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6日目:トレントの習性

「ナツ、これ……難しいんだが」

 のっけから弱音吐くイオくんは珍しいなあ。

 如月くんとプリンさんは、僕の成功パターンを何度か見せて、まだ自力チャレンジ中だ。そして魔力通しチャレンジを始めたばかりのイオくんとトムスさんは、まず指先から魔力を流すところでちょっと躓いている。

「イオくんとトムスさん、<魔力操作>はスキルに出た?」

「出た」

「出ました」

「じゃあ、操作することを意識して、なるべく指先から流す感じで……」

 とりあえず僕ができる限り言語化してみるけど、僕もそこまで説明上手じゃないんだよなあ。表現力というか、的確な単語を選ぶ能力ならイオくんのほうが圧倒的に上だし。ただ、イオくんとは長い付き合いなので、多分なんとなく理解してもらえるでしょう。トムスさんには、イオくんが説明すればいいのだ。

 普通に考えて、魔法スキル持ってないこの2人がこの作業を難しいと思うのは当然なので、むしろ簡単にちゃちゃっとマスターされたら魔法系職業組の立場がないよ。


「…………で、そうそう、指先から素材へ」

「お! 通った!」

「さすがイオくん、コツを掴むのが早い」

「いや褒めてもらってるけど左に抜けないぞこれ。弾かれた」

「そこからが本番!」

 よしよし、イオくんが順調に魔力を右から流すところまでは行ったね。その先に関しては、テアルさんに言われて正解は教えないことにしている。自分で気づいたほうが後々のことを考えると良いんだって。

 多分、同じようなスキル習得クエストが世界中の色んなところで起こるんだろうね。その中には優しい先生もいれば、テアルさんより厳しい先生もいるんじゃないかな。だから、安易に正解者に頼っちゃだめ、ってことだと僕は解釈する。

 がんばれーと思ってみていると、ついにプリンさんが「できたあ!」とガッツポーズを取った。

「プリンさんおめでとう!」

「ありがとう! <素材鑑定>出たわ!」

「プリンチャンエライ! サスガヨ!」

 ピーちゃんにも褒められて照れつつも、プリンさんはステータス画面でスキル一覧を確認しているらしい。

「ナツくん、<総合鑑定>取った?」

「取って全部統合しちゃったよ。僕は細かく分けるより一括で鑑定できたほうがありがたいから」

「そうよねえ。分けておく意味もあんまりないし……私も<総合鑑定>にしちゃうわ」

 プリンさんがスキルの整理を始めたので、次に成功しそうな如月くんの様子を見てみると……あ、なかなかいい感じだけど、拡散足りないかな? 直線で魔力を走らせたらだめだってところまでは気づいたらしいから、もう少しでたどり着きそう。

 イオくんはテアルさんにお願いしてもう一回魔力を通すところを見せてもらっている。さすが賢い。テアルさんがわざわざ綿を使ってやってくれてるところがポイントなんだよね、全体的に魔力を走らせているのが目にわかりやすいんだ。真剣にそれをみていたトムスさんがようやく右から魔力を流すところまで到達して、やっぱり同じところで弾かれて一旦停止したところで、馬車もゆっくりと止まった。


「皆さん、お昼の休憩ですよ」

 御者さんが扉を開けて顔を出す。いつの間にか結構時間が経っていたみたいだ。

「ふむ。では一旦ここまでにしよう。ナツとプリンパフェは卒業で良いな。他の3人は夜の夕食後に続きをやろうか」

「助かります!」

「夜か、分かった」

「お願いします」

 ホッとした様子でテアルさんに頭を下げる3人。ここまでで授業終了! とか言われたら悔しいだろうし、延長戦があって良かったよ。

 そうすると、僕とプリンさんは夜はもう何もないかな? 僕はイオくんがスキルを習得するまでは付き合うつもりだけど……えーと、明日は……キャンプで寝たら午後までスキップ可能か。明日も共闘とかあるんだろうか? 同じようなイベントが続けてくるとは思えないけど。

