5日目:出発準備!
15分ほどリアルでの休憩を挟んで、ゲーム内5日目。
すごいなー。もうゲーム内4日も過ぎたのに、リアルでは約5時間しか経過してないとか。本当に脳がバグりそうだよ。
本日の朝食は毎度おなじみおにぎり(味噌焼き)とお味噌汁に、昨日作った厚焼き玉子とシャケのホイル焼き。あ、このホイルって言うのはホイルっぽい物で、リアルのアルミホイルそのものの役割を果たすんだけど魔物素材らしい。現地の言葉は自動翻訳されて耳に届く設定だから、ホイルという名称ではないのかもしれない。
「リアルより豪華な朝食だー」
「欲を言えば納豆か焼きのりが欲しいところだなー」
なんて会話をしつつ完食。流石に納豆はこの世界でもないし、トラベラーの誰かが作るのを待つしかないだろう。住人さんに広まるかどうかは……ちょっとわかんないけど。
お腹が満たされたところで、そのままの流れで今日の予定について確認に入る。
「今日はまずギルドで乗合馬車の予約からだね、行き先は予定通りにサンガ」
「午後に出発する便があればそれにしよう。出発前に、孤児院でサームから話を聞かないとな」
「昨日売ったお札類が結構いい金額になったし、金策はとりあえずしなくていいから……時間あるし、あいさつ回りでもする?」
「今新しいクエスト拾って出発が遅れたら困るし、新規の知り合いは作らない方向で」
「了解」
と言うわけで、まずはギルドの受付へ。
昨日はノーラさんがいたけど、今日は知らない人ばっかりだった。眼鏡をかけた男性の窓口へ行って、サンガへの乗合馬車について聞いてみる。
「イチヤからニム、サンガ、ロクトへの乗合馬車は、午前午後で1回ずつ出ています。サンガへの乗合馬車は、午前10時と午後2時の2回ですね。どちらにしますか?」
「午後の方お願いします」
「わかりました、2名様で予約を承ります」
眼鏡お兄さんに聞いたところ、乗合馬車の定員は10名で、午後の便は僕たちの他に5名ほど予約があるとのこと。
あくまで、サンガに荷物を届けるついでに乗せてもらえる、と言う感じ。馬と荷台数個の後に乗客用の荷馬車が連結される。料金は格安の1人3,000Gで、道中の休憩や野営での食事は各自で用意する。野営中のキャンプ等も各自で用意するものだが、キャンプ用品が無い場合は馬車の中で寝ても良い。サンガまでは馬車で3日かかるので、乗ったら元の世界に戻っても構わないよ、とのことだ。
お兄さんの話を聞いたら、ゲーム内ヘルプが表示された。視界の隅で【要確認】と言う文字が点滅したので確認すると、乗合馬車を利用する際の注意事項が表示される。
1・乗合馬車で移動の際、プレイヤーは馬車内で特にイベントがない場合、時間をスキップできます。自動的に次にログインするときには夜の野営地かイベントの起こるポイントからになります。時間を効率的に使いたい方は、馬車内でスキップが表示されたら承諾しましょう。
2・乗合馬車には住人も乗っています。コミュニケーションをとることで、有益な情報を得ることがあります。
3・目的地までの間にクエストが発生することがあります。移動クエストは、目的地に到着すれば消滅します。
4・空腹状態のリセットの為に、野営地では必ず食事をしましょう。
5・トラベラーは乗合馬車に乗る際、パーティーに入れてくれるよう御者に頼まれることがあります。断っても構いませんが、承諾すると良いことがありますので極力承諾しましょう。
……ふむ。つまり、先に予約している5名様は、住人さんかもしれないってことか。
とりあえず僕たちは準備ばっちりっぽいので、追加で用意するものはない。この書き方だと移動の間はスキップで、野営地での住人さんたちとの交流は推奨、ってことかな?
