閑話:楽しい餃子パーティー
餃子。
中華料理代表と言っても過言ではないこの素晴らしい料理は、本場中国では主に水餃子として食べられているらしい。日本では焼いて食べるのが主流だけど、水餃子は水餃子で大変美味しいとナツは思う。蒸してもいい。揚げても素晴らしい!
基本材料は主に豚肉・キャベツ・ニラ。キャベツは白菜でもOK。魚介を入れても美味しい。ナツの家では基本的にキャベツだったが、たまに白菜が安売りしてたりすると白菜餃子も作っていた。タネを作るのは母だったが、皮に包むのはナツもお手伝いしていた。ひだを作るのが難しいので、ぺたんと張り合わせる感じにしていたのはご愛嬌である。
とは言え、波多野家は健康志向。
野菜多めのヘルシーな感じの餃子が主である。にんにくもしょうがも控えめだった。よって、ラーメン屋さんでにんにくガッツリの味濃い餃子を食べた時は、いろんな餃子があるんだなと感動したものである。もちろんイオと一緒に初めてラーメンを食べに行ったときも、餃子は注文している。パリッパリの焼き目の食感と皮のもちもち感のコントラストもまたよし、そのままで食べても酢醤油を付けても美味しい。
濃い味に作れば白米がめっちゃ進む!
となれば、ナツがそれを嫌いになるわけがない。もちろん大好きである。
「ナツはポン酢だったか?」
「ラー油もお願いします!」
「おう。晴兄は酢と胡椒な」
「悪いね」
というわけで現在、餃子パーティー中のイオ宅。すでに大皿で2皿分の餃子がテーブルの上に並んでいる。白米! 餃子! 以上! という潔い餃子パーティーである。
「ちゃんとひだひだにして包んでてえらい!」
「おう、褒めろ」
「さすが料理人!」
「いや料理人ではねえわ」
「料理人になるなら止めないけどねえ」
はしゃぐナツに、にこにこと穏やかな微笑みを浮かべるイオの兄・晴臣。イオより少し背が低くて、イオより大分柔和な印象の美青年である。ナツは崎島家の三兄弟とは全員そこそこ面識があるし、なんなら誰と話しても結構会話は弾むのである。
「晴臣さん、お仕事は大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫、2時間くらい抜けても問題ないよ。本当にめちゃくちゃ量があるって言われたから、朝飯抜いてきちゃった」
「えー、朝はちゃんと食べないとだめですよ!」
「だって餃子いっぱい食べたいしー」
だいぶ年上ながら、ちょっと子供っぽい愛嬌があるのが晴臣である。ナツは「イオくんもこのくらいの遊びがあると親しみやすいのになあ」とちらっと思ったが、口にはしない。だって愛想の良いイオってなんか違うし。
「よし、白米のおかわりはあるし、まだ30個くらい焼いてないのがあるから、一旦食うか」
と言いながらイオが3つ目の大皿を持ってきたので、ナツは張り切って箸を構えた。どうぞと手を促され、満面の笑みで「いただきます!」と手を合わせるナツに習い、晴臣とイオも「いただきます」と口にして、餃子に手を伸ばした。
「何個食べられるかなあ」
とか言いながらばくばくと餃子を飲み込んでいく晴臣。
「なんなら持って帰ってくれ。タッパーに詰める」
とか言いながら黙々と食べ進めるイオ。
「めっちゃ美味しい! キャベツしゃきしゃきじゃん、天才か……!」
と褒め称えつつ美味しそうに食べ続けるナツ。
平和な昼下がりである。
「そう言えば、2人はVRゲームで遊んでいるんだっけ? どんなゲーム?」
「晴兄ゲーム興味ねえだろ」
雑談をふれば、即座に切り返してくる弟に、晴臣はむうっと頬を膨らませた。普段クールでクレバーな所を柔和な微笑みで隠している晴臣が、これほど表情を動かすのは弟たちの前だけである。