 全員で馬車を降りて、正道沿いのキャンプスペースでお昼はバーベキューだ。テアルさんが荷物からバーベキューセットを取り出した時、イオくんが目をキラキラさせてたのでまだ諦めてないなこの人。2人旅でバーベキューセットは僕は許可しないけど、ホームとか実装されたらOK出そうかな。


 みんなで材料を出してバーベキューを楽しみ、御者さんが肉を出してくれたので結構豪華な感じで夕食が終わると、ピタさんとプリンさんと3人で後片付けを手伝った。

 テアルさんと引き続き授業する3人は早速テーブルに集まって続きをはじめて、古着の男性とテアルさんの奥さんがキヌタくんと遊んでくれているので、分業分業。複数人でやると早いからね。

 キヌタくんのお父さんがサンガで屋台をやってるって話を聞いて、場所を教えてもらったりとか、サンガの人口比率の話なんかをピタさんから聞いた。イチヤは比較的ヒューマンが多い街だけど、サンガは結構人種が入り乱れているところなんだそうだ。ギルドの向かい側に屋台用の広場があって、そこでは様々な屋台が日替わりで並ぶんだって。

「うちの人はジェラートの屋台をやってるんだ、ぜひ見にきておくれ」

 とピタさん。ジェラートかあ、素晴らしいね。

「ジェラート大好き、絶対に行きます!」

「私も探してみるわ。良いわねえジェラート、イチヤは甘味のお店が少なかったから楽しみだわ」

 あ、これはもしかしてプリンさん、ギルド裏通りを知らないな? あそこに行けば喫茶店もお菓子のお店も結構あったのに、もったいない。あとでシュガーキャッスルのショップカード渡しておかなきゃ。


 さて、授業はどうなったかなとテーブルに近づくと、ちょうど如月くんが

「できた!」

 と叫んだところだった。ようやくコツを掴んだらしい如月くんがよっしゃあ!と嬉しそうにテアルさんに報告している。あ、イオくんちょっと悔しそう。負けず嫌いだからなあ。

「あとはイオとトムスだけか、1日かけてもできないやつもいるのに優秀な生徒たちだな」

「もう少しなんだけどな」

「俺も、もう少しで何か掴めそうな感じなんだけどなあ……」

「ふむ、では2人は、イメージしてくれ。素材を魔力で浸すような、満たすような、そういうイメージだ」

 お、ここでようやくテアルさんがヒントを出した。今日中にマスターさせようという意図だろう。それを悟ってイオくんはやっぱりちょっと悔しそうだったけど、言われたとおりにまた魔力を通し始める。あの様子なら、すぐできちゃいそうだなあ。

 僕は2人の邪魔をしないようにテーブルではなくて、キヌタくんと古着の男性が遊んでいる方に近づいた。僕に気づいたキヌタくんが「おにーちゃん!」と手を振ってくれるのでとても可愛い。弟ほしかったなあ。


「よう、片付けは終わったのかい。えーと」

「あ、ナツです。あそこで授業中なのが頼れる相方のイオくんです」

「ああ、すまん名乗っていなかったな。俺はジンガ、食器作りの工房をサンガに持ってる。陶芸家ってやつだ」

 お、ここで古着の男性の名前をゲット。陶芸家さんかあ、料理と食器は切っても切れないもんね。

「お店も持っているんですか? そうなら買い物に行きますね」

「おお、同じ工房の作家が共同で店を出してるよ。5人位の作品が店で見られるから、好きなのを選んでくれ。ああ、よければこれをどうぞ」

 ショップカードが飛んできた。「食器・陶芸の店 虹彩」……お皿に虹の模様が描かれた、きれいなカードだ。

「ありがとうございます、イオくんと一緒に行きますね」

「ああ、彼は料理をするんだったな。お待ちしてるよ!」

 会話中もキヌタくんと指相撲をしているし、うまく手加減して何度か負けてあげてるあたりがすごく面倒見が良さそう。この人長男っぽいなあと思っていると、ピタさんがキヌタくんを迎えに来て、ジンガさんに丁寧にお礼を言った。この世界、助け合いの心がすごく行き届いているなあ。子供の面倒は見て当然、みたいな感じだ。


