1日目:早速街を探索
「食事のメニューとか、食品名とかは現実世界基準なんだね。ブレファンではなんか違う名前付いてて覚えづらかった記憶があるよ」
「現実世界で一番近いものに自動翻訳されている設定らしいぞ。だからトマトはトマトだし、ハンバーグはハンバーグのままなんだ。ここ腹減るな」
「わかりやすいねー。西門まで来たから、ちょっと東の方行ってみようか。全部食べたくなっちゃう」
ログインからまだたいして時間も経ってないのに、いい匂いがするせいでお腹の減りが尋常じゃない。これはまずい、と僕たちは引き返してギルド前通りを東へ行ってみることにする。
リアルで1時間が、ゲーム内では12時間になるらしい。僕たちがログインしたのはリアルで0時ちょうどだけど、ゲーム内では午前9時だった。現在、ゲーム内の時間午前10時過ぎだ。これってリアルではまだ5分ちょいしか経過してないってことだよね? すごいなあ。
ちなみに、このゲームは空腹度というパラメーターは無い。運動量に応じてとか、時間経過で自然とお腹が空くだけ。お腹が空きすぎても、お腹が空いたと言う感覚がずっと続いて辛いだけで、それで死んだりはしない。
パラメーターが無いということは、いくらでも食べられるということだ。財布の紐を引き締めなきゃ。
「この通りにある店は、西も東も新しい店ばっかりだな。整備されたんだろうけど」
「トラベラーズギルドを作ったとき、併せて開発したのかな? 民家とか畑とかが奥に見えるけど、どうやって行くんだろう?」
イオくんのつぶやきに反応した僕は、ついでにさっきから気になっていたことを聞いてみた。イオくんの答えは「俺もそれは疑問に思ってた」だ。
ここまでリアルな街並みを作っていて、奥は張りぼてってことは無いと思うんだよね。どこかから民家の並ぶところにも行けると思うんだけどな。
「住人に聞かないといけない、とかかな? どう思うイオくん」
「多分それが正解だろ、公式も住人と交流してくださいね! って言ってるし」
そう、アナトラは住人との交流推奨。
そして住人と対立する行為や犯罪行為は明確に非推奨だ。
多くのVRゲームが犯罪行為が「できる」のが今の環境で、その気になれば悪役ロールプレイとか人類の敵になってみるとか、そういうプレイスタイルも可能となっている。もちろん、犯罪行為は推奨されなかったり、ペナルティがついたりするゲームが大半だけど、それでもやりたい!という人に禁止はしていない。
でも、アナトラは「できない」。他のプレイヤーを殺すプレイヤーキル(PK)も、住人を殺す行為(NPK)も、フレンドリーファイア(FF)もなければ、ルールを定めたPvPも今のところできない。住人の店に並んでいるものを窃盗したり、他人の持ち物をこっそり奪うこともできない。そういう決まりだ。
悪役RPしたい人たちやゲームにとにかく自由度を求める人たちからは、かなり文句があったらしいけど。アナトラは最初からこの姿勢を曲げず、「初心者でも安心して世界に足を踏み入れることができる、治安のよい世界にしたい」という方針だった。
今、流行っているVRゲームは全部、そういった犯罪行為が「できる」ゲームばかり。自分が誰かに殺されるかもしれないという不安があるとVRゲームに手が出ない、って人もいるから、住み分けを狙った形だ。これは最初から公式で明言されていて、「悪役をやりたい人は別のゲームへどうぞ」とまで言っていた。
ただ、いくら住人との交流推奨のゲームであっても、本人の性格やその他の要因によって交流したくない、出来ないという人もいる。
ポイントとしては、住人からの好感度が0でも問題ない、と言うところにある。マイナスにさえならなければ問題なくゲームが進むし、住人さんの好感度は直接悪口を言うとか、理不尽な言動を取るとか、明確な悪意を向けない限り下がらない。スルーはOKだ。住人からもらえる情報は、頑張って調べればどこか別の方法で入手できるものが多いから、難易度は上がるけど交流をしなくてもどうにかなるのだとか。
僕たちは別に人見知りもしないし、知らない人に話しかけるのも嫌いじゃないから手っ取り早く住人と交流していくつもりだけど、例えば図書館やギルドの資料室なんかでも色々わかると思う。
「こっちは装備品とか消耗品とか、トラベラー向けの店が多いみたいだね」
