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5日目:キャンプ1日目の夜


 キヌタくんのお母さん・ピタさんは僕になんか恐縮なくらい感謝してくれて、ついでにちょっとだけ育児の愚痴をこぼした。年齢の割に大きくて力強いキヌタくんなので、あっちへふらふらこっちへふらふらするのを引き戻すのが大変なんだって。正道を外れちゃうんじゃないかって怖い、というのはかなり深刻な問題だ。

「もう紐でくくりつけておこうかしら」

 なんて言ってる。それはちょっとさすがにかわいそうかも。

 でも、要は正道から外れなければいいんだよね?

「それなら僕、お守り作りますよ! 迷子になったら大変ですし」

「まあ! いいの?」

 ピタさんの表情がぱあっと明るくなった。

 これで夜の予定は決まったね。


 大鍋の近くには、食べるところがちゃんとセッティングしてあった。馬車の積み荷にテーブルセットがあったから、組み合わせて大きなテーブルにしたんだそうだ。如月くんと古着の男性が。

 御者さんを入れても11人だから、ぐるっとテーブルを囲むように全員座って、なんとなく和気あいあいとした雰囲気だ。

 老夫婦がお盆を持ってスープを配膳してくれていて、イオくんが鍋から茶碗に盛りつけしている。張り切ってるなあ。

 ピタさんがお米を炊いてくれたようで、米とツノチキン汁は全員に配られていて、他のおかず類は各自持ち寄りのようだ。お婆さんは「スープと米はまだあるよ」とみんなに告げている。


「お待たせ。ナツのこれな!」

「わーい! ありがとう!」

 最後に盛りつけたのが僕とイオくんの分だったらしく、それを運んできた流れでイオくんは隣の席へ。

 老夫婦のお婆さんに簡単なキノコ出汁の取り方を習ったらしい。<調理>の発展スキルを持ってないと習えないものだったらしく、これで料理が美味しくなるぞーとイオくんは上機嫌だ。

 上機嫌のついでに、イオくんはインベントリからひょいひょいと2人分のおかずを追加してくれる。ほうれん草の胡麻和え、キャベツを添えたメンチカツに卵サラダ、ちょっとだけ味が足りないらしい大根の煮物。僕の舌だと足りないところが良くわかんないんだけど、イオくん的には合格点には届かないらしい。

 味の違いの分かる男だなあ。


 御者さんが一応仕切って食前の祈りを行い、その後各自食べ始める。

 トラベラーは「いただきます」でいいけど、住人さんたちは統治神スペルシアへの感謝の言葉を食前に口にする人が多いそうだ。


「やったー! おかあさんのからあげ!」

「イチヤで作ってきてよかったわー。ゆっくり食べるのよ、キヌタ。……あら、このスープ独特の味がするのね。美味しいわ」


「この味噌と言うのはサンガで最近売り出されたやつかね、婆さんや」

「そうらしいねえ。ほれ、煮物もあるから食べなされ。そこのお嬢さんはポテトサラダ食べるかね?」

「ありがとうございます。……くぅ、なんて滑らかなポテトサラダかしら! 私も料理を習っておけばよかったわ……」

「プリンチャンオリョーリスル?」

「できないわ!」

「あらあら。何か教えてあげようかねえ?」


「へー、それじゃあサンガへ職探しに行くんですか。そりゃ大変ですね」

「いやあ、農家の4男なんで家は継げないしねえ。スーツなんか着てみたけど慣れないもんだよ」

「お、良かったら俺が紹介しようか? 今はボロを着てるが、サンガじゃそれなりに稼いでるんだぜ」

「ありがたいけどご迷惑じゃないかい?」

「トムスさんお言葉に甘えたらいいんじゃないですか? これも縁ってやつでしょ」

「おう、如月はいいこと言うなあ!」


 おお、なんかいつの間にかすごく仲良しな感じになってる……!

