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5日目:サームくんからのお願い


 さて、僕たちはすでにアーダムさんから、サームくんのご両親については多少の知識がある。

 でも、サームくん本人からそれについて語られたことが無いので、ここはうまく知らないふりをしないと行けない場面だ。

「サームくんのご両親? もしかして、戦争で?」

 と、これくらいの切り返しでどうだろう。僕はイオくんほど話術が上手くないから、慎重に行かなければ。

「いえ。終戦は10年前です。僕が生まれたちょうど一か月後だったと聞いています」

「あ、そうなんだ。ごめんねあまり詳しくなくて。じゃあ、サームくんは10歳?」

「はい。両親は、僕が7歳のころに」

「そっかあ。えっと……どうしてって聞いてもいい?」

 デリケートな話題なわけだから、多少どうしてもぎこちなくなる。基本あんまり他人の事情に首つっこみたいタイプじゃないから、どこまでどう聞いたらいいのかわかんないんだよなあ。

 だって人にはそれぞれ事情があるわけで。

 何があったの? とか根掘り葉掘りされたらうざくない? 僕はうざい。それに、人の家の事情に首突っ込んだところで何か言えることなんて何もないしさ。

 そういう距離の取り方が合うからイオくんとも友人関係が長いわけで、これでイオくんが巧みな話術で根掘り葉掘りする人だったら縁切ってるよね。自分がそういうタイプだから、人の事情を聞き出すのってかなり手探りになるんだ。


「両親は、多分、聖獣様に会いに行ったのだと思います」

 そんな僕の戸惑いをよそに、サームくんはあっさりと事情を口にしてくれた。

「僕は、生まれた時すでに1歳まで生きられないと言われていたんです」

「えっ」

「でも僕は1歳の壁を越えることができて。誕生日を迎えた時には5歳までは無理だろう、と改めて言われたらしいです」

「それは……お医者さんも言葉を選ぶべき……!」

 はっきり言うことも大事だけど、言われたご両親はショックだろうし、もうちょっとオブラートに包むとかさあ!

 って思うのは僕が日本人だからかなあ。世の中にははっきり言われた方が良いって人もいるだろうし、人それぞれなんだろうけど。僕だったらきっぱり言われたくはないなー。無理でしょう、って断言されるんじゃなくて、難しいけど頑張りましょう! って言ってほしい。


「だが、サームは今10歳なんだろう? 5歳の壁も越えたんだな、すごいじゃないか」

 イオくんがフォローを入れると、サームくんはちょっとだけ嬉しそうに頷いた。

「5歳の定期健診を受けた時、お医者さんは僕によく頑張ったねと言ってくれました。でも両親には、10歳までは持たないでしょう、と」

「言い方ー!!」

 サームくん本人に言わなかったところは評価するけどー!!

 もうちょっとソフトな言い方できるよ医者ー!!

「……いいんですよ、ナツさん。実際、7歳の春に倒れて、そのまま死にかけましたから。そしてその時、僕を何とか助けたくて両親は聖獣様に会いに行ったんです」

「ん? そこに因果関係があるのか。サームの両親は、なぜ聖獣に会うことがサームの助けになると思ったんだ?」

 重要なキーワードに即座に質問を入れるイオくん、さすがです。

 息子の具合が悪い! って時にその息子を置いてまで会いに行くって、普通になんで? ってなるよね。なんかよっぽどの理由がない限り、傍についていてあげたいもんだと思うんだけど。

 サームくんはちょっとだけ言いにくそうに、その理由を教えてくれた。

 なんでも、5歳になる前も一度死にかけていて、その時手に入れた「聖獣様の血」のおかげでサームくんが復活した……少なくともご両親はその血のおかげでサームくんが助かったと信じていた、と。


「それ以降、両親は聖獣様由来の薬に執着しだしました。でも、大半は偽物だったんです。だから、次に僕が同じような状態になったときには、直接聖獣様に血を分けていただきに行く、と決めていたらしくて」

「死にかけてから動いてたら遅くないかな!?」

 サームくんのご両親、良い人たちなんだろうけどちょっとウカツでは??

 と思った僕とは違って、イオくんはとても冷静だった。

「いや、ギリギリまで動かないで済むならその方が良かったんじゃないか? 道迷いの呪いがあるからな、聖獣の住処というのは、おそらく正道の外だろう」

「あー……」

 そういえばそうだった。街に竜が住んでいるはずがないから、どう考えても竜の住処は正道の外。普通のこの世界の住人さんが行ける場所じゃない。

 サームくんも「そうなんです」と頷いた。


「両親は、その……僕が5歳になる前の時に、正道のすぐ近くの木にロープを括りつけて外に出たと聞いています。その時は、運よく聖獣様の住処にたどり着いて、血をもらえて、おまけに聖獣様に正道まで送ってもらった、と……」

 サームくんとてご両親の言い分を信じたいだろうけど、こればっかりは上手く行き過ぎているだけに、言葉に不信感がある。そんな都合よく竜の住処までいけるか? とか、行けたとしてどうやって血をもらったのか? とか、疑問点は尽きないよね。

「同じことをしようとした、ってことかな?」

「そうだと思います。でも、1度目は上手く行ったのでしょうが、2度目は……」

 まあ、そうだよね。

 アーダムさんが、サームくんのご両親は傭兵で結構強かったって言ってたけど、それでも正道を外れたらどんな魔物がいるかわからない上に、道迷いの呪いがある。うっかり魔物の巣に足を踏み入れることだってあると思う。

 僕が思うに、ご両親の生存は絶望的だ。


「サームくんは、ご両親が生きていると思う?」

 酷な質問だからちょっと迷ったけど、ここは確認しておかなきゃいけないところだと思う。僕が問いかけると、サームくんはぐっと唇を噛んで、それから大きく息を吐いた。

「……思いません」

 絞り出すような声でそう返答する。うん、ごめん、言いたくないことを言わせちゃったんだろうけど、大事なことだから。

「そっか。ごめんね意地悪なことを聞いて。でも、もし僕たちがご両親の遺品を見つけた時、サームくんがご両親の生存を信じているのなら、持って帰るのも酷だと思ったんだ」

 生存を信じているのならば、もし遺品を見つけた時、それをサームくんに渡すことをためらうと思ったんだよ。僕なんか優柔不断だから、「これを渡さなければサームくんの中でご両親は生きているのではないか?」とか思って隠したくなりそうで。

 こういうのなんて言うんだっけ。シュレティンガーの猫だっけ?


