37日目:しょんぼりテトさん
いつも誤字報告ありがとうございます、助かってます。
いや死なないから!
と心の中で叫んで起き上がったら、そこはギルドの2階、宿泊スペースであった。隣ではイオくんもちょうど起き上がったところで、向かいには如月くんもブランケットを畳んでいる。
「……おはよう!」
「おう、おはよう。よく寝たな?」
「MP枯渇からのテトロケットで気絶しました」
「おう、知ってる。テトフォローしとけよ」
あそこ、と指さされたのは大きな宿泊スペースの端っこ。壁に沿ってきゅーっと小さくなって、どよーんと雲を背負ってる感じの白い巨大猫……テトさん、めっちゃ落ち込んでいらっしゃる……?
ナツつぶしちゃったの……かよわいってしってたの……。
「あっ! テトのせいじゃないから! 普通にMP枯渇しただけだから大丈夫だよテトー!」
そっかー! 昨日テトロケットがぶつかったせいで僕が気絶したと思っちゃったのか! 違う違う、その前から気絶カウントダウンしてたからねー! とフォローを入れる僕。そろーっと視線を上げたテトさんは、僕を見て、しょぼんと床に視線を落として、もう一度僕を見た。
ナツ、げんきなのー?
「元気元気! おはよう!」
よかったのー。
てててっと近づいてきたテトさんは、めちゃくちゃそーっと、やさしーく、僕にすり寄ったのであった。め、めちゃくちゃ気を使われている……! 大丈夫だからね本当に!! でも気遣いのできる猫、えらい!
わしゃわしゃとテトを撫でていると、僕の分のブランケットもついでに畳んでくれたイオくんが、
「いきなりMP枯渇したな、やっぱり転移系使ったからか?」
と問いかける。
「だと思う。置き換えただけだけど、距離的にはそんなに遠くなかったし、置き換えたものも手のひらに乗る程度の小さい貝。この条件で500あるMPが枯渇だよ? とてもじゃないけど人間を転移させるとか無理だよね」
「ナツはMP節約するスキルもあるよな?」
「あるよ! それに、<原初の魔法>だから、MP使用量かなり減ってるはずなんだ。それなのに一瞬」
「やべーな」
「やべーよ。しかもさー、MP枯渇で気絶したからちゃんとステータス見たわけじゃないんだけど、多分MPマイナスになってたんじゃないかな。6時間以上の睡眠を取ればMPやHPは満タンになるはずなのに、今の僕のMPまだ半分しか回復してないもん」
「マジか」
これがマジなんだ。どのくらいマイナスに割り込んだのかはわかんないけど、僕が気絶してから確実に6時間以上時間が経ってるはず。正確な時間とか覚えてないけど、仮に気絶した時点で夜9時だったと仮定して、今が朝7時ということは……10時間は休んだはずなんだよね。
MP半分もあれば十分ではあるけど、一応MPポーションの品質が低いやつを飲んで満タンに近いところまで回復しておこう。
「ナツお前、転移系はなるべく使うなよ。テト泣くぞ」
呆れた顔で言われたけれど、イオくんの言葉は結構僕のハートを抉った。この天真爛漫な家の猫さんに泣かれてしまうのは本意ではない……! 反射的にテトの表情を伺うと、いつもわくわくきらきらしているオパールの瞳に、うるうると涙が溜まっている。が、ガチに泣かれるパターンだ……!
「気をつけます……!」
流石に、心の底から反省の意思を示した僕である。
「よし、許す」
ゆるすー。
「ありがとうありがとう! 許された!」
僕が気絶した後、イオくんがおぶってくれてギルドまで戻ってくれたらしいんだけど、テトが本当に大変だったと如月くんが教えてくれた。
「とにかくナツさんをおぶったイオさんから離れなくて、ずーっとまとわりつくのでイオさんが動けなくて」
「めちゃくちゃ想像できる」
「頑張って引き剥がしてなだめてました」
「ご迷惑をおかけしました……!」
テトさん、なんて契約主思いの子なんだ。撫でます。
ブランケットを返してギルドの1階に降り、フリースペースを借りる。まずは朝ご飯を食べなければ始まらないのである。
「港倉庫街に行けば、屋台とか店とか開いてると思うけどな。昨夜、無性に食いたくなって作ったシンプルな塩鮭がここに」
「最高では?」
「ついでに炊いた米がこの土鍋に」
「イオくん天才だったか……っ! 知ってたけど!」
僕が気絶している間にちゃっかり塩鮭を焼いていたらしいイオくんが、ちゃっちゃとそれらをテーブルの上に並べる。ほうほう、サンガで購入したこだわりの塩を使ったと。それはめちゃめちゃ期待が高まりますね……。
イオくんと如月くんが食事の用意をしてくれている間、大変申し訳ないけど僕は身動きが取れない。なぜならテトがどどーんと僕のお膝の上を占拠しているので。意地でも動かないぞ、の構えである。今日ばかりは朝ご飯にも興味を向けることなく、ずっしりと僕の重しになっている。
うーん、ここまで心配かけてしまったか。反省、大いに反省します。
「さて、今日は何しましょうか。テトが心配しそうなので戦闘はやめときましょう」
「くっ、気遣いのできる如月くん……! ありがとう、そうしてもらえると助かる」
いただきますと食事を開始しつつ、今日の予定を立てる僕達である。と言っても、今日はテトが絶対僕から離れないという姿勢を見せているので、契約獣が強制ホームに入ってしまう戦闘はやめておかねばなるまい。テトの心のケアが最優先である。
とすると、ラメラさんのところに行くとか、ナムーノさんに杖の強化ができるお店を聞くとか、そういう事もできるけど……。
「教会は? 昨日イオくん場所聞いてたよね」
「おう。イチヤと同じで、10時から15時まで開放してるらしい。南北通りを一通り探索してから教会でいいか?」
「異議なし」
午後はロミちゃんのところにって思ってたけど、今日のテトは僕から絶対離れないモードなので競争は無理そう。教会に届け物をしたら時限クエストが1つ終わるし、なにか新しいクエストが拾えるかもしれない。
何もなかったらイオくんと如月くんの武器の強化に行くのも良いよね。
「港は今日は行かなくていいかな……って思ったけど、スープは飲みたい」
「白浜の風亭、めちゃくちゃ美味いんだけど、混んでるんだよな。贔屓の店にするには、ちょっと騒がしすぎる。他の店を探してみるのもいいんじゃないか」
「一理あるねえ」
僕とイオくんは、基本騒がしい店が好きじゃない。もっと落ち着いてて静かに食事ができるところがベストだから、新規開拓は確かに必要かも。ただ、ナムーノさんが辛いスープの後にはミルクスープ系がくることが多いって言ってたから、ミルクスープだったら飲みに行きたいんだよねえ。
今僕のお膝の上にいる巨大猫さんが、白い食べ物好きだから、ご機嫌取るためにも……!
