38日目:なんかとんでもない石爆誕
スープは楽しんでいただけたので、僕もテトビタDをメリカさんに捧げたところ、「実に興味深い」という言葉をいただきました。コメントも渋いなメリカさん。
気に入ってくれたみたいで「もう少しいただけるか?」とリクエストまでいただいたので、張り切ってその場で作った僕である。
「うむ、うむ。そなたは面白いものを作るのだな。創意工夫を感じる」
「そう言ってもらえると嬉しいです!」
楽しそうに頷くメリカさん。超巨大な鯨さんなので、ほんのちょっと頷くだけでもかすかに地響きがするくらい振動が来る。なんか楽しい。
さて、なんで僕が一人でメリカさんと談笑中かというと、今まさに遭難者さんたち救出作戦が実行されているからである。
僕以外で!!
いや、手伝いたいんだよ僕も。だけどまず遭難者さんたちがいる場所から、転移装置まで彼らを誘導しないといけないわけで。でもここは海の真っ只中、遭難者さんたちが今いる場所は半円形のシールドが張ってあって、その中で空気を確保するようになってる。そこからちゃんと空気を確保できる移動経路をまず作らないと……ってなると流石にリゲルさんの出番。
そうするとその道を使って、荷物や重傷者を運んで移動させないとなーって話になって、そこでイオくんにあっさりと選外通告された僕である。
「メリカのとこで待ってて良いぞ筋力5」
「何も言い返せない!」
タンカ持てないし、荷物持てないし、移動には普通に役に立たない僕だよ。なんかこう、手を彷徨わせてオロオロしてたら見かねたイオくんに慈愛の眼差しで見られました。ぐぬう。
テトが僕の代わりに大活躍してくれるので、僕の分まで運んでね……! って頼むことしか出来なかったのだ。なお、テトは僕に頼まれたことでやる気をみなぎらせて、張り切って尻尾ぴーん! である。なんてえらい。
エクラさんはリゲルさんと一緒に道作りに協力だし、ラメラさんはディーネさんを支援に行ってるし、僕に残された最後の砦がメリカさんというわけ。
僕はメリカさんの上に乗っけてもらって、戦うディーネさんを見ていた。さっきのゾンビみたいな敵はすでに倒されて、その次に巨大などす黒いクラゲみたいなのが出てきている。
「ディーネさんすごいなあ、圧倒してますねえ」
「うむ。もとより神獣の敵ではあるまいよ。それでも時間をかければ守りにヒビを入れる事くらいは出来たかもしれぬが」
「あ、でも敵の魔物、なんで律儀に一匹ずつ来るんでしょうか」
「限界であろうな」
限界。
どういう意味だろう、と思わず考えてしまった僕の沈黙に、メリカさんは丁寧に答えた。
「邪霊の力が及ぶ限界。其奴の今持てる力の限界。はてさて、いつまで持つものか」
「あ……」
そっかあ、こっちでも精霊さんは忘れ去られたら消える、ってマロネくんも言ってたっけ。邪霊も、そうなのかな。忘れ去られたら消えてしまうんだろうか。今も魔国にあるであろう邪霊の本体、誰かに認識されていたであろう、なにか。それが、完全に誰の意識からも消えた時。
消えてしまうんだろうか。
じゃあ、この攻撃も。忘れてほしくないという、叫びだったり、するんだろうか。
「隣人よ、憐れむでない」
メリカさんは厳かに言う。耳に心地よい低音を響かせて。
「あれらは成り立ちから歪なもの。誰かの心から生まれたのではない。芯が通っていない。故に、脆く崩れやすい」
「魔王が生み出した存在だから?」
「本来ならば、何年も、何十年もかけて育まれるのが精霊。あれらは過程をおろそかにした。ただ結論だけを求め、形を作った。それが故にな」
ディーネさんの攻撃を受けて、巨大なクラゲが泡となって消える。すぐさま後方から骨ばかりの大きな魚が現れたが、それも強敵のようには見えなかった。
「形だけを作っても、ってことですか……」
「うむ。便利な能力は与えられた。形も出来た。だがそれだけ。あれらは命令には忠実に従うのであろう。だが、自ら考えるということはしない」
「だから、倒されても倒されても、ただ愚直に向かってくるんですね」
きっと、少しでも自分で考えられるのであれば。ディーネさんとの力量差を把握した時点で、撤退の選択肢があったはずだ。邪霊はそれをしないのではなく、できないのだろう。
