35日目:エルドーラの妖精王
妖精類の頂点に立つ存在、それが妖精王。
基本的にはフェアリー族の、決まった家系がそれに当たるらしい。
精霊たちは長生きすぎて感覚がのんびりしすぎてしまうし、エルフ族は人と近いから橋渡しの役割を担っている。他の妖精類のみなさんは「昔から王様が仕切ってくれてるからずっとそれでいいよー」って感じで、ずっと代表者として妖精王を名乗ってたんだって。
彼らは昔、妖精郷が崩れて妖精類が地上にやってきたとき、妖精類の代表者として選出され、統治神スペルシアから体の大きさを変えてもらったらしい。フェアリーさんたちって普通は全長30センチくらいなんだけど、王族だけはヒューマンと同じくらいの身長があったんだって。他種族の取りまとめや他国との外交とかもあるから、小さいままだと不都合が多かったようだ。
そんな感じだから、妖精王と言ってもあくまで「まとめ役」だ。役職名って思ったほうがいいかもしれない。
魔国と今では呼ばれている国は、以前「エルドーラ共和国」と呼ばれていた。
共和国、である。
つまり、王政を敷いていたわけではないんだよね。昔は本当に王様だった時期があったのかもしれないけど、少なくとも開戦時には、共和国だった。とはいえ、妖精王さんは長年の信頼があったからずっと代表を任されていたんだろうし、議会でも発言力があったんだろう。
だけど。
「ちょうど戦争が起こる7・8年くらい前かな。当時の妖精王夫妻が同時に事故で亡くなって、年若い彼らの息子が妖精王に新たに選出されたんだ」
「事故、ですか」
「自然の豊かな国だったからね。大雨のあとの洪水が起こって、被害状況を確認しに行った妖精王夫妻ががけ崩れに巻き込まれたんだよ」
あー、それは仕方がないやつだ。純粋な天災だったか……。
「妖精王さんって世襲ではないんですよね? まだ若い人ではなく、もっと別の方に任せることはできなかったんですか?」
「うん、話はあったんだよ。ただ、あの国はみんな長生きだからか、どうしても保守的でね。変化をあまり望まない国だったんだ。ずっと安定した国だったし、やはり同じ一族に任せたいという意見が強かった」
「お国柄でしたか」
「本人も、とてもやりたがっていたしね。……やる気のある子だったんだけど、議会に出てくる他種族の代表者とかは、やっぱり妖精類だから長寿で、若い妖精王が頼りなく見えてしまったんだろうね」
両親のあとをついで、熱意を持って代表者になったはいいけれど、周囲が自分より経験豊富なベテランばかりだったから、焦っちゃったのかなあ。目上の人の意見に反対するのも神経使うだろうし、かといって何でも言う通りにするわけにもいかないし。
「統治神スペルシアは善性の強い神様だから、自然とこの世界の住人にも善人が多いんだ。だから、議会の老獪たちも完全に善意で、手ほどきをするつもりだったのか、指導のつもりだったのか……とにかく妖精王の発言に対して助言をしまくったんだよ。もっとこうした方が良い、ああした方が良い、こうすると良くなる、どうすればスムーズに行く……多少言われるくらいならありがたいけど、逐一言われ続けたら、俺でもうんざりしてしまうだろうね」
「あー……」
相手が完全に善意だと、怒りのぶつけ先もなくて鬱憤が溜まっちゃいそうだなあ。
でも、多分長生きな妖精類の人達にとっては、頑張っている若人をちょっと揉んでやろう、ってくらいだったかもしれない。その妖精王さんも、若かったから受け流すことができなかったんだろう。
「なるほど……それで鬱憤をためてしまった妖精王さんは、悪の言葉に耳を貸してしまったんですね……」
「逆に言うなら、この世界にそれ以上の不満や反逆の意思を溜め込んでいた存在がいなかった、ということだから……良い世界だったんだ、本当に」
周辺諸国の王族とかも、年若い妖精王を心配して何かあれば協力しますと申し出たみたいなんだけど……それが余計に、若くてやる気に満ちていた妖精王さんには嫌味に聞こえてしまったのかもしれない。自分はそんなに頼りないのか、って。
「ダナルさん、すごく詳しいんですね」
「うん。俺はもともとエルドーラに住んでいたんだ、戦争が起こる10年くらい前に、仕事の関係でゴーラへ移住したんだけどね。……あの子のことも赤子の頃から知っている。あの子が魔王になってしまったことは悲しかったけど、みんな、あの子が悪いとは言わなかったよ。どうしてあの子を支えてあげられなかったのかと悔やんだだけで……」
本当に悲しそうに目を伏せたダナルさん。知り合いだったのか……それなら特に悲しく思ってしまうね。リアルでも、反抗期とかだと何言われても悪い方に取っちゃうことってあるもんなあ。
ダナルさんの話を聞いてちょっとしんみりした僕だけど、差し出されたおやつのバナナパンケーキで即座にメンタル浮上するので我ながらお手軽だと思います。
「バナナー!」
ばななー!
