35日目:ヨンドの話を少し聞くのだ
「力を与える……?」
なんか知らない事実が出てきたな……?
首飾り拾っただけで装備してないし、装備したらなんか起こるのかな、これ。でも、誰のものだかわからないものをもらうのもなんかこう、ちょっとな……って思うし。僕にとってはただの落とし物だから、自分のものにしたいわけではないのだ。できれば持ち主に返してあげたい。
「えっと、それって具体的に、どういう……?」
よくわかんなかったので素直に聞いてみると、ダナルさんはちゃんと詳しく教えてくれた。
なんでも、ルミナスシェルは魔力を通しやすい素材なので、自分の魔力を通すと所有者登録になって、基本的には他人が触れなくなるものなんだって。だから、僕が拾ったということは、その時点で持ち主がいないという判断でいいらしい。ダナルさんが触れたのは、僕が登録をしてないから。
つまり今あの首飾りは誰のものにもなれる状態で、それもあってあまり人前に出さないほうがいいよ、と言われたのだ。
えー、持ち主がいないのか……!
じゃあなんであのイノシシの魔物が持ってたんだろう。ちょっとその経緯も気になるんだけど、そうするとこれどこに返せばいいんだろうか。作者さんに会えたら渡せばいいのかな。
「それで、最初にルミナスシェルのアクセサリに魔力を登録して身につけたときに、その持ち主にふさわしい恩恵がある、と言われているんだよ」
「恩恵……スキルとかでしょうか?」
「人によって違うんだ。名声のようなものをもらった人もいるし、スキルをもらった人もいる。SPをもらったとか、ステータスに何か変化があったとか、珍しい転職先が出たとか……。どんな法則性があるのかわからないけど、とにかく何か良いものがもらえるらしいよ」
「へえ、すごい」
それって、ルミナスシェルが高価な理由の一つだろうなあ。あ、じゃあ技術の再現ができないってポイントは、そこのところか。見た目だけなら、似たような輝きの貝を作ることはできてそうだし。
淡く輝いててきれいなんだけど、それこそ如月くんが言ってた螺鈿細工と似たような加工だ。貝殻を加工すれば見た目が似ているものを作ることは難しくないだろうね。でも、そういう「力を与える」効果って……普通に作ってたらできないもんなあ。
「それは、再現が難しそうですね……?」
「難しいよ、本当に。どう加工すればそうなるのか、全然わからない」
ダナルさんがしみじみと頷いて、珈琲を飲み干した。それを見計らって如月くんが声をかけて、このあたりでダナルさんはテントへ。明日はゴーラに戻れるとわかっているからか、ダナルさんの足取りは軽やかだ。ロミちゃんもささっとテントの横に陣取って見守りの構えである。
「イオくん、なんかすごい話だったねー」
「ナツ、あの首飾り装備しないのか?」
「しないよー。できれば作者さんに返したい、高価過ぎて怖いじゃん」
「小心者め」
だって金額がさ……! 最低でもイオくんの剣5本分の価値があるんだよ、今手に入れて良いものじゃないよ。今の共有財布の残高が200,000Gちょいなことを考えると、お支払いできません。ふるふると首を振る僕に、イオくんは「ナツはそういうところあるよな」と頷いた。
「VRゲームでは途端に行儀が良くなるというか」
「なんかリアルだからなあ……」
「テレビ画面でゲームやると、入れる家のタンスを漁るのも平気だろ。VRになると一切やらなくなるよな」
「いや、普通に良心が痛むので……」
最近のVRゲームってNPCさんの言動がめっちゃ自然だからなー。普通に近所の人と接するような感じになるよね。
まあ、それはいいとして。
「ルミナスシェル、具体的にどんな効果があるのかちょっと気になるよね」
「<鑑定>に出ないのか?」
「それが、それに関しては何も。多分なんか<鑑定>スキルが足りてないんだろうけど」
アナトラにはたくさんの<鑑定>スキルがあるから、何か特別な<鑑定>を覚えないと見えない情報がたくさんある。なにかしらの<鑑定>を手に入れれば情報が出てくるかもしれないけど、現時点で取得可能な<鑑定>系スキルにそれっぽいのはないなあ。
「いずれ手に入れたいよねー。高いから先の話だろうけど」
「まあ、今買うものじゃないな。金があるなら倉庫用に貯めないと」
「うん、いつか買えるといいなーくらいで」
なにかうのー?
「良いことが起こりそうなものだよー。テト何か欲しいものある? ゴーラ行ったら買い物しようね」
テトえほんほしいのー! すてきなおはなしあるー?
「絵本かあ。サンガにはラリーさんがいたから買えたけど、ゴーラの本事情はどうだろうねえ」
本ならどちらかというとヨンドかな? あそこは大きな図書館がいくつかあるみたいだし、テトが気に入るようなわくわく冒険譚も見つかりそうだ。
ゴーラには、できれば海洋図鑑みたいなのがあると嬉しいんだけどなー。僕も本は買いたいんだよね、ラリーさんのお土産用に。絵が綺麗だったら、マロネくんへの素敵なお土産にしてもいいし。
そんなことを話していると、如月くんがテントから戻ってきた。
「ナツさんたち、ゴーラの次はヨンドの予定なんですか?」
「ううん、一回里に戻って、サンガに顔を出してから。本サービス開始するころにはゴーラからヨンドへ行きたい気持ちはあるかなー」
「ああ、サンガは料理大会みたいなのがあるんでしたっけ」
そうするとそれに合わせてサンガに戻れば一応あいつと合流はできるな……と如月くんが呟く。良かったね相方さん、完全に忘れられてはいないみたいだよ。
「あ、でも戻るのはゴーラでたっぷり過ごしてからだから、それまでに相方さんは移動してるかも?」
「移動……できてるといいですね」
「あっだめだこれ信じてない目をしてる……!」
そんなに信用ないのか相方さん……!