魔国は閉ざされているし、邪霊の本体も、放置されていてもしかしたら傷ついていたり、壊れかけだったりするのかもしれない。戦時中ほどの力はもうないのだろう。リゲルさんが教えてくれたように、死霊系の魔物に憑依して襲っているのだと思うけど、今は1匹を操るので精一杯。だから、倒されたら別の魔物に憑依して、繰り返す。
なんか、こう、虚しいような気がしてくる。
いや、僕がそんなこと思っても仕方のないことなんだけどさ。
「うむ。思考は止めぬ方が良い。無駄にはならぬ」
「そうでしょうか」
「良い暇つぶしでもある。何年でも、何十年でも、思考の海は穏やかにそこにある」
メリカさんは大きな体で、ただじっと火山のエネルギーを吸い上げ続けている。この作業は下手するとあと何百年という単位で続いていくのだそうで、それはつまり火山がそう簡単に死ぬものではない、という事実に基づいている。
「メリカさんが吸い上げたエネルギーは、このまま溜め続けるんですか?」
「エリアゼロを囲む守りのために、日々使い続けている。他の神獣に分け与えることもあるが、我は水に属す故に、火のエネルギーを受け取れるものは少ないのでな」
ここまで大きくなってしまった、と言うメリカさんである。そっか、火山って属性的には火だから、元々水とはあんまり相性良くないのか。相反するものって感じだ。
「先程、リゲルにも少し分けたぞ」
「あ、人にも譲渡できるんですね……!」
「器の小さい存在には、ほんの少ししか分けられぬ。何か、器の大きなものがあれば移せるのだが」
「器、かあ」
……あ、もしかして宝石って器になるやつ?
さっきディーネさんが思いっきり飲み込んでたのも、あれは宝石の一種だったはず。ディーネさんはそれに力をぎゅぎゅっとつめたとか言う話だった。ってことは、何かすごく良い宝石があればこのはちきれんばかりのメリカさんのエネルギーもどうにかできる……?
というようなことを告げてみると、メリカさんは思っても見ないことを言われたって顔をした。今まで試したことはないそうだ。だがしかし。
「ふむ。神獣石を作ることでも少し減る。なれば、宝石に力を込めることも可能かもしれぬ」
「おお、やってみますか?」
「何ぞ、良い器があるか」
宝石は……テトが選んでくれたオパールしかないけど……。なんとなくこれにはあんまり入る気がしないなあ。神獣石を作ってもらうほうが直接力を固めるんだし、消費するかもしれない。うーん、他に石……宝石……何か器……。
インベントリに入っている素材とかを出したりしまったりしていると、1つだけメリカさんが反応した物があった。オパールではなくて、これは……イオくんが買ってた隕石だ。
「……え、これですか?」
「うむ。移せそうな器に見える」
隕石……だから、まあ、宝石の仲間っちゃ仲間かもしれない。
でもこれ小さいけど、大丈夫かな? エネルギーを移せたとしても、そんなに多くは無理じゃない?僕の手のひらにすっぽり収まる、ピンポン玉より少し大きいかなー? ってくらいの隕石。色は真っ黒で、焦げたような感じ。卵みたいな形をしている。
<魔力視>で見てみてると……うん? ちょっと変な感じ。魔力の色は一切見えないんだけど、色の黒さが何となく底しれない。
……イオくん、これを使って、もうちょっと<細工>レベル上がったらなんかいいの作ってくれって言ってたっけ。正直<細工>レベルはまだ3だし、アーツも2つ目の【成功率微増】っていう効果が実感しづらいのが来たばっかりだし、扱えるのはまだ先かなって思ってたんだ。
<細工>ってスキル、3つまでのアクセサリ用素材を組み合わせて合成、っていうシンプルなスキルなんだけど、組み合わせや品質によっては仕上がりが微妙だったり、明らかにこれ失敗作でしょ、って感じのものも出来上がる。
スキルレベルに見合った品質の素材を使うことで、そういう失敗は極力減らせるんだけど、それでもまだまだ扱えない素材が多い。だから、この隕石にメリカさんのパワーを込めてしまったら、きっとなんかすごいものになるはずで、そうするともしかしてアクセサリにできる日が来るの、ものすごーく遅くなっちゃうかもしれないけど、許されるかな。
……イオくんなら許してくれる! うん!
