38日目:はしゃぐ人魚族さんたち
霧の中の孤島。
イメージだけだと殺人事件とか起こりそうなシチュエーションだ。
雰囲気だけだと本当にシリアスな空気感なんだよここ。だから、まさかドキドキしながら進んだ霧の先で待ち受けているものが……。
「いらっしゃいませ~! 何名様ですか? 6名様ですか! すっご~い新記録だわ! 6名様よ~!」
なんてハイテンションでくるくる回る人魚さん(美女)と、
「こんな辺鄙なところへようこそ……! ようこそー!」
とウクレレをかき鳴らす人魚さん(美男)だとは思わなかったよ……!
「アロハシャツ……!」
「完全にハワイアンモチーフ……!」
そう、なんか美形の男女ペアがアロハシャツをまとって出迎えてくれたのである、ラメラさんのお住まいで。ちなみに普通に足が生えているけど、耳のところがエラっぽくなっているので人魚族さんで間違いないと思う。やたらきらきらした美形だけど回転のキレがよすぎてめっちゃダンサーさんだな……って感じ。
『あらあら、元気ねえ』
と微笑ましいものを見るような顔をするエクラさん。リゲルさんは微妙な顔でこめかみを押さえ、イオくんと如月くんは勢いに押されてドン引きしている。
こ、ここは僕が……!
と一歩踏み出そうとしたところ、テトさんが「まわるのー!」と楽しそうに一緒にくるくるしだして、人魚さん(美女)は「エンジョーイ!」と更に回るのであった。どうしよう僕このテンションについていけないかもしれない。
女性は踊ってるし男性はウクレレかき鳴らしてるし、話しかけられる相手がいないのだが?? と思っていたら、浜辺に設置された石の門のようなところから、ちょっとだけ顔を出している女の子が一人。ばちっと目が合うと、慌てたようにびゃっと門の中に顔を引っ込めてしまう。
これは……恥ずかしがり屋さんだろうか?
じっと門を見ていると、女の子は恐る恐るって感じでもう一度顔を出した。僕が見てるのに気づいてちょっとびくっとしたけど、笑顔で手を振ってみると、おずおずと手を振り返してくれる。よし、話できそうな人発見だ。
「こんにちは! 僕はトラベラーのナツだよ。君のお名前は?」
「……こんにちは。私はミディ。人魚族、です。あの、お父さんとお母さんが、ごめんなさい……」
「娘さんでしたか!」
10歳くらい? もうちょい上かも、ってくらいの年代の女の子。ふっわふわウェーブの髪はお母さん似で、水色の目はお父さん似かな? 美男美女から生まれた美少女、確かに親子の遺伝子を感じるな……。
そーっと門から出てきた女の子は、アロハシャツに白いスカート姿だった。やはりアロハか……これって人魚族の民族衣装だったりするんだろうか……。
「ほんと、あの、お客さんがくるの久しぶりで……はしゃいじゃって……」
「すごくキレの良いダンスだね、お母さんダンサーさんなのかな?」
「もっとゆっくりなダンスなんです、ほんとは。でもあの、はしゃいじゃって……」
「めったに人は来ないよね。仕方ないよ」
「た、たまに。たまに来ます。遭難した人とか……! ほんと、人が来るたび、はしゃいじゃってはしゃいじゃって……!」
顔を真赤にするミディちゃんである。って、今大事な単語が聞こえたような。
「遭難して流れてくる人がいるの?」
「あ、今はいないですけど。一年に一回くらいは……?」
「そうなんだ」
今はいないのかあ。これだって思ったんだけど、そんなに甘くないか。ここで探し人が見つかったら万々歳だったんだけどな。
いたたまれない様子のミディちゃんを、とりあえずエクラさんに紹介すると、神獣さんに会う機会はあまりないらしく、ミディちゃんは大変興奮していた。
「わあっ、すごい! 神獣様! すごいー!」
と一気にテンションが上がる様子、すごく、親子ですね……。そんなミディちゃんの声に、ようやくご両親も落ち着いて来た様子。
「猫ちゃん! 素敵なダンスだったわ、また踊りましょうね~!」
よいかいてんだったのー! なかなかやるのー!