テトさんも一緒になって喜びの歓声を上げて、甘いものの美味しさを覚えたらしいロミちゃんも目を輝かせている。イオくんたちも僕とダナルさんの会話は聞いてたみたいで、話に区切りがつくまで出すのを待っててくれたみたいだ。気が利く! さすがイオくん、できる男だな!
「ダナルの調子は大丈夫そうか?」
「ああ、気を使ってもらって悪いね。俺は大丈夫だよ」
ダナルさんにもパンケーキが差し出されたけど、1枚は食べられないというので、イオくんが1/4ほど分けてあげてた。一応白地図で現在位置を確認すると……おお、結構進んでる。ロミちゃんの速さなら、夕暮れ前にはゴーラにたどり着きそうだなあ。
おいしー! あまーい♪
とご機嫌なテトさんがもぐもぐとパンケーキを食べている姿、ただそれだけでも癒やされる僕である。
さっきの話でわかったのは、魔王という存在も複雑だなってことだ。勧善懲悪だったならもっと割り切りは楽だっただろうけど、妖精王さんが悪かったかと言われると……困るね。でもさ、「悪」に取り憑かれたあとの妖精王さんは、一体どうなったんだろう。意識まで塗りつぶされてしまったのかな。
いや、自分の体が世界を滅ぼそうとしてるわけだから、意識ある方が辛いかもだけど。邪霊さんがもし魔王を復活させたとしたら、その時復活する存在ってどうなるのかなって思うんだよな。
もしかして妖精王さんが復活したりして……流石にそれは出来過ぎか。その前に魔王復活は阻止案件だけれども。むむむと考え込んでいたら、イオくんが不思議そうな顔をした。
「ナツ、何変な顔してんだ?」
「失礼な! 真面目に考え事してるだけです!」
「魔王か。俺達は、いつか魔国に入れるかもな」
「あ、それはちょっと、希望があるね」
住人さんたちは無理だろうけど、トラベラーなら、ワンチャンある。魔国は絶対魔物が高レベルだろうから簡単じゃなさそうだけど、例えば勇者さんの痕跡探しとか、妖精王さんのルーツを探るとか、できること色々ありそう。
「エルドーラ共和国って、自然豊かな国だったって言われてたよね。いつか、元の姿に戻る日がくるかな」
「さあな。……けど、グランのところのツリーハウスみたいなのができるなら積極的に支援したいところだ」
「ロマンは大事……!」
いつかゲットできるかもしれない拠点、ちょっとこだわりたいよね! まだわかんないけど。
おやつを終えたらまた馬車に戻って、再びゴーラへ向けて出発。とはいえ荷台でやることがないので暇なんだよなー。なんか時間潰せるようなものってあったっけ……ってステータス画面をごそごそしてたら、あったあったそう言えば。
金属魔法だよ。
リゲルさんに詳細聞いて、メッセージもらってたんだった。長いから時間のあるときにゆっくり読もうと思ってちょっと置いといてたなあ。
ちなみに、住人さんとのメッセージのやり取りは、レストさんとリゲルさんの2人しかやってない。レストさんはお店の関係もあるし、レスポンスがすごく早いから、近況を送ったりとかして雑談してる。リゲルさんも結構雑談してくれるけど、お仕事が忙しいのかレスポンスは遅め。テトのことを書くとちょっと喜んでる気がする。
僕がリゲルさんのメッセージ画面を開くと、横からにゅっとテトが画面を覗き込んだ。
リゲルー?
