37日目:聞き込みは基本調査
港でとりわけ目立つ巨大な倉庫みたいな、一日中魚を売っている卸売市場。地元の人たちはそこを単純に「中央市場」と呼んでいるらしい。
その中央市場の隣にある小さな建物が、管理局事務所。セスくんは毎日通っているらしく、裏道を通ると近いと教えてくれた。南北通りから直接細い路地を通ると、中央市場の隣に出るんだって。
「こっちからいくと、ちょっと近い」
ちょっと得意げなセスくんが突っ切った裏道は、テトがやっと通れるくらいの道幅だったので、僕には余裕だけど体格の良い人は歩きづらいかも。道というか、完全に建物と建物の間の隙間って感じだ。ここで発見できる新たなお店、とかはなさそ……ん?
「ナツ、どうした?」
突然立ち止まった僕に、イオくんが質問する。あれ、イオくん反応しなかったのかな?
「<罠感知>が」
「え? 俺の方何も反応ないぞ」
「あれ? レベル差かなあ……」
僕の方は確かに反応したんだけど……。今僕の<罠感知>レベルは6で、イオくんは僕より後に<罠感知>を取得してるから、多分僕よりレベル低いはず。まあそれはいいか、そんなことより何に引っかかったんだろう。
周辺をよく観察してみるけど、特に違和感はない……と思った瞬間、民家の塀みたいな木組みの隙間から、誰かとバチッと目が合った。
「あ」
「……っ!」
その誰かは慌てたように塀から離れてしまったけど、緑色の瞳の、多分子供……なのかな? 視線の高さ的に。逃げられちゃったけど、多分あそこで隠れて僕達のことを見てたんだと思う。
「あれ、子供? この家に住んでる子でしょうか」
如月くんが不思議そうにそう言って、背伸びして民家を覗き見してたけど、すでに子供はいないようだ。ただ子供が隠れてこっちを見てただけ。多分、通行人が多くない道だから興味本位で見てただけだと思うけど……そんなのに<罠感知>って反応するのかな。なにか事情がありそう。
「……うーん、よくわかんないけど、逃げられちゃったし、まあいいか」
気になるけど、また後で会えるんじゃないかな? 多分何かのクエストだろうし。
とりあえず今は忘れることにして、管理局が優先である。
セスくんがあっち! と指差した方向へついていき、無事に管理局へたどり着く。セスくんは一度テトにぎゅっと抱きついてから、名残惜しそうにテトの上からおりた。実に軽やかにぴょーんと。……なぜだろうとても負けた気持ちになるな……!
「ナツは飛び降りるなよ、危ない」
「くっ……! セスくんより運動神経ないと思われてる僕……! そして悔しいけど多分無い」
ナツはあぶないことしちゃだめなのー。
「ありがとうねテト……」
イオくんもテトもとても過保護。そして僕は危ないことはしないよ、怪我したら痛いからね……。ちょっと悲しい気持ちになりつつ、お礼を言っておく僕なのだった。地味に傷つくので如月くんは微笑ましいものを見るような顔をしないでください。
僕達がそんな和やかな会話をしている間に、セスくんは入口の魔石に魔力を通して、出入り口の扉を開けた。
「親方、お客さん」
「うお、セスか。今日はもう帰ったんじゃなかったのか?」
「一度は帰った。お客さん」
「客ぅ?」
のっそりと中から出てきたのは、いかにも「親方」って感じのいかつい男性だった。筋骨隆々のヒューマンさんで、こげ茶色髪を短く切りそろえている。目つきは鋭くておっかない感じだけど、子供に優しいことはわかっているので僕は物怖じなどしないぞ。
「こんにちは! 僕はトラベラーのナツ、こっちの気の利くイケメンは親友のイオくん、緑髪の爽やか青年が友達の如月くんで、このかわいい猫さんは僕の契約獣のテトです!」
「お、おう……。管理局を仕切っているカパルだ。トラベラーか、こんなところに何の用だ?」
不思議そうに問いかけるカパルさん……だけどその足元にじゃれついている小さい子猫が気になりすぎるんだけど、そのめちゃカワイコちゃんは一体どうしたんだろう、ここで飼ってる子かな?