と、何故か意気投合しているテトと人魚さん(美女)。その背後で余韻のあるゆったりした曲を奏でる人魚さん(美男)。ダンスが落ち着いた今がチャンス!
「こんにちは、はじめまして! 僕はトラベラーのナツ、さっきまで踊ってたダンスもできる猫は僕の契約獣のテト、こっちの水色の美形がリゲルさんで、隣の青い美青年が親友のイオくん、奥の緑髪の爽やか少年が如月くんです! 最後に、こちらの蝶が神獣のエクラさん! ラメラさんのところに遊びに来ました!」
途中で止まったら負けだ! と思ったので、めいいっぱい息継ぎ省略して一息で言い切った僕である。言い切ってやったぜ……! と一仕事終えた気分になっていると、人魚さんたちは「あらまあ」ときらめく笑顔を僕に向けた。
「私は人魚族の巫女、エルディよ! こっちはマイダーリン、楽師のミード! そこではしゃいでいるのは娘のミディ、よろしくね~!」
とても爽やかに返答してくれたエルディさんだけど、はしゃいでると言われたミディちゃんはむっと顔をしかめた。「はしゃいでたのはそっちでしょ」って顔だ。
「人魚族さん、足あるんですね。尾ひれのイメージでした」
「そっちにもなれるわよ~! っていうか人魚だし、本来はそっちよね~。海の中では尾ひれなの、これでもロケット水泳術を極めたスーパースイマーなのよ~!」
「マイハニーは泳ぎもキレッキレだよ!」
バチコーンとウインク決めつつミードさんが合いの手を入れた。やたら絵になる甘いマスクの美形だけど、ミュージカルっぽい喋り方をするので俳優さんっぽいな。それと、エルディさんがキレッキレの泳ぎをするのはすごく想像できる。
あの、僕以外の男性陣3人がすごく後ずさっているんですが、これは僕に任せる感じ? どうしよう僕もあんまり得意じゃないんだけどなこのテンション。えーと、とりあえず……。
「テト、いっぱい回ってたねー! 楽しかった?」
たのしかったのー! かいてんもおくがふかいの……!
「おお、なにか新しい扉をひらいちゃったか……!」
まあでもテトが楽しかったなら良かったよ。
『ふふふ。楽しい子たちね。ラメラは賑やかなのが好きだから、きっと人魚族とは気が合うのね』
そんなことを言いながら僕の肩に戻ったエクラさん。この言い方だと、人魚族さんってもしやみんなこんな感じですか……? それは……エネルギッシュだね……!
「俺、人魚族の集落には泊まりたくない」
「そんなキリッとした顔で言うことかなイオくん……!」
まあ確かにイオくんの苦手なテンションだね。ずっと近くにいるとすごく疲れそうではある。と思っていたら横からリゲルさんがイオくんの肩にぽんと手を置いた。
「大丈夫だイオ。人魚族はナルバン王国では超レアだ。南のフルール国にはそれなりにいるらしいが」
「ナツ、南国は諦めよう」
「だからそんなキリッとした顔でいうことではないと思います!」
あと南国は諦めません、南国フルーツのために! と主張したら、イオくんが「グランのところに行けば色々生えてるだろ」と正論ぶちかましてくれやがりました。た、確かに……? でもココナッツは見てないよ! マンゴーも!
「グランに頼めば生えるんじゃないか?」
「身も蓋もない事いうじゃん……!?」
それはそうかも知れないけど、本場で食べるのが一番美味しいじゃん、食べ物って!