さて、ギルド前通りの東側は、冒険に必要そうなものを一通り売っているみたいだった。ポーションや生産用の素材、武器防具やアクセサリ等。
キャンプ用品なんかは、多分、他の街へ行くときに使うのかな。乗合馬車のようなものありそうだけど。
「うーん、裏道とかは見当たらないねえ」
目を凝らしてゆっくり探してみたけれど、どこにも奥に行けそうな路地などは無い。植木や看板でうまく隠されているんだろうか。
「ナツ、今は先に行けるところを回ろう。街中ですら白地図なんだ、大通りだけでも地図に載せておきたい」
きょろきょろしている僕に、イオくんがそんな冷静な声をかける。それもそうか、と僕も頷いた。空白地の多い地図って、なんか落ち着かない。
どんなものを売っているのか確認しながら、僕たちは東の門まで歩いた。西はちょっと誘惑が多くて駆け足になってしまったけど、とりあえずこれでギルド前通りのマッピングは終了。あとはレンガ道通りをぬけて南門へ行けば、イチヤの初期マップは完成だろう。あとは空白地をどう埋めていくかの勝負になる。
昼間の時間帯は、東西と南にある門は開いていて、自由に出入りができるらしい。僕は門の左側に立っていた門番さんに声をかけることにした。
「こんにちは、ちょっと聞いてもいいですか?」
「こんにちは。なんでしょう」
門番さんは鈍い銀色の鎧をきっちり着込んでいて、いかにも戦闘訓練をしていそうな兵士さんだった。フルフェイスの頭装備をかぶっているので顔は分からない。奥の詰め所には、何人か兵士さんがいるのが見える。
「僕たち、今日こちらへ来たばかりなんですけど、この門は何時から何時まで開いているんでしょうか」
「ああ、ようこそトラベラーさん。門はどこも、朝8時から夜7時まで開いていますよ。もし時間内に戻ってこられなかった場合は、門の前か正道沿いのキャンプ地に宿泊してください、安全地帯はほのかに光っているのでわかりやすいです。夜の魔物は昼に比べて強いので、無理しないように」
お、正道沿いにはキャンプ地があるのか。だからキャンプ用品が売ってたんだね。
「わかりました、僕たちはまだ弱いので気を付けます」
「ああ、来たばかりと言う話でしたね。それなら、西の草原に出るバイトラビットというウサギの魔物がおすすめですよ。前歯が大きいのですぐわかると思います」
「おすすめ? 倒しやすいんですか?」
「そうですね、直線攻撃ばかりなのでやりやすくもありますが……。バイトラビットの毛皮は、冬用のコートなどに使われるんです。需要があるのでギルドで高く買い取ってもらえますよ」
「なるほど!」
金策だ!
良いことを聞いた、と僕は素直にお礼を言った。このゲーム、剥ぎ取りってどんなシステムなのかな? ブレイブファンタジアの時は剥ぎ取りナイフを刺さないとドロップ品がもらえなくて、面倒だった記憶がある。イリュージョンアースはその場に光の玉みたいなのが落ちて、触れた瞬間にドロップが決まる仕組みだった。
アナトラはVR初心者向けに簡略化してる部分が多いから、楽だといいなあ。
僕が忘れないようにパーティー用伝言板に西の草原、と書き込んでいる間に、イオくんが代わりに門番さんと会話を始めた。最初の方は聞いていなかったけど、伝言板への書き込みを終えると同時に耳に飛び込んできた言葉に思わず顔を上げる。
展望台?
今、展望台って言った?
「なるほど、やっぱりな。この塀の上は歩けるんだな」
「ええ、3つある門の、兵士の詰め所から上がれます。階段が長いので体力のない小さな子供やお年寄りはお断りしていますが」
「……だってさナツ。お前高い所好きだろ、上っていくか?」
「やったー! 上る!」
僕は勢い込んで答えた。高いところが好きと言うか、高い所から景色を見渡すのが好きなんだよね。この世界は広大だぞー! って分かるのが好き。なんかわくわくするから!
「おーい、塀の上行きたいってさ。誰か案内頼む」
と門番さんが詰め所に声をかけると、少ししてひげを生やしたダンディなおじさんが中から出てきた。ヘルメットを外しているけど、門番さんと同じ甲冑を着ている。
「いらっしゃい、トラベラーさん。中へどうぞ」
「ありがとうございます!」
「お願いします」
わーい! とテンションが上がる。イオくんってイケメンで運動神経良くて僕にも気を使ってくれる超いい奴だなー! いっぱい褒めておこう!