僕の視線に気づいたカパルさん、ジーンズを登ろうとしている白黒ぶち猫に気づいて慌ててその子を拾い上げた。ぴゃあ、とか弱い鳴き声が上がる。
「親方、無類の猫好き」
「なるほど、理解」
「猫かわいいですよね」
「うちの猫が一番」
セスくんの一言説明にうんうんと頷く僕達。ちなみに上から僕、如月くん、イオくんである。
テトは「おなかまー♪」と嬉しそうに尻尾を立てて、カパルさんの手のひらにちょこんと乗っかっている子猫にご挨拶に向かった。
テトだよー! よろしくねー!
そして鼻と鼻をくっつける。子猫さんもにゃあにゃあと鳴いてテトにすり寄ってくれた。うーん、対面する巨大白猫と白黒の子猫……最高にファンタジー。超素晴らしい光景だね!
「親方、またミウのこと甘やかしてる」
「ち、違うぞ! 遊んでただけだ! 運動不足にならないように!」
「貰い手、見つけるつもりある?」
「あるぞ! 家では飼えないし、ちゃんと探してるんだ!」
セスくんとカパルさんは、ぽんぽんとそんな会話をしている。7歳の小柄な子供にじとーっと半眼で見上げられて、いかついカパルさんはタジタジになってしまった。こうなるともうどんなに威厳のある人でも形無しだねえ。
「そ、そんなことよりこちらの……ああっと、テト、だったか? その、随分と懐こいな……?」
撫でたそうにうずうずしているカパルさんである。テトはさっきからふんふんと子猫……ミウちゃんとやらと会話をしている様子だ。
「テトー。ミウちゃん何か言ってる?」
つめばりばりしたいってー。
「爪とぎしたいの? ああ、それでジーンズに爪立ててたんだ」
普通の街猫さんともちゃんと会話できるらしい。うちのテト、多才だなあ。それに魔物化もしてなくて妖精類でもない猫さんって、こっちの世界で初めて見たかも。
「爪とぎ……後で作ってやるからな、ミウちゃん……!」
「また。甘やかしてる」
仲良し会話しているセスくんとカパルさんが言うには、ナルバン王国では基本的に猫も犬も室内で飼うんだって。うっかり外に出て瘴気溜まりに捕まったら魔物になってしまうかもしれないし、万が一にも道を外れて迷子になってしまったら探しにもいけないからね。それに、犬や猫も道迷いの呪いは有効なんだそうで。
……なんか、前にもそんな話聞いたような? 掲示板で見たんだったかな、良く覚えてないや。とにかくこの世界のペットは室内飼いが基本!
で、このミウちゃん。
中央市場に迷い込んだところを保護したらしいんだけど、飼い主が見つからず、やむなくここで面倒を見ているとのこと。もう少し大きければ船に乗せてネズミ係になれるけど、流石にこの小ささではまだ無理なので、貰い手を探している真っ最中なのだそう。
「お家では飼えないんですか?」
「嫁がな、家具で爪とぎされるからだめって言うから……」
しょんぼりしてしまういかつい大男。シュールな気持ちになるな……。飼いたいけど家族が許さないというパターンか、それは家庭内権力者の一存で却下されてもやむなしというものである。
「当たり前。豪邸」
「え、豪邸にお住まいなんですかカパルさん。それは柱や壁紙に傷がついたら一大事。奥さんの気持ちもわかるかも」
「うう……。だってよぉ、4等星が一般住宅住まいじゃ格好がつかねえって言われて……」
「星の民でしたか……!」
あー、でもそうか。港の重要な管理局の局長さんってことだもんなあ。あまりにも気さくな感じだったから全然思い当たらなかったけど、重要ポストはたいてい星級の人がやってるらしいって聞いたことあるな。
「ああ、カパル=ウカだ。ゴーラは領主にパトウ家、それを支える4等星にウカ家とレム家とジダ家がある。お前さんたちは作法がちゃんとしてる感じだな、星の民に知り合いがいるのか?」
「はい。そうですね、何人か」
こういうところでも仕事するんだな<上流作法>。持っててよかったかもしれない。それに、考えてみると、僕達って割と星の民の知り合いが多いのかも。
イチヤではハンサさん、イライザさん、ソルーダさん、これからエナ家として再興するタルジェさんと知り合ってるし。サンガでは一応、ハイデンさんとテアルさんと御縁があった。本人からはっきり聞いてないけど、多分リゲルさんは2等星のお家の方だと思うし……。
当主さんとの面識はタルジェさんとハイデンさんだけだから、そんな強固な交友関係って感じでもないけど。多分、星級の知り合いは多い方だよね。
「案外さらっと色んなところにいるので、4等星の知り合いは多いかもです」
「いやそんなにさらっとはいねえんだよ普通は」
とても呆れた顔をするカパルさんである。そっかなー?
