36日目:案内人をゲットしたのだ
「なんだかね、輝きが違うんですよ。我ら妖精類の輝きに近い何かが、あの白猫さんの周囲をほわーっと包んでいるんです。素晴らしいです。愛おしいです。最高です」
「ア、ハイ。卵の頃にたくさん祝福してもらったからですかね……?」
「そう、それはさながら妖精類たちの身内……ああ! なんと尊い存在なのか!」
大げさな身振り手振りでテトのことをそんなふうに表現してくれたのは、ヨンドから海洋研究所に出向中の「偉い学者さん」、エルフのナムーノさんである。なむーの。なんか声に出して呼びたい名前だ、ナムーノさん。
立派なヒゲを生やした結構なおじいちゃんである。エルフは長寿種族だから、そのエルフのおじいちゃんともなれば、まあ結構なお年であろう。
そんなおじいちゃんがテトの尊さについて力説してくれているこの状況……なんか……シュールだな……? と思うものの、家の可愛いテトさんを褒められることについてはまんざらでもない僕です。ふふん。
それにしてもテト、やたらモテるなあと思ってたら、やっぱり理由があったのか。
サンガで祝福してくれた妖精類の皆さんに感謝だなあ。
「ナツ、現実逃避してんなよ。そろそろ行くぞ」
「はーい。テトー! 残念だけどそのくらいで切り上げてー!」
わかったのー! おしまーい!
きっぱり握手会終了を宣言するテト、にゃーん! と高らかに一鳴きすると、てててーっと僕の方に戻って来る。その背後で終了を宣言された妖精類の皆様が、「ああっ! そんなあ!」「かむばあああっく!!」と地面に崩れ落ちるのであった。
いやあ、みなさん、ノリがいいなあ……。
「いっぱい撫でてもらって良かったね! 楽しかった?」
にゃふー。まんぞくー。やっぱりなでてもらうとてろーんってなっちゃうのー。ほんとにこれきらいなこいるのー? テト、なでてもらうのだいすきー。
「うーん、まあ色んな子がいるからねえ」
猫にも、撫でられるのが好きな子と嫌いな子がいるだろうし、ブラッシングが好きな子も嫌いな子もいるのである。シャンプー平気な猫さんもいれば、水絶対だめな猫さんもいる、そういうものなのだ。みんな違ってみんな良いのである。とりあえずテトは撫でよう。
ところでさっきから僕が会話していたナムーノさん。
どうやら研究者としてだけでなく、結構顔が広い人らしくてね、もともとはテトの握手会で人だかりができちゃってたのを「何事か!」と見に来たんだけどね。中心にいたのが巨大猫さんであり、皆が恍惚の表情でその猫を順番に撫でているだけ……ということがわかり、率先して列の整備をしてくれたらしい。
家のテトが大変ご迷惑をおかけしまして、と契約主として謝罪したところ、「後で少しだけ撫でさせていただければ許します」とにこにこ笑顔で言われたのである。というわけで、ようやく握手会が解散した今、ナムーノさんの番なのだ。
「ささ、ナムーノさんもどうぞ! テトの毛並みは毎日僕が寝る前にブラッシングしているので、さらさらつやつやです!」
「おお、ありがとうございます! この瞬間のために長生きしている気がします……!」
長生きエルフのおじいちゃんまで虜にしてしまう家のテトの才能が怖い。まあそれは置いといても、では遠慮なく、と両手でわしゃわしゃーっとテトを撫でくりまわす手つきは実に容赦がない。テトも大満足の撫でっぷりである。
にゃわー!
と楽しそうに黄色い悲鳴を上げるテトさん、にっこにこである。好みの撫で方らしい。
「素晴らしい手触り、素晴らしい契約獣、素晴らしい日です……!」
すばらしいなでかたなのー。このひとなでなでのプロになれるのー!
「ナムーノさん、家のテトが素晴らしい撫で方だと太鼓判押してますよ」
「光栄ですねえ!」
無邪気に喜ぶナムーノさん。さっきから、なんか道行く人たちがちらちらこっち見て通り過ぎていくんだけど、多分なんかの有名人なんだろうなあ。<グッドラック>さん、仕事しましたか? 多分したよね。いつもありがとう。
「テト、このひとはナムーノさんだよー」
なむーのー?
「はい、ナムーノです。こう見えて187歳の年寄りでしてな、そこの海洋研究所の所長なんぞをやっております」
ナムーノさん、僕に自己紹介したときより何倍も丁寧にテトに自己紹介し、恭しく一礼した。っていうか海洋研究所の所長さんでしたか。それ僕には言ってくれなかった情報ですが……!
しょちょーさん?
「あそこの研究所でお仕事してるんだって。一番偉い人だよ」
なるほどー。おしごとしててえらーい!
テトは僕の適当な説明に、うにゃん! と満足そうに頷いた。お仕事大好きなので、お仕事頑張っている人たちへの好感度が高い家の猫である。ナムーノさんにも「えらいのー!」と褒めつつスリスリしてあげている。あ、あの、なんかそのエルフのおじいちゃん喜びに打ち震えているので、手加減してあげてねテトさん……!
