38日目:海は穏やか
次の更新は週末になります。
ところで普通は海の上走れますってなったら自力でこう、しゅたたたたってのを想像するじゃん?
ところが国家魔道士ともなれば、なんか全然予想外のことをやらかしてしまうんだな。具体的にはリゲルさんが。
自分用に一応コピーしておいたお守りを手渡したところ、リゲルさんはそのお守りをじっと見てから、
「カスタマイズするが、良いか?」
と聞いた。カスタマイズ……文字通りに自分の使いやすいようにするってことかな。リゲルさんはなんかすごい魔術師さんだから、既存のものを改良とかもちゃちゃっとできるんだろう。
「どうぞどうぞ。どうやるんですか?」
「見ていればわかる。では、分析」
水色の光がお守りをしゅっと包む。
「分解」
続いてそう呟くと、お守りに刻んである<魔術式>から、いくつかの模様がぱぱぱっと光の線となって剥がれた。それらがふわふわと空中に列になる。
「ふむ。……再構築」
一列に並んだ光の線でできた模様の中から、リゲルさんは2つを選んで指でふれた。そうすると、その模様を中心にして他の模様が組み替えられる。
なんかこう……SF映画でよくあるような、半透明の電光板に文字が流れて組み替えられていく感じ? めっちゃサイバーな感じ。思わずほへーっと見ていると、テトも同じような顔でにゃわーっとリゲルさんの手元を見上げていた。
何をやってるんだかわかんないけど、なんかすごいってことだけわかる……!
「これでだいぶ使いやすいな。では、船でも作るか」
「えっ」
「ナツとエクラはテトに乗るんだな。3人乗れるくらいのボートにしよう」
「えっ走らないんですか!?」
「肉体労働は専門外だ」
そう言えばリゲルさんエルフだ。そりゃ、走らないか……。と、僕が納得している間に、イオくんが横から口を挟む。
「ボートとは? 魔法で作れるのか?」
「1日持つくらいの強度なら。【スチール】」
リゲルさんが知らない呪文を唱えると、魔力が集まって船の形を作った。スチールって鉄だっけ? 鉄みたいな素材だっけ? イオくん知ってる? ……へー、鉄に炭素を加えたやつなんだ、強度が高くなると……イオくんなんでも知っててえらい。
「リゲルさん、それ何魔法ですか?」
「土魔法の系統だ。ナツは【クレイ】は使えるだろう、あの派生だな」
「あ、粘土の。じゃあ僕もいつか覚えられるかも」
土魔法の【クレイ】は、粘土を形成する感じでいろんな小物を作ったり、穴を塞いだりできる魔法。あくまで粘土なので、強度はあんまり期待できない。それでも人がその上に立つくらいなら全然平気だけどね。
長持ちもしないので、せいぜい3時間くらいで消えてしまう。さっきリゲルさんは1日持つって言ってたから、これは【スチール】の持ちが良いだけなのか、リゲルさんがすごいから長持ちなのかわかんないなあ。
つつがなく小型ボートの形を作り上げたリゲルさんは、そのままその船を波打ち際に浮かべた。触らせてもらうと、ちゃんと金属の質感になっている。結構しっかりしてるけど浮くのかなこれ?