待たせた分、良いものを作ればいいのだ! 自己解決!
「使えるものは何でも使え! ということで、どうぞメリカさん!」
「うむ。感謝する」
まあ何にせよこの大きさの隕石に、どのくらいのパワーがぐわーっといくのかはちょっと興味ある。僕が手のひらに乗せた隕石をメリカさんの方に差し出すと、メリカさんは念力みたいな感じで隕石をふわりと浮かせた。そのまま顔の前まで隕石を持っていって、それから。
「あ、今度は口開けるんだ……?」
ぐわあっと。
僕が縦に何人挟まれるかなー? ってくらいの巨大な口が、小さな小さな隕石をぱくっといったのだった。
これ、これだよさっき見たかった光景。期待を裏切らない大きさ! 大迫力! でっかいことは良いことだ。
僕が一人で感動していると、メリカさんは口の中で隕石を転がしているのか、どこかむずむずと口元を動かしている。何が起こっているのかみたいから、僕はメリカさんの上から海底へ降りた。メリカさんの正面に陣取って、わくわくしながら見ていると。
ぐ、とメリカさんが力を込めたのがわかる。
ま、まさか隕石噛み潰される?
とかソワソワしてしまったけれど、そのままぐ、ぐ、ぐ、とメリカさんは力を込め続けた。そのつややかな表面が、ぶわーっと波打つ。
炎が走るかのような、赤い波。その後を追いかけるように、海色の波が巨大なメリカさんの体をなぞるように駆け巡る。そしたら突然、その口元から青白い炎が上がった。
「うわあ!」
炎鳥さんの炎に似ている、きれいな蒼炎。それがひときわ眩しくエリアゼロ全体を包むかのようにカッと光り輝く。目潰し……! は流石に読めたのでちゃんと目を閉じておいた僕だけど、遠くでテトの「にゃわああああ!」という悲鳴が聞こえたので……なんかごめん!
っていうかテトだけじゃなくて遭難者さんたちも突然の光に「何だ!?」「攻撃か!?」って一瞬パニックになっていたので本当に申し訳ない、僕のせいです!!
ただ、その光は本当に一瞬のことで、すぐに収まってくれた。
恐る恐る目を開いてみると、しゅううっと音を立てて黒い影がみるみるうちに縮んでいく光景が視界に……。
「えっ、メリカさん!?」
「うむ。見事なり」
さっきまで空間にぐわんぐわん響くようだった低音の声は、思ったより小さくなっている。というか、お姿がですね。山くらいあった影が、一軒家サイズまで、きゅっと。
「お話しやすいサイズに……!」
「うむ。ナツ、手を出すが良い」
言われて、反射的に両手を出すと、メリカさんはその手に向けてぺいっと青白い炎を吐き出した。受け止めるけど、熱くはない。ただ揺らめく白銀の光は、その炎の中に金色と銀色のラメみたいなきらきらした細かい粒をたくさん含んでいて、うっかり見惚れるほどの美しさである。
「……受け取っちゃいましたけど、これもしかして……?」
「そなたの石だ。好きにせよ」
イオくん、君のアクセサリはきっととんでもないものになると思います。作れたらの話だけど。