「……いいえ、最初からそう言えばよかったですね。探してほしいのは、どこで死んだのかという情報です。もし遺品を見つけたら、回収していただけると嬉しいです」

 サームくんは少しだけ寂しそうに、でもはっきりとそう言った。

「両親の話では、サンガからゴーラへ向かう途中の、南側に聖獣様の住処があるらしくて。今もそこにいらっしゃるかわかりませんけど、両親が向かったのはそこでしょう。だから、近くを通ったときに、何かのついででいいので、何か……なんでもいいんです。何か見つけたら、持ってきていただけませんか」

 必死に訴えるサームくん。

 もちろん、そこまで頼まれたなら断る理由はない。


「できる限りのことはするよ」

 僕がそう口にすると、イオくんも大きく頷いた。

「ただ、あるかどうかわからない探し物だ。絶対とは言えないが、それでいいか?」

「はい。よろしくお願いします」



 サームくんは、僕たちに一冊の本を差し出した。

 「ナルバン王国に住まう聖獣」というタイトルの、ちょっと表紙が焦げている古い本だ。

「これを持って行ってください。聖獣様の住処について、もう少し詳細な情報が載っているので、ナツさんたちに差し上げます」

「本って、貴重なんじゃないの? もらって大丈夫?」

 イチヤの本屋さんが、新しい本はまだ少量しか作られていなくて、古書も戦火で結構深刻なダメージを受けてるって話をしてた気がする。これも希少なんじゃあ、って思ったんだけど、サームくんはそのまま僕の手に本を乗せた。

「戦争で図書館も焼かれたし、売り物の本はあまり残っていないみたいですね。貴族のお屋敷とか、教会とか、あとはもともと本が好きで集めていた人たちのところには結構残っているんですけど……これは両親の持っていた私物です」

「ますますもらっていいのか迷う」

「大丈夫です、両親が持っていた本は、もっとあるので」

 そこまで言うなら、断るのも失礼かな。

 僕がありがとう、とお礼を言って本をインベントリにしまうと、自動的に「大切なもの」タブへ移動した。同時に「マップに必要な情報が記載されました」というシステムアナウンスがあったけど、これはあとで確認しよう。


「……ちなみに、病気って、まだ治ってないんだよね?」

「先天性の心臓疾患なので、多分、完治はしないと思います。でも、これから医療が発展して治るかもしれませんし、希望は捨てたくない、です」

 心臓疾患かあ……。

 さすがに気軽に「きっと治るよ!」とは言えないやつだ。でも、前向きなサームくんの姿勢はすごく良いと思う。

「そうだね、これからもある。サームくんは10歳になるまで、お医者さんに届かないと言われた壁を3つも越えて来たんだ、それはすごいことだし、サームくんはえらいね」

 諦めないことって才能だと思うし、こんな小さな子供が、病気に負けずに顔をあげて頑張ってるのって、すごいことだよなあ。

 僕の子供のころなんて、一人っ子で甘やかされて育ったから痛いの嫌いでさ。注射嫌い歯医者嫌いでよく駄々こねたもんだよ。いや今も嫌いだよぶっちゃけ。かっこ悪いから言わないけどね。熱出して寝込んだりしたら桃食べたいとかゼリー食べたいとかやっぱいらないとかわがまま言っちゃうし。

 でもサームくんは本気で生命の危機を乗り越えてきたわけだから、すごいことなんだよ。

「え、えっと」

 急に褒められたことに対して、サームくんは戸惑ったようにもごもごした。

 わかるー。急に褒められるとなんかそうなるよねー。

「でも完治してないとなると、今はどんな治療をしてるの?」

「今は、治癒魔法による進行抑制と、痛みの緩和を。発作が起きたら薬を飲むんですけど、あんまり飲み過ぎるのもダメだって」

「そっかあ……」


 話を聞いた限りだと、あんまり先進的な治療ではなさそうだな。末期症状の患者さんとかに施す緩和ケアっぽく聞こえる。今のお医者さん、サームくんのガッツに合って無さそうだけど……でもそこまでは僕が言えたことじゃないか。孤児院の予算にも関わってくるし。

 何か手段があったら、積極的に紹介する、くらいが関の山だろう。

「元気になったらしたいこととかある?」

 これはちょっとした好奇心から聞いてみたんだけど、サームくんはとても真面目に答えてくれた。

「僕はいつか、両親が歩いた道を僕も歩きたい。だからこそ、両親がどこまで行ったのか知りたいんです」

 ……だよね。こういう返事が来ることは予測できた。サームくんが元気になるころには、道迷いの呪いもなんとかなってればいいんだけど。

「そっか。大事なことだね」

「はい、僕にとっては、とても」

 サームくんは柔らかく微笑んだ。


 守らねば、この笑顔。


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お守りでは...どうにもならないか... お守りはかかるのを防ぐものであって既にかかっているものを治すものではないし ...でも腰痛軽減とかあるし治せなくても和らげるお守りなら作れそう、どんな模様書け…
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