「自分ではやらないけど、どんなものが流行ってるのかはちょっと興味あるよ。アンテナは張っておかないと」
「流行るかどうかはわからん」
「ああ、出たばっかりのゲームなんだっけ」
「今、先行体験会の真っ最中なんですよ。個人的にはめちゃめちゃ面白いです!」
食べながらナツが口を挟むと、晴臣は「そうなんだ」と相槌を打ちつつ、この餃子が出来た意味を理解した。おそらくめちゃくちゃストレスを感じているのだろう末っ子は、明日実家に呼び出された鬱憤を全部この餃子に込めたのであろう。
そりゃね、と晴臣は取り皿に餃子を3つほど移しながら思う。
友達とゲームしている楽しい時間を、あのクソつまらん両親に付き合うのだ。ヤサグレもするだろう。
「波多野君のお陰で伊織も楽しそうで俺も嬉しいよ。それで、どんなゲーム?」
「白地図を埋める探索ゲームですね。行ったことないところに足を踏み入れると、少しずつ地図が埋まっていってめっちゃ面白いんです」
「あー、そういうのいいね。俺は地味にコツコツやるの好きだからそういうのは合うかも」
「晴臣さんもやります!?」
目をきらきらさせたナツが晴臣を見つめるので、晴臣はちょっと言葉に詰まった。かわいい末っ子の唯一の友人であるこの少年は、実に無邪気なので変に期待させて申し訳ないなという気分になる。この子と一緒に遊んだら面白いんだろうなー! めっちゃ分かるー! と思いつつも。
「ゲームしてる時間は……ないかなあ……?」
「あ、ですよねえ。晴臣さんは忙しい……」
案の定しょぼんとしてしまったので、弟に机の下で蹴っ飛ばされたのであった。痛いから弁慶はやめてほしい。っていうか家の弟過保護だな?
「常磐誘ったら? あいつの方がまだゲームするよ」
「常磐兄はソロでゲームできねえだろ」
「そこは伊織がキャリーしてやれば……」
「断る」
きっぱりと断るイオに、晴臣は苦笑を浮かべるのであった。まあ確かに、常磐は誰かに引っ張られないとやらないだろうから、誘うだけ無駄かもしれない。しかし、VRゲームか。
「ちょっと前にVRゲームしてた時は、なんか迷惑なプレイヤーがたくさんいるとか言ってなかったか?」
「片っ端からブラックリスト入れたから、今は平和」
「あ、それなら良かった」
遊んでいるのに楽しめないのは悲しいものなので、問題が解決するなら良かったなと思う兄であった。そんな話をしている間に餃子の量が瞬く間に減っていく。3皿は流石に多いだろうと思っていたが、どうやら食べ切れてしまいそうだ。
「そうそう、今やってるゲーム、食べ物の味がすごく再現度高くて」
「勉強になる」
「美味しいよね、食べ物全般」
「へえ、味覚再現って結構技術的にむずかしいって聞いたけどな」
実際、今ものすごい勢いで進化を続けているVR関連技術は、毎日新しい技術が生まれているような過渡期にある。モデリングの技術はかなり安定してきたようだが、味覚と聴覚、嗅覚に触覚と、よりリアルに近づけるための研究は今も発展途上。それでも、最近のVRゲームはかなり感覚同調が進んでいるらしい。
「味覚が発展してるとなると……触覚はどう? 何か触った感じとか」
「あ、それも結構リアル寄りですよ。金属とか石とか結構いい感じです。ただ、布はちょっと苦手みたいな気がする?」
「柔らかいものがまだちょっと不自然なんだよな。でも猫毛はめちゃくちゃ手触りいい」
「あー、あの手触りは最高だよね!」
「ブラッシング前と後で手触り変わるのがいいよな」
顔を見合わせてうんうん頷きながらそんな会話をするイオとナツに、へえ、と晴臣は少し興味を惹かれた。ゲームにはあまり興味ないが、そういう、リアルと同調する技術には興味があるのだ。
