37日目:人探しクエストを受けるのだ。
つかまらないのー♪
「ねこさんはやーい!」
「まってー!」
「右から回れー! はさみうちだー!」
にゃっふふふー♪
元気だなあ……。
としみじみしてしまう光景である。孤児院と教会の間にある中庭で、白猫を追いかける総勢15名の子どもたち。女の子が5人、男の子が10人……と、僕の隣で契約獣の本を夢中になって読んでいるセスくん、合計で16人の子どもたちである。
流石に全員の名前を覚える自信がなかったので、テトだけ紹介して遊んでおいでと送り出したところだ。巨大白猫の出現により、わーっとボルテージの上がった子どもたちのテンション、もはや上限知らずである。
「助かるわあ、遊んでくださるなんて」
とおっとりと言うのは、スペルシア教会ゴーラ支部の管理長さんで、名前をスミカさん。鬼人の背の高い女性で、黒髪をきりっとポニーテールにしている。口調はおっとりゆったりで、ちょっと関西風のなまりを感じる。
……関西ってのがわかるだけで、大阪なのか京都なのか他の関西地域なのか、僕にはさっぱりわかんないけど。それともエセ関西風なのかな? 自動翻訳さんの遊び心だと思っておこう。
「ささ、粗茶ですがどうぞ。えらい素敵なお土産をもらって、おおきにねえ」
「ありがとうございます!」
「いただく」
「すみません、わざわざ」
む、このお茶、紅茶かと思ったら違う……! ほうじ茶っぽい味がするぞ。やっぱり鬼人さんの文化って日本文化がベースだよねえ。
スミカさんは如月くんの常備薬セットを貰った時点で大分にっこにこだったけど、更に僕がお札と本を取り出したら文字通り飛び上がって喜んでくれた。特に防火のお札は両手で掲げてくるくる回るくらい喜んでくれたので、差し入れしてよかったなーと思ったよ。
「トラベラーさんが教会に来てくださるのは珍しいわあ。どんなご要件かしらあ」
とにっこにこのまま問いかけられたので、僕達は待ってましたとばかりにインベントリから白い箱を取り出した。サンガで、グロリアさんから預かったヴェール。とっても繊細なレース編みの作品である。
「サンガの、手仕事の店・フワラーベルの店主、グロリアから預かってきた。この箱をこちらの教会に届けてほしいという依頼だ」
「あらあ」
頬に手を当てて驚いたように目を丸くしたスミカさん。そして、「そんなクエストだったんですねえ」とのんびりお茶をすする如月くん。……結構長いこと一緒に行動してるけど、そう言えば如月くんとはチーム組んでるだけでパーティーメンバーではなかったっけ。
「グロリア師匠から……。ああ、きっと素晴らしい作品よねえ。美しいに決まってるわあ……」
つぶやきながら、スミカさんはだんだんしょんぼりと視線を落としてしまう。ほうっと大きなため息を吐いて、「ごめんなさいねえ」と呟いた。
「ルーアとロイドの結婚式のために、最高の素材で編んでくださるって、グロリア師匠も張り切ってくださっていたのに……」
「あの、さっきセスくんから聞いたんですけど、ルーアさんのお相手の方が戻らないとか……」
「そうなんよねえ……」
スミカさんがしょんぼりしながら語ってくれたことをまとめると、だいたい次のような時系列らしい。
まず10日ほど前に、湯の里で新たにダンジョンが見つかったという話があり、ルーアさんが現地で管理者を教育するために短期出張することが決まった。サクッと行ってサクッと帰ってきます! と元気に旅立つのを見送って、ルーアさんの恋人のロイドさんという方が、結婚前最後の仕事に出発した。
ロイドさんの仕事は、遠洋漁業。
ダナルさんの弟さんは他の大陸との連絡船で、そのついでに漁業もする感じの兼業漁師さんだってきいたけど、ロイドさんのほうは本格的な遠洋漁業。ナルバンカニっていう、ゴーラ遠洋でしか取れないカニ漁の船だそう。
「美味しいですか!」
「そら、国の名前を冠するカニだからねえ、えらいおいしいわよお」