「これに、さっきの魔法を?」
「ああ。ナツのくれたお守りの<魔術式>を私が組み直して、再構築した魔法を作った。名前をつけるなら【推力操作】あたりか」
ぐ、ぐぬぬ。
水面をしゅたたっと走るのが忍術ぽくてロマンなのに、普通に船操作する魔法になってしまった……! これだとちょっとなんか違うというか、ロマンが台無しっていうか……! でもリゲルさんに走れというのも酷なのは理解してる、エルフだし。
「しかし変わったお守りを持っていたな。あれはどこかの土地に根ざした特有のお守りだろう」
「あ、はい多分」
湯の里のお守りなんだよねあれ、結構さらっともらっちゃったけど。多分他にも色々、そういう固有のやつってあるんだろうな。積極的に探す気はないけど、遭遇したら嬉しい。
イオくんとリゲルさんはボートにささっと乗り込んだけど、如月くんはお守りを使えなくて若干残念そう。わかる、わかるよ如月くん。忍術のロマンが一瞬で遠のいてしまったね……。
「あとで海の上走る会を開催しよう……!」
「ナツさん……! ぜひやりましょう!」
力強く握手を交わす僕達なのであった。
とりあえず気を取り直して。
テトにもう一度乗せてもらい、そのテトの頭の上にエクラさんがひらりと乗る。僕達が先導して、あとからリゲルさんたちのボートが追いかけて来る形になる。もちろん道案内はエクラさんだ。
「ちょっと酔い止めを飲みたいです」
と青い顔で言うのは如月くんである。そういえば如月くんは三半規管激弱ボーイなのであった。イオくんと僕は乗り物酔いしない方だからいいとして、リゲルさんは大丈夫かな?
「少し浮かせるから揺れないと思うが。スピードはそれなりに出るかもしれん」
「あ、めっちゃありがたいですそれ……!」
おお、リゲルさんも気配りさんだったか。揺れないなら酔わないかもだ、よかったね如月くん。
『じゃあ行くわよ。テト、向こうへ飛んで頂戴』
わかったのー。しんかしたはしりをみるとよいのー!
『まあ、頼もしいわね』
エクラさんに頼もしいと言われて、テトさんは張り切っている。いくのー! と砂浜を蹴って上空に飛び上がると、空中を駆けるようにして海上に飛び出した。さすがスカイランナー、まさに空をかける猫である。
「テト、水面の近くを飛べる?」
まかせるのー。
あんまり目立たないように高度を落としてもらうと、後ろからリゲルさんたちの乗ったボートが危なげなく追従してくる。速度も結構出るみたいだし、このまま飛んでもらって大丈夫そうだね。
「リゲルさん、操作とか大丈夫そうですかー?」
ちょっと大声で聞いてみると、エクラさんから『問題ない、ですって』と返ってきた。叫び返してくれるとは思わなかったけど、エクラさんをメッセンジャーに使うとは、リゲルさん横着してるなあ。
『結構思ったまま動かせるみたいよ』
「それならよかったです!」
そうするとあとは到着までは気ままな旅になる。到着までどのくらいかかるかわからないけど、暇な時間を静かに潰すのはちょっと僕、苦手なので……。お話しましょう、エクラさん!
「最近はどうですか? 変わったこととかありませんか?」
『最近は、そうねえ。私の方はあんまり変化がないのよ。でもナツは色々あったのね』
「色々ありすぎてどれから話せばいいのかわからないくらいですねえ……」
『ウンディーネとお友達になったの?』
あ、そうだった。そう言えば名声をエクラさんに見られてた気がする。でもウンディーネさんと遭遇できたのはテトのおかげなのです。
「テトが見つけてくれて、ちょっとお話できたんです。ねー、テト?」
ディーネ、あそぼうねーっていってくれたのー。
『まあ、素敵ね』
「すごくきれいな精霊さんで、ちょっとドキドキしちゃいましたよ」
『うふふ。ナツも男の子なのね』
そりゃ僕だって可愛い女の子に興味はあります。……けど、なんかこう、恋愛的な話にはならないというか。自覚あるけど僕って思考回路がお子様だから、恋愛より友情に比重が偏ってるというか。美人さんを見ると目の保養って思うけど、じゃあお付き合いしたいかって言われると……うーん。
女の子と恋愛すると友達と遊べないし、まだいいかなって思ってしまう。友達がみんな彼女作って僕と遊んでくれなくなったら、その時は考えたい。
