36日目:大事なことは、先に済ませておきましょう
ギルドを出て、まずは西門へ戻ってから改めてギルド前通りを海へ向かって下ることにする。途中でスペルシア教会の場所を聞けたら良いなーって感じ。
坂の一番上が西門のところだから、もう一回じっくりとゴーラの全景を見たいのもある。スクショ撮らせてほしい、デバイスの待受にしたい。
「ナツは本当に高いところが好きだな?」
とちょっとイオくんに呆れた顔されても気にしない。遠景見るの好きなだけなので! そしてテトさんがめっちゃわくわくそわそわしたお顔で、
いつでもとぶよー?
と言ってくれるのでありがとう撫でます。でも今は大丈夫だから、また旅するときにはお願いします。
わかったのー。
さて、気を取り直して西門の前は、ちょっとした広場になっている。
他の街と同様に門番さんたちの詰め所があって、馬車の貸出をする店とか、マジックバッグを売るお店、旅行用品の店が立ち並ぶ。ゴーラから出る馬車はサンガ方面に行くのが一番多いらしいので、直前に何か忘れたものがあっても旅支度を整えられるような配置だ。
そして、そんな広場の一角に、堂々と店を構えているのが、ゴーラの契約獣屋さん。
「壁がかわいい」
「動物がたくさん描いてありますね」
ねこいるー!
「テト、ひっかくなよ」
この契約獣屋さん、真っ白の壁にカラフルなペンキで契約獣のシルエットをたくさん描き込んでいるのである。契約獣は契約獣であって動物ではないんだけど、まあシルエットだけだと動物と大差ないので如月くんの言葉も許されます。
「如月くんどうする? 寄ってく?」
「え、いいんですか? 探検の前ですけど」
「思い立ったが吉日っていうからね!」
如月くんは僕とテトを交互に見てから、最終的にテトのきらきらの眼差しに心を決めたらしい。ぜひ寄りたいというので、全員で契約獣屋さんの扉をくぐった。
「いらっしゃいませ」
落ち着いた声がかけられて、振り向いたケット・シーさんは黒と茶が模様のように混ざった色合い。こういう柄ってたしか、えーと、そう、サビ猫さんだ! 色合いめっちゃ可愛い。僕がよく行く猫カフェのお嬢様に似てて親近感が湧いてしまう。
あ、お嬢様っていうのは猫カフェの猫さんのあだ名で、懐っこいのにちょっと控え目で、他の猫が撫でられているとき大人しく順番待ちしている品の良い猫さんなのである。お膝猫なので当然人気があり、毎年冬になると発売されるお店のカレンダーにも必ず写真が載るのでファンが多い。
このお店のケット・シーさんはまんまるの銀メガネをかけていて、どこかおっとりした口調で「あらまあ」と呟いた。
「よそから契約獣さんがきてくれるなんてうれしいわ。ようこそゴーラへ」
にっこり微笑む表情は実に上品である。その笑顔に、テトがにゃわわーっと警戒心を消滅させて、ぴょいんと元気に懐きに行くのであった。
はじめましてー! テトだよー! おなまえなあにー?
「まあ、とても人懐こいのね。可愛い子だこと」
ゆっくりとした動作からして、こちらのケット・シーさんは結構高齢の方かも。シーニャくんもそうだったけど、契約獣屋さんだからといって契約獣の言葉がわかるということもなさそうだ。
ということは僕の出番ということですね!
「はじめまして、僕はトラベラーのナツ。この可愛くて賢い白猫さんは僕の契約獣のテトで、後ろの気の利くイケメンは親友のイオくん、そしてこちらの爽やかボーイは如月くんです!」
「まあ、ご丁寧にありがとう。私はマーチャ、ケット・シー族よ」
「マーチャさん。よろしくお願いします!」
マーチャー! おぼえたのー!
テトさんは新しいお友達の出現にわっくわくの表情である。楽しそうにマーチャさんの周りをぐるぐる回って、よろしくアピールをしている。
「元気ねえ。テトちゃんのホームに何か不具合でもあったのかしら? それとも、なにか機能を追加なさるの?」
「あ、いえ。ホームは実はほとんど使っていないので……」
ホームきらーい! テトはナツといっしょがいいのー。
そう言えば他の契約獣さんはわりとホームに戻るらしいんだよね。僕のフレンドそんなに数いないけど、唯一の契約獣仲間である美月さんのところは、呼ばないと出てこないって言ってた。でもあれは美月さんが頻繁に戦闘しているせいもあると思うんだけど。
「まあ、じゃあよく懐いているのね」
「仲良しなんです! ねーテト?」
ねー!