僕とイオくんがそんな話をしている間に、エクラさんと如月くんが話をまとめてくれて、僕達はつつがなくラメラさんのところへ案内してもらえることになった。
「ラメラ様はお元気よ~! いつかひょっこり戻って来るでしょ、って思ってたけど、実際に戻ってくると感慨深いわよね~」
なんてのんびり言うエルディさん、この人結構大物なのかもしれない。
「そう言えばサンガでお会いした時、元の大きさの半分くらいって言ってような……?」
かなり大きな竜さんだと思ったけど、その倍になるのかあと見上げたような記憶があるよ。っていうか、戦時中に無茶してサンガ周辺の森から出られなくなったって言ってた気がするけど、実際どんな無茶をしたんだろう? って質問してみると、エルディさんは朗らかに答えた。
「ラメラ様と、複数の聖獣様たちが集まって、国境沿いにめっちゃでっかいすっごいシールドを張ってくださったのよ~」
「すごくアバウトな説明だった」
「なんか、魔王が滅びるときに、瘴気? っていう悪い気みたいなのが周辺に散らばらないようにって、国をばーんと守ってくださったの~」
「アバウトだけど偉業だってことはわかる……!」
「今もそのシールドが魔国からの瘴気の流入を防いでるのよ~、すっごい防衛機構なの~」
「素直にめっちゃすごい」
「そうなのよ~ラメラ様は本当にすっごい方なのよ~」
でもその反動で力を使い尽くして、ジュードからゴーラに戻って来る途中でふらっと空から落っこちて、たまたまサンガの森で生き延びていたらしい。ラメラさん、もしや帰ることを想定してなかったのか。全力で国を守ってくれてとてもえらい。
「ラメラ様がいつになっても戻られないものだから、僕達もちょっと困ったんだよ。僕達一応、人魚族の長の命令で派遣されてきてるからね」
と語るのはミードさん、その、歩いている間もウクレレ弾き続けてるのなんなんですかね、器用だね。
「私は、両親の話でしかラメラ様を知らなかったので、いきなりすっごいきれいなでっかい聖獣様が空から降りてきて、もう本当にびっくりしました」
としみじみ言うのはミディちゃんである。
「あはは! も~ラメラ様ったら第一声で「あら、あなたたちまだいたの? 久しぶりね~!」ってめっちゃ軽く言ってくれちゃって、ホント大好き~」
「好きなんだあ」
「あのてきと~な感じが良いのよね~ラメラ様は」
おおらかな方ではあるよね、ラメラさん。
グランさんの密林グランランドと同じように、この島にも島の輪郭に沿って魔力の囲いがあるから、この島の中での移動には呪いがかからないらしい。そもそもラメラさんの知り合いしか島に気付けない仕様なので、通りすがりの訪問者があるはずもなく。
それでもたまーに遭難者が流れ着くのは、海流の流れとかもあって、この島にはもともとものが流れ着きやすいのだとかなんとか。
「私も船の残骸とかたくさん片付けました。お掃除お掃除」
「でっかい鯨さんが流れ着いた時は~さすがに困ったわね~」
「そもそも聖獣様の島を保護するのが、派遣されている人魚族の役目なんだ。あのときは応援も呼んで、人魚族総出で押したねえ」
「よいしょ~ってね~。楽しかったわ~」
楽しかったんだ、ちょっと見てみたかったかも。わいわいと話をしながらエルディさんたちが島を案内してくれるんだけど、この島は思ってたより普通の島だった。南国じゃない。植生とか見ても密林グランランドのほうがよっぽど南国だったなあ。
とぶのもまわるのもおくがふかいのー。もしかしておすのもおくがふかいのー?
「どうだろう、人によるかなあ……」
そっかー。
奥が深い押しってなんだろうね……僕にはわかんないや。でもなんかむむむと真面目な顔をするテトに微笑ましい気持ちになった僕の横で、如月くんとリゲルさんがこそこそと会話している。
「あの、この世界の鯨の亡骸も爆発するんですか?」
「……そのような現象がゴーラの歴史書には記録されているな」
「おお、やっぱり爆発するんですね……!」
な、なにそれ爆発って。如月くんその話詳しく……! って聞きたかったのに、道案内はここで終了のようだ。
「着いたわよ~! ラメラ様~お客様がなんと6人も~!」
と元気なエルディさんの声が響く。
示された場所は、海の水を引き込んだ入江のような場所だった。さて、ラメラさん……あの、めっちゃでっかくなってないですか?? サンガで会った時も僕の3倍位大きかったけど……!
今、その時の3倍はありそうだよ!?
ルーチェさんの倍くらいでっかいじゃん!?