何でも、ゴーラで遠洋漁業をする船の中で二番目にお金になるのがこのナルバンカニの漁らしい。一番儲かるのは、マルマグロという魔物と戦ってマグロの切り身を大量に持ち帰るマグロ漁なんだって。
マグロ、倒せば切り身になるのか……。遠洋に出ることがあったら、ぜひ戦いたい相手である。
マルマグロのほうがお金になるとは言え、マグロは魔物でカニは普通の海産物であるからして、安全性は段違いだ。腕に自信がない者はマグロ漁船に乗る権利すらないのである。
だから一番人気のある漁船はナルバンカニ漁の船なのだ。当然、船員さんの競争率も高い。
「ロイドはもうすぐ結婚するからって、特別に順番を繰り上げてもらって乗ってたのよねえ。ほんに運のないこと……。ルーアが鬼人の里へ向かって4日だったか5日後くらいに、海にえらいでかい魔物が出たって大騒ぎになって、漁に出ていた船に帰還命令が出たんやけど……」
ロイドさんの乗った船は戻ってきていない、と。
「で、でも遠洋漁業なんですよね? じゃあ、戻ってくるのに時間がかかっているだけじゃないですか?」
「せやねえ、それだったらどんなにか……。でも連絡用の魔道具にも反応なしで、捜索も打つ手無しの状態なんよねえ」
「あー、うーん、なるほど……」
連絡手段があるのにそれが使われてないとなると、確かに悪い想像しちゃうか……。
うーん、なんとか目安だけでもつけられないもんかな。もし沈没していたとしても、ゴーラの沖には小さな小島がたくさんあると聞いている。その中の何処かにたどり着いて、道迷いの呪いが発動して帰れなくなってる可能性もあると思うんだよね。
「ルーアは、いつ頃戻るんだ?」
考え込んでいる僕の隣から、イオくんが問いかける。スミカさんはちょっと申し訳なさそうな顔でゆるゆると首を振った。
「あと一週間もあったら戻って来るけど、無理はせんでええのよ。海は途方もなく広いからねえ」
「探すのは難しいと思うか?」
「砂漠で米粒を探すんは無理やねえ」
スミカさんは不可能だと思っているらしい……けど。いや確かに僕達だけなら無理だと思うけど。僕達にはもしかして、頼れるかもしれない存在がいるんだよね。
そう、ラメラさんである。
ラメラさんは海竜だから、海に詳しいと思うんだ。もしラメラさんが何もご存知無くても、なにか知ってそうな誰かを紹介してもらえたら、ワンチャンあるんじゃないかな。どう思うイオくん?
と視線を向けると、イオくんは厳かに頷いた。これは同意という意思表示でしょ、さすがイオくん、話がわかる!
「まあ、ちょっと探ってみるくらいで、無理はしない。そのロイドという青年の船は、どんなコースを通ったかわかるか?」
「そういうのは、港の管理局やねえ。セス、どうなん?」
スミカさんに声をかけられて、契約獣の本から顔を揚げたセスくんは、「うん」と平坦な声色で答える。
「わかる。親方、そういうの厳しい」
「せやったら、この人たち案内できる?」
「できる。ナツは良いものくれた、僕、お礼する」
セスくん、きりっとした表情で、契約獣の本を抱きしめている。良いものってそれかあ……まあ妖精類だからそこは仕方ない。それで、セスくんが案内ってどういうこと?
「僕、港でお手伝いしてる」
「えっ!? 7歳なのにえらい!」
「海の男になる。お手伝い、近道」
えへんと胸をはるセスくんである。こんなに小さいのにすでに将来の職業を決めて目指しているとは、なんて志が高いんだ。えらいので撫でます。
「港の管理局仕切ってる人が、子どもたちをえらいかわいがってくれてるんよ。セスは特に船に興味があってねえ、でも、船員でもない子をほいほい乗せるわけにもいかへんし。それで、セスが堂々と船に乗れるようにって、職員バッジくれたんよねえ」
「書類届けるお手伝いする。船乗れる」
「へー、良い出会いがあったんだねえ」
児童労働とか一瞬頭をよぎったけど、そういう本格的なものじゃなくて本当にお使いだけっぽいな。さてはその親方さんという方、めっちゃいい人だな?