イオくんが料金を先払いして、乗合馬車に乗るためのチケットを2枚受け取る。これは共有インベントリへ。集合場所は東門の前ということで、時間に遅れないように気を付けよう。
とりあえずギルドを出たら、知り合いになった人に「サンガに行きます!」と挨拶して歩く。ギルドに設置してある転移装置は1日1回は無料で利用できるから、サンガに行ってもイチヤに戻ってくるのはすごく楽なはずだ。僕たちが移動する理由は、朝になって人口が増えるイチヤを避けるため、ってだけだし。
実際、あんまり周辺を探索できてないから、いずれイチヤには戻ってこないといけないんだよね。
南門でソルーダさんに会えて、サンガに行くと告げたら「何かあったらザフの名前を出していいですよー。サンガなら通じますんで」という言葉をもらった。それって後ろ盾ってやつ? 何かがないことを祈って、迷惑はかけないようにしたいね。
キガラさんの店では奥さんのイリナさんにも会えた。これがすっごい美人さん。鬼人さんとヒューマンは異種族だけど結婚する男女が多いんだって。主に食文化の影響なんだとか。そして僕は奥さんに「お札をありがとう!」ってめっちゃお礼を言われて握手した手をぶんぶん振られたわけなんだけど、あの、手加減を、僕の筋力5ですので!!
イオくんに「ドンマイ」と肩を叩かれました。ぐぬぬ……。
そして僕がぐぬぐぬしている間に、イオくんの謎話術が大活躍してキガラさんからサンガの朝市の話が出た。
朝市! 市場だ!
「サンガは朝6時から8時までの間、朝市がある。そこで木材も売ってると思うぞ。ただ、いい物はすぐ売れるから、早めに行けよ」
「木材! 欲しかった情報です!」
そういえば市場はイチヤにはなかったよね。ちょっと楽しみ!
「朝市って食材中心のイメージだったけど、木材も売ってるんだ?」
「ん-、まあ半分は食材だろうな、あそこは美食の街だし。イチヤの果物も売られてるぜ」
「他にはどんなものがあるんだ?」
「そうだなあ、素材が多いかもな。毛糸とか布とか、鉱物もあれば木材もあるし、石や宝石、絵具、まあ色々な。トラベラーさんたちがきてからは、魔物素材はイチヤのギルドから流れてるはずだ」
「へー、何でもあるんだね」
生産したい人たちのための素材かなー。ぜひ行ってみたいね、朝市。
さくさくっと南側の挨拶回りが終わっちゃったので、少し離れているけど昨日に引き続きハンサさんの果樹園へ、買い物に行く。ノックして普通に出てきたハンサさんに「今日は木材を買いたいです!」と言って中の売店へと進んだ。
今日サンガへ旅立つ話をしたところ、うんうんとハンサさんは頷く。
「サンガは楽しい所だよ。朝市は行った方がいいと思うよ」
「朝市はぜひ行きたいです、木材も売ってるみたいですし」
「イチヤでは見かけなかったものも色々見かけると思うよ」
「楽しみです!」
「そうそう、ナツさん。腰痛のお守りをお札にしたら、買取るよ」
「アッハイ」
突然ぶっこんできたなハンサさん。やはり需要ありますか、豪華な枠入りの棒人間が……。
アシスト表示して一応柄を確認してみたら、あまりにもシュールだったので作ってなかったけど、ハンサさんになら……仕方ない。
「次回イチヤに戻ってきたときにはお渡しできるようにします……!」
「うんうん。是非頼むんだよ」
出来れば目立たないところに飾ってほしい、そんな風に願うよ僕は。
僕がお札とお守り用の木材を購入して、イオくんはリンゴジャムとリンゴと大豆を購入。コースターを共有財布から2個購入した。このコースターすごいんだよ、1個ずつ柄が違う。オンリーワンだよオンリーワン。ハンサさんが1つ1つ手彫りしてるんだって。
僕はユーグの彫刻にちょっと似た感じの植物系の柄があったからそれにして、イオくんは幾何学模様っぽいのを選んだ。マグカップは買ってあったし、イオくんにあとで珈琲淹れてもらおう。
あ、そういえば。
「ハンサさん、報告するの忘れてた! ラタのお守りは無事にイライザさんに渡しました!」
クエストはクリア表示になってたけど、こういうのはちゃんと言っとかないとね。ひょっとしてイライザさんからすでに報告を受けてるかもしれないけど、それはそれ。ハンサさんから作ってあげなさい的な助言をもらったのは僕なので、僕から報告するべき。
そう思って言った言葉に、ハンサさんは「うん、うん」と感慨深そうに頷いた。
「ナツさん、良いことをしたんだよ」
「お役に立てたならよかったです! すごく細かくてきれいな図案でしたね、僕にはとても作れそうにないなあと思いました」
何しろ今の僕にはリンゴとか棒人間あたりが精いっぱいだからね。絵心なんてものは無い!
