40日目:さすらいの旅人との遭遇
神獣メリカさんの石像は、倉庫街の外れに海を見守るように設置してある。
ここ、教えられないと来られない場所なんだよね。ナムーノさんならご存知かと思って聞いてみたら、メリカさんとラメラさんの像がどこにあるのかしっかり教えてくれた。何から何までありがとうナムーノさん。
メリカだー♪
「おお、しっかり作ってあるな。結構似てるし」
すごーい! と石像に駆け寄るテト、そして石像を見上げるイオくん。僕はテトを追いかけつつ、その大きさに驚いていた。
「こんなにでっかいのに今まで気づかないとかある!?」
「諦めろナツ、そういうものだ」
「そりゃそうなんだけどさー!」
でもこんなにでっかいのに……! こんなに……! かっこいいなー石像のメリカさん! きりっとしてて海原の王っていう二つ名にふさわしい、凛々しい表情してる。めっちゃいいじゃんこの石像、ミニチュア版を売って欲しい、ホームみたいなのが手に入ったらエクラさん像と並べたいよ。
「お、ここに供物台があるぞ。ナツ何か捧げてみるか?」
「どれどれ?」
イオくんに呼ばれて石像の前に回り込むと、白いテーブルクロスをかけたテーブルが設置してあって、新鮮な海の幸とかきれいな貝殻とか、お花とかが無造作に並んでいた。メリカさんに捧げられた、住人さんたちの真心だね。
「うーん、何がいいかな。陸のものがいいよね」
「アクアがそう言ってたな」
イオのおいしいのがいいとおもうのー。
にゃ! とテトがイオくんを見上げる。なんかそれだけで何を言われたのか察したらしいイオくんは、「そうだな……」と少し考え込んだ。メリカさんはイオくんのスープ喜んでくれたし、いい選択だと思うよ。
僕も何かあるかなーと思ってインベントリをあさってみるけど、別に真新しいものはないんだよね……気に入ってくれてたテトビタDを追加で捧げておこうかな。
昨日、お守りを作ったあと、レストさんが新しいテトの瓶をサンプルとしてこっちに送ってくれたんだけど。それがめっちゃかわいいんだよ、見てほしい。
「ほらイオくん見て! テトのめちゃくちゃかわいい瓶! 1個はイオくんの分だよ」
「お、なんだそれいつの間に」
「昨日送られてきたんだよ。ねーテト?」
ミィティがつくってくれたのー♪
テトも送られてきた時めっちゃ喜んで、すてきすてきって踊ってたもんね。ちょっと白濁してる、高級感のある瓶で、側面には蝶々と戯れているテトがぴょーんと飛び上がっている絵が彫ってあるのだ。そしてこのテト、翼を広げているのである。
そう、テトは翼を授かりし者。
空を飛ぶのが大好きな猫なのだ。
なので、前の瓶には描いてもらえなかった翼があって、めちゃめちゃ嬉しいテトさんなのである。この素晴らしい瓶は、前の瓶と大きさは同じで、ちょっとだけ濃い9倍希釈用テトビタD専用の瓶なのだそう。
テトビタD、普通は10倍希釈で売るからね。神獣さんたちは原液で余裕だけど、人間にはとても飲めないのだ。そう言えばラメラさんもテトビタいけるかなあ? 会った時飲んでもらえば良かったね。
「ミィティさんが9倍希釈の強いテトビタD用に作ってくれた、くもりガラスの瓶なんだよ。これすごくかわいくて契約主も大満足」
「確かに良い絵だな」
にゃふー。
なぜかめちゃくちゃ自慢げに胸を張るテト、ドヤア……と余韻を背負っている。モデル猫としてのプライドが満たされているらしい。
「この瓶に原液のテトビタDを入れます」
「そう言えばメリカはそれを気に入ってたんだったか」
「おかわりしてたから多分」
そしてテトビタDの原液は、レストさんから「くれ」と言われたらすぐ送るために常にストックがある。瓶は10本くらい送られてきたから、テトとイオくんに1本ずつあげてもまだ余る。そうなれば贈答用に使わせていただくしかあるまい。
これをメリカさん用の供物台に乗せて……メリカさん、ゴーラのメリカさん像めっちゃかっこいいです。記念にテトビタを捧げるのでよかったら飲んで下さい! としっかり祈ると……。
「お」
とイオくんが上げた声と同時に、しゅっと瓶が消えた。スペルシア神様の時と同じように、目がこっちに向いてたのかな? 持っていってもらえてよかったーと思っていると、瓶が置いてあったところにシュッと何かが転送されてきた。お返しかな……?
