38日目:大いなる海原の王
苔むした石で組まれた、ギルドの転移装置に似た構造物。こんなものが入江の岩壁の途中に隠されているとは思っても見なかったなあ。なんとなく、宝探しに成功したような気分になる。
ほぼ垂直の岩壁に、正しい道から近づくと、ぱかっと洞窟が口を開けるのである。そして、その洞窟の中にはこの装置が眠る小部屋があるのであった。
見るからにめちゃくちゃ古いんだけど、基本的な構造は転移装置と共通してそうな感がある。大きな違いとしては、こっちのほうがかなりでっかいってくらいかな。
「全員部屋に入ったわね? 床の光ってる円の中にいてちょうだいねー。ナツ、そこの真ん中の装置にアクセスカードをピタっとするのよ」
「これですか? はーい!」
石造りだけど、中央になんか円形の板みたいなのがあるんだよね。それが、僕の手にしたブルーアクセスカードに反応してぱあっと青白く輝く。この、光ってるところにタッチすればいいのかな?
一応さっきのラメラさんの言葉を思い出して、全員が床の光ってる円の中に入っていることを確認してから、えいやっとタッチしてみる。
瞬間。
青に飲み込まれた。
「うっわあ……!」
にゃわー!
視界に青い光が満ちて、思わず目を閉じてしまう。その強い光がすーっと消えると、そこはもう海の中だった。なんかちょっとだけ高い円形のステージみたいなやつの上に、エクラさんの方にもあった転移装置に似てる石造りの装置があって、僕達はその装置を囲むように立っている。
ざっと周囲を見渡すと、薄い青のフィルターをかけたみたいな色合い。ステータス画面から白地図を呼び出してみると、確かに「エリアゼロ」という場所に居る。
おさかなー!
テトがにゃあんと鳴いて嬉しそうにぴょんぴょんした、その視界の先で細長い魚の群れがすーっと泳いで行く。その魚の行く末を思わず目で追うと、なんか山みたいな巨大な影にぶち当たった。海中に山……まさか火山? と思って目を凝らすと、それはほんのり群青っぽい色の巨大な生物のようだ。
呼吸の度に、少しずつ動いているのがわかる。つまり、こちらの方が……。
「紹介。客人たちよ、こちらは我が主。大いなる海原の王。海の守護神獣。博愛の鯨。つまり、神海鯨のメリカ様」
アクアさんの声が淡々と響く。そしてその声に呼応するように、巨大な山が僅かに動いてこちらを見た。
「ーーようこそ、客人たち」
不思議な声が、辺り一帯を震わすように響いた。空間そのものに反響する、低くかすれた声。正直、めっちゃ好きな感じの声だ。おおーっとアイドルに偶然出会っちゃったような気持ちで見上げた先に、星空のような瞳が瞬く。
「オパール……」
思わず口をついたのは、マレイさんが宝石店で見せてくれた、あのきらっきらの宝石の名前。テトの瞳のホワイトオパールではなくて、黒をベースに青や緑のきらめきが融合した美しいゆらめきの方。
ブラックオパールだったっけ、ボルダーオパールだったっけ? リアルで調べてみたんだけど、ボルダーって「岩の塊」って意味なんだって。鉄鉱石とか砂岩とか、岩の塊の隙間にできたオパールを母岩ごと採掘したもの……が、ボルダーオパールらしい。岩が額縁の役割なのかな? だから色味がはっきりしてるんだなって思った。
ブラックオパールとホワイトオパールはベースの色の違いらしいんだけど……それでいうと目の前の鯨さんは、ブラックオパールの瞳ってことになるかな?
なんてことを僕が考えている間に、テトが張り切ってぴーんと尻尾を立てた。
はじめましてなのー! テトだよー! こっちはテトのだいすきなけいやくぬしのナツー!
「はきはき自己紹介できてえらい! はじめまして、ナツです。となりの気配り上手な青いイケメンは親友のイオくん、その隣の穏やかな緑の青年は友人の如月くんです! ついでにこっちの水色のエルフさんはなんかすごい魔法士のリゲルさん、そしてご存知我らがエクラさんとラメラさんです!」
しまった、テトに遅れを取ってしまったぞ! 乗るしか無い、このビッグウェーブに!