「そうだよー。またリゲルさんのところ遊びに行こうねー」
リゲルたくさんおしごとしててえらいのー。
「えらいよねー。でもあんまり無理しないように言わないとねー」
あとちゃんと食べてるか時々確認しなきゃ。美味しいもの食べてればだいたいどうにでもなるからね生き物は。
えーと、なになに。
金属魔法とは、金属の質感や密度を変えたり、合金を作ったり、メッキを貼るなどの加工を含む職人用の魔法であり、地底人類にのみ扱える……へー! じゃあダナルさんも使えるかな、ドワーフさんも地底人類だったはず。主に加工の現場で活躍する生産職向けの魔法なんだね。
攻撃に使えるような魔法はないけど、武器を強化するための魔法はあるので、使えれば便利だけど使える人はあまり多くない……と。エルフのリゲルさん的には謎が多い魔法らしい。
<細工>や<材質加工>スキルでも光度をあげたりできるけど、金属魔法はもっと根本的に金属そのものの性質を変える魔法だから、どちらかと言うと<錬金>に近い。ただし、鉄を金にとか、そのものが変わるわけではなくて、配合を変えた合金の作成が主な用途であり、上級魔法は存在しないらしい。
合金かあ、鍛冶用かな?
<細工>用に使えたら便利そうだけど、種族的に僕は覚えられなさそう。リゲルさんも覚えられない魔法なのになんでこんな詳しく知ってるんだろう、勤勉だなあ。
ナルバン王国では使い手が少ない<金属魔法>だけど、ジュエラ帝国にはたくさん地底人類が住んでいるので一般的な魔法なんだって。今は呪いがあるからあまり頻繁な行き来はできないけど、転移門を使って往来は可能なんだとか。高額になるけど一般市民も使える転移門がナナミにあるらしい。
だけど、その門を使える人間はごくごく限られた人だけで、例えばジュエラ帝国に親族がいるとか、相応の理由がないと許可が降りない。トラベラーたちがナルバン王国の地図埋めをがんばったら、あるいはいずれかには……というようなことが書いてあった。
ナルバン王国の次のステージってことかな?
「イオくん、ナルバン王国の周辺国って、ジュエラ帝国以外に名前出てるところあったっけ?」
「フェアリーの国フラフと、南国フルールが出てた気がするな。両方「フ」から始まって紛らわしいと思ったから覚えてるぞ」
「言われてみれば確かに」
「まあ、モチーフから取ってるんだろうけど。フラフはフラワー、フルールはフルーツか? ナルバンはナンバーからだろうし、ジュエラはジュエルだから宝石モチーフだろう」
「その並びだとナルバン王国ちょっと異質だね」
多分町の名前とかがモチーフにちなんだものになるくらいで、特徴づけとかはまた別の話なんだろうけれども。宝石・フルーツ・花というきれいなモチーフの周辺国と比べると、数字モチーフってちょっと違う感じがするよね。
テトくだものがいいなー。
「僕も果物がいいなー。次に行ける国、南国フルールだといいねえ」
おいしいものたくさんあるー?
「なかったとしても僕達にはイオくんがいるから……!」
イオはよいりょうりにん……! イオいたらおいしいものたべられるからあんしんー。
だよねー、イオくんがいればだいたい大丈夫だから安心だねー。なんか呆れたような眼差しを向けられているような気がするけど気にしない。イオくんは僕とテトにとって立派な料理人です。