セスくんがこんなに楽しそうに語るからには、相当海の男たちに可愛がられていると見た。
「午後は、管理局は暇。ナツ、行く?」
「あ、行ってもいいかな? イオくん、如月くん」
「ああ」
「もちろんですよ」
「やったー、ありがとう! セスくん、ぜひ案内して! お礼に僕がポケットマネーで美味しいもの奢るよ!」
小さい子にカッコつけたい僕、経済力のあるお兄さんを目指してみる。……お金あるよね? 一応ステータス画面を開いて所持金確認っと……。大丈夫そうだ、今さっき達成されたヴェールお届けクエストの報酬も入ってきている。なんとかの欠片って特殊アイテムも無事に1つ増えて3つになったね、あと2つでなにか起きそう。……あ、新規クエストも受け付けてるね。ロイドさんを探せってやつかな。
うっかりクエストページを開くとネタバレを拾っちゃうこともあるので、タイトルだけ確認してそっとステータス画面を閉じるのであった。
さて、そうすると大はしゃぎしている子どもたちには申し訳ないけど……このまま好きにさせておいたらきっときりがないので、ここは心を鬼にしましょう!
「テトー! 港に行くよー!」
わかったのー♪
*
テトと遊んでいた子どもたちからの大ブーイングを背に、孤児院の外へ出た僕達。セスくんは再びテトの上である。嬉しそうなお顔で揺れるセスくん、テトに「重くない?」とか聞いてるけど、その子普段僕を乗せてるからね。子供一人で重いわけが……。
ナツとおなじくらいー!
「うっそでしょテトさん!? 僕のほうが重いよ!」
えー。おなじくらいだよー?
「ば、ばかな……!」
セスくん、僕の腰くらいまでの身長しかないんだよ? 体積が違うじゃん、体積が! と打ちひしがれる僕である。かくも貧弱なエルフという種族……!
「そりゃ風にふっとばされるくらいだからな……?」
「めっちゃ呆れた顔するじゃん!?」
イオくん、遠慮がないな。悔しいけど事実なのでぐぬぬとしながらも言葉は飲み込もう。
「あ、そういえば勢いで如月くんも一緒だけど、クエスト受けられた? タダ働きさせるのは申し訳ないなと反省してる僕です」
「大丈夫ですよ、ちゃんとロイドさんを探すクエスト受けてますし、これも時限クエストですね。時の欠片っていう謎アイテムも集めたいんで、張り切って協力します」
それに、ナツさんの幸運がなんか転がりそうですし、と付け足した如月くん。そんな期待に満ちた眼差しを向けられても困りますが……! まあ僕は期待に応えられるかわかんないけど、僕の<グッドラック>さんは優秀なので、何かいいこと引き寄せてくれるでしょう。
「如月くん、さっきのクエストは報酬もらえた?」
「いえ、さっきのはもらえてないですね」
クエストって、途中から協力したりしても貢献度によってクリア報酬もらえることがあるんだよね。ちょっとだけ関わった、くらいだと何ももらえないんだけど、半分くらい協力できれば何かしらもらえるって聞いたことある。
まあ、今回のはお届けクエストだし、荷物は僕達の共有インベントリで運んだので、如月くんに報酬入る余地がないか。
「とりあえず、港の管理局っていうのの情報からですかね。セスくん、管理局って何をするところなんですか?」
さらっとセスくんに質問した如月くんに、セスくんは少し考えてから応えた。
「船の管理。えっと、どの船がどこへ行ってて、帰る予定はいつで、っていうのを管理してる」
「結構重要そうなところですね」
セスくんが説明してくれたことをまとめると、ゴーラの港に停泊できる船の数は決まっているから、戻って来る船と出発する船の調整をしてスムーズに港を使えるようにするのが、管理局の仕事なんだって。
全部の船が停泊できるならそれで良かったんだけど、ナルバン王国の魚事情を支えているゴーラにとって、船の回転率は非常に重要な問題なのだ。戦時中から戦後にかけて、特に食料を国内に行き渡らせるため、休み無く漁へ出ているような状況が続いていた。
最近は街が安定してきたお陰で、以前ほど忙しくはなくなったみたいなんだけど……。魚を取れるのがゴーラとサンガだけだし、サンガは川魚でそれほど出荷量が多くないことを考えると、まだまだ需要が高い。だからこそ、停泊できる数の船だけで港を回すのは無駄が多いのだ。
めっちゃスケジュール管理大変そう。荒天の時とかどうしてるのかと思ったら、小型の船を浜辺に乗り上げさせて難を凌ぐらしい。力技だなあ。
おふね、りくもはしるのー?
「陸は無理かなー? 沖に流されないようにしてるだけだよ」
おそらとべばいいのにー。
天駆ける猫のテトさんから見ると、海にとらわれる船は不自由な乗り物なのかもなあ。