからね、仕方ないね。
「【サンドランス】! そろそろいいかしら」
「よし、終わらせるぞ!」
トレントのHPがあと2割と言うところで、一気に削りきることになった。この後まだ4匹残っているから時間をかけてもいられない。
「ピーちゃん!」
「イクヨー!【グルグル】!」
ガガガガガッと相変わらず工事現場みたいな音を立てて竜巻がトレントを襲う。【ウィンドアロー】はもう少しクールタイムがあるから……。
「【ファイアランス】!」
「【サンドアロー】!」
「【ダブルポイント】!」
少しでも威力の高いランス系魔法を選択した僕とほぼ同時に、プリンさん、如月くんも畳みかける。イオくんも長剣を大振りに振りかぶって、
「【プラスインパクト】!」
と思いっきり振り下ろした。……待ってそれ僕知らないやつ。剣術スキル上がったのかな、ステータス画面で確認っと……MPを支払って攻撃力を上げるアーツか。イオくんは剣の装備に魔力が必要だけど、現状MPは持てあましてるから相性が良さそうだね。
5連続アーツを食らって、さすがにHPが消し飛んだトレント。経験値が入って色々上がり、ドロップがインベントリに収容された。
 