「なあナツさん、トレントの習性を知ってるかい?」

「トレントの習性、ですか?」

 ジンガさんは、キヌタくんがピタさんと一緒にテントに入っていくのを確認してから、おもむろにそう切り出した。カバンから取り出したのはタバコ……いや、葉巻かな。吸ってもいいかと聞かれたので、どうぞと答えておく。

「俺の友人が、戦時中から魔物の習性だとか生態系について調べてた学者だったんだ。トレントは、結構エグい食事をするらしいんだ」

「学者さんかあ、必要な存在ですよね。それで、それってどんな?」

「トレントは基本、分裂して増えるらしいんだ。それで、分裂の時期になると栄養が必要になるんだが、それは周辺にいる動物や人間、仲間であるはずの魔物などから奪うんだと。とにかく近くにいる生き物からだ」

「植物からは奪わないんですか?」

「その辺が不思議なところでな。必ず魔物を含めた動物から奪うんだ。あの鞭のような枝や縄みたいな根を使って近くにいる動物何かを拘束して、予め掘っておいた穴に入れて、その上に土をかけてそこに根を下ろす。それで、地中から根を使って栄養を奪う、と」

「うわあ」

 思ってたよりずっとホラーな感じだった。生き埋めになって根にぶっ刺されて栄養を奪われる感じ? 丸呑みされたほうがまだマシでは? あれ、っていうか、そうなるとあの倒木の幻術って……餌を探すための罠、だったり?

 僕が想像して顔を青ざめたのを見て、ジンガさんは大きく息を吐いた。

「多分、ナツさんも想像しただろう。今日のトレントはもしかして、俺たち人間を捕えて栄養にしたかったんじゃないか、って」

「……その可能性が高いですよね」

「多分なあ。それで、もしかして今がトレントの分裂期なんじゃないかと思ったんだよ」

 ふーっと煙を吐き出して、ジンガさんは荷物から本を取り出す。ボロボロに煤けた、だいぶ古そうな本だ。


「これの……ここだ。これがトレントの巣というものなんだが」

 どうやら魔物の習性についての本だったみたいだ。ジンガさんが開いて見せてくれたページは、端っこの方に焦げたような痕がある。覗き込めば、簡単なイラストが描いてあった。 これ、手書きじゃないかな? さっき言ってた友人が書いた本なんだろうか。

「集団で……大きな穴を掘る場合もあるんですね」

「ああ、それが最大の懸念でね」

 っていうか、この本によると、トレントって単独行動をしているほうが珍しいらしい。ということは、今日のトレントは結構あっさり倒せたけど、群れの一員だった可能性が高いということだ。

 トレントは通常、4~5匹の集団で生息し、移動するときは群れで移動する。巣穴を掘るにふさわしい土地を探し、見つけたらそこに大きな穴を堀って、生物を投げ込むのだそうだ。群れに十分栄養を与えられる生物が集まったら、穴を埋めてその上に密集して根を張る、と。

「今日のトレントが群れに所属しているのだとしたら、近くに他の仲間がいる。今日のトレントを倒した場所には穴が無かったから、巣は別の所にある可能性が高いし、そこに群れの残りがいるはず。明日もトレントに遭遇する可能性があるんじゃないかってことですよね?」

「そう、まさにそれを懸念しているんだが、こんなことを言って同乗者を怖がらせるのもね。トラベラーさんたちは戦闘をするだろうから、不意をつかれるよりも伝えたほうが良いと思ったんだ」

「確かに、そうですね。僕から他のみんなに言っておきます」

「ああ、何事もなけりゃあそれでいいんだ。一応、な」

 ジンガさんそれ多分フラグってやつだよ。


 とにかく、これはみんなに伝えなきゃね。

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