5日目:いざ、スペルシア教会へ
そのまま今度はギルドに入って、イライザさんにもご挨拶。時刻は10時10分前と言うところだ。ノーラさんは今日お休みらしいので、お世話になりましたと伝言だけ残してもらう。
イライザさんの執務室へ行くのも二度目、ちゃんと手土産としてシュガーキャッスルで買い溜めしていた焼き菓子を出した。アナトラのお菓子、消費期限が書いてないから、多分永遠に日持ちするんだろうな。ありがたい。
「サンガか。無事にたどり着くよう祈る」
とイライザさんが言ってくれたので、お礼を言って、ついでにユーグの話をしてみる。トスカさんに話を通してくれたのはイライザさんだから、こちらも報告しとかなきゃ。
トスカさんの話と、杖に名前を付けた話をしてからインベントリからユーグを取り出して、
「これがその杖です」
と見せてみると、イライザさんは「へえ」と目を輝かせた。
「美しい杖だな。成長か、珍しいスキルだ。どう転ぶもナツ次第だが」
杖や剣など、愛用の武器に名前をつけること自体はそこそこあることらしい。それで何が変わるってことはないけど、魔王を倒した勇者が剣に名前をつけてたって話があって、名付けブームがあったらしいよ。
住人の、特に魔法士は杖に名前を付ける人が結構いると聞いて、僕は心からホッとした。つまり、僕が杖に名前をつけてても浮かない! 変な人になることは回避できた、よかったよかった。
こういうの、多分掲示板で書いたほうがいいんだろうけど、面倒なんだよなあ。武器に名前つけると表示変わるよ! って書くだけなんだけど、今掲示板雑談ばっかりで流れ早いし。最初は真面目に攻略情報を集めようとしてた人たちが、「こんなんパターンありすぎて無理!」ってさじを投げてるし。僕が攻略班でも投げると思う、無理だよこんなの。
イライザさんからは、昨日売った★1や★2のお札について褒めてもらった。他にもトラベラーが何か問題を起こしてないかとか、定住しそうなトラベラーさんは困ったね、なんて話をする。イオくんがイチヤがこれから混雑する話をしたところ、他の筋からもそんな話がきているとかで、明日から少しギルドの人員を増やす予定なんだって。
名残惜しいけど、そのあたりで10時を20分ほどすぎたので、そろそろ移動の時間だ。イライザさんにお暇を告げてギルドを出た。
「さあ、スペルシア教会に行くぞ」
「おー!」
*
気合い入れたのはいいけどさ、本当にギルドのすぐ裏にあるんだよスペルシア教会。
なんならギルドの庭から直で行けちゃう。僕たちは外観も見たかったので一度ギルド前通りに出て、ギルドをぐるっと回りこんで横道に入ったけど。
ギルド西側に沿って道があって、ギルド敷地の反対側は全部住宅地だ。思っていたより大きなギルドの敷地を過ぎると、鉄柵に囲まれた「スペルシア教会イチヤ支部」が現れる。
リアル世界で見る教会より、若干質素かな? ステンドグラスとかもない。
白い壁に緑色の屋根で、銀色の旗が掲げてあるんだけど、この銀の旗は統治神スペルシアを表現してるんだって。星級ではスペルシアは太陽と表現されるんだけど、この世界の太陽光は若干銀色っぽく、月はほんのり金色なんだそうだ。
「その理屈だと、たぶん王家は金髪か金目だな」
と、スペルシア教会内に建てられた案内看板を読んだイオくんが言う。
月がほんのり金色で、その月は王家を表しているわけだから、多分そうだろうね。
「そう言えば、結構いろんな髪色の人がいるのに、金髪の住人さんっていないよね。トラベラーにはたくさんいるけど」
「だよな。首都に行けば金髪の住人もいるかもしれないぜ」
首都かー、結構先になるなー。ルシーダさんの指輪のこと、忘れないようにしないと。
教会の中にはそんな感じに、統治神スペルシアについての雑学とか書いてある立て看板がいくつかあった。ざっとそれらに目を通しながら、開け放たれた扉から教会へ足を踏み入れる。とたん、ステータス画面に更新があったことを知らせる点滅が……。
「あ、<魔術式>覚えてる。道迷いのお守りとお札だ」
「お、いいじゃん」
完全に住民用のお守りとお札だけど、これは喜ぶ人が多そうだ。どっちも住人が正道から外れないようにするお守りで、お札の方は馬車に設置するタイプらしい。
統治神スペルシアが正道を引いたってオープニングムービーでも言ってたし、スペルシア教会の名物として売ってるのかも。と思っていたら本当に売店みたいなスペースで売ってた。行商人が買うことが多いらしいよ。
教会の中は、祭壇があって銀色の竜の……彫刻? 大きな一枚板に彫られた竜の姿がご神体っぽく祀られている。祈る方法はなんでもいいと聞いていたから、僕は自然と手を合わせて拝む感じで祈った。イオくんは目を瞑ってそのまま祈っている。
スペルシアさん、これからサンガへ行きます。白地図を埋める作業も、サンガを拠点に始めようと思いますのでよろしくお願いします。
……と、一応スペルシアさんに話しかけておく。イチヤ周りも多少は地図ができてはいたんだけど、狩りしかしてないからあんまりめぼしいランドマークが無いんだよね。かろうじてツノチキンのいた森くらいだ。
サンガ周辺はもう少し地図を埋められるといいな。
お祈りが終わったら、売店にいたシスターを捕まえて、お肉の寄付。
「まあ、なんてすばらしい! ありがとうございます!」
と、満面の笑みで受け取ってくれた。ぜひサームくんにおかずを一品増やしてください。
「あ、ついでにこれも。僕が作ったものなので拙いですが」
「まああ! お札ではないですか! 「無病息災のお札」、「家屋安全のお札」、「保全のお札」……こんな素晴らしい物を……!」
ふふん、これが贈答用お札の威力……!
