38日目:同行メンバーは増えることもある
爽やかで晴れ渡った朝、僕達は港の忙しない船の出入りを横目に、浜辺にいた。
「船の出入りはあるんですね」
「昨日のカパルの話だと、近海への漁業コースは許可してるそうだ」
「市場もあるし、大事な食料源だしねえ。遠くへ行く長距離ルートだけ閉鎖なんだって」
具体的には5つくらいのルートが閉鎖中らしいよ。ゴーラは港が命だし、市場の活気はそのままゴーラの活気なので、全部閉鎖というわけにはいかないのだ。だから、例のタコ野郎が動かないとわかった時点で、近場の漁は再開になっていると聞いた。
忙しい港を邪魔できないので、一旦浜辺へ退避してきたけど、こっちはこっちで素潜りの海女さんみたいな人たちが何人かいるし、日干し用の台を出して設置している人達もいる。ちゃっちゃと移動しなければなるまい。
「それでエクラさん、ラメラさんの住んでる島ってどのあたりですか?」
『北東の方なのよねえ』
「魔物の出現したところよりは手前ですよね?」
『ええ。案内するから、準備をして頂戴』
テトは僕を乗せるためにすでに伏せてスタンバイしている。やる気に満ちていてとてもえらい。いつもありがとうね、テト。
はこぶのとくいなのー!
「得意を伸ばしていくテト、賢い! えらいと思います」
にゃふー。
僕に撫でられてご機嫌なテトさんは、エクラさんに向けても得意のドヤ顔を披露した。「テトえらいー?」『とってもえらいわよ』なんてやり取りをしているので大変和みます。
僕とエクラさんはテトに騎乗で良いとして、問題はイオくんと如月くんである。船を持ってない僕達なので、カパルさんに船を借りることも考えたんだけど、船は1ヶ月前から予約を入れないと借りる事ができないらしいので、どうやって海を渡るか……悩んでいたらイオくんが思い出したのだ。
「湯の里で水の上走るお守りもらってなかったか?」
「……あった!」
確か、「水走りのお守り」だ。忍者技はロマンって騒いだ記憶がある。確か何回か作ってたはず……このお守りには品質がなくて、作成したときに失敗か成功かわかるタイプ。結構失敗しちゃって、僕とイオくんの分だけ確保したら作るのやめちゃったような……。
「2個あるよ!」
「じゃあ、それで俺と如月が走ればいいか」
「なにそれ楽しそう」
それ僕もやりたい……と思ったけど俊敏の格差が三倍以上あるのでやめておこう。海の上で取り残されるのは心細すぎる。一応僕の分もコピーで作っておくけど……今回は諦めるよ、諦めたからイオくん、その心配そうな表情はやめていただきたく……!
「追うのが俺だけなら、ナツのいるところまで飛べる靴があるが」
「そんなの持ってたっけ」
「なんかのクエスト報酬でもらったんだよな。一度も使ったことないから、海上でいきなり使うのはちょっと怖いし」
「タイミング間違えると海中ドボンになりそう」
「それな」
海に沈んだイオくんを救出できる筋力は僕にはないので、あしからず。
じゃあとりあえずそれで海に出るかーって話をしていたところ、「あら」と何かに気づいたようなエクラさんが僕の肩に止まった。
「エクラさん?」
『ちょっと待ってね。……あらあら』
待てと言われたなら待ちましょうとも。と思いつつテトに乗ると、ひゃっほーいと嬉しそうなテトは張り切って立ち上がった。ぴょいんぴょいんと弾んで、その場で僕の乗せ心地を確認している……さすがプロの運び屋である。
いつでもいけるのー!
ふんすっとやる気をアピールするテトを撫でながら、停止してしまったエクラさんの復活を待っていると、1分くらいでまたふわっと飛び上がった。
『みんな、メンバーが増えても大丈夫かしら?』
「え、誰が参加するんですか? 僕が知ってる人ならいいな」
『リゲルよ』
「え」
「は」
リゲルー!