「なんだろう、岩……? あ、化石だ」
「魚の化石か。芸術品か……? <鑑定>」
「あ、僕も<心眼>」
エリアゼロ産出の化石 エリアゼロで稀に発掘できる魚の化石。形がきれいなものほど骨董店で高く売れる。家具として使えるホームオブジェクト。海にまつわる生き物全般に心地よい環境を作る事ができる。 品質★7
ホームオブジェクトかあ……。今すぐどこかで使えるようなものではないけど、海にまつわる生き物全般……僕達何か縁があるかな。必要な人がいたら、誰かに譲ることも視野に入れたほうがいいかもしれない。売却したら高いよって説明にあるくらいだし、売却も譲渡もOKってことだろう。
おさかなー? おいしいのー?
「テトさんこれは化石だから、食べられないよ」
ざんねんー。
化石にはあんまり興味ない様子のテトである。メリカさんに感謝しつつ、これはインベントリへ……大事な物タブには入らないみたいだから、エリアゼロにはそれなりの数があるのかも。研究したいって人もいそうだね。
次にイオくんがおにぎりを捧げる。……ってテトさんどこいくの? てててっと石像の反対側に回るテトを慌てて追いかけた僕の視界に、地面に座り込んで露店を広げている人物が飛び込んできた。
なにしてるのー?
物怖じしないテトが、ぼろぼろの外套を被って顔も見えない人物に「にゃーん♪」と話しかけている。こんなところに露店とは、何を売ってるのかな? 僕も気になって近づいてみた。
「ん? 契約獣かな。一応お店だから。おもちゃでも食べ物でもないから」
「あ、すみませんうちの子です」
近づきすぎるテトに慌てている店主さんは、僕が現れてちょっと安心した様子だ。あ、耳が見えたぞ。エルフさんだ!
「テト、急に近づいたらびっくりしちゃうからね」
むむむ。ごめんなさいなのー。おみせなのー?
「えっと、僕はナツ、この子は僕の賢くてかわいい契約獣のテトです。ここってお店なんですか?」
「ああ、私はブランシュ。さすらいの旅人だよ。まあ一応、店だね」
あんまり商売っ気はなさそうなブランシュさんが、粗い布の上に広げているのは……本だ。しかもこれ、もしかして……。
ナツー! えほんなのー!
目をきらきらさせたテトが僕を見上げるけど、違うよテトさん。これは図鑑……探していた海洋図鑑だと思う。絵が多いから、テトには絵本に見えちゃうのかもしれないけど。
「海洋図鑑ですね。え、これ売ってる……?」
「うん。買うかい?」
「ちょっと見てもいいですか?」
「構わないよ。ただ、今の図鑑じゃないから。戦前のだから。それに、正確性はわかんないよ。写しだから。本物じゃないから」
「写本なんですね」
複製魔法で複製した本じゃなくて、ちゃんと自力で書き写した本だ。本によって微妙に絵の線がズレているし、文字の大きさも違うものがちらほら。ってことは、複製魔法で作られた本よりも耐久性ありそうだね。
あ、この巨大クラゲ、この前ディーネさんが戦ってた魔物にちょっと似てるかも。これが魔物化したのかなあ。
「魔物系は載ってないよ。そういうのが出てくる前の本だから」
「あ、はい大丈夫です。魔物図鑑もあったら便利でしょうね」
「ちょっと難しい。攻撃されるから。水中戦できる子少ないから」
「それは確かに。人魚族さんとかが作ってくれないかなあ」
あの人達は水中ですごく速いらしいし、ワンチャンありそうだけど……でもみんな陽気だしなあ。楽しくないとやってくれないかもだ。
おさかないっぱーい♪
楽しそうに僕の手元を覗き込んでくるテトを、ブランシュさんがじっと見ている。エルフだからね、当然契約獣ラブ勢でしょう。っていうか女性のエルフってことはわかるけど、頑なに顔を隠してるってことは何か訳ありかな?