肉を差し出したときの喜びが10とするなら、お札の喜びは30くらいだ。よっぽど喜ばれるものなのだろう。リアルで言うところのマスクメロン的な……! ちなみに僕がもらって嬉しいギフト不動のナンバーワンはハム!
ともあれ、僕たちの本来の目的を果たさなくては。
「僕たち、東門でサームくんという子と知り合ったのですが、彼は今日いますか?」
「まあ、サームですね。今なら中庭にいます」
「ありがとうございます」
僕たちは正門から入ってきたけど、礼拝堂の祭壇から左右に外に出られる通路があって、向かって左側が中庭につながっているらしい。教えてくれたシスターにお礼を言って、通路を通って中庭へ。遊具のない公園みたいな感じで、ベンチがいくつか設置してあった。
すごい日当たりのいい場所だ。日向ぼっこをしたくなるね。
僕がそんなことを考えている間に、周囲を見渡したイオくんがサームくんを発見したので、その方向へ。日陰にあるベンチにポツンと座っているサームくん、相変わらず……なんか、こう……儚げ? 病気だってアーダムさんが言ってたからなあ。
一人っ子の僕は弟が欲しかったので、サームくんにはちょっといい顔したいところだ。
「サーム」
イオくんが先に声をかけると、サームくんはぱっと顔を上げて、僕たちの姿を見つけて顔を輝かせた。よかった、忘れ去られてなかった。
「イオさん、ナツさん!」
「こんにちはー。サンガに移動することになったから、ご挨拶に来たよ」
「ありがとうございます!」
うむうむ。この年でちゃんと礼儀正しいとはすばらしい。僕が10歳のころなんて敬語ほとんど使えなかったと思う。サームくんは賢いなー。
イオくんが肉を差し入れしたとか話しながら、サームくんを真ん中にしてベンチに座る。中庭には他に人はいないみたいで、秘密の話をするにも問題無さそうだ。
しばらく、他愛のない話をして、イオくんがうまーく「サンガの次はゴーラへ行く予定」とほのめかすと、サームくんの表情が変わった。出たよイオくんの謎話術。意味わからないくらいナチュラルにキーワードを会話にぶっこんでくるんだイオくんは。
「海産物も欲しいからな。なあナツ?」
「くっ、そこで話を振られると僕が食いしん坊だってバレる……っ!」
「好きな海産物は?」
「ホタテ!!!」
バター醤油が最強なんだ!
なお異議は認める! 世の中美味しい物が多いのは良いことなので!
「ほた、て?」
こてりと首をかしげるサームくん。イチヤは内陸の街だし、ゴーラから海産物が入ってくるにはサンガを通るので、魚以外はほとんど見ないらしい。貝とか魚卵なんて、見たことないくらいのレベルとのこと。
美味しいけど、好き嫌いの分かれる食べ物なのは認めるので、そこは仕方ないね。
「サームは、海を見たことはあるのか?」
「いえ、僕はイチヤから出たことがなくて」
「そうか。まあ、道迷いの呪いもあるからな」
「あ、あの。トラベラーさんたちは、道迷いの呪いにかかってないって、聞いて……」
思い切ったようにサームくんが言う。どうやらここからが本題らしい。
「そうだね、壁の上からも、正道から外れて戦っているトラベラーが見えたでしょ?」
僕もなるべく自然に会話に参加してみる。問いかけに、サームくんは頷いた。
それから迷うように口を閉じて、開いて、もう一度閉じる。ごくりとつばを飲み込んだあとに、もう一度覚悟を決めたように口を開いた。
「できれば、で、いいので」
その声は少し震えている。つられて僕まで緊張していると、サームくんはようやく本題を切り出したのだった。
「僕の両親を、探してくれませんか」