あまりのメリカさんの迫力に一瞬飲まれかけたけど、テトのお陰で我に返ったのでテトのお手柄だと思います。あとでモンブランを出してあげましょう……! 張り切って自己紹介をこなした僕の隣で、息をつめていたイオくんがはあっと息を吐いたのがわかった。またしても圧ってやつかなー? 今回は僕も少しだけ感じたかもしれない。
とにかく、ようやくお会いできた、大いなる海原の王。その名に相応しき堂々たるお姿である。
「ーー幾久しき友よ。新しく見えた隣人よ。我は神海鯨のメリカ、以後、見知りおきを」
ご挨拶まで堂々とした重低音で、くーっ、渋い! と思っていたら、テトの上からびょいっと飛び上がったラメラさんがくるくると回りながら、
「あらもー、相変わらずお硬いんだからメリカってば! あ、メリカこの子! この水色の子、あの小生意気堅物のリゲルよー、ほら戦時中良く話してたでしょ」
なんて言ってリゲルさんの頭の上にぽすっと飛び乗る。あ、リゲルさん眉間のシワが深くなりましたね……?
『ラメラったら、いつもリゲルとメリカの会話に入れなくて拗ねていたわねえ』
「それは言わない約束よー! あんまり難しいこと言われても困るのよぅ」
拗ねるラメラさん、実にかわいいと思います。思わず頷いた僕に、リゲルさんが無言でエクラさんとラメラさんを押し付けて、単身メリカさんの方へ歩いていくのであった。なんていうか、あのきれいなローブの色合いもメリカさん色で、今リゲルさんはここに来たことに何かしらの運命を感じてしまうなあ。
「ナツはさすがねー、物怖じしないところ良いと思うわー」
「ありがとうございます、それだけが取り柄……! そしてここがエリアゼロなんですね、なんというか……思ってた以上に広いですね?」
地図上でなんとなーくこのくらいの大きさかなー? っていうのは想像してたんだけど、ど真ん中にどーんと巨大なメリカさんがいるのに、ものすごく広々としている。腕の中にいるラメラさんが得意げにふふーんと胸を張った。
「海洋生物の楽園なんて言われているのよね!」
ラメラさん、とてもドヤ度数が高い。テトと良い勝負しそう。エクラさんはひらひらと僕の周りを回ってから、テトの頭の上にちょこんと座った。
『リゲルとメリカ、話が合うのよね。戦時中は私を通して念話するしかなかったから、やっと出会えて嬉しいんじゃないかしら。ほら、そわそわしてるでしょう?』
エクラさん、微笑ましそうにそんなことを言っているけれど、僕にはまだそこまではわからないなあ。もう少しリゲルさんと仲良くなったら僕にもわかるかも。
「ラメラ、遭難者たちはどこにいる? 如月の薬と食料を届けたいんだが」
「あら、そう言えばどこかしら。アクアー?」
ラメラさんの呼びかけに、アクアさんがふよふよと寄ってきた。すいっと僕の腕の中から飛びだってしまったラメラさん……くっ、もう少し抱えていたかった気もする……!