 如月くんは古着の男性とスーツの男性に挟まれてなんか背中をバシバシされていた。

 プリンさんは老夫婦におかずを分けてもらいつつ、談笑中。キヌタくんは、満面の笑みで唐揚げを食している。


「あ、ドレッシングいつもの味じゃないね。何か隠し味入れた?」

「お、さすが食いしん坊。実はあの爺さんが持ってたリンゴをすりおろして入れたんだ」

「へー! なんかさわやか! これも美味しいね」

 僕もイオくんと会話しつつ、こっちはキヌタくんに本を読んでいた話をすると、「ナツはこういう時真っ先に子供に突っ込んでくよな」としみじみ頷かれた。……そうだっけ? まあでも大人より子供のほうが話しかけやすいのはあるかな。

 せ、精神年齢が同じってことではないので! ないはずなので!


 平和な食事のあとは、和やかにいくつかのグループに分かれる。

 僕はキヌタくんにお守りを作ってあげる約束をしたから、自分のテントの近くにテーブルセットを移動させた。

 イオくんは<収穫>スキルがやっと働いたので、近場で取れるものだけ取ってくると言って近くの木々の方へ。まばらな森って感じだから、キノコとかあるといいな。

 プリンさんはピーちゃんを送還してピタさんと談笑中、老夫婦は如月くんと男性2名のグループに混ざって、サンガについて語っているらしい。御者さんは明日の為に早く寝ると言って馬車へ。

 そしてテーブルの向いには、キヌタくんがわくわくと目を輝かせて座っている。……僕がキヌタくんにお守り作ってあげるねーって声をかけたせいでもあるんだけど。人に見られながらお守り作るのはちょっとプレッシャーを感じる……っ!

ピタさん回収してくれないかなこの子……! と思って視線を向けると、ピタさんとプリンさんまでテーブルに来てしまった。そうじゃない、そうじゃないんだ……!


「お守りを作るのは<彫刻>よね? 私初めて見るわ」

「くっ、見学者が増えると緊張するんですが!」

「あら、応援が欲しいのかと思ったのに」

 頑張ってねーと続けるプリンさんである。ピタさんも含めて3人ともなんでそんな興味津々なの??

 とりあえずキガラさんのところで買った木材にやすりをかけて、緊張しつつも<彫刻>っと……。

 道迷いのお守りは2度目だけど、スキルが<上級彫刻>に変わっているおかげでお守りに関しては短時間で作れる。えーと、そのままだと★3になりそうだから、ちょっと調節してわざとちょっと線をずらすと品質が落ちるから……よし、これで★2。

 僕が安易に★3のお守りを配るのは、教会の利益を損ねるかもしれないし、良くないと思うんだよね。★2なら3日間有効だから、サンガにたどり着くまで十分持つ。


「できた。はい、キヌタくんのお守りだよ」

「おまもり! ありがとう!」

「まあ、すごいわ。護符を作るところを見たのは初めてよ、ナツはお店を開いていないの?」

 無邪気に喜んでくれたキヌタくんに癒されていると、ピタさんがそんなことを言った。そういえばアーダムさんもお店を持つべき、みたいなこと言ってたなあ。

「いずれトラベラーもお店を開けるようになると思いますし、その時は何か売ってみるつもりですよ」

 ショップが実装されたらね。オークションも気になるし。それまでにお札を作り慣れておかないと。

「じゃあ、ぜひ無病息災のお札をお願いしたいわ。……あ、これはお礼よ、ナツと相方さんの分ね」

 ピタさんはそう言って僕に何かを手渡してくれた。何かなーと思ったら、ギルド発行の……ん? これもしかして、スキル習得のための講座受講券……?

 えっ、めっちゃいいじゃんこれ! スキルによってスキル一覧に出るだけでSP払って取得しないと行けないものもあるけど、基本スキルの大半は受講するだけでSPなしで習得可能だって!


「もらっちゃっていいんですか!?」

「いいのよ。サンガでトラベラーズギルドを作るときに、こういう講座があったら便利よねって案を出したのは私なの。アイデア料として受講券をもらったんだけど、私は使わないし」

「それはすごい! ピタさん素晴らしい発想力ですよ!」

 天才かな!?