それを考えると僕が<彫刻>選んだのは割と失敗なんだよね、リアルである程度の経験があるものを選ぶべきだったなと今なら思う。
でも、じゃあリアルでもやったことある生産スキルって何? ってなると……何? 僕は料理もできないし、裁縫も授業で2・3回やったことがあるだけ。鍛冶や調薬なんてむしろやったことある人いる? って話になるし。塗り絵とか粘土とかない?
「ふむ。ナツさんは<彫刻>よりも、<細工>の方が向いていそうだね」
ふいに、そんなことを言いだすハンサさん。
「<細工>ですか? それはどんなスキル?」
今までスキルリストで見たことがないな。首を傾げた僕に、ハンサさんはその詳細を教えてくれた。
<上級彫刻>のレベル10で金属への彫刻ができるようになるから、金属に1度彫刻を施すと、<金属加工>と言うスキルが出る。<金属加工>は、鉱石から不純物を取り除き、銅や銀、鉄等を塊で取り出すスキルで、これで加工した鉱石は柔らかいので鍛冶には使えない。アクセサリ専用とのこと。
<金属加工>は基本スキルで、レベルMAXで<細工>が出現する。<細工>はアクセサリを作るスキルなので、宝石を組み合わせたり革ひもや金属プレートを加工したり色々できる、らしい。
シルバーアクセを作った経験がある僕からすると割と好きな作業だな、多分。
「パズルのように素材を組み合わせてアクセサリにするんだよ。多分、ナツさんはそういうのが好きなんじゃないかと思うよ」
「ハンサさんにも心読まれてる疑惑! 確かに好きですそういうの!」
金属プレートにお守り刻んで、それをペンダントに、とかできるわけでしょ?
<彫刻>よりずっとそっちの方が楽しそう。せっかくのハンサさんのお勧めだし、ぜひとってみたいね。
その後、イオくんも「俺向きのスキルとかあるか?」ってハンサさんに聞いてたけど、ハンサさんは「料理道を突き進むんだよ」と即座に返していた。当然だね!
「これは料理人を目指すしかないよイオくん!」
「生産職は存在しない世界なんだが!」
「さすらいの料理人騎士……?」
「弱そう」
確かに。
トラベラーたちはぽつぽつと味噌や醤油を買いに来ているらしい。調味料のお店でハンサさんのことを知って買いに来る人が多いみたいだ。これからまた増えますとは言っておいた。ちょっと余所見してぼーっとしてたらイオくんがなんか熱弁してる……と思ったら、ねぎ味噌の作り方をハンサさんに伝授していたので、イオくんリアルでも料理人になればいいのにと思います。ねぎ味噌美味しいよねぎ味噌。おにぎりの具にしてほしい。
なんだかんだでイチヤで一番会話した相手ってハンサさんじゃないだろうか。ちょっと名残惜しく果樹園を出ると、ハンサさんはいつものように僕たちの手にりんごを持たせてすっと消えるのだった……。
これハンサさんのこだわりなのかな?
だいぶ慣れてきたけど、やっぱ心臓に悪いと思う。