大喜びのテトさんが、ぴょいぴょい飛び跳ねて、歓迎の意を表すように謎のダンスを踊る。テトはリゲルさん大好きだもんね、その反応にもなるか。いや、しかし。
「リゲルさんって、ナナミにいるんじゃ?」
『ゴーラにさっき来たって言ってるわ』
「さっき……転移してきたんですか?」
偉い人がそんなひょいひょい街を移動していいんだろうか。それにリゲルさんはお仕事があるのでは? と思っていると、エクラさんは『仕事で来ているのよ』と一言。……また心読まれましたか僕は。
おしごとえらーい♪
「確かにお仕事がんばっててえらい! でも、ゴーラでお仕事って?」
『魔物の確認ですって』
「あ、それは確かにお仕事……!」
神獣さんたちまで動いているわけだから、そりゃ人間の王様も気になるに決まってるよね。魔物の出現ポイントとか、今どんな状況なのかってことを確認しに来るんだろうか。
リゲルさんはなんかすごい魔法が使える、多分強い魔法士さんだから、こういうとき派遣されるのも理解できるね。
「それならリゲルさんが行くべきは港の管理局では……?」
『ナツたちがいるのにこちらに来ない理由がないわ。それに、私達がこれから行くところにはラメラがいるのよ。管理局よりもずっと詳しい話が聞けるんじゃないかしら』
「それは確実にそう」
なるほどなー! 言われてみればそうだよなあって感じだけど、僕達が今から行くのは海。そして島なのだ。道迷いの呪いは海上ではセーフだけど、ラメラさんのお住いとはいえ、島に上陸してしまったらアウトでは?
と考えた僕と、多分ほぼ同じことを考えたイオくんが如月くんに視線を移す。
「如月、パーティー組んでやってくれ」
「えっと、誰とですか」
「リゲルという男がこれから来る。なんか水色のエルフで、強い魔法を使う」
「エクラさんのお友達!」
テトもー! テトもおともだちなのー!
僕達の反応を順番に見てから、如月くんは「ナツさんの謎人脈の人か」と何故か納得したように頷いた。全員の知り合いなので別に僕だけの人脈ではないと思うけど。
「これから島に行くなら、必要ですね。俺はいいですけど……」
『ありがとう如月。もうすぐ着くわ』
エクラさんとリゲルさんは念話で話してるのかな? って思ったけど、そのうち港に入ってきた見知った人影がここにいるのとそっくりのエクラさんの彫像を伴っていたので、理解した。そっかー、エクラさんは意識の一部を切り離して像に宿ってるから、同時に複数の像にも入れるんだ。
どっちもエクラさんの一部だもんね。
よし、それじゃあここは一つ、歓迎のお出迎えと行こうか、テト!
「リゲルさーん! こっちこっちー!」
リゲルー! おしごとがんばっててえらーい♪
あっ、テトさん全力疾走は勘弁してくだs、体当たりはだめー! 僕背中にいるからー!!
*
「攻撃かと思った」
「テトが嬉しくてはしゃいじゃっただけです!」
おともだちにあえたらうれしいのー。ごめんなのー。
「この通りテトも大変反省しております」
「許す」
ゆるされたー!
わーいっとくるんくるんリゲルさんの周りを回るテトさんである。いやー、危なかった。もう少しで僕がリゲルさんにどかんと体当りするところだった。イオくんが後ろから「テト、止まれ!」って叫んでくれなかったら僕のHPは半分くらい削れてたかもしれない……!
身の危険を感じたのでとりあえずテトからはおりました。残念そうな顔をされたけどやむなしなので……!
「リゲルさんが来るって聞いてびっくりしてたんですよ! 黒いローブかっこいい!」
「エクラが面白そうなことを言うのでな。……そちらは?」
「あ、友達の気配り上手な如月くんです!」
なでるのじょうずなんだよー。
つい先日、如月くんもいつかリゲルさんと会う機会があるよねーみたいなこと思ってたんだけど、こんなに早くその機会がやってくるとは思っていなかった。
勢いで紹介すると、「如月です、はじめまして」と礼儀正しく挨拶した如月くんに、リゲルさんも「リゲルだ、よろしく」と応じている。うむ、知り合い同士が知り合う、これはなんだかちょっと満足感があるぞ。
「リゲルのそれは、何かの制服か?」
「国家魔道士団の制服になる。ちなみに、私のローブは特別製だ。私が直接名乗った知り合い以外に対して認識を阻害する」
「へえ、便利だな」
おおー。リゲルさんの羽織ってるローブ、真っ黒でちょっと光沢のある生地で、高級感あるんだよね。縁取りに金糸の刺繍が入っていて、多分魔法図案なんだろうなあこれ。
「かっこいいよねー、テト」
テトしろいのがいいなー。
「白いローブもかっこよさそうだね!」
でもそっかー。リゲルさんってエルフだからめっちゃ美人さんだし、髪色もきれいな水色で目立ちそうなもんだけど、誰も注目してなかったのは認識阻害のおかげか。見るからに品の良い星の民だもん、無防備では出歩けないよね。
「ナツが欲しいなら1つくらい譲るが」
「僕、黒あんまり似合わないんですよねー」
「ああ、まあ白のほうがしっくり来るな」
ナツはしろがよいのー! おそろいー!