テトと顔を見合わせてにっこりする僕達に、マーチャさんもにこにこである。
「そうなのね。もっと仲良くしたい人にはうちの従業員を紹介しているのだけれど、ナツさんとテトちゃんには必要なさそうね。それじゃあ、もしかして他のお二人が御用かしら?」
ん? 従業員さんの紹介?
その従業員さんと会うと、契約獣と仲良くするコツとか教えてもらえたりするのかなあ。それならちょっと興味あるし、後でちゃんと聞いてみよう。
今はまず、優先すべきは如月くんだ。
「こちらの! 爽やか真面目好青年、如月くんのお相手を探しています!」
じゃじゃーん! と両手を使ってご紹介する僕に、突然紹介された如月くんはいたたまれないような顔をした。視線をそわそわと彷徨わせながら、
「うわ予想以上にめっちゃ照れるんですがイオさん毎回こんなの我慢してるんですか」
と早口で呟く。こんなのって何さ。首をかしげる僕に、声をかけられたイオくんはきっぱりと言いきった。
「慣れだ」
「慣れですか」
「ナツは呼吸するように何でも褒める」
「褒めるだけならただなので! それよりも如月くん、早速見せてもらおうよ。もしかしてピンとくる子がいるかもだよ」
「あ、それは、はい、ぜひ」
如月くんは卵を選ぶのも良いかなーって言ってたけど、まずはこのお店にいる子を確認してからの方が良い。卵を選ぶと、魔力の補充が終わるまで対面できないしね。すぐ会える子たちの中にピンとくる子がいたら、そっちを選ぶほうが良いと思うんだよね。
というわけで如月くんが早速マーチャさんに「希望はあるかしら?」と問いかけられている。
「希望……ナツさんとテトみたいな関係性が理想なんですが、気が合う子ってどう選べば良いんでしょうか……? 仲良くなりたいです」
あれ、なんか思ったより曖昧な希望が出たぞ。
「如月くん、乗れる子がいいとか、飛べる子がいいとか、そういうのは?」
「正直その辺はなんでもいいですねえ。もともとソロで動く事が多いんで、旅を急ぐわけでもないですし」
「そっかあ」
強い希望はないのかー、それだとやっぱり、卵選んだほうが良いかもなあ。自分のことでもないのに考え込む僕の隣で、テトさんがにゃーん! と主張して曰く、
きさらぎはねー、なでるのじょうずだから、あぴーるするのー。
だ、そうです。そう言えばテトはずっと如月くんのこと撫で上手って言い続けてるので、きっと確かな撫でスキルを持っているのだろうなあ。
「テト何か言ってます?」
「如月くんは撫でるの上手だからそこをアピールするといいよって」
「あー、うーん。どうでしょう。撫でられるの好きな子ばっかりでもないような……?」
えー!
ガーンっとショックを受けたような顔をするテトである。撫でられるの好きじゃない子なんていると思ってなかった顔だなこれ。
なんで……! なでられるとしあわせなきもちになってふにゃーんってしちゃうのに……! すきじゃないこもいるの……?
「テトは撫でられるの好きだもんねえ。まあ個性だよ個性。辛いもの好きな子もいれば、甘いのが好きな子もいるっていうのと同じだよ」
こせい……。
むむむーっと一生懸命考えているテトなのであった。よしよし、あんまり考えすぎないようにねー。
「そうねえ、相性をみるなら、やっぱり家の従業員の出番かしら。ちょっと呼んでくるわね」
マーチャさんは如月くんの「とにかく相性の良さそうな子を選びたい」という希望について、何か解決策があるらしい。とててっとお店のカウンターの奥に入っていって、しばらくすると従業員さんを1人連れて戻ってきた。
「こちら、家の従業員のメルバよ。メルバ、こちら如月さん、奥にいるのがナツさんとイオさん、この猫ちゃんはテトちゃんよ」
「はじめまして、メルバよ。まあまあ! 可愛い猫ちゃんねえ!」
だ、ダルメシアンだ……!