「戦闘中って聞きましたけど、どこで戦っているんでしょうか」
「あ、そういえば。如月くんも色々気づけてえらい」
如月くんの言葉に、僕とイオくんもきょろきょろと周辺を見回してみたけど、今のところどこかでドンパチやってる気配は無い。休戦中なのかな……? アクアさんに聞いてみないと。
視線をアクアさんに向けると、ちょうどラメラさんとの会話を終えたところだったようで、ラメラさんがこっちを振り返ってぶんぶんと手を振ってくれた。
「みんなー、こっちですってー!」
遭難者の居場所がわかったようだ。ラメラさんの手招きする方向へ向かうと、僕達が来た場所からは離れたところに遭難した船の残骸があって、その中に居るらしい。僕達が到着したのはメリカさんの顔の近くで、船の残骸はもっと尾ひれの方だっていうので、距離としては結構離れている。
「砂の上だから、ちょっと歩きづらいかも? 【サンドウォーク】一応かけておくね」
「助かる」
「あ、俺も!」
テトはとぶのー♪
エリアゼロの大地は、砂の大地。軽石みたいなのも混ざってるけど、その辺は海底火山の名残かな。珊瑚や岩なんかもゴロゴロしてはいるんだけど、全体としては砂地って感じ。
陸地で遭難したなら、まだきのことか木の実とかあるかもしれないけど、砂地の海底じゃあ食料確保は難しいよねえ。海藻もこの辺は生えてないし、魚を採って食べるのも……助けられた人たちにしてみればめちゃ気まずいだろうし。食べられる魔物は海にも居るらしいけど、ここは閉ざされた空間だからそういうのは居ないし。
先導するラメラさんとエクラさんは、上空でキャッキャと女子トーク中。そんな二人を見上げながら、如月くんが素朴な疑問を口にした。
「メリカさんって、名前は女性っぽいですよね。声すごくかっこよかったですけど」
「確かに?」
リアル基準だと女性名っぽいのはわかる。でもそう言われるとエクラさんもラメラさんも女性名っぽい響きだと思うから、もしかして神獣さんらしい響きとかもあるのかな。こっちの世界基準だとどうなんだろう? どうですかラメラさん。
「濁音が着く名前はちょっと男性っぽい響きだと思うけど、そのくらいよね。明らかに女性名、みたいなのってないと思うわ」
「そうなんですか?」
「そもそも神獣に性別は元々ないのよ」
「え!? ラメラさんとエクラさんは絶対女性だと思ってました」
口調もそうだけど、仕草とかフォルムもすごく女性っぽいよね、ラメラさんたち。驚いて思わず声を上げた僕に、エクラさんもすいっと近くに飛んできてくれる。
『神獣に性別を与えるのは信仰よ。信徒の心が私たちに影響するの』
「つまり、エクラの信徒がエクラを女性と判断したから、そうなったということか?」
イオくんも興味のある話題だったみたいで、自然に会話に入ってきてくれた。
『簡単に言えばそういうことね。私の場合はニムの職人が大きな銅像を作ってくれたのだけれど、それがとってもきれいな装飾だったから、女性のイメージがついたみたいなの。ほら、私は蝶でしょう? だからお花のモチーフが多かったのよ』
「なるほど……! あれ、じゃあラメラさんは?」
「海は母なる海と呼ばれることが多かったから、その影響かしらね? 私もエクラも元々はもっと中性的な感じだったと思うわ、声とか。信仰を受けて少しずつ変わったのよ、それで、今こうなっているの」
「へえー!」
すごい、面白い話だなあ! たくさんの信徒のみなさんがエクラさんやラメラさんをそうイメージしたんだね。そうすると、メリカさんはみんなが男性ぽいって思ったってことか。
「メリカは火山を止めてゴーラを救ったでしょう? 昔からゴーラの守護者とか、海原の王とか、雄々しい二つ名が多かったのよね。だから段々と、声も低くなっていって、立ち振舞も堂々とした男性的なものになっていったの」
「なるほど! 王様って普通男性ですもんね。女性なら女王様のはずだし」
そんなことを話していると、話題の難破船の残骸にようやくたどり着いた。ドーム型の結界みたいなので守られていて、この中でなら安全に暮らせるってことかな?
時刻はちょうどお昼時、少し遅いけど許容範囲内でしょう。僕もお腹すいたし、テトにモンブランをプレゼントしたいので、イオくんの出番である。ちらほらと人影が出てきて、僕達の方を何者だ? って感じに見てくるので、僕は大きく息を吸い込んだ。
「こーんにーちはー! 炊き出しにきましたー!」
ごはーん♪
多分一気に船の人たちの警戒心が薄れたのはテトの「にゃーん♪」というご機嫌な一声のおかげかもしれない。細かいことはよいのである。
連休はちょっと予定が詰まっていて更新出来ません、すみません。