テトが大きな声でそれを主張したので、なんとなくリゲルさんにも伝わったらしい。少しだけ微笑んだリゲルさんは、テトを力強くわしゃっと撫でながら、
「そうだな、テトも白いからな」
と頷いてくれた。これにはテトも大満足である。
『ナツの方の像、一旦抜けるわね。私が2人いても困ってしまうでしょうし』
と宣言したエクラさんの像が静止して、リゲルさんのそばを飛んでいたエクラさん像の輝きが一瞬強くなった。確かに、エクラさんは一人だから、統一されたほうがよさそうだね。
『あらためて、ラメラのところへ行くのには、リゲルが同行するわ。如月、パーティーにいれてあげてくれるかしら』
「はい、俺で良ければどうぞ。今申請飛ばしますね」
「助かる」
というわけで、速やかにリゲルさんが如月くんのパーティーに入る。僕たちのパーティーとは移動中からずっと連結状態なので、パーティー編成画面からリゲルさんの情報も……全部は見れなかった! レベル差ありすぎて見えないのかなーこれ。ルーチェさんもステータス見えなかったんだよねえ。
「ふむ。これで呪いが無効化されるのか」
リゲルさんは自分の状態を確認して何やら頷いている。さすが国家魔道士さん、研究熱心というべきかな。
「リゲルさんのお仕事って、やっぱりあのタコ野郎の調査なんですか?」
「タコ……。まあ、それについてだな。ある程度の報告は受けているが、実際に見たいとごねたら通ったので」
「ごねたんだあ……」
「エクラがいるなら私が出向くのが早い」
そういえばリゲルさんとエクラさんは古い付き合いの友人同士なんだったね。そのへん、王様とかも把握してたりするのかな。
『リゲルは案外自由なのよ、神獣や聖獣の知り合いも多いから』
「なるほど。ラメラさんともお知り合いなんですか?」
「いや、海竜ラメラとは初対面になる。エクラを通じて話したことはあるが、姿は見たことはないな。対話はナツに任せるつもりだ」
「リゲルさんまで……!」
なんで僕が聖獣担当になるようにしてくるんだみんな。まあラメラさんとは友達のつもりなので、普通にしゃべるけれども。
「ルーチェさんとはお知り合いですか?」
「……その竜は若い竜か? 火竜プロクスが番を連れてきたと聞いたことはあるが」
「あ、それですそれです。プロクスさんとは?」
「ああ、プロクスとは何度か。残念なことだ、思慮深く知識の豊富な御仁だったが」
リゲルさんはプロクスさんが亡くなられたことはご存知だったか。ルーチェさんがイチヤで残した伝言が伝わったのかもしれないけど、僕もプロクスさんとお話してみたかったなあ。
「じゃあじゃあ、ロクトの地下に眠っている地竜さんとは?」
「ナツはなぜそれを知っている? 地竜テーレスは年に何日かしか目覚めないから、会話は難しいぞ。私が最初に知り合った聖獣だが、知り合いの聖獣たちの中でおそらく一番会話した回数が少ない」
「おおー」
なんか思わず拍手した僕に、リゲルさんは怪訝そうな表情を向けた。なぜそれを知っているのかと最初に問われたってことは、あんまり有名な聖獣さんじゃないのかなあ。
「知り合った住人さんから聞いたんですよ、ロクトの鉱物を支えている聖獣さんだって」
「……なるほど。その人脈は大切にしたほうがいいだろう。ナツの人脈については後でじっくり聞くとして、どうやって海を渡るつもりだった?」
「あ、それは……」
僕はテトを撫でることでテトに乗ることをアピールしつつ、イオくんと如月くんに視線を向ける。イオくんは苦笑しただけだけど、如月くんは意気揚々と僕のお守りを掲げてくれた。
「走っていくんです!」
「……海の上を?」
「はい!」
「……イオ?」
「俺は割と楽しめると思ってるが」
「なるほど」
ため息を吐いて、リゲルさんは僕に手を差し出した。
「私にも1つ」
「喜んでー!」
リゲルさんも感じてしまいましたか、忍術に、ロマンを!