「まあ、ゴーラの星級は貴族っぽいのは領主のところだけで、4等星はみんな海の荒れくれ者ばっかりだからな。他の街と比べると親しみやすいやつが多いとは思うが」
「庶民派ってやつですね」
「良く言えばな」
なるほどなー。そうなると、もしやナムーノさんとかも怪しいのかな? でもエルフだから……待ってリゲルさんもエルフじゃん、星の民って種族関係ないんだ。
後で聞いといたほうがいいかも。一応星級だったら把握しておきたいし。
「親方。ナツたち、ロイド探してくれる。船の航路知りたい」
「お? そうなのか?」
会話が一段落したところで、セスくんが気を利かせてロイドさんの話題をだしてくれた。そう言えばそれを聞きに来たんだったね、ありがとうセスくん……ってセスくんの視線、完全にテトと戯れるミウちゃんに固定されているね……。君、さては契約獣だけでなく猫も大好きだな?
僕がよそ見している間に、イオくんがさくっとヴェールを届けたところから事情を説明した。ルーアさんと湯の里で会ったこととかも説明したから、僕達がロイドさん探しに乗り出したことにも納得してもらえたっぽい。そういうことなら、と案外簡単に地図を広げてくれた。
「海図は持ち出せねえから、ここで見るだけな。ゴーラの港から出る船の航路は、いくつかのパターンが決まってて、基本はそのルートを外れないように航海する。今連絡の取れない船は1隻だけ、この、茶色の線のルートで申請されてるぞ」
カパルさんが広げてくれた海図は、比較的新しそうな紙だった。多分、大本の海図を書き写して新しく航路を書き込んでいるのかな? 赤、青、黄色、緑……とたくさんの色で線が引かれていて、その1つ1つが定められたルートのようだ。
黒い線だけ長く伸びていて、他の大陸へつながっているから、これが連絡船ってやつの航路だね。そして、そのちょうど真ん中くらいに付箋が貼ってあって、「魔物出現!」という乱暴な文字が書き込まれている。
「ここが、例のタコ野郎の出現場所かあ……」
「タコ野郎って……。ものすげえ魔物なんだぞ、そんな雑魚みたいな名前つけるんじゃない。聖獣様や神獣様たちの手を借りなきゃ倒せそうもないっていうのに」
困ったように言うカパルさんだけど、ヴォレックさんたちが対策立ててくれるんだったら、そのうち解決すると思うし。もう最初にインプットされたのがタコ野郎だったから、それ以外の単語に置き換えるの無理だよ。
「えーと、青いのがマルマグロ漁のルートで……茶色がナルバンカニ漁のルートですか。遠方まで出るのはこの2つのルートだけなんですね」
如月くんが指さしたのが、青と茶色の線。方向は違うけど、この2つの線だけ他のルートよりもずっと沖合に突出している。でも、これで見るとどちらかというと青い線のほうが魔物の出現場所の近くを通るみたいで、茶色の線は別方向ぽいな。
「あれ? 思ってたのと違う」
断片的な情報から、出現したタコ……魔物のせいで船が沈められたか損傷を受けたかしたんだと思ってたけど、これを見る限りその可能性って低くない? どう思うイオくん? と視線を向け得てみると、イオくんも同じ考えらしい。
「これを見ると、魔物の出現はゴーラの港から見て北東方向。近くへ行く航路はマルマグロ漁の船だけだ。ナルバンカニ漁の船のルートは思いっきり東方向だな。海流が急だとか、荒れやすい海だとか、そういった事情があるのか?」
即座に僕の意図を汲み取ってくれるイオくんが、カパルさんに質問を投げかける。戻ってこない船っていうのが、魔物以外のトラブルに巻き込まれた可能性、高いと思います。
「……いや。どちらかと言うと穏やかな海だ。だからちときな臭い」
「カパルの意見は?」
「他に言わないでほしいんだが、まあ、あんたは予測してるみたいだしな。……北東に出たでかい魔物は誘導の可能性があると思ってるよ」
「やはりそうなるか」
イオくんの眉間にシワが寄った。難しい顔で僕と如月くんの方を向いて、一言。
「東側の海に、本命の魔物が出現してる可能性がある」
うん。
……うん?
思ってたより大事になってきたな?