 確かにこういうのあったらすごく便利! インベントリに収納して詳細を見たら、どんな講座が受けられるのか一覧で出てくるんだけど、演奏とか歌唱みたいな趣味の物から剣術、槍術みたいなベーシックなものまですごく色々ある。あ、基本魔法講座まである。イオくんこれ受けたら<風魔法>タダで覚えられるんじゃない?

 キヌタくんとピタさんが自分たちのテントへ戻っていくのを見送ってから、プリンさんにもスクリーンショットを見せると、「すごい!」と大はしゃぎだった。だよねー! すごいよねこれ!

 しまいには如月くんまで興味深々でやってきたので見せて自慢しちゃう。これは僕、ドヤ顔を許されるのでは? ふふん。


「戻ったぞー。なにドヤってんだナツ」

「あ! お帰りイオくん! どうだった?」

 <収穫>の旅に出ていたイオくんが戻ってきたので成果を尋ねると、どうやら数種類のキノコと野イチゴが収穫できた模様。ジャムが増えるね。

「さっきナツさんがクエスト報酬でもらったのがすごいんですよ」

「そうそう。これ私も欲しいわ」

「お? 何もらったんだ?」

「これ!」

 渾身のドヤ顔をしつつイオくんに受講券を差し出すと、イオくんはそれをじっと見た後大きく一つ頷く。

「これは良い物」

「でしょ!」

「ドヤ顔は許す」

「許された!」

 イエーイ! とテンションを上げた僕に、如月くんが苦笑している。

「その許すとか許されたとかいうの、何なんですか?」

「あー、これはね。僕とイオくんが出会ったばかりのころにやってたゲームで流行ってたミームだね。局地的に流行ってたんだ」


 そう、あれは僕が学者おじさんでイオくんが熊獣人だったころ。

 あのゲームの名前は……なんだけ。通称フロ戦だったことは覚えてるんだけど。フロンティア戦記? フロンティア戦争? なんかそんな感じのゲームだった。まあとにかくそのフロ戦でね。

 NPCに太っちょ美食家の騎士団長さんがいて、ちょっと抜けてるところのあるボケ担当みたいなキャラ付けだったんだけど、そのキャラが「さあこれから戦闘だ!」って時にすごい真剣な顔で「ちょっと待っていろ!」って森の茂みに入ってくんだよ。それで両手に一杯のリンゴを持って戻ってくるわけ。「臨時食糧があったぞー!」って渾身のドヤ顔をしたところで、副団長(ツッコミ要員)が「いやそのドヤ顔は許されない! 何やってんですかあんたは!」って説教をするって言うムービー。

 これが全プレイヤー参加できる特大レイド戦の前に流れたもんだから、何かにつけて流行ったんだよね。

 だから、ドヤ顔を許す許さないみたいな話をしてる人がいたら、フロ戦の経験者だよ。


 と言う説明をサクッとした僕に、如月くんは「へー」って顔をして、プリンさんは「ああ!」と納得したような顔をした。

「そういえば友達がやってたわフロ戦。一時期許す許さない言ってた気がする」

「あれ本当にゲーム内で大流行してたんだよ。僕とイオくんは共通経験があるから今も使っちゃうんだ」

「動画サイトでムービーのまとめが見れるぞ。今思えばあのゲーム、ムービーに小ネタ仕込むの上手かったよな」

 5年も前のゲームだから、今となっては知ってる人も少ないけどね。

「へー、なんかいいですね。俺も相方とは幼馴染で同じゲームやってきたけど、そういうのないな……」

「如月くん、最初にやったVRゲームは?」

「ブレファンです」

「現役バリバリが出た。若人だねえ」

 僕たちにはあんまりいい思い出のないブレイブファンタジア、ことブレファン。今でもVRゲームのアクティブユーザーランキングは上位だよ。

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