ま、まあこの話は置いておこう、うん。
「如月くんは? 次ヨンド? ロクト?」
確か、ゴーラと道が繋がってるのはサンガ・ヨンド・ロクトだったはず。ゴーラから北西方面でヨンド、南西方面でロクト。
「経済状況によりけりですねー。金欠だったらロクトで宝石チャレンジしたいですけど、そうじゃないならヨンド行ってスクーリングするのもいいなって」
「スクーリング?」
「あれ、ナツさん知らないですか。ヨンドは学園都市なので、図書館と学校が色々あって、それぞれの学校で特定の期間授業を受けることでスキルを学べるんですよ」
「詳しく教えていただきたく!」
がっこうー? テトもできるー?
「あ、テトも覚えられるかな、それ」
「えっと、それはちょっと掲示板情報にないんで、現地で聞いて下さい」
テトちゃんとおべんきょうできるよー!
「やる気に満ちていてえらい! ヨンド行ったら聞いてみようねー」
ふんすっとやる気に満ちたテトさん、お仕事だけでなくお勉強まで頑張るの構えである。なんてえらい。
学園都市ヨンドには、個人の私塾みたいなものも含めると100以上の学校がひしめき合っているのだそうで。1つの学校につき1回だけ、スキルを習得するためのスクーリングプログラムを受けられるのだそう。覚えるスキルに関しては、その学校の専門としている分野で、いくつかある中から選べるとのことだ。
サンガでやってる講習の方が自分でスキルを指定できるし1回で終わるから便利なんだけど、あっちは誰でも受けられるものじゃない。それに比べるとヨンドのスクーリングは、日数もかかるし選べるスキルも限られてて欲しいスキルがあるとは限らないけど、お金さえ払えば誰でも受けられる。
どっちも一長一短あるんだな。
「例えば美術学校だったら、<スケッチ>とか<色彩センス>とかが学べるそうです。ただ、教えてくれる先生の好みとかタイミングとかでも変わるらしくて」
「めちゃくちゃ面白そう!」
「それ、いくつも学校を掛け持ちして別のスキルを学べるのか?」
「できるみたいですよ。お金は学校ごとにかかりますけどね。スクーリングの長さはスキルによってかわるので、その辺は行ってみて確認しないといけないんですけど」
けいやくじゅうのがっこうもあるー?
テトが目をきらきらさせている。契約獣の学校なんてあったらめちゃくちゃ見に行きたいなあ、きっとかわいい動物がたくさんいて和むに違いない。
「契約獣の学校あったらいいね、ヨンド行ったら探してみようね」
テトおべんきょうするのー。ナツはおうえんしてねー。
「全力で応援しましょうとも!」
「イオくんもスクーリングは興味ある?」
「ワンチャン、<原初の呪文>がどこかで拾えねえかなと」
「伝承スキル系はどうだろう。ラリーさんみたいな性格の人がいてくれたら教えてもらえるかも」
「そこは期待してるぞ<グッドラック>」
「幸運さんに対する厚い信頼……!」
そこは嘘でも僕に期待してくれませんかねイオくん。
「あと珈琲豆買いたい」
「あ、サンガで買ったやつヨンド産なんだっけ。美味しいやつ見つけてね」
多分ヨンドに行く頃には本サービスも開始してて、倉庫も使えるようになっているだろうから、いくらでも買ってくれていいよ!
何はともあれ、明日はようやくゴーラに到着だし、1日探索で潰れるだろう。色々やりたいことあるからパーティー共有掲示板にまとめてはいるんだけど、色々ありすぎて目が滑るんだよなあ。
「グロリアさんからの届け物クエストって、届け先はスペルシア教会だったよね?」
「ああ。ギルド行ったらどこにあるか聞いてみるか。イチヤでは探さないと見つからなかったしな」
「明日はそれだけ届けたら探索だね」
きさらぎのたまごえらぶー?
「あ、そうだね。契約獣屋さんがあったらちょっと見に行こうか」
けいやくじゅうやさんでねー、けんこうしんだんするのー。
「健康診断?」
なにそれって聞いてみたところ、テトはサンガの契約獣屋さんで定期的に健康診断を受けていたんだって。一応、別の世界から来てもらってる契約獣さんたちだから、稀に気候が合わない子とかスキルの使い方が噛み合わない子とかも出るらしい。
不調な子は健康診断で早めに発見して、治療したり元の世界に戻したり、色々対策するんだとか。
テト、スキルあたらしくおぼえたからねー、シーニャに教えてあげるのー。
「テトさん、ゴーラの契約獣屋さんにはシーニャくんいないと思うよ」
えー!
にゃー! とショックを受けた声を上げるテトである。そっかー、契約獣屋さんならどこにでもシーニャくんが居て会えると思ってたのかー。残念ながらサンガでしか会えないんだよ、と教えると、耳をへちょっとさせてしょんぼりしてしまった。
「あ、でもシーニャくんじゃないけど、別のケット・シーさんはいるはずだよ。たしかシーニャくんが、契約獣屋さんはケット・シー族がやってるって言ってたような……気がするし!」
ちょっと記憶曖昧だけど、なんかそんなこと言ってた気がする。いまのところケット・シーのお友達はシーニャくんとリーニュさんしか居ないから、新たな出会いというのもまた良いものだと思うんだ。テトも新しいお友達ができたら嬉しいよね?
あたらしいおともだちー。すてきかもー。
「だよね。契約獣屋さんに行ったらご挨拶しようね」
わかったのー。
へちょっていた耳がぴんっと立ったので、テトさんは素直で大変よろしいと思います。撫でましょう。
お盆期間中更新できないので、次の更新は来週になります。