一人でハラハラする僕である。
そしてそんな光景を暖かく見守ってくれていたイオくんと如月くんだけど、港倉庫街にはまだまだお店がたくさんあるので、ここでいつまでも立ち止まっているわけには行かない。
「ほら、そろそろ行くぞ。ナツはまだまだ欲しいもんあるんだろ?」
「初日で全部買うつもりはないけど、一通りお店見回りたいねー」
「俺、珍しい調味料とかあったら土産にほしいです」
僕達の会話を聞いて、そろそろ移動だと気づいたテトは、素早く僕の右側に陣取った。いつでも撫でて良いよの位置どりである。ナムーノさんが離れていったテトを悲しそうに見送り……それから、良いこと考えた!とでも言うように表情を変えた。
「そうだ、よければ私が倉庫街を案内しますよ!」
やっぱ家のテト、最強かもしれない。天下取れちゃうな……。
*
突発的に案内役をゲットした僕達だけど、結果としてとても助かっている。
というのも、ナムーノさんめっちゃ顔が広くてですね。多分ショップカード持ってないと入れないであろうお店とか、細い路地とか、バンバン開拓されて行くのだ。
「ナムーノ、これは?」
「これは、ゴーラでも一部のお店でしか売ってないものなんですが、魚介の旨味を加えたソースですね。表通りの店には置いてありませんよ」
「……ナツ、如月、オイスターソースだぞ」
「買うべし!! 金額は気にせず!」
「俺も!」
こういうレア商材もばんばん見つかるのである。最高かな? っていうかこの食材屋さん、絶対に普通にプレイしてたらたどり着けない店だと思う、めっちゃ高級感あるし……!
イオくんが見せてくれたオイスターソース……多分オイスターソース風のソースで、リアルの味と近い何かなんだろうけど、これペットボトルくらいの大きさの瓶1本で50,000Gとかする。稼いだお金すぐになくなっちゃうぞ……!
あと多分この店レアだろうなーってところは、水着とか海水浴用の道具が揃ってた店があった。ゴーラの海岸は基本的に漁のためにあるので、海水浴は禁止なんだけど、地元の人達は船で海に出て泳いだりするらしい。このお店に来れば、トラベラーも水着を買えるのだ。
トラベラーなら、フィールドに出てその辺の浜辺から泳ぎに行けるので……求めてる人結構いそうだな、水着。僕達は男所帯なので別にいらないかーってスルーしちゃったけど、あとでステータス画面からショップカードを確認したら、やっぱり金ピカレアカードだった。プリンさんが興味あるようなら進呈しよう。
当然、真珠を扱うお店も充実している。ダナルさんのお店は港の外にあるけど、倉庫街にあるお店は、加工前の真珠そのものを売ってるようだ。
そしてここで見つけたのが、リィフィさんから頼まれていたボーンパール。そりゃもうズラーッと並んでいた。
「イオくん、これ杖の素材になるやつ! リィフィさんに教えてもらったボーンパールだよ」
「ああ。えらく値段にばらつきがあるんだな」
杖の素材なら僕もほしいんだけど、確かに、5,000Gくらいのものから1,000,000Gを超えるものまで値段がかなり違っている。大きさはどれも直径1センチくらいで、おなじくらいなんだけど……。
「色が違うから? 品質かな?」
首をかしげていると、ナムーノさんが横から教えてくれた。
ボーンパールは、シースライムというスライムから取れる素材なんだけど、シースライムが食べた魚とかの骨の成分から作られた宝石、って位置づけ。
ビニール袋の素材になるウミスライムは浜辺で生息するもので、シースライムは海の中で暮らす水棲のスライム。どっちもゴーラでは養殖しているみたいなんだけど、シースライムの食事は浅瀬にいる小さい魚がメインになる。そうなると、価値の低いボーンパールにしかならない。
「そっちの高いボーンパールは、<鑑定>すればわかりますが、様々な効果がついているんです。そういう有用なボーンパールは海の深いところで魔物の骨などを吸収したシースライムからしか取れません。だから価値が高いのですね」
「なるほど……!」
魔物って倒すと光の粒になって消えてしまうから、シースライムが魔物の骨を吸収するには、生きている魔物を食べる、ということで……それは養殖場では再現できないかもなあ。
「そうすると、この価値の低いボーンパールって、何か杖素材にする他に用途があるんですか?」
「アクセサリ用の素材にもなりますし、砕いて他の材料と混ぜると白の染料になりますよ。あとは、光沢付けの……ニスの材料の一つです」
「へえ、有用なんですね!」
お店の人に聞いてみたところ、<鑑定>は自由にしていいと言うので、遠慮なく売り物を<鑑定>させてもらう。
リィフィさんのお土産だから、それなりに良いものを買いたいんだけど……まず10,000G以下のボーンパールはなんの効果もつかない素材で杖に使っても魔力+10とかの普通の効果しかつかないっぽい。
あとは素材にしたときにつく可能性がある効果の種類や、数によって細かく値段を分けられている。一番高いやつは、品質★8、8種類の効果がつく上、そのうち5つは攻撃に関する効果、2種類が防御に関する効果、1種類が回復に関する効果、となっていた。
そりゃあお高いわけだよなあ。
「杖の1段階目の強化に必要な強化素材、たしか条件決まってたよね?」
「1段階目だと品質★5までの素材を3種類まで使えるぞ」
「うーん、★8はどうせすぐには使えないか」
いや高いから買うつもりはないけどね。ということは、現実的なラインは品質★5までのやつだ。だけど★5品質のボーンパールも、効果が1つしかつかないやつは30,000Gくらいから、効果数が増えると値段が跳ね上がっていく。
……リィフィさんはあんまり高いのは遠慮しそうだし、シースライムなら自力で倒してボーンパールをゲットできる機会があるかもだから、一旦保留、かなあ……。
あ、それはそれとして。
アクセサリ作成の練習用に、安めのやつを少量購入しておこう。自費で!