36日目:港倉庫街
契約獣屋さんを出て、とりあえず地図に出ている大通りを探索することにする。
西門から港へまっすぐ下っていくギルド前通りと、南門と北門をつなぐ南北通り。十字に交差するこの2つの通りがメインで、ショップカードをもらったばかりのダナルさんのお店「シェルライト」は、港寄りにあるらしい。
「まずはギルド前通りをまっすぐいって、港を見学するか」
「賛成! 魚介類も食べたい!」
おさかなー!
「いいですね、通り沿いにどんな店があるかも気になりますし」
ということで、この素晴らしい坂道をゆっくりと下っていく。上ってくるのはちょっと大変そうだけど、下るのはめちゃくちゃ景色も良いし、楽しいね。
「この辺は宿かな? 高いところだから景色が良さそう」
「そうだな。……宿のランクはBが多いか。ランクAは大通り沿いにはなさそうだな」
西門からギルド前くらいまでの高い場所は、だいたい宿屋さんだった。どこも海の方を向いている部屋が多いみたいで、景色を楽しめる作りとなっている。
僕達トラベラーはだいたいギルドの2階に泊まっちゃうけど、機会があったら1泊くらいしてみるのも良いかなあ。宿泊ボーナスももらえるし……お値段にもよるけど!
そのままギルド前を通り過ぎてどんどん下ると、装備や武器の店が続いて、服屋さん、靴屋さんと身につけるものの店が連なっている。そして南北通りとぶち当たる十字路あたりから、だんだん食べ物のお店が増えた。
「野菜とか乳製品……果物。あ、イオくんチーズ買おう、モッツァレラ!」
「おう。サンガより安めだな、ありがたい」
南北通りを通り過ぎると、後は港まで一直線。港に近づくほど魚介類の店が増えていく。すぐそこが漁港なだけあって、魚も貝も甲殻類も、海藻までもが豊富に並ぶ。海苔ないかなー? 流石にないか。
「イオくん! ホタテ!」
ほたてー!
「わかったから引っ張んな引っ張んな。テトも一緒になって服をかじるな、わかったから!」
僕がはしゃいでホタテをねだったところ、絶対的僕の味方であるテトさんも一緒にイオくんを引っ張ってくれました。なんて良い子なんだテトさん、いくらでも撫でましょう。ありがとねー!
どういたしましてなのー!
得意げなテトさんはおヒゲをぴーんとさせて、まだ見ぬ美味しいものへの期待に満ち溢れている模様。テトは僕が美味しいっていうものは美味しいって学んでいるので、ホタテのことも気に入ってくれるといいなー。ぜひともバター醤油でお願いしたい。
イオくんがホタテを吟味して購入してくれている間に店員さんに話を聞いたところ、ゴーラの港付近のお店は午前中で閉まっちゃうところが多いとのこと。とれたて新鮮な魚介類が欲しければ午前中に買いに来るのが良いらしい。
「午後になったら売り切れちゃうんですか?」
「11時頃には余ってる食材は全部レストランや食堂に引き取られちまうよ。北門方面にいくとでかい倉庫みたいな卸売市場があって、1日中売り物があるのはそこくらいだな。その代わり、ゴーラの食い物屋はどこに行っても新鮮な魚が食えて美味いぞ!」
「おお! それはいいですねー、ちなみにおすすめは?」
「そらもう、すぐそこのスープ料理の店「白浜の風亭」だろ! あそこのスープはとにかく何でもうめえんだ、俺のおすすめはちぃと辛味の強いクリーミートムヤムクンだ!」
店員のおじさんはしゅぱっとショップカードを渡してくれたので、お礼を言って受け取る。トムヤムクン……って、タイの郷土料理だったっけ? スープカレーのときも思ったけど、そのものが出てくるわけじゃなくて、似たような風味の物が出てくるんだよね。
この世界の料理を自動翻訳したとき、一番近い味の料理名に変換されてるっぽいから、おじさんが言ってるのも多分「トムヤムクン風のスープ」かなと推測。
まあ、そのものズバリのものを出されても、僕にはわかんないんだけど。だって家でトムヤムクン食べたことないもん。
「如月くんトムヤムクン食べたことある?」
「え、カップヌードルでなら……?」
「だよねー、そんな感じだよねー」
タイ料理のお店ってそもそも入ったことがないんだよなあ。イオくんならさらっと美味しい店とか知ってそうだから、今度聞いてみよっと。
とむーやん?