「色々な出会いがあって毎日楽しいですよ。今度如月くんの契約獣も生まれる予定ですし」
『まあ!』
「明日か明後日くらいになるかな? 今、魔力を込めてるところなんです」
テトのこうはいなのー! いろいろおしえてあげるんだよー。
『それは楽しみねえ』
エクラさんも楽しそうに羽をパタパタさせた。そう言えばテトにも祝福くれたくらいだから、多分エクラさんも契約獣好きだよね。
「生まれたらまた呼びますよ」
『まあ、嬉しいわ!』
にっこりするエクラさんである。流れでイオはまだ契約獣を決めないの? と聞かれたけど、イオくんは今のところテトだけで十分らしいですよ、って返しておく。
『テトはイオの魔力ももらって生まれたものねえ。たくさんの祝福もあるし、こんなに人懐こくなったのも納得だわ。逆に、契約主の魔力だけをもらって生まれてくる子は、人見知りしてしまうことが多いのよね』
「へえ、そうなんですか。それならテトもちょっとだけ卵に魔力渡したし、仲良くなれるかも」
『きっと少しだけ覚えててくれるわ』
そっかー、じゃあ僕にも少しは懐いてくれるかもだ。契約獣さんは性格も色々だから、テトみたいに誰にでも愛想良い子もいれば、プリンさんところのガンちゃんみたいに人見知りな子もいる。卵から生まれてくる子には、魔力を渡すことですでにご挨拶しているようなものなんだね。
そんな話をしながらのんびりしていると、やがて遠くに一つの島が見えてきた。
「あ、あれですか?」
『そう、あれよリゲルは大丈夫だと思うけど、イオと如月はラメラのことは知らないのよね?』
「僕とテトだけのとき会いました」
『それなら、彼らにはただ海の上に霧がかかっているようにしか見えていないはずよ』
「おお!」
結構大きめな島だと思うけど、隠しちゃってるのか。さっきリゲルさんがローブに認識阻害の効果をつけてるって言ってたけど、それと同じような感じだね。ラメラさんを知っている人だけがたどり着ける島ってことだ。
「そう言えば僕、ラメラさんに鱗をもらってて、門番さんに見せろって言われてたんですけど」
『門番というと、人魚族ね』
「おお……!」
定番の種族が来たなー! 人魚さんか。半魚人さんもいるかな? 海に関連する幻獣さんとか妖精さんとかって結構たくさんいるんだけど、僕あんまり神話とかには詳しくないから、メジャーなところ出してもらえて助かる。
「人魚さんも妖精類……ですか?」
『半分が妖精類、半分は水生人類ね。テトもたくさん撫でてもらえると思うわ』
ほんとー? わーい!
エクラさんの言葉にテンションを上げたテトさんは、スピードもぐいっと上げた。早く撫でてもらいたいらしい。お陰であっという間に島に近づいたので、エクラさんが霧に突っ込む前に一旦ストップをかける。
リゲルさんのボートが追いつくのを待ってから、一緒に霧に突っ込む方が良いのだそうだ。そうでないと別々の場所に飛ばされてしまうかもって。
「飛ばされる……?」
『この霧は一応、防衛も兼ねているのよ。だから、敵だか味方だかわからない人が侵入したら、何がなんだかわからないうちに全然別の方向の海に飛ばしてしまうの。ぺいって』
リアルにもなんとかトライアングルとかあるもんね。磁石がぐるぐるしちゃう海域とか。ああいう感じで迷わされる海域ってことかな。
そういえばカパルさんが海図を見せてくれたときも、決められたルート以外を通ると遭難するとか言ってたような気もする。
「僕とテトはラメラさんの鱗もらってるので、エクラさんはボートの方に一緒に居たほうがいいかも」
『そうね、リゲルたちだけぺいってされたら可哀想だわ』
ということで、エクラさんは追いついたボートの方へひらひらと移動した。リゲルさんの頭の上にちょこんと止まっていらっしゃる……なんかシュールだけど微笑ましい。
「テト、ボートと一緒に進める?」
テトできるよー。
テトはご自慢の羽を広げてすいーっと滑空し、ぐるんと空中を回ってボートの隣にぴたりとつけた。すごいドライビング技術……さすがプロの運び屋さんである。
『さあ、じゃあ進みましょう。ラメラとは久しぶりに会うわ、とても楽しみよ』
というエクラさんの声で、僕達は霧の中へと進むのであった。