僕は辛うじて「はじめまして」を口にしてから、メルバさんをじっと見つめてしまった。身長はマーチャさんと同じくらい、すらっと細身のダルメシアン……! クー・シーさんだ!
わんさんー?
テトが首をかしげると、メルバさんは「そうよー」と普通に言葉を返した。この人はどうやら契約獣と意思疎通のできる人らしい。やっぱりなんかそういうスキルがあるんだろうなー! いいなー!
「クー・シー族なの。クー・シー族はクルムやジュードの方に多いけど、こっちの方にはあんまりいないから、珍しかったかしら? マーチャとは親友なのよ」
「そうなんですか。素敵な模様ですね……!」
「あら、ありがとう。自慢の毛皮よー!」
メルバさん、とっても明るい人みたいだ。僕が模様を褒めたらその場でくるっと回ってくれたりして、とてもノリが良い感じ。
妖精類なので、当然テトに対して惜しみない愛情をだだ漏れにしてくれている。というか真っ先に紹介された如月くんを見事にスルーしてテトに駆け寄っちゃうあたり、とても妖精類らしい反応だなあ……。
むむー! テトのけがわもすてきでしょー!
「もちろんテトの真っ白な毛並みは最高ですとも! 僕がブラッシングしているのでつやつやさらさら、文句なしの手触り!」
でしょー!
にゃふーっとドヤ顔を披露したテトさんである。他の子の毛皮を褒めるとヤキモチを焼くらしいんだよなあ、かわいいからたまにやりたくなる。やはり家の子が一番かわいいのである。
「メルバ、今日の相談相手はこちらの如月さんよ」
「あら、ごめんなさいね、とってもかわいい猫さんがいたものだからつい……!」
流石にはしゃぎすぎたと思ったのか、メルバさんはちょっと照れくさそうに頭を掻いて如月くんに向き直った。ちまっとした猫さんと犬さんが並んでいると、それだけで大変和むので、如月くんの表情もこころなしか柔らかい感じである。
「如月さんはね、契約獣となかよしになりたいのですって。それで、相性を見てほしいらしいの」
「如月です。よろしくお願いします」
「まあまあ! 素晴らしい心がけだわね!」
にこーっと太陽のように笑ったメルバさん、如月くんの座っているソファの前の席によいしょよいしょっとよじ登り……それなりのお年なんだと思うからこう思うのとても失礼かもしれないけど、とてもかわいい。うんせっとソファにようやく座って、足をぷらぷらさせたのも非常に、かわいいものである。
やはり犬も猫も正義、はっきりわかんだね。
「それで、相性を知りたいとのことだけれど、契約獣に対する希望は他にないのかしら? 蛇さんや鳥さん、モグラさんなんかもいるのよ。苦手なタイプが有るなら、先に言っておいてほしいわ」
「いえ、どんな子でも一緒に過ごしていければ見慣れますから、特にこだわりはないです」
「まあまあ! そういうどんとこい精神って大事よー。出会いの幅が広がるものねえ。じゃあいくつか質問させていただくわね」
メルバさんはそう言って、如月くんに簡単な質問を開始した。好きな食べ物はとか、好きな色とか、こういうときどうする? とか、さくさくっと如月くんの情報を集めている感じ。
きさらぎ、よいことであえるといいねー。
「そうだねえ。如月くんが契約獣と契約したら、テトが先輩だね。仲良くしてあげるんだよ」
テトがせんぱい……!
「あれ、すごく嬉しそう」
まかせるのー! なんでもおしえてあげちゃうのー!
うにゃん! と胸を張るテトさん、どうやら先輩という響きにはなにか憧れがある様子……。と思ったらなんか腰に差してる僕の杖がほんのり淡く輝いている……。そういえばユーグくんはテトの先輩なので、テトの後輩が来たら更に上司として頑張ってもらわねばならないわけで。もしや張り切っているのだろうか、ユーグくん。
家の社員、みんな働き者だなあ……。
あ、一番働いてないのたぶん僕だけど、僕の幸運さんはかなり働いているので、穀潰しではありません。