「見るだけ、どんなスープか確認するだけでも……!」
「わかったわかった」
そんなやり取りをしながら朝ご飯をいただいて、しっかりと噛みしめる。うんまあい。塩が違うってイオくんは言ってたけど、塩だけでここまで美味しくはならんのだ。鮭の素材の良さ、塩の良さ、そして料理人の腕の良さの総合点が高いのだ……!
その証拠に、さっきから如月くんは無言で貪り食ってるからね。はー、凝った魚介料理も良いものだけど、こういうシンプルなのが結局一番心に残るんだ、僕は知ってるんだ……。
「テトも一口食べない? はい、あーん」
あーん。
「イオくんの作ってくれた焼き鮭美味しいでしょー?」
おいしいのー。イオはやはりてんさい。
「ねー!」
満足そうに微笑んでくれたけど、まだいつもの元気はない。テト重症だなあ……。
僕がむむっと唸っていると、一足早くご飯を食べ終わった如月くんがそんなテトを見てちょっとだけ苦笑していた。しょうがないの顔だ。
「ゴーラは魚が美味いのは当然として、肉食べられる店も探したいですね」
「あ、それはあるね。ずっと魚食べるのも飽きそうだし、たまにお肉食べたくなるだろうし」
「俺の手持ちの肉も限りがあるからな」
しれっと何気ない話を振りつつ、如月くんはインベントリから卵を取り出した。ほんのり黄色の卵の出現に、テトはぴくりと反応する。これは……後輩の存在をアピールしてテトの意識をそらす作戦……! 如月くん、とても賢いな!
さりげなく、しかし確実にテトの視界に入るように卵に魔力を込めた如月くんは、僕に向かってすっとそれを差し出した。テトに直接声をかけないのがコツである。
「卵って、他の人も魔力込められるんですよね。ナツさん、よかったら込めてやってくれませんか」
「わーい、ぜひ!」
喜んで卵を受け取ると、テトさんはそーっと僕の膝の上から起き上がった。僕から離れたくないけど、後輩も気になるって感じだ。じーっと黄色の卵を見つめるテトに、
「テトも一緒に魔力込める?」
と聞いてみると、テトはずっとへにゃっとさせていたお耳をようやくぴんっと立てた。
テトもこめるー!
「うんうん、一緒にやろうか。テトの可愛い後輩だもんねー」
と言っても、テトは実際魔力込めることとかできるのかな? ちょっとわかんない。契約獣の卵は、一番多く魔力を込めた人との契約になるけど、1日の上限がある。だから僕達が魔力込めすぎても、うっかり如月くんの込めた魔力量を超えることはないのである。
「はい、テトも卵触ってねー。いくよー」
はやくあそびたいのー。
テトが前足をてしっと卵に当てたので、僕も卵に手を添えてわーっと魔力を込めてみる。テトは魔力微妙に渡せてるかなー? ってくらいだったけど、ちょっとでも渡せれば満足っぽい。
テトのこうはい、いつうまれるー? いつかなー?
「うーん、まだ魔力半分も込められてないから、あと3日くらいかかるかなあ」
テトは「ナツがさんかいねたら、みっかー」と呟いてちょっとだけ残念そう。もっと早く会いたいらしい。でもほら待つ時間が長いと会えたときの感動も大きいからね。という僕の説得に、なんとなく納得したらしいテトは「そっかー」と頷いた。
はやくあそぼうねー。
卵にすりすりして、テトはちょっぴりしゃきっとした。先輩としての自覚がテトを成長させている感じがするね。成長する猫、とてもえらい。
「そうだね、早く生まれてくるといいね。如月くん、卵ありがとう。返すね」
「はい。ナツさん幸運込めといてくださいね、できるだけ」
「く、幸運さんに対するこの絶大な信頼……!」
僕の魔力込めたところで幸運値は高くならないと思うけど……! でももしちょっとでも幸運な子が生まれてくるなら、それはそれでラッキーだし。
「テトもありがとう」
如月くんに褒められて撫でられたテトは、朝のしょんぼりとした雰囲気をようやく払拭し、尻尾をぴーんと立てるのであった。
どういたしましてなのー! テト、せんぱいだからー!