「イオくんありがとう! イケメン! 優しい! なんてできた人なんだ!」
「はいはい。ナツはテンション上がるとすぐ人褒め殺そうとする」
「褒める分にはタダなのに言葉を惜しんでなるものか!」
「そういうストレートなところがナツのいい所だな。ほら、早く行くぞー」
イオくんがちょっと笑って僕の背中を押したので、足取り軽く詰め所の中へ。外から見ると石造りのずしっとした感じの建物なんだけど、中は木がメインで落ち着いた感じの部屋だった。休憩中の兵士さんが、さっきのひげの人の他に2人。一人は背の高い女性で、もう一人はまだ若いお兄さんって感じだ。
「こんにちは、お邪魔します!」
「あら、いらっしゃい」
「見学ですかー」
笑顔で挨拶をすれば、わりと好意的な反応が返ってきた。奥の扉の前で待っていたひげの兵士さんが、僕のテンションの高さにちょっとあっけにとられている。
「ただただ高いだけだぞ、あまり過度な期待はするなよ」
なんて念を押されてしまった。
「その高いのがいいので!」
「えーと、こいつはナツ、俺はイオ。気にしないでくれ、ナツは本当に、ただ素直に、高い所が好きなだけなんだ」
「そ、そうか」
イオくんのフォローなんだかよくわかんない説明に、ひげの人はとりあえず納得したようだった。それから気を取り直すように咳払いをする。
「俺はここの詰め所で副所長をしているアーダムだ。壁の上の展望台に行くには、兵士の付き添いが必要になる。俺が案内するが……うーむ。イオは問題なく上までいけそうだが、ナツは体力的にきついかもしれん。途中で何度か休憩を挟むので、無理せずついてくるように」
「……だ、そうだが?」
「頑張ります! ……あれかなHPの差かな?」
エルフの初期HPは70だ。ヒューマンのイオくんは初期でも100ある。
アナトラのステータスについて軽く触れておくと、まず種族で数値が変わる。
筋力、物理防御力、魔力、魔法防御力、俊敏、器用、幸運の7項目があって、最初はそれぞれ合計70の数値から種族に合わせて数字が割り振られている。
例えば、イオくんの選んだヒューマンはすべてが10で平均値なので、特別得意なものも不得意なものもない、最も無難なステータスになる。
で、僕の選んだエルフはというと。
筋力:5 物理防御力:7 魔力:15 魔法防御力:13 俊敏:6 器用:10 幸運:14
初期ステータスがこうなる。
魔法が得意で物理に弱い、足の遅い種族ってのが分かるね。
で、HPは物理防御力×10、MPは魔力×10だ。装備やアクセサリで上がったステータスは、HPやMPに影響しない。
ステータスは、パワーポイント(PP)を消費して上げていく。このPPは、プレイヤーレベルが1上がるごとに2もらえるけど、内1は自動振り分けされる。つまり、プレイヤーレベルが10になったら、9レベル上がった計算になるから、18PPもらえて自動で9PPが振られ、残り9PPが自分で振り分けできる、という感じ。
チュートリアルで20PPもらって自分で振っているので、現在の僕のステータスはこうなっている。
筋力:5 物理防御力:7 魔力:25(+10) 魔法防御力:18(+5) 俊敏:10(+4) 器用:10 幸運:15(+1)
HP:70 MP:250
筋力? 知らない子ですね。
まあそんなわけで、体力に関係ありそうなステータスなんだろう?と考えたところ、HPかなーと思った次第である。
「HP70はやべえだろ、70は」
「だって、後衛だし……」
「後衛でも全体攻撃来たら一撃死あるぞ。せめて100にはしておけよ」
「了解であります……」
反省した。とても反省した。
いや、しんどい。普通に階段上るの超しんどい。
短い階段を何度も折り返す縦長構造になってるんだけど、その真ん中らへんで僕が体力の限界を迎えている。ちなみにイオくんは物理防御力の初期値10に7PP振っているので現在のHPは170だそうだ。まだまだ余裕そうな表情である。うぐぐぐ。
僕ってリアルが体力なしだから、VRで体力盛っちゃうとギャップが大きくてリアルをしんどく感じるんだよね。だから、なるべくリアル寄りのステータスにしようとするとこういうザ・後衛な数字になるわけ。だがしかし、そんなこと言ってる場合でもないので今回はちゃんと物理防御力にPPを振ると誓います……。
自分ひとりぐったりしているいたたまれなさをどうにかするため、僕はそっとインベントリから焼き鳥を取り出した。ちょうど3本あるんだよねこれが。
「お、賄賂か」
と即座に理解したイオくんが一本手に取り、もう一本をアーダムさんに渡してくれる。さすがイオくん、付き合いが長いだけあって僕の行動を理解している。
「おいおい、なんだ賄賂って」
と困惑するアーダムさん。いやそんな大げさなものじゃないから……。
「ナツがこの情けない姿を心に閉まっておいてくれ、という気持ちで差し出す美味い物だな。まあ俺たちをただ待たせておくのが心苦しいんだろ」
「ああ、なるほど」
「イオくん、言い方」
「ナツも食ったら体力回復するかもしれないぞ?」
「食べる……っ!」
ゲーム的には食事でHP回復するようなのもいくつか知ってるし、食べたら体力回復はあり得る話なので! と言い訳しながら焼き鳥にかじりつく。美味しい!
タレもいいけど塩も欲しいなー! お願いしたら塩でも焼いてくれるかなー!
僕とイオくんの様子を見て、アーダムさんも笑って焼き鳥を食べ始めた。1本くらいならぺろっとすぐに食べきってしまう。でも、言われた通り体力回復は早まったような気がする。
「さて、どうだナツ? そろそろ行けるか?」
「若干ゆっくりめでお願いします!」
たぶん行ける。
でも疲れたからここを下りたら甘いものを所望したい。僕は甘いものも辛い物も好きだし、内臓系以外は大体美味しく食べられるからね!