「あ、テトはあんまり好きじゃないかも、辛いのだからねえ」
からいのはいらなーい。
果たしておじさんがくれたスープのお店には、甘いものを置いてるかな? テトも気に入る美味しいデザートがあると良いね。
これぞというホタテを買い漁ったイオくんが戻ってきたので、そのまま港に入る。ギルド前通りの行き着く先は、コンクリートの塀で覆われた港町だ。ゴーラという大きな街の中に、さらに区切られて存在するのがこの港町。ついでに言うなら倉庫街もその中に内包されているらしく、もらったばかりのショップカードの所在地も「港倉庫街」となっている。
おふねー!
とはしゃぐテトさんが海に近づいて、停泊中の大きな船舶を見上げてにゃわーっと歓声を上げた。
ナツー! おふねおおきいのー!
「サンガの船は川用で、こっちが海用だよ。海のほうが大きいから、お船も大きいんだよ」
なるほどー! ロミ、すなはまできょうそうしようっていってたけど、すなはまあるー?
「砂浜は南の方みたいだねえ」
大はしゃぎのテトさん、コンクリートで整備された波止場でぴょいんぴょいんと飛び跳ねた。あ、船員さんらしき妖精類の皆さまがものすごくデレデレなお顔をこっちに向けておられる……! さすがテトさん、ゴーラでもプチアイドル業をこなせるとは、芸達者だなあ。
ゴーラの港は、街の東側。
他の街はすべて円形に城壁を築いているけど、ゴーラだけは少し海に侵食されているから、完全な円形ではない。円の東側だけ、ちょっとえぐられてるような形。そのえぐられているところが港で、さらにその港の北側が大型船の停泊所を有する漁港で、南側が砂浜となる。
この砂浜のほうには海藻を天日干しする台とか並んでたりするんだけど、養殖場とかもあったりするらしい。あのビニール袋っぽいのを作るウミスライムというのも、このゴーラの砂浜で養殖されているんだって。
というようなことを教えてくれたのは、港倉庫街で乾き物のお店を構えるドワーフのおばあちゃん、ジゼルさんだ。
「あとは真珠とかの研究所は、向こうのでっかい倉庫みたいなところでやってるよ。あの辺りは海洋研究所でね、ヨンドから偉い学者先生なんかもきてるのさ」
「へー、そうなんですね。チャンスがあったら見学したいなあ」
「ツテがないとなかなか難しいよ。……よし、準備できた。これでスルメが10枚、昆布が20枚だよ!」
どどん! と注文の品を袋に入れて差し出してくれるジゼルさん。ドワーフの女性ってお年を召しても元気が良くて、とってもパワフルだなあ。
「いい昆布だ、助かる。会計はこれで」
「はいよ!」
うっきうきのイオくんが昆布に目を輝かせながら会計を済ませるわけなんだけど、この昆布がおいしいお出汁になるらしいよ。良い素材を手に入れたことで、イオくんの<調理>スキルも更に上ることでしょう。僕はそのお零れに預かりたいものです……あ、僕切り昆布の煮物が食べたいですイオくん。あれって多分醤油味だからいけませんかね? いける? さすが天才料理人、何でも作れてえらい!
