38日目:再会の訪問者
「アクアさん! アクアさんだ!」
アクアー?
叫んだ僕の声を聞いて、如月くんの腕に絡みついているクラゲさんがちょっと向きを変えた。
「ナツと、テト。覚えている」
おお、この声。まさにアクアさんの声だ。前回見た時はスナメリだっけ? サメの一種だったはずなんだけど、だいぶ違う姿での再会になったなあ。
まあでも形はその都度変わるって、前回会った時言ってたし。僕達の名前を知っててあの喋り方なら、アクアさんで間違いないでしょう。
まりょくのいろおんなじなのー。
「お、テトは魔力で見分けちゃうか。さすが名探偵だね!」
にゃふー。
得意げにドヤ顔を披露しつつ、テトは空中を蹴って如月くんたちのところへ近づいた。溢れた海の水はだんだん引いているけど、如月くんを引き上げた場所が海の上だったから、なんとかして陸地まで連れて行かないと。
あれ、なんか如月くん硬直してる? あ、あれか、圧があるのか。またしても僕は全く感じてないけど。
「アクアさん、こちらは如月くんだよ」
「如月。覚えた。如月は風魔法を使えるのにどうして自分で浮上しなかった?」
「咄嗟に思いつかなかったんですよ……」
あれ、如月くん【フロート】使えるのか。まあ風魔法は【クリーン】が便利すぎてレベル上がりやすいし、如月くんも<上級風魔法>は取ってるのかな。
アクアさんをエクラさんに引き合わせたいなーと思っていたら、リゲルさんが何か呪文を唱えて如月くんを横方向に引っ張ってくれた。これで陸地に下ろせるね、助かる。
如月くんをおろして、リゲルさんもテトも地上に戻ると、高いところに避難していたイオくんも戻ってきた。一応順番にアクアさんに紹介していくと、アクアさんはエクラさんには会ったことがあるみたいだ。
「我が主の古いご友人。小さくなった?」
『あらあら。本体じゃないのよ。あなたと同じ、仮の姿なの』
「理解した。つまり、その姿は傀儡」
『ニムの職人さんが丁寧に作ってくれたのよ。私にとても似ているでしょう?』
「精密。精巧。信仰が宿っている。敬虔なる信徒の力作」
クラゲの姿でうんうんと大きく頷くアクアさんである。すごく力強い単語が羅列されたなあ、信仰が宿っている……確かに、小さい像だけどちょっと神々しいもんね。まさに神獣様が宿るにふさわしい器だと思うよ。
「大いなる海原の王の使徒、か。その使徒が聖獣ラメラの住処に何用だ?」
さて、そんなアクアさんに最初に切り込んだのは、もちろんリゲルさんだ。若干険しい表情に見えるけど、リゲルさん初対面の相手には基本しかめっ面してるからなあ。多分、人見知りなんだと思う……イオくんとリゲルさんって似てるな?
「聖獣ラメラ。我が主より、協力要請。不在?」
クラゲさんはふわっと宙に浮いて、僕の目の前に来てそう聞いた。何の用なのかと問いかけたのはリゲルさんなのに、なぜ僕に話しかけるのか謎だけど……! 聞かれたことにはお答えしましょう。
「遭難した船について聞き込みしてくるって言って、さっき海に潜っちゃったんだ。多分、そんなに長くかからないと思うんだけど……」
「少しの不在。それなら、待機する」
「あ、でもどうしてラメラさんのところに? 何かあったのかな?」
アクアさんの主さんは、神獣さん、しかも相当巨大な神獣さんという話だ。エリアゼロから動けないというのは聞いたけど、そのエリアゼロというのは強固に守られているという話だったはず。そんな場所にいる海原の王さんが、ラメラさんにご用事ってなると……。
「エリアゼロは現在、戦闘中」
もしかして、と思っていたけれど、アクアさんはさらっとそう言った。はっと息を飲んだのはリゲルさんだろうか。だよねえ、狙われてるのはエリアゼロだって、エクラさんも予測してたし、当たっちゃったね。
「それって、大事では……!? あ、いやでも、ラメラさんが攻撃したら海が死んじゃう……!」
「然り。つまり、攻撃の要請ではない」
「え、じゃあ何の要請を?」
「支援」
「支援……」
ラメラさんができる支援って……何だろう。下手に手を出すと大惨事になりそうなんだけど。でもラメラさんに支援を要請するくらい、現在ピンチってことなんだよね。
「我が主の古いご友人も、可能であれば協力を要請。無理にとは言わない。しかし、推定、来てくれると我が主が喜ぶ」
『もちろんよ。リゲルやナツたちも一緒でいいかしら』
「歓迎」
「あ、もちろん、何かできるなら!」
テトもー! テトもおうえんできるよー!
僕はもちろん、イオくんと如月くんに視線を向けて、2人が頷いたのを確認してからお返事しました。……嘘です、もちろんって言ってから視線を向けましたごめんなさい。でも2人とも当然のように頷いてくれたのでとてもありがたいです。
とりあえずアクアさんはラメラさんが戻ってくるのを待つ様子なので……イオくん、イオくん、なんかとんでもないことになってる!
「とりあえずお前はテトから降りろ?」
「ラメラさんが戻ってきた時また海の水があふれる予測なので、このままにする。僕は反射神経に自信が無い!」
「自信満々で自信無いとか言うんじゃねえよ」
けらっと笑ったイオくん、テトを撫でて「ナツを頼むぞ?」とか言っている。テトは誇らしげに胸を張ってみせた。
まかせろー!
