37日目:南北通り南の探索
ゴーラの南北通りは、その名の通り南門と北門をほぼ真っすぐつなぐ通りである。ギルド前通りとは、十字に交わる形だ。
ギルドを出てからまずはギルド前通りと南北通りの交差するところまで出て、さて、そこからどっちに行こうかな?
「北にする? 南にする?」
この通りは昨日全く探索してないから、どっちに行っても構わない。ちなみに、スペルシア教会の場所はやっぱりトラベラーズギルドの近くにあるっぽいので、午後に訪問予定。ゴーラのお菓子屋さんとかも知りたいから、通り沿いにあると良いなあ。甘いものがあるとテトも喜ぶだろうし……。
「南行くか。ダナルが昨日、南門付近は鉱物や宝石が売ってるって言ってたから、ナツのアクセサリ作成用に良いんじゃないか?」
「あ、それは気になる!」
「良いですね、鉱物の中には粉にして薬に使えるのもありますし」
え、石を薬にするの……? それはちょっと大丈夫なのかなって気はするけど……まあアナトラ世界でなら大丈夫なのかな?
テトは石には興味ない感じで、ぴとーっと僕の隣に引っ付いている。調子は戻ったけど、まだまだ普段の様子には戻れないみたいだね。
「じゃあ、南の方へ。ロクトで採掘された鉱石が入ってきてるんですね」
「そっか、南方面ならロクト近いもんね」
サンガはロクトと直接つながる道がないから、鉱石ってほとんど見かけなかったんだよね。朝市では多少売られてたみたいだけど、需要がそもそもそんなにないという話だった。ゴーラは南門から直接ロクトに道が通じてるから、運搬も楽そう。
鉄とかは、きっと船にも使われるだろうし。そう言えばゴーラの船って、金属と木を両方使っててちょっと変わった見た目だったような。きっと魔法で強化とかしてるんだろうけど、ちょっとおもちゃっぽくてかわいいんだ。
僕達が南門へ向かって歩き始めると、朝8時くらいなのにもう開いている店もあった。軽食を出す店とか喫茶店が、漁帰りの漁師さんたちのために開いてるっぽい。その他の店は、この時間だとまだ閉店中だ。看板を読むと、どうやら生活用品のお店が多いみたい。
「金物屋さん、家具屋さん、えーと……ここは修理屋さん?」
「道具修理ってあるな」
「こっちは布屋ですね。寝具を売ってる店もあります」
寝具のお店は他の街では見なかったかも。ちょっと興味はあるけど、寝具を買っても使わないか。いつか拠点ができたらほしいところだけど。
他にも靴屋さんとか帽子屋さんとか、服を売っている店なんかも続いて、南門が見えてくる頃にようやく鉱物を売っているお店が出てくる。
「あ、宝石店! まだ開いてないけど……」
「ナツさん、原石の店もありますよ」
鉱物を売っている店も、鍛冶用と装飾用で店が別れている。強度とか鉱物の含有量とかが違ってくるのかもしれない。アクセサリ用に金属を抽出すると、鍛冶には向かないって言われるもんね。
「9時から開店の店が多いな」
「まだ大分時間あるねえ」
時間を潰すか、戻ってまた後で来るか……どっちがいいかなあと思っていると、隣でテトが「にゃっ」と小さく鳴いた。
あまいのあるよー。
「甘いの? なにか屋台があるのかな?」
わかんなーい。こっちー!
てててっと歩き出す白猫さんの後をついていく。南門の前には他の門のところと同じように、ちょっとした広場みたいな場所があった。その一角に、もうすでに商売を開始している屋台が1つだけある。
「飴屋さんかな?」
ねこー!
