37日目:シリウスという名の宝石
「昔から、あなた達トラベラーさんの世界と私達の世界は交流を繰り返していたの。それで、5代くらい前の国王様の時代に、トラベラーさんが持ち込んだのが天球儀と星座の本だったそうよ」
慣れた手つきで紅茶を入れながら、マレイさんはそんな話をしてくれた。
「きっと、昔から双方の世界をつなげる構想があったのでしょう。トラベラーさんたちは様々な文化をこちらに紹介してくれたわ。ただ、政治や歴史の話は持ち込まなかったの、どんな影響を与えるかわからないっておっしゃって。だから文化のお話がメインだったのね」
「それで、天球儀と星座の本ですか」
「ええ、他にもたくさんの料理の本や、装飾品や被服の本なんかもあったと聞くわ。でも、この国では星は特別な存在だもの」
人気のある話題だったってことだね。さっきもマレイさんが言ってたみたいに、えっと、『星こそが、民の求めうる至上の光』……だったっけ? あれ、でも……。
「僕の友達が、この世界の天球儀は僕達の世界のとは違うって言ってましたけど……」
「あら、博識なご友人をお持ちなのね。そうよ、トラベラーさんが持ち込んでくれた天球儀は、こちらの星空とは全然違うものだったの。でも、天球儀というアイデアは素晴らしいものでしょう? 国王様は即座に国内の天文学者に命じて、この世界用の天球儀を作らせたわ。そして、こちらの夜空に輝く星の中でも、明るく目立つものを選んで名前をつけたの。……トラベラーさんたちの世界の星の名前を拝借したのね」
「あ、なるほど」
それで星座が違うのに、リアルの一等星の名前が使われてたんだねえ。僕達の世界の星座や星の名前をこっちの世界に輸入してたってことか。リゲルさんの名前を聞いたときにもっと疑問に思っておけばよかった気もするけど、同じ音でこっちの世界だと別の意味になる名前の可能性もあったし。
まあ、結果として今聞けたから良しとしよう。
僕がほへーっと聞き入っている間、テトはきらきらのフルーツゼリーをマレイさんから出してもらって恍惚の表情である。「すてきー!」とうっとり眺めてため息をついている。食べないの? って聞いてみたら、もーちょっとー! って返ってきたので、しばらく目で楽しむようです。
「それまでこの世界には、星に名前をつけるという発想はなかったの。だから皆さんの世界から入ってきた星の名前に、皆が熱狂したのね。星の名前を子どもにつけるのがとても流行った時期もあるのよ、最近はその流行りも落ち着いているけれど……だって、一等星の名をいただくなら、その名に見合う人物でなければと思うでしょう?」
「確かに……? 周囲からの期待は大きいかもですね」
「ええ、それが理由で廃れたの」
うーん、ナルバン王国では星が偉大なものだから、その偉大な名前をつけられちゃったらプレッシャーが強くてしんどい、ってことでいいのかな。リアルでも、偉人の名前とかつけちゃうとその方面の能力を期待される、とか無くはないけど。その感覚がずーっと強いってことか。
どうぞ、と紅茶を差し出されて、お礼を言って受け取る。すごく華やかな香りがしたので、めっちゃお高い紅茶だと思うよこれ。
「美味しい! すごく香りが良いし、飲みやすい紅茶ですね」
「あら、紅茶がお好きなのかしら。味のわかる方で嬉しいわ、ヨンドで作られているブランドを取り寄せておりますの」
こちら、と紅茶の缶を見せてくれたので、僕はブランド名をメモしておいた。えーと、紅茶工房ティーラベルの、朝摘みブレンド……。ヨンドに行ったら買わなくちゃ。
缶もなんか町並みっぽい絵柄ですごくかわいい。これはセンスを感じるね。
「珈琲も紅茶も好きなので、ヨンドに行くのが楽しみになってきました!」
「あら、それならばきっとヨンドは気に入るわね。でも忘れてはだめよ、安くても美味しい紅茶はあるし、高くてもそれほどでもないものがあるわ。大事なのは自分の好きなものを選ぶこと……だって、評判やブランドに左右されて好きでもないものを買うなんて、馬鹿らしいことですもの」
「肝に銘じます」
マレイさんは自分に自信のあるタイプって感じかな。僕もどっちかというとブランド名より好み重視だから、そこは大丈夫だけれども。
「さあ、それではお見せしましょうかしら。十年に一度しか会えないと言われる、至上の宝石を」
微笑んだマレイさんが、席を立ってお店の金庫から1つの箱を取り出す。それをきれいなトレイに乗せて戻ってくると、流れるように薄手の手袋をはめた。
宝石って、素手で触っちゃだめなんだったよね。皮脂がつくとよくないんだったっけ。……僕は一応手袋してるから、うっかり触っちゃっても大丈夫……!
「テト、きらきらの宝石見せてくれるって」
きらきらー!
素敵なゼリーに夢中になっていたテトさん、ようやくゼリーから視線を外した。まだ見てたの? と思ったら、ちょっとだけかじってるみたい。端っこの方に歯型がありました……テト、一口がちっちゃいねえ。君は本当にちまちま食べるのが好きだな?
ながくあじわうのー。
「通だねえ……」
さて、テトさんは一旦ゼリーを置いといて、きらっきらの眼差しをマレイさんを見つめた。期待がびしばしと伝わる視線である。マレイさんはそんなテトに微笑みを返し、
「テトちゃんの瞳はオパールの輝きね」
と一言。わかっていただけますか……!