「水の感じとかは?」
「お湯はいい感じだった」
「足湯良かったよねー」
「いいな、それ。技術どこの会社だろう」
晴臣の務める会社でも、一戸建てのモデルルームをVRで体験できるようなサービスを提供している。だが、ドアの取手や壁の手触りなんかが微妙で、晴臣としては改善したいところなのだ。もっと本物の質感に近くなれば、プレゼンするにも使い道があるのだが。
「なんだっけ、確かFPSゲーム作ってるゲーム会社の子会社だよね?」
「親会社がサイバースカイってとこで、運営会社はスカイソニックだったかな。技術提供は……」
イオが口にしたのは、某業界最大手の会社だ。VR技術開発の専門部署を持っていて、自社開発を盛んに行っていると聞いている。VR分野の特許もたくさんとっているらしいが、一般向けの技術よりも用途にあわせたオーダーメイド製品が多い。
「うーん、モデルルーム専用に質感作って貰おうかな」
それで改善するならありだな、と思う晴臣である。お金をかけるところには、きっちりとかけたほうが良いのだ。一人で考え始めた晴臣の横で1つ目の大皿を空にしたナツは、まだ残っている他の皿の餃子に視線を向けた。
「テトにも餃子食べさせたいなあ……」
「適温にされる……」
「猫は猫舌なので仕方ないんだ。僕は熱々を食べたいけど!」
大丈夫、イオくんの餃子は冷めても美味しいよ! とか言いつつ白米を噛み締めるナツである。ちなみに、ナツがそのままがっついて舌を火傷する未来は見えていたので、イオはさり気なく一番最初に焼いて程よく冷めている餃子の皿をナツの前に置いたのだった。気遣いの人である。身内限定。
「あ、これ紫蘇だ」
「それは10個しか作ってない」
「ラッキー! もう一個貰おう」
たまに潜んでいる変わり種餃子も楽しみつつ、餃子パーティーはわいわいと進む。
「テトって?」
会話に混ざりたい晴臣が尋ねると、イオは無言でデバイスを差し出した。画面いっぱいに映し出されているのは、真っ白で元気そうな猫である。
「お、ペット飼えるんだ?」
今までで一番興味を惹かれるゲーム情報だった。晴臣は学生時代からずっと犬が欲しいと言い続けていたのだが、犬は散歩に連れて行かないと……と考えるとなかなか手を出せずにいるのだ。命を預かるからには、生半可な覚悟で飼うことは許されない。
「テトは僕の猫なんですけど、超かわいいですよ!」
と得意げな顔をするナツに、「かわいいねー!」と素直に言葉を返す晴臣。そしてイオはデバイスに保存されている猫画像をスライドした。
「こんなのもある」
そっくりな顔でパンを食べているナツとテト。
そっくりな顔で同じ方向に首を傾げるナツとテト。
そっくりな顔でなんか自慢げにしているナツとテト。
「……伊織、お前ねえ……」
絶対これ無断で保存してるだろう、とジト目になる晴臣に、イオは涼しい顔で「あまりにも面白くて」と答える。猫と人間ってここまで似た表情できるんだな……という気づきである。
「伊織、怖がられてない? 大丈夫?」
「テトは慣れてるので大丈夫ですよー」
「テトはナツに似てるから大丈夫だ」
「うん、納得。で、手触り良いの?」
「「そりゃあもう!」」
変なところでめちゃくちゃ気が合うらしいイオとナツが声をあわせたので、相当素晴らしい毛並みなのだろう。そこでふと晴臣はひらめいた。
モデルルームにくつろぐ猫とか犬とか……いいかもしれない。
思考をすっかりモデルルーム計画に向けつつ、晴臣は目の前の大皿の最後の餃子を遠慮なく飲み込むのであった。
とても平和な昼の餃子パーティーである。