テトが目を輝かせて見本の飴を見つめる。リアルで言うところの、ベッコウ飴とかいうやつだ。黄金色に輝く飴は、それぞれがいろんな形に加工されていて、真ん中くらいに猫の形のやつもあった。1個の大きさは小さいけど、量り売りをしているようだ。
「いらっしゃい、瓶も選べるよ」
砂糖を原料に、その場で飴を作って固めているのはヒューマンの男性。30代くらいの、細身で目の細い人だ。その細い目を更に細めて、テトのきらきらした眼差しを受け止めている。
「こんにちは! 僕はトラベラーのナツ、この子は僕の契約獣のテトです。後ろにいるのは、青髪のイケメンがイオくんで緑髪のイケメンが如月くんです、よろしく!」
「おや、ご丁寧にどうも。飴屋のカルムだよ」
テトだよー! ねこのあめさんかわいいのー。すてきー!
にゃあん、と賛美の声を上げたテトは、へばりつくように猫の飴を見つめている。……テトの契約主としては、ここで買わないという選択肢はないのである。
「猫の形の飴ください! 瓶ってどれですか?」
「お、毎度。一番小さい瓶がこれ、中くらいがこれ、大きいのはこれだよ。大きいのは形が選べないけど、小さいのと中くらいのは3種類あるから、選んでいいよ」
カルムさんがそう言って瓶を並べてくれた。丸い瓶と、四角い瓶と、猫の耳がついている丸い瓶……こんなの猫の瓶一択じゃん。
「中くらいの猫の瓶で3つお願いします!」
「はいよ。どれにする? 全部猫?」
「テト、全部猫さんでいい? 他のも入れられるよ」
えっとねー、おほしさまもー。
「じゃあ猫2つと星が1つでいいかな?」
おねがいするのー!
嬉しそうなテトに僕も嬉しくなりつつ注文すると、カルムさんが丁寧に瓶に飴を入れてくれる。なんかペラっとした紙も一緒に入れて、これは湿気取りだから食べないようにね、という注意をもらった。アナトラ世界にも湿気取りがあるのか。
お金を払って受け取った瓶のうち、2つインベントリにしまい込んでから、1つだけ開封してテトに猫の飴をプレゼントする。うーん、型で固めてるんだろうけど、かわいいなあ。
「はい、テト。あーん」
あーん。
ぱくっと飴を口の中に入れたテトさん、にこにこで「あまーい♪」とご機嫌になった。
「大きな猫さんだね、息子がいたら喜んだだろうな」
嬉しそうなテトを見て、カルムさんが穏やかに呟いた。お、息子さんは猫好きですか。この場にいたらぜひとも撫でてもらいたかったね。
「あ、もしかして息子さんが猫好きだから猫の瓶が……?」
「そうだよ。瓶は息子が作ってるんだ、錬金術を使えるから」
「なるほど、素晴らしいお仕事……!」
ねこすきにわるいひとはいないのー。びんとってもすてきってつたえてねー。
「テトが、瓶とっても素敵って伝えてほしいそうです!」
「あはは、きっと喜ぶよ、ありがとう」
会話をしながらも、飴が次々と出来上がっていく。手つきの鮮やかさに、テトと一緒にわくわくしながら見つめてしまう。
「この飴は、携帯食ってことか?」
「そうだよ。旅にはエネルギーがいるから、糖分は重宝されるんだ。午前中に出る馬車が多いから、この屋台は7時から12時まで出しているよ」
へー、そういう感じなのか。でも確かに飴なら日持ちもするし、甘いものを食べると安心できるもんね。ということは、他の門の前でも屋台出してるのかな? と思って聞いてみると、「ここだけだよ」との返事。
「北門も西門も、道がそれほど険しくないから。ロクトへの道はちょっと険しいから、神経も使うしね。だから特に需要が大きいんだよ」
「なるほど」
道が険しくて神経を使うから、糖分への需要が大きいってことか。納得である。……ということは、僕達はやはりヨンドへ行くほうが良いかも。あんまり険しい道通りたくないもんなあ。
そんなことを僕が考えている間に、イオくんは首尾よくカルムさんから南門付近にどんな魔物が出るのかを聞き取っていた。カルムさんは自分が見たわけじゃないけど、という前置きをしてから、よくワイルドピッグが倒されているらしいという情報をくれたのだった。
ワイルドピッグ……ワイルドな……豚?