……テトさん相変わらずまかせろって言う時ちょっとキリッとなるよね。
「うーん、これ結構大きなクエストかもですね。エリアゼロが攻撃を受けているということは、やっぱりタコの魔物は囮で正解でしょうか」
むむむっと考え込みつつ言う如月くんに、イオくんが「そうだな」と軽く頷く。
「あっちは別に何か攻撃しているわけでもないし、多分、神獣からの攻撃を受けたらすぐ逃げていくんじゃないか。それより、エリアゼロだ。ラメラに協力を要請するほどの攻撃を受けてるのは問題だな。エリアゼロには迎撃できるような味方がいるのかどうか」
「あれ、アクアさんの主さんが迎撃してるんじゃ?」
「エクラの話だと、その主とやらは動けないんだろう。動けない状態で迎撃は難しいと思うぞ」
「確かに」
えー、じゃあ誰が攻撃に対する防衛をするんだろう。結界で守りを固めてるって話だったから、ひたすら籠城なのかな。ラメラさんのところに来たのも、防衛強化のため……とか?
「……よくわかんないけど、行ってみたらわかるか。僕達にもなにかできるかもしれないし」
「まあ、ここでわかることは少ないな。アクアもあんまり具体的なことは言わないし」
「アクアさんの話し方、独特ですよね」
如月くんが言うように、アクアさんはなんかこう、アクセントが平坦? な感じの喋り方をするし、単語で切るというか、こう、言ってることがぶつぶつ途切れる感じでちょっと分かりづらいところがある。
あっ、しまった。これだと流れで主さんのところに行くことになるぞ。僕、まだお土産選んでないのに……! 手持ちに何かいいものあったかなあ。陸のものっていう範囲が広すぎてどれもこれもピンとこないというのに……!
僕が必死に考えていると、テトが「おなやみー?」と聞いてきたので、お土産どうしようって相談してみる。テトはご機嫌なお顔で「イオのおいしいのがいいとおもうのー」と提案してくれました。それだとイオくんからのお土産になってしまう……けど、確かに素晴らしいお土産である。
「イオくん、何か美味しいものを海原の王さんにお土産にしたいんだけど、渡していいものある?」
「いや俺の料理じゃねえだろそこは。この前買ったゼリーは?」
「あっ、きらきらゼリーもあったね」
確かにあれ見た目きれいだし、ちょっとしたお土産には良いかも。住人さんなら確実に喜んでくれると思うけど、神獣さんが喜んでくれるかどうかはわかんない。……あ、そう言えば。
「僕からはテトビタDを出しましょう……!」
「ああ、神蛇に喜ばれた実績があるな」
そう、結構存在を忘れがちだけど、一応テトビタには実績があるのだ。っていうかテトビタ、わりと頻繁に作ってるから聖水作成のレベルがもうすぐ10になりそうな勢い。生産の合間合間に隙を見て作り溜めて、レストさんから要請が来たら即座に対応できるようにしているのだ。
サンガの皆さんにテトビタの需要がありすぎて、本当に大丈夫? って勢いなんだけれども。レストさんがここ数年で一番の売上って言ってたから、みんな求めてたのかな、栄養ドリンク。
「そうと決まればちゃんとテトの絵入りの瓶に入れておこう」
濃度はどうしようかなと思って一応<鑑定>したところ、なんか新しい鑑定結果が出てきた。<鑑定>のレベルが上がったからかな? 最近これ見てなかったし。
「聖獣さんや神獣さんに献上するなら、原液でも良い……マジかあ」
住人さんにはめっちゃ薄めて売ってるはずだけど、さすがに強い存在は胃も丈夫……。じゃあ原液入れておこう。ちょっとでも元気になってくれたら嬉しいし。
あ、<鑑定>レベル上がった! <心眼>を取れるまであと1レベルだ、ここからはあらゆるものを鑑定するつもりで行こう。
ナツー、ラメラ戻ってくるのー。
「ほんと? さすが名探偵テト、すぐわかってえらい! 僕達は上空で待機しておこう」
「今度は自分で浮きます。【フロート】」
するする上空に浮かぶ如月くん。テトも軽やかに上空に舞い上がったのを見て、リゲルさんとイオくんが何か話をしてから揃って浮かび上がった。リゲルさんの【フロート】は複数対象OKらしい。さすがなんかすごい魔法士さんである。エクラさんは……アクアさんと一緒に僕達の方にふわふわとやってきた。今更だけどエクラさん、羽があるから自力で飛べるよね。
『ナツとテトと一緒にいようかしら』
いいよー!
「いらっしゃいエクラさん、アクアさん。圧感じるって言われちゃった?」
「肯定。エクラは完全に制御可能。我は難しい」
あ、やっぱりエクラさん完全制御してるよね。だってイオくんたちもエクラさん相手には威圧感とか言わないもん。ルーチェさんも街中では溶け込んでたし、ちゃんと制御出来てる感じだった。アクアさんは神獣さんの使徒って言ってたから、力の制御も神獣さんほど完璧じゃないのかもだね。不完全も個性なのでよいと思います。
『リゲルは神獣や聖獣の友達がたくさんいるから、問題ないのだけれど。イオにはちょっと辛いみたいね』
「イオくんは僕より耐性無いみたいなので、仕方ないですねー。テトと僕は最初にラメラさんに会ったので、結構平気なんですよ」
ラメラきさくだったのー。
とかラメラさんの噂話をしていると、なんか水の音がごごごごごって唸りを上げはじめた。これはラメラさんの帰還かな? と視線を入江に向けると、同時にどばーんと水柱が立ち上がって、大きな大きなラメラさんがぷはーっと顔を出す。
イオくんの髪色に似ているきれいな青い眼差しが、同じくらいの高さで僕達をばっちりと捉えた。にこっと微笑んでくれるラメラさん、ほんとに気さくで素敵だなあと思います。
「ナツー! 遭難して壊れちゃった船、エリアゼロで回収されたらしいわよー!」
「その話詳しくお願いします!」