「ですよね! 僕もそう思ってます!」
力強く同意すると、マレイさんは「あとで最高級のオパールを見せて差し上げるわ」と言ってくれました。やったー、嬉しい! テトも自分の目がどんな感じだかわかって、きらきらだって喜んでくれるでしょう。
マレイさんは金属製のきれいなトレイの上で、四角い箱をそっと開ける。よく指輪とか入ってるような、ちょっと豪華な箱で、見るからに高級品入ってます! って感じのベルベット素材の箱である。
その中に入っていたのは、青い宝石だった。
つい先日海洋研究所で見た宝石、深海でしか見つからないという青い石があったけど、あれは深い青、ロイヤルブルーという色だった。けど、こっちの宝石はまさに青、よく晴れた日の夏の空のような色だ。シャンデリアの光を受けて、まばゆいほどの輝きを放っている。
あおはねー、イオのいろー。きれーい、きらきらー!
「きれいだねえ。すごく光を反射するけど、これはカットでこうなるんだったかな……?」
「そうね、カット次第で輝きは変わるわ」
直径2センチほどの、カット済みの石。それを慎重につまみ上げて、マレイさんはシャンデリアの光にかざした。
「シリウスの特徴は、その美しい青。そしてそれを光にかざしたときに落ちる影の色よ」
「影……? あ、すごい、虹色」
マレイさんの言葉に、光にかざしたことで落ちた影に視線を移す。言葉通りに虹色の影が落ちていた。なんとなく色が混ざったような感じじゃなくて、結構しっかりと、本物の虹のように色が層になっている。
「え? 青い石なのに?」
「不思議よね。でもこれがシリウスと他の宝石を区別する重要な特徴なの。影がこのように美しい虹を描くことから、この宝石はイヤリングにされることが多いわ。指輪やネックレスにしてしまうと、台座があって光にかざしにくいでしょう?」
「へえ……あれ、それならこの大きさはちょっと、大きすぎませんか?」
「そうね、おそらくナナミで半分にされて、1対のイヤリングになるでしょう。本当に惜しいわ、この素晴らしい大きさの石を割るなんて……」
ほうっとため息をついて、マレイさんはシリウスを箱に戻した。
きらきらは、おおきいほうがよいのー。
テトが主張するけど、僕もそう思うよ。マレイさんもきっと大きいほうが良い派の人だと思うけど、イヤリングにはしづらいからなあ。
「どうかしら、テトちゃんの好きなきらきらの石でしょう?」
「あ、はい。さっきから素敵ーってうっとりしてます。きらきらは大きい方が良いそうです」
「そうよね、わかってくれて嬉しいわ」
微笑んだマレイさんは、一旦宝石を金庫に戻してから、別の宝石ケースを持って戻ってきた。貴重な石ですごくお高いから、金庫からあんまり出しておきたくないらしい。
「ロクトで算出された宝石は、2つのルートで搬出されるわ。高級品はゴーラとヨンドを経由してナナミへ行くの。イチヤからニムを経由するルートは、ニムで消費される宝石のみ。宝飾職人はニムとナナミに多いのだけれど、とにかく芸術性を重視するナナミの職人と、効果や実用性を重視するニムの職人たちは、あまり仲良くないのよ」
「方向性の違いってやつですか……!」
トラベラーにとっては断然ニムの実用性重視のものが需要高そうだけど、宝飾品だもん、芸術性を求めるのは正当な気がする。ということは、ゴーラに入ってくる宝石類は高級品ってことか。
「なるほど、ゴーラじゃあんまり高級な宝石って、需要なさそうです」
「その通りね。せっかくゴーラに運び込まれて、ここなら選び放題だというのに、需要がありませんの。ヨンドでは杖用に少し売れることがあるけれど、同じようなものね。この店の宝石類も、提携している宝石商が定期的にヨンドへ運んでいるのよ」
マレイさんは、それがちょっと面白くないみたいだった。せっかくお店を構えているのに一般のお客さんに売れないというのは、確かに店主としては面白くないかもね。宝石商さんには売れるんだろうから、お店の経営には問題ないんだろうけど。
「だから私、とても退屈していたのよ。ナツさんとテトちゃんが遊びに来てくれて嬉しいくらいに」
「僕達も買えませんけど……」
「うふふ。大丈夫よ、無理に売りつけるようなことはいたしません。でも、そうね。ナツさんも珍しい石を持っていたらぜひ見せてほしいわ。望むのなら同じくらいの価値を持つものと交換もできてよ」
「おお、それはすごく興味ありますね」
うーん、でも僕って何か珍しい宝石持ってたかな? ユーグくんの紫水晶くらいしか宝石は……。あ、宝石じゃない石ならいくつかあるか。えーと……。
「珍しい石って言うなら、こんなものがありますけど」
インベントリから出してみたのは、グランさんの聖獣石。別に交換に出すつもりはないけど、珍しい石なら当てはまるよね? と思って出してみたんだけど、それを見た瞬間マレイさんはぴっと背筋を伸ばした。
「待って頂戴」
「はい」
「……当店にそれに見合う商品は置いていないわ。シリウスはナナミに売約済みなの」
「あ、はい」
交換するつもりはなかったけど……グランさんもすごく高価だよって言ってた気がするし、多分、本当に言葉通りにすごく高価なんだな。価値はちょっと知りたくないかも。大事にしていずれなんかすごいアクセサリとか作りたい。
ささっと聖獣石をインベントリへ移して、えーと、他の石……。
「精霊石は流石に出さないほうが良いかなあ」
「聞かなかったことにするわ」
「あ、はい……」
だめかー。じゃあ残念だけど他に石類はないなあ。