「豚肉!!」
「いや反応早えな」
「肉は大事だよイオくん! 豚肉は応用の幅が広い!」
「生姜焼き! 豚丼! 肉じゃが! 肉野菜炒め!」
「如月まで……?」
困惑の顔をするイオくんだけど、僕達の言わんとするところは察したらしい。つまり……肉食いたい! というこの熱い思いを!
「いや、今日は戦闘はしないって言っただろ」
「はっ」
「そう言えば……!」
「なあテト。今日はナツと一緒がいいだろ?」
いっしょー!
あっ、イオくんそれは卑怯……! テトにぴとっとくっつかれてしまっては流石に強行はできない。くっ、残念だけどまた後日豚肉を集めに来なければ……!
ところで、如月くんの家は肉じゃがは豚肉派?
「豚肉ですね。そういえば、関西は牛肉使うんでしたっけ」
「あ、そういう区分なんだ。僕の家も豚肉だったけど、クラスメイトには牛肉って人もいたからどっちが主流なんだろうなって思ってた」
僕の家が関東だから豚肉だったのか。なんかそういう、地域によって違うのあるよね。出汁も関西と関東じゃ違うわけだし。どっちも美味しいけど。
広場のベンチに座る僕に、ずしっと上半身を乗っけて重しになるテトさん。現在時間つぶし中である。9時まで待てば鉱物の店が開くので、後もう少しだから待つことにしたのだ。ついさっき、トラベラーさんが屋台を出してくれて、なんとたこ焼きが買えるということで出来上がりを待っている。
朝ご飯は食べたけど。
でもたこ焼きって言われたら別腹じゃん?
「そう言えばたこ焼きも関西と関東で違うらしいですね」
「え、そうなんだ? どんな違いが?」
「関東のは表面を揚げる感じでサクッとさせるのが多いですけど、関西のはトロットロなのが主流だって聞きましたよ」
「確実にやけどするやつだ……!」
えー、でも絶対美味しいよね。関西の方がたこ焼きは本場だし、やっぱり本場のものは美味しいって決まってるからね。リアルで関西行くことがあったら絶対たこ焼きとお好み焼きは食べたいものです。
屋台のトラベラーさんに呼ばれて、イオくんと如月くんがたこ焼きを取りに行ってくれた。僕は膝の上に猫がいるので動けません。
「ほら、ナツの分。テトに食わせるなら冷ましてやれよ」
「はーい! 取ってきてくれてありがとう、イオくん」
「おう」
さて、たこ焼きである。おお、すごい、鰹節とソースとマヨネーズがちゃんとかかっている……! 青のりはないけど、そもそものりがなあ。市場でも見かけなかったし。そして爪楊枝がちゃんと刺さっていて、市販のたこ焼きとほぼ変わらない見た目だ。
「ナツはやけどすんなよ」
「ぐっ、僕は学習する男なので……!」
ちゃんと冷まして食べる、了解。でも熱々が一番美味しいと思うんだよ、ほんとに。
「テトもたこ焼き食べてみる? 冷ましてあげようか」
たこやきー?
「ソースとマヨネーズが相性抜群なんだよ。ちょっとまってね」
1個だけ爪楊枝にさして、これだけを【適温】にして……っと。
「はい、あーん」
あーん。
ぱくっとテトさんがたこ焼きを頬張る。僕の好みと同じなら、多分これも気にいると思うんだけど……どうかな? と思って表情を確認すると、テトはぱあああっと表情を明るくした。
おいしー! とろっとしてるのにこりっとしてて、マヨネーズとソースがまざってとってもまーべらすー!
「ま、マーベラスどこで知ったの……!?」
テトの語彙力、ちょっと審議が入ります。