と、そんなことを話していると、おにぎりを捧げ終わったイオくんが僕達を探して合流した。
「お、露店か?」
「イオくん、図鑑があったよ! ラリーさんが大喜びだと思うんだ」
「買え買え」
イオくんが快くそう言ってくれたので、よっしゃと思ってラリーさん用とテト用に……ちょっと予備も欲しいかもしれない。
「よし、3冊下さい」
「え、もの好きだね。中身同じだよ? 写本なんだよ?」
「お土産として渡したい人がたくさんいるので!」
「私は助かるけど……。手作りだから1冊10,000Gするよ。3冊で、30,000Gになるよ」
ちなみにラリーさんが売ってた小冊子は1,000Gもしなかった。複製魔法製だったから、量産用なのだ。で、ちゃんとタイプライターとか使って作る本は3,000Gから5,000Gくらいで売られていることが多い。写本は一冊一冊手書きなのでお高いのである。装丁とかもあるからね。
だからまあ、このくらいの値段ならば全然安い方だと思う。快く買わせていただきましょうとも。購入したら丁寧に包んでくれたので、テトさんがその様子を興味深そうにふんふんと見ている。
「ブランシュさん、こんなところで露店してて売れるんですか?」
「お客は少ないよね。まあでも倉庫街の中で店を広げると料金とられるから。そんなお金ないから」
「本って需要あります?」
ブランシュさんは写本師さんで、各地をふらっと旅して本を趣味で写しているんだって。それで、路銀に困ったら複数写本してこうして売る、という生活なんだそう。
「戦前はよく売れたんだけどね。戦争が始まったらそれどころじゃないし、戦後は復興に手一杯で、ようやく最近目を向けてくれる人が増えたって感じだよ。本はかなり失われてるから、最近じゃどこへ行っても写せる本を見つけるのが一苦労だよ」
「ヨンドとか、図書館あるって聞きましたけど……」
「あれはそういう施設だから。なにか違うから。国がやってるから」
ブランシュさんには何かしらのこだわりがあるらしい。まあ、確かにちゃんとした施設で管理されている本を写本しよう、ってはならないかも?
「ナツ、ラリーのところのショップカード渡したらどうだ?」
「あ、なるほど。……待って僕この図鑑、ラリーさんのお土産にしようと思ってるのに……!」
イオくんが言うように、あれ渡したら喜びそうだけど、お土産より先に作成者がラリーさんと遭遇してしまう……! 別の本を探さないといけなくなるぞーと思っていたら、ブランシュさんは次はロクトへ行く予定らしい。そもそもサンガから来たんだって。じゃあ大丈夫かな……?
「サンガに私立図書館がありまして」
「おお、そういうのだよ。ロマン感じるよ」
「こちら、ショップカードです。よかったらどうぞ」
「ありがとう!」
力の抜けた声だったブランシュさん、初めてここではっきりした声を出されましたね。よほど嬉しかったのか、ショップカードを高く掲げた……拍子に、ボロボロの外套がずり落ちて、初めて顔が見えた。
ちょっとミステリアスな感じの、美人さんだね。プラチナブロンドの髪に紫というか濃いめのピンクみたいな色の瞳、なんか不思議な色合いできれいだなあ。
さらっと素顔を晒した上に、別に再び隠すようなこともせず、ブランシュさんは微笑んだ。
「お礼に欲しいジャンルの本があったら売ってあげよう。どんなのがほしいんだい」
「あ、絵本! 絵本あったらお願いします!」
えほんがいいのー! すてきなのおねがいー。
やった、最高のお申し出をしてもらったぞ! わあいっと喜んで遠慮なく、テトのための絵本をリクエストする。子供が喜びそうなのお願いします! と付け足したら、ブランシュさんは1冊の本をだしてくれた。
「ゴーラの絵本なんだけど、これが子供向けかな。鯨が主役でね、モデルはこちらの、大いなる海原の王メリカ様らしい」
「あっ、めっちゃ素晴らしい。えーと、孤児院とテトとキヌタくんとサームくん……予備も含めて5冊! 5冊売って下さい!」
「ええ……? 同じ本だよ……?」
「あ、やっぱり追加でもう一冊……!」
メリカさんが読んだら喜ぶかもしれない。アクアさんだって自分の主がモデルの本があったらきっと喜ぶし、1冊捧げよう! ラメラさんがモデルの本はないですか? って聞いてみたら、絵本では無いよって言われてしまった。ラメラさんモデルの聖獣さんは、冒険活劇とかによく出てくるらしい。
「でもラメラ様はこれから本が作られるんじゃないかな。終戦に際して大活躍だった方だし」
「そういえばすごいシールド張ったんだった。これからかあ、楽しみだねテト」
すてきなえもほしいのー。
「確かに」
絵は絵本では大事な要素だもんね。
買ったばかりの絵本も、かっこいい黒い鯨さんがどーんと。うーん、かっこいい!