「つーか昆布で最初に切り昆布の煮物がリクエストされるとは思わんかった」
「おばあちゃんの味なので!」
家の田舎のおばあちゃん、色々作ってくれたけど切り昆布の煮物得意料理だったのか、遊びに行くと毎回出してもらってたから好きなんだよね。
ここは港倉庫街の中でも、誰でも歩ける通りの一角にある「乾屋ジゼル」。名前の通りの乾き物屋さんなんだけど、素晴らしいスルメがどどーんと飾ってあったので視線が完全に奪われたよね。思わずイオくんを振り返ったら、イオくんも同じところに視線が釘付けだったという。
マヨネーズせっかく作ってもらってるんだし、スルメ炙って食べたい! というわけで10枚ほど買ってもらったのである。難を言うなら七味が欲しかった、七味マヨで食べるスルメ、絶対美味しいので。
「俺はこれを3パックお願いします」
「はいよ毎度!」
如月くんが買い込んでいるのはアジの干物と、さきいかとジャーキーかな? 乾き物屋さんなので、魚だけじゃなくていろいろな乾燥食材が売ってる。もちろん魚が多いけど、ナッツ類とかも置いてたり、燻製品なんかも少し置いてて意外と種類が多い。
「トラベラーさんたちは意外と買い物に来てくれるねえ。ジャーキーとか燻製チーズとかは、リクエストされて作ってみたやつなんだが、なかなか好評をいただいているよ」
「あー、トラベラーリクエストでしたか、わかってるなあ。僕も燻製チーズ好きですよ」
「好きなら買ってくかい?」
「イオくん……!」
「3袋な」
「やったー!」
口車に乗せられた気もしないでもないけど、燻製チーズ美味しいので許されます。くっ、ジゼルさん商売上手……!
「ジゼル、煮干しを探してるんだが、この店にはないのか?」
「出汁用だろう? あれは店舗用で結構売れるからね、今日の分は売り切れだよ。また明日、朝のうちに買いに来るんだね」
「そうなのか。鰹節は?」
「あんたは料理人かい? あれは手間暇かかるから、毎日店には出ないよ。そうさねえ……あと3日か4日後なら、仕入先から回ってくるかもしれないが」
ジゼルさんの言葉に、イオくんはむむっと眉間にシワを寄せた。ゴーラに来れば海産物系なら何でも手に入ると思っていたけれど、やはり手間のかかるものは入手困難であるらしい。多分この場合の鰹節って、僕がイメージしてる削れてるやつじゃなくて、塊の方の話だよね? イオくん、削る道具とか持ってるんだろうか。
「ちなみにいくら位するかわかるか?」
「大きさにもよるが、このくらいの大きさで10,000Gってとこだね」
ジゼルさんがこのくらい、と指で空中に楕円を描いたんだけど、だいたい15センチくらいかな? 結構お高い気がするけど、手作りの高級品ならそのくらいする……? リアルと比べちゃだめか。カツオがあんまり取れない海なのかもしれないし、そうすると相対的に値段も上がりそう。
料理人イオくん的には許容範囲内だったのか、「取り置きを頼めるだろうか」と交渉がスタートする。うんうん、美味しい料理を作ってくれるなら僕は文句は言わぬ。じゃんじゃん買ってほしい、許します!
ちなみに、僕達が買い物している間、テトはというと、お店の外で妖精類さんたちに思う存分ちやほやされているのであった。港で働いている妖精類さんたち、僕達が歩く後をふらふらとついてくるから、なんか行列になっちゃってね。
僕達がお店に入るとき、テトに「一緒にお店入る?」って聞いたところ、「なでてもらうー」とのお返事だったので、即座にアイドル握手会が整備されたのである。
訓練された妖精類さんたち、列を作るスピードがとても早かった。
「あの、じゃあ、僕達が買い物終わるまで撫でてあげてください。順番にお願いします。あんまり長く撫でないで次の人に順番ちゃんと譲ってくださいね」
と声をかけた僕に、一糸乱れぬ「「「はい!!」」」が返ってきたからね。ちょっとびくっとしちゃうよね。そして貢物はお気持ちだけで……と告げたときの残念そうな落胆の声ときたら。
テト、その気になれば本気のアイドル狙えそうだな……。
うちの猫、無限の可能性を秘めている。契約主として誇らしいよ!